いつのことだったか、
冷たい真風に磨かれたようなオリオンを、大好きなひとと一緒に眺めたことがある。


私はまだ王でなく
姫さんとか千尋とか、そういうふうに呼ばれていた。
地に足のつかない船の上でも、鞣したような夜の空は、やはりに遠く、大きく見えた。


「星の、つくられるところです故」


彼はそう言って、だから手が届かないのは仕方のないこと、と定義した。
空からもげて、落ちて来そうに見えたから、私は両手を星に向けてのばそうとしていたのだったが、


「……落ちては来ないか」


そうするのはやめにして、後ろで大人しく組んだ。
穏やかに振り仰ぐだけの横顔に、自分のしたことがとても幼く思えて、
俯いた頬が熱くなった。


空は遠い、星は届かない、それはどこでも変わらないことなのだけれど
現代で見た同じものとくらべていた私にとっては、
手は届かなくても、次の風に揺らされて、落ちてくらいは来るのでないか、
そう思わせるに十分な大きさだったのだ。


ドキドキしてくるのは恥じたせいと、自覚しつつある想いのせい。
彼の隣に立っていると、手を繋いで欲しくなる気持ちを抱き始めていた。
ふたりの間にできた隙間を、会話の度に少しずつ詰めて、漸く服と服が擦れるか擦れないかくらいまできて、
けれども、そこからもう一つ、勇気を出せなかった夜のことだ。


「随分と、星が高くのぼりましたね」
「そ、そうかな、まだ大丈夫なんじゃないかな」


彼が言うのは、夜が更けて来た、だからもう一緒にいるのはやめましょうということの暗喩。
天鳥船にはたくさんのひとがいたけれど、
冬の盛りには早めに床に就く者が大半で、
堅庭にいても、耳を澄ませる事無く聞こえていた談笑は、いつしかスゥと仕舞われていた。


「もうお寒いでしょう。お手を赤くしていらっしゃるのでは」


彼のほうが背をまるくしてくれたから、見上げる必要がなくなった。
それはとても親愛ある所作だが、目が合ったのは随分と久しぶりに思える。
それくらい私たちは、長く長く星ばかり見ていたのだ。


「お鼻も」
「…!」


小鼻に触れた指先は、素肌でなく手袋の感触。
ひっ、と息を呑んで、折角合わせた目まで閉じてしまった。
くつくつと喉を鳴らして笑う彼と、ただひたすら情けない私。


「そう、このように、お鼻で済んでいるうちにお戻りになるのが良策かと」
「……手袋のくせに」
「おや」


開いた目に、近くちかく、彼が映りこむ。
眼帯の方はわからないけれど、合わせる方の瞳は、昼間の空の色をしている。
だから、夜には隠れたい、そう暗に、言うのだろうか。


「それでは、手袋で済んでいるうちに、と言い換えましょう」


手袋で済まなくて結構だ。とはとても言えなかった。
言えないからやはり手袋が頬を滑る。
それでも息をするのを我慢しなければならないくらい緊張するのを、きっと見透かされている。



―――見透かした上で、そのラインを決して超えないひとだった



使い込まれたしなやかさは、確かに良い皮革でつくられたものということはわかる。
もとは牛だかなんだか知らないけれど、仮に牛だとして、
その感触しか知らない私にとって、記憶にある彼の手指、それらは牛に撫でられたも同じ。


(……牛か)


なんてロマンスのカケラもないのだろう。
牛でなくて、柊に撫でて欲しかった。
恋する女の子の気持ちとして、特に我が儘だとは思えない願いだったはずだ。


が、最後の最後まで、彼はそれを許してはくれないということを、
その時の私はまだ知らなくて、
残された2分だか3分だかの内に、何とかロマンスのカケラをつくろうとしていた。


小さくてもいい、
ひとつひとつ積み上げて、やがて星まで届くハシゴになったらそのときは、
一歩ずつでもいい、
彼とふたりでよじのぼっていく為に。


話のきっかけとして、いまあるものは満天の星だけ、
だからそれらを使って、努めて不自然にならない話題を選ばねばならない。
私は頬にあるしなやかな手指(メイドオブ牛)を握って空を見た。
いまこのとき、私たちを見ているものは、
零れるような銀の雫を、両手一杯に掬い上げて、力一杯投げたような空であると、
そう、脳内を定義する。


「柊は何座なの?」
「なにざとは?」
「誕生日によって。那岐は乙女座で風早は蠍座なんだって。柊もあるでしょう?」
「あぁ、星宿のお話ですか」


ドキドキしながら待ったのだが、答えは「西方白虎」で、ややがっかりする。
聞いたことのない星の名前が幾つか羅列されたが右から左、とても記憶できない。


「ふぅん……こっちではそういうふうになってるの?」
「ご期待に沿えぬとは心が痛みますが、乙女座や蠍座、というものは、私も初めて聞きました故」
「じゃぁ誕生日は?」


私は尚も食い下がった。
誕生日さえ聞けば、そこから割り出すことが可能で、柊の知らないという星座について、
私が教えてあげることができる。
星のあれこれについて柊に知らないことを教えてあげられる、一番最初のひとになれる。
星を眺めるのはやめて、私は柊に向き直る。
握った手に、期待という名の力を込めた。


「私の誕生日は」
「うんうん」
「しばらく参りません」
「……んん?」


オリオンの瞬く空の下、しばらく来ないという日付けの可能性は無数にあった。
春は近い、それなら夏か秋か、それとも、過ぎたばかりという意味か。
質せど、どれも違うと言う。


「……ねぇいつなの? いいでしょう教えて」
「しばらく来ないということは、考えていただく時間もたっぷりあるということです故」


反論の間髪もなく、飾り口調は尚も続く。


「あぁ、それだけの長い間、我が君のお心を私の産まれ日のことで乱れさせることが叶うとは、
 随分と贅沢なお役目を買ったものです」


考えてみれば思わせぶりは標準装備、そこまで言うなら受けて立つ。
私は目線を強くした。


「あれはオリオンというの」


柊の手ごと、夜空の向こうへ腕を伸ばした。
後先の繋がらない会話、柊は少し目を丸くしたが、
やがてふたり、同じ三ツ星を仰いだ。


「あれが見られるようになると、冬が来た、って思うんだよね」
「さようでございますね」
「柊の誕生日には、あれが見える?」
「さて、どうでしょう。見えるような、見えぬような」


不機嫌な顔をしそうになった私に、柊は大きなヒントを残していった。
尤も、ヒントだとわかったのは最近になってからのことなのだけれど。


「その狭間に、あるのやも知れません」
「はざま」
「この先の未来で、世界が冬と春をめぐるあわいには、あなたも数えるばかり、踏むことがあるでしょう」


吹っ切るように言った、と思い、
窺うように目の端で盗み見た横顔だった。


それが、例えばもっと、楽し気なものであったなら
例えば言葉の中に、「私も」とか「一緒に」とかが、混ざっていたならば
誕生日の話をしたことなんて、もっととっくに、忘れていたのかもしれない。



―――オリオンが逃げてゆく



きゅう、とすぼまりゆく胸で、そんなことを考えた。
手袋が皺になるくらい、きつくきつく握り込んで、
その未来に、あなたがどうか、いるように
そのようにねがって欲しくて



身体いっぱいで三つの星に、貼り付いてここへ、落としてしまいたい



「ハシゴを作る」
「……は」
「決めたの。あの星まで届く為の、ハシゴをつくる」
「さても勇敢な」


柊は、ひとごとのように笑った。
そうではなかったのかもしれないけれど、そう感じてしまったという意味で。


精一杯の片恋で編んだハシゴは、想う度にぐんぐんと伸びて、
そう、ひとりでのぼることになるのでないか、
そんな予感はひにひにひしひしと沸き上がっていった。


それは、オリオンの向こうに、柊が見ている未来について
星の見えない私がかけることのできる、たったひとつの保険だった。




− Orion −




その日、王宮はとても賑やかだった。
暦の上では明日から三月、つまり春、ということで、梅観の会という名の催しが朝から盛大に開かれていた。
主催は宮のあるじ、つまり王とは名ばかりである、いわゆる年中行事のうちの一つである。


「確か、梅観る会だったはずだよね」


千尋は隣の那岐に話しかける。
小声にしたのは玉座であるのを考慮してのこと、はしゃいでいるのはそぐわない。


「じゃない?」
「でもここからじゃ全然見えない」
「だね。まぁこういうときは僕らこそお飾りなワケだから、出席することに意味があるってことで」


庭は確かに開け放されている。
が、那岐が渋い顔なのは道理で、吊り布で囲われた玉座からでは、
いくら目を凝らそうとも枝の所々に白やピンクのカタマリがあるようにしか映らず、
花の一つ一つまではとても判別できない。


千尋は何も、端近で談笑する臣や釆女を、羨ましそうに観る為に来た訳ではないというのに、
始めに一周、難しい説明と共に庭をぐるりと案内された後はずっと玉座にいる。
押し込められている、と表現しても過言ではない。


「あーあ…」


つまんない、と言いかけて、千尋は口をつぐんだ。
仮にも国事、王がつまんないなどと口にしては、うっかり耳にした者たちは悲しみに暮れてしまう。


「で、でもこれから歌とか踊りとかもあるみたいだし!」
「ま、なんでもいいけどさ。取り敢えず、終わる頃にはケツが貼り付いて動けなくなりそうだ」
「……同意」


ふうと溜め息をつき、肩から垂らした髪を弄るくらいしかすることがなく、
つい脚でも組みそうになったり、はっとなって戻したりを繰り返しているのである。
そのうち、既に脚を組んでいた那岐のもとへ、何やら耳打ちする者が来て、


「あぁ、それは行かないとね」


と、親王は待ってましたとばかりに腰を上げた。


「え、ちょっと那岐どこ行くの…!」


この上話し相手さえ取り上げられたあとの退屈を思えば、
引き止めようと王が前のめってしまうのも仕方のないことだ。


「アシュヴィンが話し相手を急募」
「えぇぇ……」
「外交を平常に保つのも、王族の大事な仕事のひとつだろ」


アシュヴィンとは先だって剣を納めあった常世の皇である。
ようやくにして、こうした懇親会にも顔を出し合う関係に修復されつつあり、
皇自ら御出席の折には臣下を大勢率いて賑わせてくれる。


「……私も呼んでくれたらいいのに」


那岐の背中は解放されたカゴの鳥の如く、晴れやかにやや跳ね気味に高座を降りてゆく。
羨ましすぎる。
千尋は、鳥の吸い込まれゆく先の輪を、くそう、とばかりに遠目に見た。


一番の盛りだと思われる、中でも枝振りの良い紅梅の下にアシュヴィン一行はひしめいていた。
別に那岐を急募しなくとも、たくさんの人間に取り囲まれている訳である。
ひっきりなしに食べ物を持って来る者、酒を注ぎ足す者など挙げればきりがないが、
中には昔話を提供する者、というのもあり、それが柊だった。
本人が社交的なのも手伝って、こういう席ではあちこちから引っ張りだこになるのはよく目にする光景であるし、
常世にも中つ国にも顔が通っているとなれば、アシュヴィンがその場に留めるのもわからなくはない。


「もう……」


そう、王が所在なくしていても、立ち寄る暇がないのも仕方がない。
柊は、千尋の恋人でもあるがその前に中つ国の臣であるのだから。
そんな柊を傍に置いておきながら、
更に千尋の唯一の話し相手までもかっさらうアシュヴィンを、
どんな顔で眺めるのが適当か、というようなことを、
千尋はいま、玉座で考えている。頭の飾りが重い所為で、考える内容も重くなりそうだ。
これでは最早、梅見の会にもならない。


「『外交とは、げに思うままにはならぬもの』。」


千尋は、習ったばかりの戒めを反芻する。


「果たしてそうかな」
「……なぁに?」


話しかけるのは風早である。
千尋が、むつっとした思いのままの顔をつい向けてしまう、元家族・現直属の臣だった。
那岐が退いた後の、くしゃ、となった膝掛けを綺麗にたたんで、
背凭れに掛け直している。どうやらその為に来たのらしかった。
千尋の問いには答えずに、風早は用事をしながら庭を見返る。


「随分盛り上がってるみたいですね〜」


言うように、確かに賑やかしいのである。
どちらが好ましいという訳ではないが、こういうのをお国柄の違いというのか、
中つ国の臣で固まっているところと、アシュヴィン周辺とでは、明らかに雰囲気が別物だ。


「私も入りたい」
「けれど、そういう訳にはいかないというのを、アシュヴィンはたぶん考えてくれてるんじゃないかな」
「……そう?」
「那岐を呼んだのには、それなりに理由があるはずですよ」
「とてもそうは思えない」


言ったのはそのとき、アシュヴィン独特の高い笑い声が王座まで届いたからだ。
つられて顔を向けたほどだ。
何の話題か知らないが、酔っているのか知らないが、
柊が何か言いかけるのを、耳を寄せてはほぼ同時、弾けるようにからからと破顔するアシュヴィンは、
その黒い手袋でバシ、と柊の肩を叩き、別の手では腹筋を押さえて笑いを堪える。
柊のほうも黒い手袋であるが、外交先の皇の肩であるからバシ、と叩いたりなどはせず、
代わりに更なる昔話を提供している模様だ。
千尋には肘掛けに頬杖を付き、ぶすん、と膨れるばかりである。


「男のひとって!」
「やきもちですか?」
「だ、だってあんなに楽しそうに! ずるいじゃない!」
「柊は話が上手なんです。ずるいなんて言ったら可哀想ですよ」
「お酒が入ると女の子のことなんてケロッと忘れちゃうんだから!」


それが男といういきものの、処世術なのだ。
千尋は、いまそれを思い知っている。
話し上手かつ世渡り上手の柊がそれを地で行ったとして、何も不思議なことではなかった。


「じゃ、俺は戻りますけど、千尋も一緒に行きますか?」
「……いい!」
「そう言うと思いました」


男の世渡りのあれこれに首を突っ込んで、花と持ち上げられた挙げ句に内心目障りとされるのは癪である。
女はそんな男など余所にして、凛と背筋を伸ばした上で、内心機嫌を損ねているのが相応しい。


これは、梅観の会なのだから。


だから、目はただ花へ。
赤と白のカタマリであっても、今日は梅観の飾りとして、千尋はここにいるのである。
開け放した庭からの風、玉座の吊り布が揺れたあとは、確かに梅の香りがした。


「もう春かな」


ひとつ色の薄いのにした衣装の裾を、つつ、と爪先で持ち上げた。
すう、と入って来る新しい空気にも、もう震えたりしない、心地よい気候だ。
暦はこうするうちにも移ろうとしているらしいが、
いったい冬はいつの間に抜け落ちるのか、そんなことを考えた。







「姫」


微睡みの向こう、呼ぶ声がある。


「ひーめ」


ぴたりと閉ざした睫毛の間をくすぐるような、甘えたような色が乗ると、
千尋の中で、呼んだひとはただひとりに特定される。
しばたきながら目を開けたのと、行儀よく膝の上で重ねた手を、
やわと握られたのは同時であった。


「姫」
「……柊」


跪いてこれほど似合うひとを、千尋は他に知らない。
柊は悲しげな表情を工面して、握った手指に口付ける。
ああなるほど、機嫌を損ねているのが、居眠っていても伝わったのだと、
千尋は正しく理解した。


「私を置いて、とつ眠りの国へと誘われてしまわれたのかと、胸の潰れる思いが致しました」


ご機嫌とりとしては悪くない。
男の風上に置かれることは免れるだろうという評価である。
だが千尋には異論もあり、それを現そうと黒革を握り返し、柊の言ったのをもじって返した。


「私を置いて、常世の国へと誘われてしまわれたのかと、胸の潰れる思いでおりました」


そして、背凭れに深く沈み込んだ姿勢を暴かれるとは心外である、とも付け加える。
柊はきょとんとし、それからやや眉根を寄せて、千尋の腕をヒョ、と引いた。


「あ……」


鼻と鼻とがぶつかるのでは、というところで、ピタ、と止められた。
思わず緩んだ唇を、思い直し、ピンと一本に引き結んだ千尋である。


「そのような姿勢でおられるのを、他の殿方にもご覧に入れようとは、あなたこそが心外かと。
 私がこうして盾にならなければ、寝覚めのお顔までご披露なさるおつもりでいらっしゃる」
「……ごめんなさい」
「いいえ、常世の国に誘われているばかりの私を、疾く呼び戻すためのご算段と思えば、悪い気ばかりではないのですが」


そうそう、常世の国は、と千尋は、柊の肩の向こうを眇めてみる。
どうやら今度は那岐を相手に、しかしやや真剣味のある話題に変わっているらしい。
梅の根元には椅子が用意され、双方既に腰掛けて、那岐の飲んでいるのはまさか酒ではないだろうが、
飲み交わし酌み交わし、ああいうふうに外交というものは進むのだろうか。


「『妹背の君が退屈しておいでのようだ』、との仰せで」
「い、いもせ」
「いつの間に常世の知るところとなったのか、ひとの口に戸は立てられぬものですね」


かっかと頬が染まるのを、千尋には留める術がない。


「ちょうど那岐様がお見えでしたので、私は辞して参りました」
「そうだったか……」


俯くより他にない。
アシュヴィンにまで気を使わせるほどならば、
始終つまらなそうにしていたのも「ああそういうことか」というふうに、
ここにいるだいたいのひとに、そういう目で見られていたということになる。


「少し、出ませんか。お尻が貼り付いてしまうでしょう」


と、柊は眼帯の目で庭を指し、千尋を誘う。
だが、そちらへ出れば、また柊を呼ぶ者があるのでないかと、
千尋は首を横に振る。


「これは、随分とご機嫌斜めでいらっしゃる」
「だって……その、少しくらいふたりでいたいっていうこと」


正直な気持ちである。媚びた訳でも甘えた訳でもなく、
真実、真剣に訴えたのであるが、柊にはどう聞こえたのだろうか。


「それでは、お部屋に上がりますか」
「えっ!」
「我が君」


柊は、呼んでゆっくりと腰を上げた。
そうすることで、その手に繋がれている千尋を立ち上がらせることが目的であったらしい。
所作は緩やかだったが、手には振りほどくことのできない力がこもっている。
お部屋に上がる、その意味を、深読みせざるを得ない力だった。


「ひ、柊待って」
「何故? 我が君は梅観にいらしたのでしょう? それなのにここからでは幾らもご覧にはなれないご様子」
「お部屋じゃもっと見られないじゃない…!」
「ええ、ですから、こちらでもお部屋でも、同じことかと」
「―――あー」


反論できなかった。確かにそのとおりである。


「咎められればあなたの命だと申し上げます」
「なるほど」


ほっくりと笑んだ長身は、手をほどいて千尋の後ろに回った。
これでは周りに、まるで千尋が誘い出したように映る。


ずるいひと、そう思う。しかしどうして都合がいいとも思う。
そういうところも含めて、好きなのだから仕方がない。
せめて背筋を伸ばし、まっすぐな髪を背中に貼り付かせるようにして、
邪気など一つもありません、という顔で、前を向いて歩かねば。


(……国事で中座)


ううん、少しだけ、と言い聞かせながらも、
気にかかるのは、膝掛けが滑り落ちたままの玉座。
空けたのは自らの意思でなかったことの証拠を、床に置いて来てしまったこと。
刑事もののドラマなら、鋭気あふれる主人公が見咎めてしかるべき小物だ。
風早が早く気付いて直してくれることを、祈るより他になかった。





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