それは、たとえばオレについて。
主張しても、あんまり信じてもらえないことはたくさんある。
たとえば女の子が好き、可愛い子が好き、アレなら紹介だってしますよ。
こういう話題なら、わざわざ言わなくてもいいですよ的な反応が返ってくる。
けど、
こう見えてもけっこう一途なんですよーとか、
家に彼女呼んだことないとか、
寝相はすこぶるいいほうだとか、
それだってホントのことなのに、一度も信じてもらったことがない。
(……よなぁー)
誰も信じないけど、ホントなんだけど、
かなでちゃんもオレのこと、やっぱそういうふうに思ってるのかな。
って、最近特に、夜になるとぐるぐるして寝らんない。
すき
かなでちゃんがすき
かなりすき
仙台に帰るまでに、言うか、言わないか。
告白するかしないかを、オレはここんとこずっと、
そればっか考えてる。
オレでもこんなにふぬけた音が吹けたことにビックリした午後だった。
これはこれで、新しい解釈?
(…なわけないし)
東日本大会のあと、一転変わった(と言われる)オレの音は、
ここへ来て二転目に入っているらしかった。
その日はお昼のとき、やる気あんのかって怒られたり、何かあったのって聞かれたりして、
頭冷やした方がいいみたいだと自分でも思ったから、
午後はちょっとすみませんって抜けてきた。
ひとりで吹いてみて確かにわかった。
これじゃダメだ。ホントにダメ。
星奏学院の森の広場に来ていた。
ここで吹いてればもしかしてかなでちゃんに会えるかなって、
反省のつもりで出てきたくせに、理由の中に不純な動機が混ざってる。
けど、ほんとに会えちゃったらオレ、たぶん満面で淋しい顔しちゃう気がして、
それってあんまよくないよねって、
奥の目立たないとこで吹いたり吹かなかったりしてる。
沈んだ気分は、オレにしては長く長く続いてて、そろそろ飽きたらいいのにって、
とりあえず楽器は外してごろんと寝転がってみた。
夏の日射しによく育った芝が、腕をちくちくと刺す。
「お?」
そんなオレと目を合わせたちっちゃいのがいた。
三色混合タイプのねこだ。まだ全然子どもだと思う。
植え込みの隙間で行儀良く座って、同じく「お?」っていう顔してる。
星奏学院にはねこがたくさんいるみたいで、
お弁当とかわけてもらってるせいか若干太めでなつっこいのが多いんだけど、
このこはホントにちっちゃくて、オレが手のひら伸ばしたら一瞬ビクってして引いた。
「なんで引くのさー」
オレってねこに嫌われるタイプ?
それともこのこが警戒心高めなだけ?
引いたくらいだからすぐに近づいて来るわけじゃないのは当然としても、
かと言って逃げてくわけでもないことが、オレをその場から動けなくさせる。
「オレのこと嫌い?」
まぁ答えが返ってくるはずもなく。
指先をまるくしておいでおいで的なこともしてみたけど、
相変わらず三色の子ねこは、変わらない距離を保ちつつ、ただ目を合わせながらそこにいる。
「……もうしらない」
諦めるの早すぎたかなって、
かまうのやめて仰向けになって空を見ながら、何度か思った。
それはホントのこと。
なんかオレらしくないって、
こっち来ないなら無理矢理にだって、つかまえてぎゅってして挙げ句引っ掻かれたって
その方があとで全然気分がいいこと知ってる。
なんでできないの
それだけのこと
なんでできなくなっちゃってんの
「オレってー」
こんなだっけ
そう思う。
こんなじゃないよ
そう思う。
けど、こんなふうにしかできない。いま。
季節は夏でめまぐるしくて、暑くて楽しくて切なくて
なんかめちゃくちゃ忙しい。
疑心暗鬼だったのは、オレもだけどねこもだったかもしれなくて、
オレが自分のことばっかで飽和して半分忘れかけた頃になってから、
気がついたらそばに来てた。
「お?」
うっかり寝返ったからもう少しで潰すとこだったじゃんかって、
けっこう焦ってるんだけど、
このこはやっぱ同じように「お?」って顔して、
まるくなってオレの二の腕に背中をべったり凭れさせてこっち見た。
オレは羨ましかったんだろうか。
ちっちゃいくせにわりと肝座ってるみたいな、
真似したいくらいのその余裕。
「オレのこと好き?」
聞きたかったのは、本当はこのこにじゃない。
このこにだって嫌われるよりは好かれたほうがそりゃぁ消去法で、
いいにきまってるんだけど、
ほんとに好きって言って欲しいのはこのこじゃなくてあのこでさ
けどあのこには言えなくて
言いたいのに、喉んとこで突っかかって、
いつもごまかすみたいになっちゃってさ
本気になったら、たとえばぎゅってする、
それだけのことがなんでこんなにできないのって
かわりにねこを抱きしめる、オレってホント、かっこわるい。
そして、それからオレが言い出したことは、かっこわるいついでだったかも知れない。
「ねぇ聞いて。願掛けだよ」
腕ん中の、やらかくてあったかいけものの、
耳と耳の間の、狭くてちょっと固いとこに、染み込ませるようにして言った。
ひだまりの、いい匂いがしていた。
「夏が終わるまでに、君ともう一回どこかで会えたらさー」
言いながら、腕に巻いたいくつかのアクセサリーのうちの、
実は一番気に入ってるやつをいっこ外した。
「そしたらオレかなでちゃんのこと彼女にできる」
オレに勝手に願掛けされた三色混合タイプのちっちゃいねこは、
ふわふわした毛並みの、首んとこだけきれいに真っ白なねこだった。
そこに、外した一本のアクセサリーを、緩く緩く、けど結び目はきっちりきっちり玉にする。
「似合う似合う、超かわいい」
ハルちゃんちのおみくじみたいに
この気持ち届けって、
ねぇオレって、わりと重いよね
そんなの知ってる全然知ってる
認めるから、だからまた会いに来て
夏が終わるまでにもう一回
わすれたころにあいにきて
「……半分だけでいいから本気にしてくれる?」
とか、土壇場でずるいひとオレ。
それも知ってる。
半分ていうか、150%で本気にして欲しいのに
だって真面目な話ってこそばゆすぎる。
ねこは何これって、首んとこ重そうにして、
何回か噛んだりして、けどすぐ諦めたようにして、
元いた植え込みの隙間から、ちょろりと尻尾振って逃げてった。
◇
昼間、ものすごい雨が降った日。
夕立とかじゃなく、朝からずっと雨だった。
その日は夜になっても寝つきが悪かった。
もともと早寝なほうじゃないけど、それにしても寝付けなすぎる。
寝るギリギリまで全力で活動して、
半ば倒れ込むようにしてベッドに沈むことが常のオレにとって、
こういうことは珍しい。
雨だから練習もそんなにやんなかったし、あんま身体動かしてないからなのかもしれないけど。
眠れない理由を前向きに解釈するとそうなるけど、
残念ながらそういうことじゃないっぽい。
シーツがあったかくなっちゃって、爪先で涼しいとこ探しながら寝返った。
けどあくまでも眠れない。
考えること多すぎて寝らんない。
ベッドに潜ったときよりも、時間が経てば経っただけ、刻一刻と目が覚めてくかんじ。
明日も早いのに、そしてこんなに降れば、明日はきっとすっごい晴れる。
これじゃ練習中意識飛ばして鉄拳くらうのが今から目に見える。
痛いのは嫌いだし、こうしてるうちにも一体何時になったんだろうって、焦って携帯開いた。
四角い画面にぱっとライトが灯ったのと、
機体が着信に震えたのは同時だった。
「―――かなでちゃん!?」
ていう文字を見て思わず声に出してしまった。
独り言だ、わかってる。
けど、震える前に一瞬見た時刻のデジタル表示は一時台後半だったはず。
なにこんな時間にって好きな子からじゃなくたって普通思うじゃんか。
とかなんでオレ言い訳してんだろうか。
通話ボタン押したのは、たぶん留守電に変わるギリギリだった。
「……はい?」
寝てた? って。
かなでちゃんの声で寝てた? って。
びっくりしてびっくりしてドキドキして、
「寝てない。……ううん、ホント」
嘘なんか言えるはずないじゃんそんな余裕ないよ。
もともとほとんどなかった眠気なんか、
こころの底からぜんぶかっさらわれた。
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