約束
私はもう、二度とあなたを一人にしない―――そう決めたの。
「泰衡さん!」
私は、よほどはしゃいでいたのだろう。うららかな風を聞いていたあなたは、やや迷惑げに振り向いた。
それでも、ちゃんと私の方へ歩いてきてくれるあなた。
こんな日が本当に来るなんて、私は夢を見ているのではないかと、思うこともないわけではないけれど。
「どうなされた、神子ど……いや………望美。」
そう、とても気恥ずかしげではあるけれど、あなたが律儀にも、『約束』を守ってくれているんだもの。
私の産まれたこの世界に、あなたを連れて―――半ば強引に―――戻った時、私はもう『神子』ではないのだからと。
とても困った顔をした。
そう、ちょうどそんな顔を。
「ほら、ここだと思うんです。高館が見えるところ。」
「ああ。……確かに。」
一面に咲くのは、満開のツツジ。 この世界では、桜が咲き誇る束稲山を、もう観ることが叶わない。
だからあなたは、麓からずっと、物憂げなのだと、気づいているけれど。
「……桜は―――」
そしてあなたは、悲しいことを言うのだ。
「世話をするものがなくなれば、いとも容易く、朽ち枯れる。………俺は奥州を、守り抜けなかったのだな。」
遠くに目を馳せて、また、風を聞く。
「泰衡さん!」
だから私は何度でも、あなたを呼ぶ。
一人になったあなたを最期に包んだのは、薄紅の命儚き花びらだった。 それを知らぬあなたは、この紅白の、精気あふれるツツジの群れに恐れをなすのだ。
「でも、一緒に見に来られるんだもの。これでも、いいじゃないですか。」
頬を高く膨らませて、ノドを鳴らして笑って見せた。 驚いたような、困ったような顔で、返事に詰まったあなたは。
代わりに右の手をのばす。
わたしの輪郭を確かめるように、五本の指がなぞる。 かたい頬骨も、柔らかなうなじも、ほんのり色づく唇も。 そしてあなたの指の腹の下で
あ い し て る
そう、動かした。
頬をふわりと包むのは、風が揺らした黒髪と、確かに脈打つあなたの温度。 心地よい手のひらで、熱を帯びた唇で、時空を超えて、想い重ねて―――
あの日、あなたを包んだ花は、もうここにはいないから。
私がずっと、あなたの。
たった一つの花になる。
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