女の子というのはこんなに小さいものだったろうか。
経験がありそうには見えないかなでが、月光の中で背を屈め、
土岐のほうへそっと唇を落としてくる、その仕草には迷いがなかった。
しかし、反射のようにして手のひらを沿わせたら、腕も、肩も、やはり細い。
拙いやりかたに違いないのに、重ねて間もないうちから土岐の身体は反応をみせた。
かなでのなだらかな肩を衣擦れもなく、滑り、落ちてくる衣服の一部を、
柄にもないことを、と自分でも思いながら元の位置へ戻し、
いや、とてもそうはできないことに気付いてしまうまでに、
時間は少しもかからなかった。
面倒なことになるから、この場だけで済ますことのできない恋はしない。
ずっとそう決めていたのに
この場だけで済むはずのないことを、
してしまえば募り、二度とも三度ともなく思い出すことになるのを
わかっていて、始めようとして、身体は既に動いてしまった。
「っ……は…」
かなでが顎を持ち上げて、高い天井へ息を吐く。
奪い合うように口付けながら土岐が掻き落としてゆく肩ひもに次いで、
落としたその手で開こうとする、リボンで結ばれた箇所、留め具で閉められた箇所までも、
ここ、と暗に言うようにして、かなでの身体は、言うなれば土岐の意のままに動いた。
夜が影にしても浮き上がるような、白くまるい胸を晒して、
かなでは体重のぶんだけベッドを沈ませて、下着一枚の姿になっていた。
無論、「見て」などと言うわけではないが、かたくなに隠すわけでもない。
どちらかと言えば「見て」のほうか、と土岐が煽られ、穿ったのは、
ネクタイを解いて投げた先を、潤み始めた目がチラリと見たあとで、
制服のシャツのボタンに指が絡み、ひとつずつ外しさえしたからだ。
「なにするん」
「だって私だけ……蓬生さんにも脱いでもらわなきゃずるいです」
「ふうん」
「……なんですか」
「いいや、そうしてもらうんはえらい光栄、やけど」
下の着衣にまではさすがに手を付けなかったが、
それは、そうする前に土岐が位置を反転させたから、
ただそれだけのせいだったかもしれない。
(まだ間に合うよ、小日向ちゃん)
体重をかけていきながらも、つい表情に出てしまいそうな本音をひた隠すように、
すきまなく胸をつけて抱きしめると、甘い、小さな声が漏れた。
「あかん子やね」
土岐はかなでの身体を跨ぎきり、
直上から、妖しく妖しく声をかけた。
「ほんまに、するよ」
そういう言い方にしたのは、いっそ怖がって、断わってくれればいいと思ったからだ。
けれども、こうなっても迷いない、素直な返事が胸を痛める。
大きくはないふくらみが脇に流れてしまうのを、気にする素振りを少しだけ見せて、
それでも「はい」と短く返す。
愛してしまった純粋なひとは、あとへ引かせてもくれない。
隙を見せてはいけないと、悪戯混じりに言ったのはまだほんのこの間の こと、
だが、この容易さは隙でなく、土岐だけに見せた、ほんの仄かな綻び。
ほんのみじかい非日常へ続くための、小さな小さな裂け目なのだと、
「あとで泣かんといてね」
心から願いながら、鼓膜に残る良い返事を信じた。
「緊張してるん?」
「……わかりますか」
「めっちゃわかる」
自分の鼓動が静かなぶんだけ際立つ、かなでの、走るような胸の音をきく。
「蓬生さんは緊張してないんですか…?」
「してないわけないよ」
「…でも」
それだけ、かなでの鼓動が早いということなのだ、と言った。
それは本当のことだ。
そして、脈を打っているぶぶんは、かなでと土岐とで微妙に違うということでもあるが、
それは言わずに触れさせることで気付かせようとした。
ベルトの金属のぶぶんを、かなでの下腹に圧し当てて、
そうしてしっくりと体重をかけると、かなでがぴくんと反応する。
「冷た…い」
「って……あぁ、当たってた? 気付かんで堪忍。外した方がええやろか」
惜しげなく上体を起こしたのは故意だが、そんな土岐をぼんやりと見やるかなでは、
カチャカチャといわせて外し始めた途端に、意図に感付いてあかくなった。
土岐は目元に明らかに、からかうような色を浮かべながら、
着衣の拘束をひとつずつ、確かに緩めていく。
「どないしたん? 赤こなって」
「は、外すんですか…っ?」
「外さんと。冷たい言うし」
「そ、そうなんです……けど」
外すだけでない。
ベルトを外すためだけにふたりでベッドにいるわけでない。
だから、外したらそのあとは、というのを想像したか、
かなでは土岐がそうするのを見ぬように、ぱっと目線を天井へやる。
夏の終わり、木立の深い一棟に隠れてさえ、暑いあついと言うような顔だ。
土岐の指先を離れた着衣が、ベッドの縁を滑って床に落ち、
その、故意の衣擦れに、かなではあからさまに怯えた。
怖がらすのは、本意でない。
土岐はシーツを背に被ってから、再びかなでの身体を跨ぐ。
「もう見えへんよ」
「……本当に?」
「ぜんぶシーツん中やから、安心しぃ」
少しずつ目線を合わせてくるかなでは、
最後にちゃんと合う、その瞬間まで、土岐の言葉を一抹疑っていたらしい。
見ないようにしようとしたものが、本当に見えないところへ隠されている、
そうわかってから、漸く綻ぶように笑ったのである。
見て、土岐も安堵する。それもまた本当のことなのだが。
(先が思いやられるわ)
こちらも、本音には違いない。
姫抱きにしてベッドへ運んでから、もうどれくらい、月は角度を上げたろうか。
つもりでなかったとはいえ、まだ、繋げてさえいない。
「おあいこなら、小日向ちゃんも脱ぎや?」
もどかしい手付きにならぬよう、かなでの下着に指をかける。
◇
鋭く高い声の上がるのは、そこがとても敏感な証拠だ。
つまんだ小さな頂は声に似て、輪郭を固くして角を立てる。
「あ……っんあぁっ」
利き手の手指のあわいにして、乳首を軽くつぶすと、
かなでは目をきゅうと皺にして喘いだ。
「もう気持ちよなった? 感じやすいんやね」
よく反応する身体だから、もっとその先の反応を見たくなり、
ぞく、と重いざわめきを感じる。
片方だけでは飽き足らず、流れた膨らみを右手で寄せた。
誘うような色の粒が、ふる、と中心で震えて
思わず舌で含んだ。
「あっ、ぁ…だめやだ、あぁっ」
かなでが膝を擦り合わせて、シーツに皺のゆく音がする。
それはもうじきに、その波間へ、濡れた液体が零れるのを
そうして我慢しようとしているのだということ。
含んで滑りよくしたところを、舌の中で転がすと、
せつなげな息が掠れて上がる。
「ぅん……っ、蓬生さん、まっ…あぁっ」
待って、と言うのだからと、動きを止める口実ができた。
その場で目を上げると、ややあって合わせてきたかなでの目は
少しだけ不満げだ。
待って、と言うのに? そういう顔で見返したが、
土岐には土岐で、別の理由がある。
「その声聞いてるだけで勃ってくるわ」
「た…っ、たつって」
「俺のん」
「…!」
予想通りの反応に、くすと喉を鳴らしたが、かなでにはどういうふうに映っているのか、
恐らく土岐が自覚している半分くらいしか、先を急く思いは伝わっていない、
そう思う。
このまま伏して続けていては、かなでのすべすべとした下肢のあいだを
ぬめるもので汚すのもそう遠くない。
そうなると、さほど余裕ではないのがつつ抜けてしまう。いただけない。
「勃ったんみたことある?」
「…た、ってないのも……みたことないです」
「ほな、さわってみる?」
「……さわっ―――え」
かなではおもしろいほどわかりやすかった。
半分まるまっていた手のひらを、意識的にか無意識か、
さっとシーツに隠そうとしたのを、土岐は手首を強く握って引き出した。
「や……」
「なぁ小日向ちゃん」
そして、射抜くようにして見つめれば、
かなではもう動けないのである。
「どんなんかわからへんもんいきなり入れられんの、怖ない?」
「でもだって」
「俺の、そんなちっさないで」
「……そう、なんですか?」
「ほんまかどうか、さわってみよか」
そのあいだに、どう思い描いたろうか。
かなでが、やがてほぅとついた溜め息は諦めだ。
「蓬生さん余裕すぎ。いったいいくつなんですか」
「19」
「ですけど。とてもそうは思えない」
「それきいて安心した」
観念した手首を解放すると、かなでは指先を軽くそろえて、
つつと土岐の胸の間を、辿るように降りてゆく。
そう厚いというわけでないが、緩やかな隆起のある肌を、興味深げにへこませたり
途中で何かと寄り道をしながら、徐々に、しかし確実に下降する。
「どのへん…ですか」
「探してみ」
「…どこ」
「かたちは違ても、あるとこそんなに変われへんよ」
「そ、そうですけど…!」
手探りするかなでの腕と、指先が撫でてゆく自分の皮膚と
土岐が目線を縫って盗み見るふたつの肌は
どちらも酷く白い。
けれども、酷く異質に見えた。
自分の肌が夜に沈む、月の影になるものなら
かなでの肌は暖かで、柔らかで、
どこかとても明るいところへ、引き出して連れて行くもののように見えるのだ。
「あ。」
そして、その声もまた、そうである。
探り当ててしまったものを、意図なくぎゅうと握って、きょとんと顔を上げてしまう無防備さも
土岐には決してないものを、かなでは確かに持っている。
「あったね」
「っ、え、えっとごめんなさいこんなつもりじゃ」
「あかんよ、放さんといて」
例えば天と、地のように。
例えば日と影のように。
だから、負けたとは思わない。
ひかれてひかれて、仕方ないということだけが、浮き彫りになる。
かなでの手のひらを、ひとまわり外側から包んだ。
放さぬよう、逃げぬよう、かたちまで覚え込ませるようにして。
◇
「上手いこと見つかったことやし、ほないれよか」
「っは、……はい」
なんてやらしいことをしてしまったんだろうと、
かなでが良い返事をできなかったのは、そんな恥ずかしさのせいだったか。
本当にいやならそう言えば無理にはしないというのを、
土岐はこれまでにわからせるようにしたつもりだったし、
かなではかなででこころを決めて、ここにいる。
だから、唇をしっかりと結んで、まっすぐに土岐を見上げるのだ。
シーツの中を覗くようにして少しだけ俯いた土岐が、
かなでのまるくした手のなかから、
腰をぐ、と引いたのはそのときだった。
「……っ!」
しなやかに硬いその感触は、かなでの手相に貼り付くように、
カラになった手のひらに生々しく残った。
酷い熱と、重みさえ残るように、あえて擦れるようにしたらしい。
そうかなでが詳しく解析すれば、甲斐もなく素に戻ってしまうところだが、
土岐はその余裕をギリギリのところで与えなかった。
「あ……っいた……ッ」
「いれてへんのに?」
「……ような、気がして」
「こっちがびっくりするわ」
言い返せないのがもどかしいが、
いれるどころか、ふたをされたように、かなでは感じている。
「こ、こんなのはいらないぜったい!」
「せやんな、こんなとこにはいらへんよな」
あからさまにホッとした顔を見せたかなでを、土岐は笑う。
笑われてもどうにも、感じてしまうのはまるみ、土岐が先を使って、ぴたとくっつけたところ。
小さく動かされる度にぬると滑って、小さな水音を立てるところ。
ぼんやりとしたこそばゆさが生まれる。
「なんでもはじめは、練習やんな」
「……ん?」
「こういうので」
と、土岐は指を立ててみせた。
弦を跨いで、和音も自在に押さえることのできるそれは、綺麗な長い指だった。
艶やかな声で練習と言った、それがどういう意味なのか、
聞かせんばかりの鼓動が鳴る。
「いっぺんいく練習もしとこか」
「い、いくって…っ?」
かなでは無論、解っていて聞いている。
はじめてなのと知らないのとは違う。かなではスれてはいないがカマトトでもない。
けれども、想像がつかないから怖い。
「聞いたことくらいあるやろ? 男のひととして、感じて気持ちよすぎていってしまう、て」
「そんな」
「初めてが痛いばっかりやったて言われたら、俺も泣きたなるしな」
「蓬生さ……!」
語尾は飲むしかなかった。
全てを呼ばせる前にうまったもの
本当に、それは指なのだろうか。
かなでの指と比べてもそう太さに差があるとは思えないが、
倍か、それ以上か、ただひたすらに押される感覚は、
過ぎると不思議に惜しくなる。
いやと言う代わりについて出る声は、とても寮では出せない種類の艶を帯びているのが、
自分でもよくよくわかる。
すきなひとに聞かれるには恥ずかしすぎる、わかっていて止められない。
土岐が関節を使ってする動きに、甘すぎる波がじわじわとひろがる。
「っあ、あぁっ…やっ、んあぁっ」
「なぁどうするん。溢れてんで」
膝を広くされるのに抵抗もせずに、そこへ身を低くしていく土岐を制止もせずに
むしろ誘うような声を出すのをどういうふうに思われているだろう。
かなでは、男でないからわからない、その無尽の可能性に不安を覚えた。
―――おねがいだから、やらしい子だと思わないで
言えることは、好きだから、ただ、それだけなのだから。
指が、零れるものを掬い上げて、塗り付けるようにしてまた埋まる、
絶えず響く濡れた音を、彼がつくると思うだけで、
更に次を零してしまう。
「ああぁ、や……やだ…」
繰り返し抜き差しされる感覚に、
柔らかだった内側がピンと張ったように硬くなり、あるとき急に熱をもつ。
立てた足の付け根のあたりが、ひくひくと小刻みに震えて、
首筋にねっとりとした汗がにじむ。
身体の内側から、止まらないなにかが来ていると、
かなではうるさい鼓動に竦む。
固く縮もうとするこころに、土岐は気付いたのだろうか。
「がまんしたらあかんよ」
「だって怖い…!」
「そのまま、素直にしてたらいけるから」
土岐はゆっくり言い聞かせるように言って、
蜜蝋の溢れてくるところに、二本にした指先を押し入れた。
「あっ、あっ、んっあぁ―――」
泣きの入ったような声を上げて、
かなでは大きく身体を波打たせた。
高い声は、もともと狭いところを更にきつく締め上げて、
差し入れたままの指を螺旋に絞る。
いつ抜こうかと土岐が暫し思案したほどに、それは長く続いた。
「小日向ちゃん、めっちゃいったね」
「いまのが……そうなんですか…?」
浅い息を継ぐ隙間、薄く開いた瞼の端で、涙は玉になっていた。
それを、あるうちの乾いた指で掬い、
土岐は満足げに、これ以上優しくできない声を使う。
「よう覚えといて。今度は俺のんでいってもらわんと」
長い髪を緩く緩く結ぶ紐を、つるりと指に引っ掛けて、
覚めやらぬ肌にはらりと垂らす毛先まで、痛いほど、酷く酷く感じる。
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