◇◆◇Chapter 3 -Winter◆◇◆




僕はもうすぐ十八になる。


彼女とは学年がひとつ違うけれど、
二月に入って、僕はようやく彼女よりひとつ大人になろうとしている。


今更、という、妙な感じがする。
けれど、世間はそういうふうに動いているらしく、だから彼女は僕に敬語を使う。
時々少し崩れては、すみません、などと謝っては。
僕としては何ら、構わない。


さて、学校から戻ったばかりで、早速ピアノの屋根を開いている。
就職と言えるのかどうかわからないけれど、その試験? とも言えるのかわからないけれど、
そういうものを受ける為の譜面が郵送で届いた。
明日は土曜で休みだから、ゆっくり練習ができそうだ。


ピアノソロではなく、ヴァイオリンとのデュオ曲だ。
ヴァイオリニストはどんな人なのか、資料によると名前も知らない。
当日顔を合わせて上手くやれるといいけれど。


彼女と初めて合わせたのも初対面だったけれど、
あのときは本当に面白かったことを思い出しながらさらっていたらちょうど彼女が部屋に来て、
渡りに船とばかりに代演を頼んだ。
それまで一人で弾いていた僕の音楽に、彼女の音色が乗るだけで、やはりに世界は動いて広がっていく。
曲がこころに語り始める。シーンが浮かぶ。
そして、また僕は彼女に恋をする。


何度か合わせた小休止に、彼女は楽器を持ったまま、指先に息を吹きかけた。
ヒーターは入れているけれど、このリビングは相当ガラス面が多いつくりだ。
明るいけれど確かに保温が悪い。


「少し休もうか」
「え、もういいんですか?」
「曲の感じは掴めたし、君との録音ならもう少し詰めてもみるけれど、相手は顔も知らない人だから」


ここから先は僕の個人的な仕事だろうと付け加えて、椅子を立った。
彼女は楽器を下ろして、どうやらホッとした顔。可愛い。


「僕のカーディガンでよければ、羽織ってくれて構わない。クローゼットに幾つか仕舞っているから、
 好きなのを選んで」
「あ、はい! ありがとうございます」


勝手知ったる彼女は、いち早く寝室へと翻った。
もっと早く気付いてあげれば良かったな、と、これはやや後悔だろうか。
そんな僕にできること、思案に暮れて、
温かい飲み物を用意することくらいしか浮かばない僕は、どうやらあまり進歩がない。









両手にカップを持って、文字通り暖簾に腕押し。
キッチンの入り口に彼女が布をつり下げたのは秋の終わりのことだった。
あとは彼女専用のスリッパだとか、洗面所の歯ブラシが一本から二本になっていたりだとか、
殺風景な僕の部屋に少しずつ色がついていく。


彼女はソファに横に座って、とっぷりと暮れた夜景を見ている。
選んだカーディガンは中でも小さめのものだれど、袖口がよく余っていて不自由そうだ。
着替えも幾つか置いたらいい、とあとで提案してみようか。


「どうぞ。甘くしておいたよ」
「わ、ありがとうございます。……火傷しませんでした?」
「どうして?」
「だって……」


一応ひとり暮らしなんだから、下手でも湯沸かしくらいできる。
そのことだけは何度言っても、あまり信用されていないらしい。
向かいに座ろうとした僕を、彼女は一転無邪気に呼んだ。


「ねぇ、こっち!」


盛んに手招いてまた外を見る。
ボタンのような雪が降って来ている、知らせたいのはそのことなのかな。
こころの準備をしておかないと、反応の仕方を間違って不興を買うことがある。
僕はひとくちだけカップに口をつけてからローテーブルに置いて、
彼女が凭れている肘掛けから割って入った。


「え、そっちですか」
「背もたれは、別に僕でも構わないと思うよ」


腕を自由にしておいたのは彼女を抱いてかかえたかったから。
彼女が飲み物をこぼさないように、そっと手を回して寄せてくる。
柔らかくて暖かい身体。これがあれば僕は、特に飲み物なんていらない。
彼女はくすぐったそうな声をひとつ出してから、ほら、と窓の外へ僕の視線を誘う。


「ああ、降って来たね」
「天宮さんには『別に珍しくもない』ものでしたっけ〜」
「そう言う君は、それでも僕に雪を見せたいみたいだね」
「だって、雪をふたりで見るのって、やっぱりいいものですよ」


この間のクリスマスに、そのことで少しケンカになった。
僕は函館育ちで、加えてこういう性格だから、
「雪ですよ!」と言われて「だから?」と返したのがいけなかった。
初めてケンカらしいケンカをした、その時はお互いにかなり意地になってしまったけれど、
今思うと火種は至極つまらない。


僕にとってはやはり雪は、今でもなんてことない存在でしかない。
けれどもそんな、なんてことないものの所為であんな気持ちにさせられるのなら、
僕は雪を好きになる理由を、探す努力をしようと思う。


「このぶんだと、少し積もるかもしれないね。明日が休みなのが救いかな」
「足跡つけながら学校に行くのも楽しいですよ」
「いつもより一時間も早起きして、膝まで埋まるほどの雪を何とかしてから学校に行くんだとしたら?
 僕は雪が降るとどうしてもまずそれを恐れるよ」
「あ〜、それは、考えるだけで休みたくなりますね」
「どうもお腹が痛いので、ってね。やってみたこともあるんだけれど、まず冥加に見抜かれるんだから堪らないよ」
「ふふ、先生よりも鉄壁ですね」


彼女は可笑しそうにくすくすと笑う。
今日の雪の話題は一応成功のルートを辿ってるかな。
僕はホッとしながら、凭れ掛かる彼女の身体を少しだけ押し返す。
代わりに僕の体温を押し付けるようにして。


「今夜は寒くなるだろうね」
「そうですね」
「だから今夜、帰るのはやめたら?」
「え」


身体が少し固くなる。
これは、予想外のことを言ったということなのか、期待通りのことを言ったということなのか、
どちらの反応だろう。


「こんなに降ったら送って行くのが億劫だよ」
「そんな…じゃぁいいですバスで帰りますから」
「拗ねたかい? 残念ながらそういう意味で言ったんじゃない。
 君を送った帰り道、ひとり雪に埋もれて歩く僕の、心はきっと冷えきってしまうだろう?」
「……天宮さん」
「そうなると僕は、せっかく送った君の部屋まで舞い戻って、またここまでさらって来てしまいそうだから、
 だったら初めから帰さなければいいだけだ」
「……え…っと」


さぁ、牙城はもうすぐ陥落かな。


「そう思わないかい?」



どうする? それでも帰る?
ひとりで眠るのはきっと君も寒いよ。
ふたりでベッドに潜ったなら、僕が暖めてあげるのに。



彼女のうなじへ鼻先を埋めながら、立て続けに切り札を投げ込んだ僕に、彼女はついに屈する。


「……帰らない」
「そう。いい子だ」


半分くらいは飲んだろうか。
両手で持った彼女のカップをそっともいで、ローテーブルに滑らせた。









ソファに深く腰掛けて、下の着衣を緩めたところへ彼女を跨がせていた。
僕の肩に両手を付いて、やや不満げにしている。
ろくに触りもしないでいれようとすると、あまりいい顔をしない。
うん、それは知っているけれど。


「雪どうこうで盛り上げてしまった君が悪いよ」
「…そんな」


自分の身体のことは、自分が一番わかっている。
待てる気がしないから、僕は構わずスカートの裾から手を入れて、彼女の下着を降ろしてくる。


「足を抜いて」
「……んー」
「甘えても駄目だよ、言う通りにして。そっちの足も」
「なんか強引…」


そりゃそうだ。「なんか」ではなく意図的に強引にしている。
細い足首を抜けた下着を僕はそのへんに放って、


「乗って」


と彼女の腰を片手で支える。
もう片方はいれようとするものに宛てがって、そろそろと不器用に降りてくる彼女の入り口を探る。


「ん、……ぁ」


不満な素振りをしておきながら、接したところはよく滑る。
先が十分に濡らされるくらいには潤っていて、
僕は逸って彼女の腰に、下方へ向かって圧力をかけた。


「あぁぁっ、や…、あ……ッ」


まるみがごっそりと銜え込まれて、僕も彼女とほぼ同時に、ビクと身体を波打たせた。
堪えて小刻みに揺するようにして、残りの長さを捻じいれる。
指でほぐすことをしていない内側は、潤っていても狭くて、酷い閉塞感がある。
けれど、そこを態々抉じ開ける感覚が好きで、僕はしばしばこういうやり方をする。
大事な指だから、とは体のいい言い訳にできて便利だ。


「……ぜんぶ?」
「はいったよ。動いてみる?」
「………」


なるほど。
やはり嫌がるけれど、動いたところでそう上手くもないから構わない。
少しずつつついて、可愛らしく反応するのを見ているほうが幾らも楽しい。
ぐ、と抱き込みながら角度を付けて挿しいれると、早くも高い声が上がる。
暗がりでするときと違って、肌が仄かに色づいていくのがちゃんと見えるのがいい。


「あっ…ぅん……ッ、やだそんなにしちゃ…あぁぁっ」


いきなりだって、すぐにいい反応を見せるようになるくせに、
どうして一度は嫌がるふりをするんだろう。そうして僕のことを煽ろうとするのかな。
まさしく煽られてしまうんだけれど、それは彼女にとって不利ではないのか。
幾分攻撃的になった僕がすることに、いちいちやだと言っていたら、身が保たないと思う。


「やだって? とてもそんなふうには見えないな」
「っ……!」
「ここは? 随分熱くなってきてる」
「んぁ……」


ベッドの上じゃない。だから僕のできる動きには限りがある。
腰で突き上げるその深さと、捻るようにするか直上へ押し上げるか、
それくらいしか変化はつけられないから、僕は彼女がどう反応するか、よくよく見てないといけない訳だ。
入ったところは言ったようにとても熱い。僕はそこへ、集中的に律動させる。


「あぁぁっ…あ、あ、やぁ……」


彼女は身体をひくひくと震えさせて、腰を捩らせて喘ぐ。
僕の腕を抜けるのでないかと、きつく寄せるけれど、応力は結構な反発を持っている。
同じところを擦るうちに、そこは腫れたような弾力を持ち始めて、同様に膨らむ僕へ圧力をかける。
ひとりでするのとふたりでするのと、それが一番の違いで、互いが互いを追い込む。
快感が迫り上がってくるのを加減できない。


「っ、素直に言ったら? ここが感じるって」
「そんなのいや……です」
「そうすればやめてあげたっていいよ」
「や…あぁぁっ、だめ、っん、やめちゃいや…!」
「それもいやなのか。難しいものだね」
「も……意地悪ばっかりぃ……っ」


繋げたところがにちゃつくような音を立て始めて、
しとどに濡らされた僕のは中で締めつけられているのか、それとも泳がされているのか。
意地悪でも言ってないと、保たないというのが正直なところだ。
ぞくぞくと背中を迫り上がるものを感じないふりで、僕は彼女の制服に今更ながら手を掛けた。
むしり取るようにしてリボンをほどいて前を開く。
暑かったのか、彼女はそのあとを自分で脱いだ。


「それも外して」
「ん……」
「どうして迷うんだい? 嫌いじゃないだろう?」


また意地悪を、と憤慨するかもしれないけれど、許して欲しい。
きっと、僕のほうが限界なんだ。


よくよく選定して来たのだろう可憐な下着を、
見もしないと言っていつも怒るんだから、
たまにはいいじゃないか、こうして眺めさせてくれたって。


透き通るような腕をストラップが抜けていく。
恥ずかしそうにして、手こずりながら外すのが壮観で、限界なのも忘れて二、三突き上げてしまう。


「や……っんぁ、天宮さ……んッ!」


その振動で、彼女の下着は落ちて、そこへ顔を寄せて距離を詰めた僕と彼女の間で挟まれた形。
唇に吸い付いてくるような肌に、僕は中ですこぶる震えさせてしまった。それを彼女は感じたろうか。
あかい痕を付けながら、徐々に中心へ向かって唇を移す。
もう片方の胸も寄せて来て、手のひらの中に収めてまるく揉み込む。
そして、舌でそれをくるんだ。


「ぅん…っ!」


瞬間明確に反応した彼女に頭を抱かれた。
舌先を固くして輪郭を跳ね上げるようにすると中がじゅんと濡れる。
つつと伝って降りて来るのに冷や汗が浮かぶような寒気がして、動かさずにいられなくなって、
僕はこれでもけっこう忙しい。


「んは…っ、ん、すごく、きもちい……」


彼女の言葉は「もっと」と続く。
今になってそんなことを言われて、僕はますます加速する。
転がすそばからみるみるとツノを立ててくる感触と、
彼女のほうからも腰を擦りつけて来るのに、どこまでも乱れさせてやりたくなって、
腰を支える片手に力を入れた。


「あぁぁっ、や、あぁぁんやだ奥だめ…!」
「そう無茶ばかり言わないで」


嘘。もっと言ってくれていい。
やだというのはいいところ、もっとそこを何とかしてと、そう言うんだ。


蕩けるような内側で僕を隈無く締めつける彼女の胸を解放して向き合うと、改めて深く圧し拡げた。
腰を支えてやりながら、前後にグラインドさせる。
そろそろ自分でできるようになってくれるといいんだけれど、これはこれで嗜虐的で、嫌いじゃない。
先がひくひくするほど高められながら、
少しくらい緩めたほうがよほど僕の為になるのに、少しもそうできない。


「まだ我慢するのかい?」
「だ……って、もっと感じてたい」


眉間に皺を寄せる彼女を見ているのが好きだ。
唇をキュッと噛んで、来るべき何かを堪えようとする彼女を見ているのが好きだ。
そして、その努力を一瞬にして微塵にしてしまおうと、激しい抽送を繰り出そうとするときの、
軽くほくそ笑みたくなる感覚が好きだ。


「欲張りだよ」
「あ……っんぁ、だめ、やぁぁ……」
「そんなに喘いで、君はもっと僕の状態を考えに入れるべきだ」
「あんっ、あ、あ、あ―――ッ!」


優しい彼女は間を置かず、極みに体温を高めて僕を搾り上げた。
もう出してもいいんだと、その瞬間に全てがだだ漏れになりそうな僕がいるけれど、
それをもう少しだけ堪えて、彼女がいけるだけいくまで、微かな振動で奥を揺らす。


彼女と僕が同じなら、
達したあとの余りある快感へ、更に踏み込んで犯されれば、
それはすぐさま痛いほどの不快に変わるはずで、


「も、いや、天宮さん……!」


仰け反って、力の限りで僕の腕から抜けようとする。
濡らしきったそこから僕のを吐き出そうとする。いや、まだ抜いてもらっちゃ困るんだ。


「今のは本当にイヤそうだね」
「い、や……! おねがいやめ……やめて……っ!」
「了解」


抗議とばかり、彼女に肩を激しく叩かれながら、満悦して朦朧に溶ける。
その瞬間が、本当に好ましいと思う。



ピアノを弾いていると、どうにもひとつになりたくなるのは、
君と会えて僕の音が、漸くこの世に足をつけた気がするから。
ずっと探していた半月の向こうがわ、それが君だったと思うから。
君に恋して、ひとつの音色へ満ちていく。僕の心が満ちていく。