※土岐ルートのネタバレを激しく含みます。未プレイの方はご注意下さい※
今夜は主役なのだから、と、たくさんの特別扱いを受けたかなでであった。
特別扱いの延長で、本当はみんなで手分けするべき打ち上げの片付けなんかも、
いいよいいよと言ってもらって。
集まっているのはほとんどが男子だから、かなでは仮に主役でなくとも、
多かれ少なかれそうなるのかもしれなかったが、
「なんだか、どっと疲れが出てきちゃった」と好意に甘えるフリで、少し早く会場を出た。
甘えるフリ、というのは、それが本当は作戦だったからで、
幸いにも作戦通りに物事は、しかもごく自然に運んだのだったが、
けれども、かなでが考えた作戦ではない。
では、誰が入れ知恵したのか、というと、
時間はほんの少し遡る。
「夜もおそなったし、女の子にまで手伝いさせるような男は、まぁおらんやろ」
あおい水の傍で、膝枕の上で月を見ていた彼は、
言って瞳をかなでに合うようにして、それから深く見つめた。
夜の色の目で、夜の湿度を含んだ声で、喉を鳴らしてくすりと笑う。
「俺、いまから車出してくるし、頃合見て抜けてきて」
ひと夏を過ごしたのに、少しも陽に灼けない指が、下からそっと伸ばされた。
暑いあついという割に、長袖ばかり着ているから、
そして、日陰でばかり過ごしたがる、少しまっすぐではないひとだと、
かなでは土岐のことをそんなふうに思っていた。
「……蓬生さん、くすぐったい」
猫にするように、顎と喉との境目の、柔らかいぶぶんを、
短く整えた爪の先で土岐は遊ぶ。
制服のときよりも肌をたくさん見せてしまっているかなでは、
あかくなって膝を固くした。
「なぁ、あかん? そうしよ」
「でも、ずるくないかなって」
「ええんよ、今日はようがんばったんやから、少々くらいずるても」
「……がんばったのはみんなおんなじで」
「なぁ小日向ちゃん」
土岐はいつになくしつこかった。
いや、誕生日の夜もそうだったか、あのときと同じくらい、
それに少し甘えたようなふうを加えて、しきりに誘い出したがった。
「俺のお願い、聞いてんか。もう最後やねんから」
「……またそういうふうに言う。最後じゃないですよ」
かなでは、先に渡された新幹線のチケットを出してきて、
土岐の目線の延長でひらひらとして見せた。
「ま、せやねんけど。それ先に渡したんは失敗やったなぁ」
「ふふ」
つい、土岐の前髪に手を梳き入れたかなでである。
こうしていると、ふたつも年上のひとだとは、少し思えない。
大人びた顔つきをしているし、常の雰囲気は年齢以上かもしれなかったが、
かなでの膝に頭を乗せているときの土岐は、
その時だけ、誰にも見せない顔をする。
「すごく、柔らかいんですね」
「小日向ちゃんには負けるけどな」
と土岐は言うが、負けた顔は少しもしていない。
つるつると、かなでの水かきを滑る髪は、
芯をこつんと抜かれたように、毛先までが本当になめらかなのだ。
「私のは、ふんわりだけどけっこうコシはあるんですよ」
「そうなん? 触ってもええ?」
「っ、は、はいっ、ええですよ!」
「と思たけど、へんな関西弁やったしやめとくわ」
「……」
「ふふ、嘘や。ちゃーんと覚えて。たくさんしゃべるようにするから」
「は、はい!」
甘いような、そうでもないようなやりとりの後で、
土岐の指は、かなでの髪へと移り、
「ほんまや。やらかいけど健康な手触りやね」
頬を染めたかなでの上に、更にほんのりと、夜が降り。
月を、雲が影にする前に、答えを出さなければならないと思った。
「やっぱりずるいと思いますけど、蓬生さんも共犯なら」
「俺は男なぶん、あんたよりもっとずるいしな」
「よーし。うん、わかりました!」
そういう良い返事を待っていたのだろう、土岐はかなでの膝から身を起こし、
ポケットからキーを出してきて、くるくると人差し指で2度回して見せた。
「ほな、またあとで」
「あの、気を付けて下さいね」
「心配せんで。あんたを攫う前に事故に遭うたら、死んでも死にきれへんやろ?」
そう、彼が言うから笑えない冗談を、
かなではそれでも笑うことを覚えた。いつしか彼と、過ごす間に。
“あんなんがええわ”
流星群の下で彼は、随分軽く言ったものだから。
今日は星が流れないから、大きなまるい月だけだから、
あんな悲しいことは、きっと言わない、そう思うけれど。
“ひとのこころに”
“綺麗な光だけ残して、あとは―――”
そんなことは思い込みだと、
彼がどうしても思えないぶんはかなでが信じてあげられないと
ほんとうにいつか、かなでの前からいつの間にか、
土岐はそれこそ、光のように
―――なにも残さずに、いなくなってしまう気がしてしまい。
「急がなくてもいいですよー! 私、トロいので!」
「あぁ、めっちゃ助かるわ」
だから、まだ信じられないでいる彼の代わりに、
(私が信じる)
蒼い月が、この星の上でまんべんなく笑うように、それを、真似て笑ったかなでは
彼の導く夜へと、こっそりこっそり抜け出したのだった。
作戦通り乗り込んだシートだったが、皮革の匂いにはまだ慣れず、
ここにドレスで座るのは初めてで、お尻がつるつると滑るようで落ちつかない。
「誰にも見つかってないとええんやけど」
「ふたりしていなくなったら、見てなくてもバレると思いますけど」
「それもそやね。小日向ちゃん、頭ええなぁ」
「……ど、どうも」
土岐が手元を動かして、エンジンの音が少し変わる。
これは、さぁ走るよ、ということなのだろうか。
「しばらくおしゃべりはやめよか」
そしてこれは、運転に集中したい、ということなのだろうか。
かなでは、早くも口を固く閉ざし、無言になって頷いた。
その、場には少し過ぎた真摯さが、見つめた土岐の目元に笑いを誘った。
「そうや、あと、目ぇも閉じといて欲しいんよ」
「………ん?」
「本当は夜景も見せてあげたいんやけど」
ハンドルを外れた土岐の手のひらが、かなでの瞼に柔らかく、重なって、
「閉じた?」
尤も、睫毛が擦れるから、開けておくほうが難しいくらいだ。
「途中で開けたら、あかんよ」
「……ん」
「手、放すで」
「…ん」
最早、本当に、無言で頷くことしかできないのである。
話さない、目を開けない。
まるで誘拐―――どこか、知らないところへ攫われてしまう、
そんな表現がぴったりだと思った。
それなのに、何故か、とてもドキドキする。
車は動き出したようだけれど、右も左も、よくわからない。
時速何キロの世界なのか、知らないけれど
速度にだけ慣れてゆく身体は、隣やや距離のあるところにいる体温を、
せめてと意識しようとしていた。
◇
車が止まったことで、かなでは目を覚ました。
話さず、目を開けずに揺られるうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
目の開いた延長に、土岐の姿はない。運転席はカラである。
と、それもそうだが、ここはどこなのだろうか。
ウィンドウの向こうに見える範囲でしか判じられないが、どうやら都会ではない。
故郷の田舎ともまた違う、木立の蒼い、静かな静かな夜である。
途端に心細くなってキョロキョロとし始めたとき、
助手席のドアが開かれる、その良い音に、反射のように振り向いた。
「蓬生さん!」
かなではぱっと笑んだが、土岐は困り顔を見せた。
「あかんやん。まだ開けてええって言うてへんのに」
「っ、そうだった! はい、閉じました!」
「そうそう、そうしてて」
優しく念を入れる土岐の声に、かなでは、決して開けないことをこころに決めた。
が、シートに凭れた背の隙間に腕がまわり、
そして、きちんと揃えた膝下にも差し入れられたのは全くの予想外で、
大人しく目を開けずにいるのは、本当にとても難しいものだった。
「お姫さんみたいにしてあげよか」
「お姫……さん?」
土岐が、ん、と下腹に力の入れたのがわかり、
すう、と身体は浮き上がる。
さらりとした夜の空気に、ドレスの裾がなびいた気がした。
「〜〜〜あ、あの私重いんです!」
「いまわかった」
「……そうですか。なら、いいんですけど」
それでも降ろす気配がないなら、されるまま開き直るしかない。
こんなことなら練習の合間にダイエットもしておくのだった。
お姫さん、と土岐は言ったけれど、ちゃんと、そう見えているだろうか。
「蓬生さん、いい匂いする」
言ったとおりのことを、鼻腔で感じていた。
目を閉じると、他の感覚が目覚めるのかもしれない。
腕の中でカチコチになっていたのが少し解れ、
かなでは、勇気に勇気を重ねて、土岐の首にそっとそっと手を回したのである。
「部屋に香焚いててん。線香とちゃうで、似た匂いやけど」
「なんか落ちつく……きますね」
「ええよ、別に敬語使わんで」
「……ううん、まだ、なんとなく」
「そうか。あんたがええんなら」
どこかへかなでを連れてゆく、土岐のその歩幅ごとに、
接したぶぶんがあたたかくなる。
どこへ連れてゆかれるのか、そんな不安は、そのたびに小さくなって、
かなではヒールを履いた爪先を、右、左とゆらゆらさせる。
草を踏んでいた土岐の靴音は、そのときこつ、と木の音をさせた。
数段、昇っただろうか、そのような振動を感じながら、
キィと軋む扉の音を聞く。
「……蓬生さんち?」
かなでは、その可能性も含めて、声を土岐だけに聞こえる大きさに工面した。
「まぁ、それでもよかったけど、どんだけ飛ばしてもさすがに朝んなってまうわ」
「ふふ、そうですよね」
ということは、ホテルかどこか、そういう感じなのだろうか。
かなでの心拍は俄に跳ね上がった。
それならそのうちフロントなどがあるだろうし、
こんな恰好でチェックインだかをすれば、フロントマンはどんな顔をするだろう。
「ね、ねぇ降ろして下さい!」
「せやね、俺ももうじき腕が棒や」
「……」
地味に傷ついてしまう。
いや、そんな場合ではない。
棒の腕に降ろされたなら真っ直ぐに立ち気丈に目を開けて、
フロントマンに恥ずかしくない態度を取らねばならないはずだ。
そう思い、履き慣れないヒールに意識を集中していたかなでだったが、
反して靴は片方ずつ脱がされて、身体は柔らかいところへ、そっと沈んだのである。
かなでの感覚が特に非常識でないなら、
そこはスプリングの効いたマットレスではないかと思われた。
「小日向ちゃん、やっぱり無防備すぎるわ」
男のひとがそういう台詞を言うのは、もしかして、もしかしなくても、
やはりここはベッドの―――
「ええよ、目開けても」
―――間違いなく、ベッドの上である。
「え……っ!」
「気を付けんと。あんまり安心しきってたら、すぐこういうことになってまう」
中央で身を起こそうとしたかなでに、土岐は間髪もなく覆い重なる。
灯りがついているはずもなく、部屋の色そのままに染まった長い髪が、
かなでの広く晒した胸元へ垂れた。
「っ、あの……!」
ひどい力なのだった。
あまり丈夫でない、そう土岐は自分のことを評するが、
だから3年生でも19になって、来年は酒が飲めるのだと自嘲するが、
かなでがその胸に手のひらを押し当てて、うんと向こうへ力を込めても、
びくとも離れてくれない。
それどころか更に圧力を加え、片手ではネクタイを緩めまでするのである。
所作はあまりに手慣れたふうに見え、闇に青白く浮いて綺麗だった。
かなでは半ば見蕩れるように、いつしか、突き立てた手首の力は緩んでいたのだ。
「ただのドライブやと思てた?」
「……ちょっとだけ、違うかもっていうのも……あったんですけど」
儚いひとだ、ずっとそう思っていたのに、
ひとまわり外側からかなでの指を握り込む、筋の走る手はちゃんと大きい。
かなでの腕は頭の上まで持ち上げられて、
シーツの上で水かきと水かきをあわせるようにして繋がれる。
「あんたのこと、こういうふうに、いつしよか、ずうっとせんとこか、ほんまに随分迷てなぁ」
「蓬生さん、それって……」
「けど、やっぱり、連れてくるだけ連れて来よかて、さっき膝の上で決めてん。
途中で怖がって、走る車から飛び降りられたらコトやから、気持ち良さそうに寝てくれてホッとしたわ」
初めから、近いちかい唇は、いまやもっと近くなって、
かなでのそれと、紙一重のところまで近づいていた。
「ええ部屋やろ? 一棟ずつ離れになっとるんよ。うっかり大きい声出ても、誰にも聞こえへん」
「!」
「どっかのラブホみたいにへんな模様のベッドちゃうし、なにに使うねんて言いたくなる妙な設備もないし」
「……えっと、どこのラブホも知らない……から」
「ええ雰囲気やと思うけど。なぁ小日向ちゃん、俺としよ言うたら、いや?」
聞かれて、思う。
(私は、いや?)
土岐の背の向こうがわは、蒼いあおい背景があるだけだ。
余計なものはなにもない部屋に見え、
ただ、ふたりが着の身着のままに重なっている広いベッドと
丸太をそのまま積み上げたみたいな壁と
レースのカーテンがかかる、小さな出窓と
あとは、灯されぬ灯りと透明な空気があるだけだ。
自由になるのは目線だけなのを、かなではもうわかっている。
それでも、その目線さえ、土岐だけを見つめようとする。
なにも、見るものがないからなのか
それとも、土岐だからなのか
彼が、唇をこれまでになく、かなでに重ねようとそこで、
滑らかに撓ませているからなのか。
「……いやじゃ、ないです」
「ほんま?」
「……ほん、とうに。蓬生さんのこと知って、もっと知って欲しいっていうか、なので、
だから私もいやじゃないです」
照れが過ぎて、途中から自分でも何を言っているのかわからなくなっていた。
ひとの顔は、ここまで熱くなる。
かなでは、いまのいままで知らなかった。
もうすぐにキスされるのだろう顔は、こういうふうに熱を上げるのだと。
そんなかなでを、土岐は笑う。
「……私、真面目に言ってますけど」
そして、唇は重ならぬうちにふいと離れたのである。
「なんにもせえへんよ」
「、えっ……」
「そんな顔してるあんたに、無体なことでけへん。怖がらすだけ怖がらして、ほんまに、堪忍」
土岐はほろりとかなでの上を滑り降り、隣で長くなった。
かなでの思考が追いつかず、まごついている間に、
腕枕にされて引き寄せられる。
「こんなふうに、ずーっとしたかってん」
「……腕枕、ですか?」
「言うたことあったやろ? あれ、別に悪い冗談とかやないで」
思い出されるのは、まだミンミン蝉の鳴く頃のことだった。
本当に、この人たちに勝ったのだろうかと思ったくらい、
神南の部長と副部長が挑発的に言った台詞はいくつもあったが、
そのうちのひとつ、確かにかなでの記憶の奥にある。
「これ以外になんにもせえへんから、一緒に朝までここで寝よ?
最後の夜やのに、寮やと、それすらできひんから、車飛ばして連れて来たんよ」
「……ほんとに、それだけでいいんですか?」
「考え直して欲しい?」
「っ、いえ…! ……じゃなくて、わからないんです。どっちのほうが、いいのか」
レースのカーテンを、月が透過する。
透明の銀色がベッドまで届き、かなでは土岐の影に隠れてしまう。
それが、なにをかき立てたのか、名前のつかない気持ちが、かなでの心に生まれ始める。
ひととき、土岐の腕から頭を上げて、
半身をひねり、直上からその顔を見つめてみる。
「眼鏡、外してもいいですか」
「ええよ、寝るんやし」
「ううん、キスするんだし、です」
「―――小日向ちゃん」
土岐が、腕枕以外になにもしないなら
そう決めているのなら
この部屋の、ふたりの時間を動かせるのは、かなでしかいないのだ。
「このまましたら、ほっぺたにぶつかっちゃいそうだから」
「よう知っとうね」
かなでは、外した眼鏡の上品な重さを指先に感じながら、
しっとりとした声に向かい、不自然に背中を丸めたから、
ドレスの肩ひもが片方浮いて、二の腕を撫でて落ちる。
「私は蓬生さんが好きです」
「俺も、あんたを愛しとう」
どちらの目が先に閉じたのか、それをどちらも、見なかった。
ささくれも、なにもない、つるりとした細胞の、
なかみのみずを少しずつ押しつぶす。
「……っふ」
背中に指先を感じて、かなでは小さく声を絞った。
土岐はかなでの肩ひもを戻すのにそうしたのだったが、しかし、
折角戻したそれを、戻した傍からもう一度また落として、
こんどは故意に、落ちてはいなかったほうまでも、その手で掻き降ろした。
「ぅん……っ、ぁ…!」
口付けは深くなっていた。
誰に教わったわけでないのに、土岐のするのに応えるだけで、
かなでは赤い舌先をぐっしょりと濡らして、奥へ奥へ進める、
その術を覚えてしまう。
「蓬生……さん、」
「こんなん、めっちゃ詐欺やんなぁ」
息継ぎの合間を縫って土岐が言うのは、
なにもしないといったことを指していると思われた。
けれども、かなでは首を横に振る。
何故ならそれは土岐だけでなく、
滑り落とされる肩ひもに次いで、そこから続く白い衣装がもっと、
脱がせやすくなるように、かなでは自分から身を捻ったり浮かせたりしているからだ。
いけないことをしている。自覚はある。
それでも、身体はそういうふうに動いてしまう。
ひみつをひとつ、ふたりでひとつ
この夜に、つくったように。
そう思えば、静かに静かに胸が鳴り
しなやかな手のひらが開いた肌を晒して、深く、ふかく、沈みたくなる。
―――ねぇ、どんな旋律が思い浮かんでいますか
まるい胸を、初めて男のひとの瞳に映した、
全身を心臓にした私を見て
あなたがこころに、浮かべる弦の音は
それはできれば月に似て、夜に似て、あなたに似た音であるといい―――
素手に抱かれて、自分の身体がとても柔らかいのだということを知った。
同じところをくっつけ合って、36℃かそれくらいの温度は、
とてもとてもあたたかいのだということを知った。
もう一度、さっきまでと同じ重みが重なるのに、今度は真正直な肌と肌。
その間には、緩衝剤になる衣服の摩擦がない。
空気さえも逃げぬように、守るように、土岐がかなでを抱きしめているだけだ。
「気持ちいい」
「……そんなこと言うて煽るん? あかん子やね」
かなでの手から、眼鏡がそっと抜き取られて、
枕元のボードへ、コトリと置かれた音がした。
いつまで握っているつもりだったのか、握っていることさえ忘れていた気がして、
うっかりと割ったりしていなくて本当に良かったと思った。
「ほんまに、するよ」
「はい」
「あとで泣かんといてね。お願いや」
「はい」
ああ、夜の色だ。
彼が、少しだけ切なそうな顔をするのは、
いつも、こんなふうに夜だった。
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