かなでの膝裏を持ち上げて、肩に引っ掛けるようにした。
ひくひくと、まだ不定期に込み上げるのだろう痙攣が、
熱を上げ始めた土岐の肌にも伝わってくる。
「も、もういれるんですか」
「まだ待たんとあかん?」
と、問うて返ったかなでの表情は、是非どちらにも取れる。
それならいいほうに捉えたほうがいい、そう土岐に教えたのはかなでだった。
などと、これは少し、無茶な言い分ではある。
わかっていて、先のまるみを圧しいれた。
「ああぁ……んっ」
「……せまっ」
少しは、解れたのだろうか。
女でないので、土岐にはそれがわからない。
いや、恐らく足りないのだということは、
逃げ場もないほどの感触ですぐに推し量れたのだったが、
ここまで待って、もう少しを優しくすることのできないこころ、
もう、それしか持っていない。
かなでの眉間に寄る皺は、確かに痛みを堪えるものに見えたが、
ぞくぞくする呼吸を歯で噛みながら、思うより青い自分に気がついている。
いれたぶんだけ潤うから、思うよりも進めてしまい、
先がまるごと包み込まれてしまえば、震える甘味を根元まで味わいたくなってしまう。
「こんでぜんぶ。もうないよ」
「ほんとに、ほんとですか?」
「ん、本当やで」
できるだけ優しく言って、一度目の律動をする。
声にならない叫びと一緒に、動かせないほど狭いところが更にきゅうと収縮した。
「痛い?」
「わかん、ない」
かなでの言葉が乱れる。
敬語を外すのはまだ少し、そう言ったはずの語尾を、繕う気が回らないらしい。
「あかん、ほんまにキュンキュンするわ」
「な、なにが」
「めっちゃ好き」
「…!」
初めていれるところの、感じる場所を探すのは難である。
位置を変えて挿し入れながら、注意深くそこを探り当てるしかないが、
だからこそ、演技か、そうでないかを聞き分ける耳もいる。
「どこが良かった?」
「へ」
「さっき」
言うと、かなでは途端に緊張した面持ちを見せる。
正直なところ、どこかがわかるような段階ではないのだろうことは
訊かずとも想像がつくのだが。
けれども、だから反応は素直だ。
「…痛くないように……して?」
「また、難しいこという」
「できるくせに」
「……よう言わんわ」
女が勘を働かせるというのは、16か7、年端のゆかぬ少女でもそうか、
土岐は些かの本気を武装する。
「ほなまぁ、ゆっくりしよ」
痛くないようにと言われたら、根元まで埋めても、次にさほど弾みをつけた動きはできない。
ゆるゆるとごまかすように―――それは土岐自身にも都合が良かったのだが
いれたものの反りのとおりに、すこしずつ、襞がほぐれるように逆撫でる。
「……あ…っ」
指よりも太さのあるものがはいって、綻びの断ち切られた痛みがないわけがない。
が、かなでの内側に散在する感じる点は、だから指よりも根こそぎにして触れることができる。
土岐は、声に艶が乗った一瞬を捉えて、深く奥へ侵入した。
「っん、んんぁ……!」
高い声は、静かな部屋に残響する。
鼓膜に残るのはかなでも同じか、はっと気付いたようにして唇を一本に結ぼうとする。
その気持ちはいくらも汲むけれど、土岐としては、このまま我慢されてしまったらおもしろくないのも確かだ。
「なぁここ?」
そうに違いないと踏んだところへ、重なる襞を掻き分けていれる。
途端に反応するのは鈍い収縮、包まれる甘みに吐息が漏れた。
「んあっ……あ、っや、やだ……ぁ」
「めっちゃ熱なってんで」
「そんなの知らな……あ、あ、あ、やめ……」
いれた境目まで、とめどなく降りてくる濁った液体が、
隠しても隠しきれない劣情を浮き彫りにする。
土岐はまた、下腹まで濡れるのを感じて、同じように隠しきれない笑みを噛む。
背中にくい込む爪の先に、やや肌がささくれる、それさえも
煽られるひとつの材料にしかならない。
土岐がするとおりに、弾んで揺れる身体を眺めるだけで、
ふる、と中で膨張する。
かなでに自覚があるかどうか、恐らくないが、
隙間なく膨れたそれがすることを、まるで味わい尽くすようにして、
短く切迫した声を上げている。
「そんなええ顔して、どうするん」
「……っ、ん?」
「俺が先いってもいいん?」
「い……いいけど」
「嘘やん? あっさり許さんといて」
半分からかい、半分本音で、
土岐はかなでの括れた腰に手をかける。
「もう痛ないやんな?」
と、やわな肌に指先を押し込むように、両の手で掴んで、ようやく改めて突き上げた。
「っん……っ!」
空気まで濡らすような水音を立てるのは故意に。
入り口あたりで遊ばせると、かなでは激しく身を捩って感じる。
指で届くところは、そうしてさっき、覚えたから
取りこぼさぬように持って行こうとする。
―――そうやんなぁ?
けれども、いまは指でなく
もっと、かなでのしらないところまで、届くものをいれている。
「もっと感じるとこ、知りたいって思えへん?」
「や……っあ、あぁぁっ」
「ぜったいここのほうがええよ」
持っている長さで届く一番奥へいれて、括れた段差で擦れるところの、
綴に織ったような狭さを膨らみきったもので広げる。
「っん、おねがい…だめいや……!」
「あかん。ここでいって」
「あ、あ……待っ…」
持ち上げた角度に合わせて埋め込むと、
絵に描いたように、かなでの背が撓る。
一定の間隔で締めつけ始めたのに、めげては負ける、
冷たい汗の滲む腰をもう一度律動させるものは、既にその想いでしかない。
蝋が燃されて溶けるように、ぐ、と熱を上げたかなでの、
最後の最後にする顔を、余さずここで、見なければ、
達することもできない。
「っ、あ……あ、あ、も…いく―――」
びくびくと、脈のように蠕動する粘膜へ、いまひとたび挿しいれて、
「……も、好きなように動いても、いいやんなぁ?」
そうやって、また大人のふりをする自分に気付く。
うるおう内壁に導かれるように、自分さえ忘れるように、
溺れるのは瞬きの間ほど。
たったいまだけ、隠せない弱さを吐き出すのを
誰も、
そう、かなでさえ、
誰も見ないといい。
◇
別に、ここやのうても。
あんたに腕枕できるとこやったら
ほんま、どこでもよかった。
見送りには、来んといて。
あんまり得意やないんよ。絵に描いたような出会いとか、別れとか。
なんや、こころいっぱい、笑たり、泣いたり、がんばってしまいそうで。
そういうのん、俺にはちょっとハードル高いねんなぁ。
だから、いまここでさよならするん、許してくれる?
朝になったら、なんにもなかったようにして、ふたりつらって帰ったらええやん。
悲しい顔せえへんて約束してくれるんやったら、車降りたあとも、部屋まで手ぇ繋いでいってもええよ。
そして、あんたが寝直してる間に、こっそり新幹線乗るわ。
なぁ、小日向ちゃん。
俺、そんなやねんけど、許してくれる?
「蓬生さん?」
腕の中で、とうに眠ったと思っていたかなでは、土岐を呼んで片腕を伸ばした。
魚のようにしなやかに、背に回った指先が、肌の上でぬるりと泳いだ。
繋がりを抜き取って、もう随分になると思うのに、まだ乾かぬ汗が残っていたことを知る。
鼻先を胸に埋めるようにして甘えるかなでを、
抱きしめるのに躊躇うほど、ひた垂れる髪までも、そういえばしとどに湿度を帯びている。
「……埋まっても、もういい匂いせぇへんし」
「ううん、やっぱりいい匂い」
「ほんま?」
「ほんま」
口真似たかなでの、声が少し揺れていて
そのとき土岐の胸は、この夜一番高く打ったのである。
「な、なんで泣いてんのん…!」
「な、泣いてないぜんぜん泣いてないです」
痛かった時はもう疾うに越えている。
そのときを、じっと気丈に耐えた糸が、いつ、ぷつんと切れていたのか、
かえすがえす、わからない。
「小日向ちゃんなぁ…せやし泣かんといてて言うたのに。俺も涙には弱いねんで」
「だから泣いてないんですってば!」
まだ言うのである。
無理くり胸から剥がして、顔ごとしっかり包んで、
その目をしっかり覗き込んでも。
瞬きの度に、涙を落としても、これは何? 問う度に、違うと言う。
かわいいかわいいひとだと思った。
「いややった?」
そう、どんな気持ちで問うたと思う?
表情筋の具合から、多分普通に笑えている、それには自信があるけれど
かなでがどう答えるか、そのことだけ、
「なんや、めちゃ不安やねんけど」
「世界には嬉し泣きというのもあるんです」
「―――」
「そういうこと、蓬生さんはもっと知ってください」
おねがいだから
そう言って、かなでは吸い込まれそうな笑顔をして
まっすぐに土岐に見せた。
軋む音ひとつさせずに、抱きしめてしまうこと
誰にも教わったことはなかったのに
それを、上手に上手にさせてしまう彼女に
本当は、いまから恋をするのかもしれない
「こんなんしてたらよう寝ぇへん?」
「寝られなくてもいいです」
「明日、山道酔うで」
「酔ってもいいです」
例えば昼の夜の隙間
例えば天と地
例えば日と影
そんな全ての境界を、静かに静かに守りながら
深く、ふかく、溶ければいい
世界が、何もかもをみえなくする、その僅かな間だけ、撹拌されたふりをしてくれれば
太陽は月へ隠れもする。
そして、地上の影になる。
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