− Orion ・後編 −









宴の途中だというのに、連れ立って戻って来たのを、
戸口を守る釆女はどう見ただろうか。
衝立から顔を出した彼女らが、


「おや」
「まぁ」
「そういうことで」


とばかりに柊と目配せをしあったのを、
前を歩いていた千尋は知らない。


「梅は盛りですよ」


柊が声にしたそのぶぶんだけは耳に入り、ややあって錠前を受け渡したらしい音がして、
千尋の身体は十分にこわばってしまっていた。


「我が君」
「っ、はい」
「どちらへ? まだ日は高うございますが」
「!」


千尋は、寝室への一枚扉の前でギックリとした。
脚が自然と向かったところがこの方面だったのである。


「だ、だってだって柊が人払いなんかしちゃうからでしょう?」
「人払いだなんて、私はただ、梅が盛りだと」
「それがそうだって言ってるの! それくらいわかるんだから!」


子どもだと思って、と、火になって振り向いた拳はグーに握られている。


「これは、私の知らない間に、我が君は随分と大人におなりのようですね」
「笑わないで」
「いいえ、可愛らしいと申し上げているのです」


何所かに隠れてしまいたいほど恥ずかしいが、部屋はがらんと広い。
置いてあるものは質の良い、装飾も女王らしく華やかなものが、無駄ない量で選ばれている。
柊はそのうちの中央、応接にも使う長椅子に腰を下ろして、先程釆女から受け取った、
たくさんのカギがつられている錠前を揃いのテーブルへ置いた。
じゃら、と耳につく音がする。


「先に梅観をしようかと、思ったのです」
「……梅?」


それができないから上がって来たはずなのだが。
怪訝に思って、千尋は手招かれるままに隣へ腰を下ろした。


「これを、あなたに」
「ん……?」


まさしく袖の下から、柊が差し出したのは紅梅の一枝だった。
細く小さな黒い枝に、ふたつかみっつの赤い花がついている。


「梅…!」
「これならば、お手に取って眺めることもできるかと」


千尋は、受け取って、あぁ、と得心した。
目下の者が目上の者を拝するには、それなりに理由をつくってやらねばならない。
花を見たいのだけれど、とそう一言、自ら声にする事で、
臣は王に近く、同時に王の退屈だって、幾らでも凌ぐことができるのだ。
千尋は目を丸くして、ころりとした花弁を矯めつ眇めつ。


「……お飾りなはずだわ」
「お飾り、ですか」
「私はまだ何もできない王だもん。今日の宴だって、私がちゃんとしてればもっと」
「我が君」


千尋は、特に自嘲したつもりではなかったし、
どちらかと言えば前向きに、これからしっかりしなければ、
という気持ちのほうがよほど大きかった。


だが、見つめる柊は、千尋の表情から僅かな歪みを、
探ろうとしているように見える。
「開いているほうの目もそれほど良くない」と、いつもそう言うのだったが、
こういうとき、眼帯の下の目のほうで、何か見えないものを見ているのでないか
未来を観なくなった彼は、代わりに何か他の力を得ているのでないか
そういうふうに千尋には思える。


「姫」


そう呼ぶときは、声を聞いて欲しいとき。
話す内容は冗談ではないから、しっかりと留めて欲しいとき。
昔々、ふたりが出逢ったのは同じようにこの宮だったが、
そのときの柊が、何を一つも繕わぬ顔をして、千尋を呼び初めたときの呼び方である。
だから、千尋もまっすぐに柊を見つめかえす。


「お飾りは立派なお役目です」
「……そんな」
「と、あなたは悲しまれますが、それなら私はこう尋ねましょう。
 お飾りなどというお役目を、あなたの他に、一体誰にできるでしょう」



あなたはそれだけで価値がある、ただひとりのひと



「いかに麗しく、力ある賢者であっても、真似など決してできません」
「そうかなぁ」


柊はきっぱりと言うのだが、千尋は鵜呑みにして納得することができない。
かと言って、どう言われれば得心が行くのかも、わからないのであるが。


「大人になれば、わかるのかな」
「難しくお考えですか」


腰を据えて話をしたかったが、柊は早くも、いつもの軽口に戻すつもりらしい。
時期ではない、と悟るとき、切り替えの早いひとである。
一年と少し前に、誕生日を教えてくれなかった柊も、そういうふうに千尋を切った。
一緒に過ごせないことをわかっていればこその、彼なりの優しさだったのではないか、
今はそう思う。


「あなたがああして、座っていて下さったからこそ、私が、梅を観ずにあなたばかりを見つめていても、誰も咎めない」


柊は、梅の枝を千尋の手から取り上げて、かんざしの一つに加えた。
こそこそと差し込まれるくすぐったさには柊の自信があふれていて、
けだし明言、そのように思っていることが千尋にも伝わる。


「ん、少しも見つめてはいなかったけどね」
「おや」
「私はずっと柊ばっかり見てたんだから」
「ああ、よくお似合いです」


ほう、と顔を引いて、梅に飾られた千尋に目を細める。
言い換えると、上手いこと言った後は上手いこと逃げる。


「……それは嬉しいけど、これじゃ私が梅を見られない」
「私の瞳は、梅に映えるあなたを飽かずうつしているはずです故、それをご覧になるのではいけませんか」
「―――」


柊のこういう台詞には慣れているはずの千尋であった。
が、思わず胸に収まってしまいたくなるほど、とても顔など見られなくさせられるような、
よくそんなことが言えるものだという感想を抱いた。


「そう、そのように」


柊はあやすような口調で、それは、後に続く口付けもそうだったのである。
一つ一つ、短く合わせては、そのたびに目を合わせるやり方で、
瞬きもできず、一度毎に瞳が潤んでゆく千尋には、堪え難い恥ずかしさがあった。


「……ふ」


常ならば、まだこんな声が出るような段階ではない、と千尋も自覚するように、
柊は決して無体なことを始めている訳ではなかった。
ただ大人しく、健全な口付けを与えているに過ぎない。
違うのは、部屋が明るいことと、寝室でないこと、
もう一つ言えば寝台でなく応接の長椅子の上だという、たったそれだけのことなのだが、
やがて舌が差し入れられたときには、髪にさした梅の花がもげたのではと心配になるほど、
大きくびくんと震えてしまった。


「……我が君」
「ご、ごめんなさい、大丈夫、だから」


浅い息が後から後から漏れてくる。
覗き込まれると、それだけで身体が反応するのがわかって、
どうしてここまでになっているのか、自分でも制御ができない。


「私としたことが、少し焦らしすぎたでしょうか」
「……ん?」
「あなたを拝するのが遅れたのは、アシュヴィン様のご機嫌取りにかまけてばかりだったわけではありません。
 あなたから、私を欲しがっていただきたかった」


柊の言うのは、実際嘘ではないと思われた。
言葉の途中から、千尋はやや強引な力で押し倒されていたのだし、
長椅子の座面は硬くはなくとも狭さが難で、両の脚を延ばしてやっとのせられる程度、
男が重なってくればその背に巻き付けておくしかなく、衣装がずるずると床へ垂れてしまう。
柊はそれを踏まぬよう、盛んに向こうへ押しやったから、
千尋は腰までの素肌を晒して、あられもない姿にされてしまった。


「ね、ねぇ寝室に……んぁ」


絞り出した小さな苦言も、既にたたみかけるような勢いに豹変した口付けに阻まれて、
焦れた男のする所作の、撥ねつけようのない力を知る。


「っ、あ……ふ」


頭の上らへんで、柊が手指を素手にするときの衣擦れがする。
一つ一つ、わざと聞かせるようにしてするのが常のやり方だったが、
このときは一息に、すると引き抜いてしまったのがわかる。
だから十分に、すぐに、したいのだということが知れるのだったが、
その手は千尋の頬や髪に触れるばかり、本当に触れたそうなところへは少しも触れない。


「ん、ん……ぁ」


千尋が唇を緩めた隙間、唾液の糸が細く零れ落ちてゆく。
そのあまりにひっきりないのと、口腔を絡めとるときの浮いたような水音は、
柊が滅多に見せない性急さの現れで、反面、
焦らしすぎたと言う割にまだ焦らそうとして手は頑固に健全でいる、
その矛盾に自分で気付いているだろうか。


「柊……ねぇ」
「私の思い違いであれば、申し訳ありません」


柊は、始めにそう断わった。
未来が見えなくなってから、よく口にする言葉である。


「本日の宴は、冬の終わり、春の初めの催しでありますね」
「そうだよ」
「けれども、あなたは退屈しておいでだ」
「……うん」
「それが、私の生まれ日を祝う宴であれば、少しは楽しんでいただけますか」
「―――」


それは、千尋の記憶の底を全力で撹拌する言葉だった。
柊の青目に映る、梅に飾られた自分の顔は、完全に飲まれてしまっている。



―――世界が、冬と春をめぐるあわいには



千尋も数えるばかり踏むことがあるという、彼の遺した言葉のことを、
忘れようとしたのでない。
けれどもそれが、いつから思い出に変わっているのか。


彼が既定伝承を紐解いたように、千尋は彼の言葉を読み解こうとしたはずで、
火になって、懸命に、そして彼を失って、もう一年になるのである。
彼はもういない。けれども、柊がいる。
生きてその目に千尋を映しているというのに



あの言葉を、凍りつかせたままではいけない



遺す言葉、それは生かすべき言葉
千尋こそが、継いで、春に溶かさねばならなかったのに


「柊」
「はい」


あのとき彼と、途中になったままの会話を、
柊と始めるのではいけないだろうか。
答えてくれるといい、それが、時期ならば―――



―――ひとりでなく、いつも、ふたりとして



これから、世界が冷えて、暖まって、季節をめぐらせてゆくあわいには、
幾たびか踏むことがあるという、その日は
常の年には風が撫でて、砂に埋もれて、ささやかに零れ行く。



ときの狭間に息づくような、短い短い数刻だ。



「柊が28になるときには、29日に宴を開いて、私は立派なお飾りになってみせる」
「ほう、未だしばらく参りませんね」
「だから、今日は精一杯楽しもうと思うの。それでお祝いになるかな」
「晴れやかなあなたを見せていただけるなら、何よりの贈り物です」


柊のうなじを掬いながら、ぎゅうと重みを引き寄せる。
始めは、つぶされそうとも思った重みだ。
けれども今は、喉元を走る動脈の上に、染み込ませるような声が響くのが好きである。
血液へじんと充満する、甘く甘く濡れた声を、千尋は確かに待ちあぐねていた。







零れるような白い乳房が、左右にはらりと開かれている。
千尋は、自分で着直せるように、帯までは解かないでと懇願していた。
衣替えの後の衣装は軽く、薄く、容易に緩められて脇で溜まり、妙に艶かしい。


「明るい所為でしょうか、いっそうに美しくていらっしゃる」


柊は千尋の片足を長椅子の背凭れまで持ち上げながら、
できた空間に膝を進み入れ、まじまじと直上から舐めるように見るのである。
なまじ触れるよりも、千尋がいたたまれない気持ちになるのを知っている。


「や……いや、そんなに見ないで」
「では、どのようにされたい?」
「だ、から、……いつもみたいに」


ふむ、と柊は思案して、それから身を低くした。
胸の膨らみかけるまるみに手を掛け、ぐ、と寄せると、強請るような声が上がる。
集めた柔らかさをへこませる唇は、口付けたときのそれよりも格段に熱くなっている。


「あ、あ……っ」


欲しがるのは、もっと中央への刺激である、それを予想しながら、
そこだけを避けるようにして、柊は周囲の色づいたぶぶんの輪郭ばかり、硬くした舌でなぞる。


「っ、ん、そこも、いいけど……」
「いいでしょう?」


改めてしっかりと舐めとることで、中心のあかみはぐぐ、と持ち上がって硬く芯をもち始める。
それをこうされたら、もっといいのに、というのを知ったからに他ならない反応だった。
覚えた快感が欲を出して、求めることは辛いもの、それは柊も自身でよく知るところだ。


「ち、違…っ、そうじゃなく……って!」
「何故? これも『いつもみたいに』、のうちにはいるのでは?」


千尋が恨めしく首をもたげたところに、柊の上目遣いがぱちんと合う。
「こちらからも見えているのだから、柊にも見えているはず」、
千尋はそう目線でもって、柊の鼻先でツンと角を立てている粒を示したがる。


「欲しいものが、増えたのです」
「っ…!」
「いつも私が求めるばかり、たまにはあなたから、私を欲しがっていただきたい」
「え……」


柊はくつと喉を鳴らした。
妖艶な笑みでない、多分に好奇心にあふれた顔で、爛漫に笑む。


「きちんとおっしゃって下さらないと、あなたにいれる前に出してしまうやも知れません」
「や、いや、それはいや!」
「でしたら、いつもみたいに、などというおっしゃりようでは、範囲があまりに広すぎることに、気付く必要がおありです」


千尋はくうと唇を噛んだ。
ここまで甘えが通用しない柊というのは珍しい。
千尋の身体は既に反応を始めているのだから、既に欲しがっているというより他にない。
ただ、柊を欲しがる千尋、というのを、
柊が一体どんなふうに思い描いているか、という一点を突きつけた訳である。
深い深いキスのあとで、千尋がじゅんと下着を濡らしていることを、柊は気付いているのであるが、
そんな地味な反応では認めない、という意味を込めたのだ。


さんざん濡らした千尋の胸を剥がれて、涼しく半身を起こした柊は、まだいつもの衣装を着ていた。
千尋の衣装はこれ以上緩める訳にいかない。女王の着付けは柊の首尾範囲外である。
だから自分の腰紐に手を掛けて、しゅる、と雑作もなく解いてそのへんに投げた。
落ちた先を見もしないのは、千尋には違和感にも映るだろうか。


脱ぐときまでそつのない、優雅なやり方をするのが千尋の覚えた常の柊だったが、
それは柊が常の状態であるからで、今の柊はやや非常の域に入る。
少し冷たい指先を太腿に這わせ、下着を降ろす前に隙間から差し入れたのも、非常のうちの一つである。


「もうこれほどに濡らされて」
「んは……っ」


関節一つも埋めないで、皮膚の一枚で濡れたものを掬い取るようなやり方で、
それだけで、ぴちゃと高い音がする。
周囲の襞に塗り付けては滑りよく転がしながら、千尋の表情に物欲しげなものが浮かぶのを、
神妙に待っている。
今度もまた核心には触れないところを、緩慢に愛撫するばかりだ。


「あ……っん、ねぇそこ」


千尋は腰を捻って、柊の指を誘導しようとしているが、それが無駄な努力であることを、わからないわけではない。
柊は、千尋の一番感じる一点を、避けるべくして避けている。
いれる前にそこだけで、極みまで高まることも一度や二度ではなく起こったことだ。
だから、柊にその場所が分からないことは有り得ない。
寧ろ、千尋のほうが柊から知らされたと言ったほうがよほど正しく、
誘導して知らせるというような話ではないのである。


「柊…ぃ、おねがいだから」


甘えてもダメ、柊はそう言い放ち、
だが、千尋はもうすぐに涙を零しそうで、それは多分に柊の胸を絞った。
何も苛めようとしているのでないのだから。


「あなたの身体が欲しいだけなら、こうまで申し上げません。
 年に一度くらいは、あなたも私を欲しているということを、お伝え頂いてもよろしいのではと、望んではいけませんか」


いけないことはないが、せめて四年に一度にして欲しい、というのが千尋の本音である。
そんなことを言葉にする事の意味は、男と女の違いなのか、柊と千尋の違いなのか、
柊は焦燥するほど望んだし、千尋にはとても理解の及ばない領域だった。
けれども、理解のできないのと歩み寄れないのとは、少し違う。
柊の息は浅く、笑みを消してまで求めるそれは、千尋を根負けさせるのに十分であった。


「……わかった」
「本当に?」
「でも、その為には私のことを、もっともっとよくしてくれないといけないと思うな」
「―――」


千尋は、ん、と腹筋を使って、長椅子の上で起き上がる。
柊が言葉を出さないときは盲点をつかれたということ、
この隙を、攻めて攻めて攻めていかなければならないと思っているなら正解だ。


「それに、柊もちゃんと脱いでおいたほうがいいと思うの」


柊はほぼ呆然、まだそこに触れたままであった手指を、千尋はぐ、と手首を掴むことで下着から抜きさった。


「くつろげてご覧になると」
「私にこういうふうにされることも、欲しいもののうちでしょう?」


下の着衣の留め金あたりへ、千尋は手のひらを届かせる。
気丈にもぷつ、と開いてゆく柔らかな指先は、中で膨れきったものを意識している。
時につつとなぞってゆく時には、わざとだというのがわかるようにして柊を見た。


「そうじゃないと、いざ私が、柊が欲しいって言ったときに、いれられないよ」
「いま泣いたあなたが、最早いけない方におなりとは」


千尋は一つ、真顔になって、ごくと唾を飲んでから、
緩めた着衣を下方へくつろげる。
下着にも隙間をつくったことで、先のぶぶんの肌色が覗く。


「もっと、下げては」
「っ、もうできない」
「これでははいりません」


柊は千尋の手首をしっかり握って、ごっそり下着の中へ収納する。
無論攻防はいくつもあった。
時には千尋の飾ったツメの先が、柊の薄い生肌をかり、とえぐったりもする。


「あ……ちょ、だめだよ柊…!」
「っ、ん……今のは堪えます」
「〜〜〜させたくせに!」


が、狭い狭い中でのこと、男と女の力の上で、勝機は明らかに柊にある。
長いぶぶんをぺた、と握らせてしまえば、千尋はピタと大人しくなった。
みるみるあかくなる顔は、それが中に入ったときの感覚が、
下腹の底から汲み上がって来ていることの現れだ。


「如何致しましょうか」
「―――これ欲しい」
「それでこそ」







千尋が裾の長い衣装で跨がると、繋がるぶぶんは見えない。


「腰を落として」
「ど、どこ……?」
「私が知っております故、あなたはただ、腰を」
「んん……」


柊が、背に回した腕で助力して、千尋の濡れた入り口に、ようやくまるい先が触れる。


「は……っあ、あ、はいっちゃう……」


順当に、そそり勃つかたちのとおりに飲み込んでしまう、そのときの
酷く甘い重みには、どうしても震えてしまう千尋である。
いくときよりも非日常、そう思えてならない。


じゅん、と掻き出される濡れた液体が、柊の残りのぶぶんに絡まって降りる。
じわじわと埋めてゆく間には、じゅくとぬめった音が絶えない。


「ひ……っあ、や……ぁん」


柊が腰を緩く突き上げることで、唯一晒されているふたつの胸が、緩慢に揺れる。
焦らされて、触れられなかった頂きは、含まれた途端に感じきった。


「っん……!」


くねる腰を逃がすまいとして、柊は千尋の身体を押さえ込むようにして深く沈める。
いいところは、埋まると蕩けるようにぬかるむところ、
乳首を弄ばれながら、そこを存分につつかれると、出す声は一段と切迫する。


上手なひと、と、そう思う。
くらべるべき対象は他にないのだから説得力には欠けるが、
抱かれる度に覚えてしまう、泣きたいような気持ちよさの、理由がそれ以外にない。


初めて求められたときの、大人のひとだから仕方ない、なんて
半ば諦めてマグロになった気持ちは、今はカケラも残ってはいなかった。
天井の模様を、数えている暇はないという意味で。


ぐ、と中で角度が変わって、迫り上がってくる寒さに似た震えの所為で、
ひぃと声を上げて反らしてゆく喉の先、見るものはただの幾何学模様で、
判別より先に次の波が来る。


「あなたも、動いて」


柊はそう言うが、とても動くことができない。
正確には動かしてみた。
そうするまで次をしない、として柊が静止してしまったのだから仕方がなかった。


「ん……」


どう動かせばどういいのか、なんて、わからないのだ。


「私がするように」
「……どうしてたっけ」


本音である。
さっきまでされていたはずのことが、こつんとわからない。


「……」
「如何なされましたか」


恥を凌ぎ、確かこう、と首に腕を巻き付けて、一旦半分ほど抜いてから深く座り込んでみるが、
くちゅ、と水音が上がるのが恥ずかしい、というそれくらいの感想で、
あられもない声が押さえられないというようなことはない。
それなら上下、いや、左右、違う、前後、やや近い。


「……ぜんぜんよくない」
「おや、残念ですね」
「柊がしてくれないと、ダメみたい」
「これは。残念は取り消さねばなりませんね」


用意していたような言い方だった。
その直後、柊が動いたのは僅か、腰骨が少し浮いたかという程度だったが、
確実に千尋の中のうねりを呼び戻した。


「あぁっ……、あ、あ、それ」
「これがいい?」


急速に早められる律動に、千尋は硬く目をつむり、こくこくと頷いて肯定した。
脚の力が抜けてゆき、ほろりと崩れそうになるのを、
柊は片方の腕で支えながら、空いた手は衣装の裾から差し入れる。


指先が探るのは広げられたところ、柊の同じぶぶんと接している境目にある小さな芽である。
下腹に擦られて、既に色づきつつあるそれを、
柊はこり、と指に引っ掛けて、明確な刺激に変えた。


「っんぁ……っ」


同時に中のものが深いところに入り、千尋は背筋を波打たせる。


「あっ、あ、いや、どっちもは……!」


誰にも見せられない乱れ方をしてしまう、明らかな予感がある。
手がする規則的な愛撫は、感じる物質を奥のほうへ伝えるから
刻々と締めつけてゆく内側が、柊がそこでなにをするのかを雄弁に雄弁に浮き彫りにする。


「あぁぁ……ま、柊やだ……」


不明瞭な語彙である。
膨れ上がった小さな粒が、捏ねるようにしてつぶされては、
脚からも手からも、完全に力が抜けた。
もう、柊に絡まっていることもできない。


「だめ……」


ぺらりと崩れてゆく千尋は、糊の切れた貼り紙が壁から剥がれ落ちる様に似ていた。
容易に意のままになる身体を、柊がきつく抱き寄せて、
深い窪みで最奥を侵した。


「っんん―――」


癇癪を起こしたような声を上げ、急激に体温を上げた千尋の内部がビクビクと収縮を始める。
うなじに吹き出す汗は濃く、滲むような色香で髪を貼り付かせていた。


「ひ…いらぎ、もういっちゃう」


千尋はぐすんと鼻をすする。
零れた涙を口付けで拭われるのは、確かに嫌いでないのだが、
泣こうとして泣いている訳でない。そんなふうに媚びたい訳ではないのだ。
それでも、零れるものを止められず、男はそれで動いてしまう。


根元まで筋の立ったもので、擦り付けるようにして揺さぶるのに、
千尋はやっと繋げている意識まで、遠く飛ばされてしまうのだ。


「い……っちゃう……」


蕩けた襞の隙間を掻いた、滑らかなまるみが弾けるのまでも
全部全部、持ってゆくようにして。







「なんかついてる」


私は手鏡で首筋ばかりを映していた。


「つけました故」


柊は長椅子で、涼しく茶を飲んでいる。


「な、なんで! こんなのつけたら帰れないじゃない!」


宴の途中というのをよもや忘れた訳ではないと思うけれど、私は一応主催なのだ。
これから陽が落ちても、晩餐やら何やらと行事が控えているというのに。
上の着衣を直すのだけでも大変だったのだ。
薄い生地だから最悪は免れているが、見よう見まねと言っても過言ではない。
その上首筋に妙なものをつけて戻れば、何をしてきたかが一目瞭然だ。


「長い御髪をお持ちなのですから、気を付けていらっしゃれば誰も見咎めは致しません」
「うぅ……」


そう四六時中、きっちりとしていられるかが問題。
昼間は退屈の極みに居眠りまでしでかした前科がある。
楽しむことが贈り物、と柊は言ったけれど、これでは楽しむことにも緊張が必要になる。


「どうか、秘密になさって下さい」
「無茶だよ」
「お茶が冷めてしまいます。こちらへ」
「……」


まだ全ての雰囲気をぬぐい去った訳でない長椅子。
柊は常の衣装をきちんと身に着けていたが、所々の所作には艶が残る。
そういうふうに私には見える。
だから、少し間をあけて腰を下ろした。


「梅観ではなく、私の生まれ日のお祝いだということは、あなたと私のみが知ること」


柊はそう口火を切って、私は勧められた茶器を受けとった。


「……まぁね」


乾いた喉に、ぬるめのそれはよく沁みて、
間もなく空けてしまった器を柊がもう一つ満たしてくれる。


「贈り物は、この素晴らしい一時をいただいたこと。私を欲しがって下さったこと」
「もう、言わないで」


からかっているのか本心なのか、私が折角空けた間を、柊はぴったりとつめた。
そうまでしなくとも聞こえるというのに、耳許で囁いたのだ。


「白梅のごときあなたの御身に、あかい花を咲かせたこと」
「―――!」
「綺麗に飾って差し上げました故」
「……しらない!」


柊は立ち上がる前に、私が下手に着つけた合わせを軽く手入れした。
帯が縦結びになっているのも(これはうっかり、流石にそれくらいはできる)、締め直して綺麗に整えた。
梅の枝を挿し直し、髪は前に多く垂らして、最後に、決して弄ってはいけませんと付け加えた。
私も真剣になって頷いた。


「これで、取り敢えずは万全かと」


言って、黒革の手のひらを差し伸べる。
どうあっても、今は、この手をとって戻らねばならない。


「せめて夜ならよかった」
「すぐに更けます」
「だといいけど」



―――梅の盛りへ、春へ



あなたに引かれて戻るところ
そう、夜になって、人波が引いたら、今度は地に足のつく庭に出て
眺めたい星があります。


冬と、春の隙間
あなたの産まれたというその日が



もしや一瞬でも発生して、そして、埋もれるとき



オリオンが逃げずにそこに、あるのかどうか
あなたと一緒に眺めたいと思うのです。



あなたに繋がるハシゴを、私は確かにそこに掛けた。
だから、あなたがここにいる。
贈り物は本当は、私たちとあの星の、あわいにあるのかもしれない。






− Orion ・完 −





4年に一度しか来ないので、その間に私のことを忘れないで下さい的な、
柊のねちっとしたやらしさが誕生日にまで設定されていることにやや驚きました。
公式GJと思います。真顔。
あの柊とこの柊を繋ぐ千尋ちゃんというのにすごくすごく萌えます。
普段ひっぱってくのは千尋ちゃんだけど、根本のところでぎゅってしてくれてる柊がいるからそうできるっていう、
柊には水面下の包容力的なものを感じます。
今年もないけどおめでとう!

2010.2.28 ロココ千代田 拝