* In the Middle Tide 〜月齢5 第三話 *
◇
途切れないキスが体温を上げる。
八木沢がかなでに与えたキスは、唇ごとぴったりとすきまなく捉えていた。
なかで舌が動くのになんとか応えようとするように、息継ぎの度に小さく声を漏らしている。
「んっ、ん……」
かなでの表情は恍惚として、正座に整えていたはずの膝がゆるく乱れている。
八木沢が一旦閉め直したボタンにもう一度手を掛けると、身を寄せる、それは、
しやすいように自ら手助けするように見える。
かなでの腕から制服を抜き取って、八木沢はベッドの支柱へそれを掛けた。
その間少しの間だけ唇が離れたのを、かなでは不服そうに、やきもきした目で追って、
再び向き直ったところを、首に腕を絡めるようにして自分のほうへ引き寄せた。
「っ、かなでさ…っ」
かなでは背からベッドへ沈んで、引かれた八木沢は上体で押しつぶした恰好、
睫毛の擦れそうな距離から、一瞬驚いた顔でかなでを見て、それから苦笑した。
「どうしてそんなに急いでいるの」
「だって、気が変わっちゃう前に」
「僕がそれほどできた男だと」
「はい」
疑いなく肯定した唇に八木沢はもう一度口付けて、かなでの甘い息づかいを引き出す。
僅かに上がる水音がしどけなく、短い時間で離した隙間を、細く連ねた弧が引いた。
「こんなにしてもそういうふうに見えるなら、僕は相当隠し癖があるみたいだ」
「………」
「ね」
その一音は念を押すように発された。
直上から覗き込む目線に、かなでは釘付けられて見入っている。
どこに隠しているのかを、そうして見つけようとするのか、
かなでにはっきりとわかることは、その目が瞬きの少ないことと、
宵の口、それとも夜の明ける少し前か、いずれにせよ
深い紫紺をくりぬいて映したような色をしていることだけだろう。
ぽっかりととらわれて、だから、八木沢が胸に手を掛けたのが不意になり、
かなではびくりと肩を震わせた。
「は……ぅん」
下着の上から感触を確かめるようにして、ゆっくり触れるのに、
かなでが初めにきっちりと閉じた瞼が徐々に緩む。
「怖がらせたいのか、安心して欲しいのか」
八木沢はそう言って、視線を和らげた。
全身を固めたようだったかなでが力を抜いたのはそのタイミングで、
ふと小さく笑みをこぼした。
「私もそこで迷ってます」
「そう。それなら良かった」
それから、背を浮かせて、とか、腕を通して、とか
八木沢の言う通りに逐一素直に応えたかなでは、
首尾よく裸体にされて、下半身にいちまい残すだけになる。
「……私だけ」
「脱がせて下さっても構いませんよ」
「え」
「あぁ、そんな顔をしないで。無理強いする訳ではないんです。
こんなときに自分で脱ぐのは些か情緒に欠けるかと思っただけで」
「は、はぁ」
そう八木沢は言うが、だからといってやはり自分で脱ごうとする訳ではなかった。
あらわになった胸を、手のひらで掬って寄せながらふよふよと揉み込むと、
指の間で乳首が擦れて、少しずつ輪郭が隆起する。
「や……んぁっ、あ―――」
堪らなそうな声が寝室に明確に響いたあとで、かなではハッと口許を押さえた。
かっと頬を火照らせるのは、思わず上げた声を恥じるのか、
だが、それも長くは保たない。
「ぅん……っ、あっあ……ッ」
かなでが初めて裸体を見せたのが八木沢で、どれほど恥じていいのかも図れないことで、
身体は本来より過敏に反応したのかもしれなかった。
八木沢は乳首の輪郭を指先でほんの少しつつくくらいで、
激しくこね回すようなやり方ではなかったが、それだけでもくすぐったそうにしてみじろぐ。
高い声を短く切迫して上げながら、かなでは八木沢の着衣に手を掛けた。
「ん? 脱がせてくれるんですか?」
「……八木沢さんてどんなかんじ?」
「どんなかな」
「も…ボタンかたい」
感じながらすることで、手元は随分おぼつかない。
不器用に脱がされる八木沢は、悪戯心でも刺激されたか、
ふたつの指でかなでの乳首をきゅ、と挟んだ。
触れ方を先程までより明確にする。
「はふ……っん、八木沢さん…」
「なんだか僕の思うとおりになってしまって。いいのかな」
「外せないから、っん、ねぇ緩め……ぁっ、も…!」
抗議しながらも、かなでの手つきは確かに性急になる。
なんとかボタンを外し切り、まるで剥くようにして肩からシャツを滑り落とす。
もう一枚は八木沢が自分で脱いで落とした。
素肌の肩はふくらとして、組み敷く腕へ、筋がしっかり繋がっている。
かなでは、火照っていた表情を真顔にした。
「……着痩せする? おとなのひとみたい」
「そうですか? 誕生日が来たから育ったかな」
「ふふ」
安心した、というようなことをかなでは言って、
自らその身体を引き寄せる。
さらりとした質感が重なることで、すっぽりとかなでは包まれてしまう。
「着痩せというなら、あなたこそ、本当に綺麗です」
「え」
「僕がもらって本当にいいのかと思うほどに」
「私は…八木沢さんが欲しいです」
かなでが真摯に見上げたのは、特別大きな男ではない。
が、厚みのある胸の下で完全に陰にされ、
かなでは、重みまでを味わうように、心地良さげに吸気した。
◇
そう広くはない部屋に、湿った音が止めどない。
湿潤を十分にたたえた入り口で、まるい先がぬると滑り、
かなでは大きく身体を波打たせた。
そのやり方が好き、そう言えるほど長くされている訳ではないし、
果たしてこれが八木沢のやり方なのかどうかも不確かだが、
そうとしか言えない気持ちになっている。
「あ、あぁぁっ…や、どうしてこんな声」
「我慢しなくてもいいですから」
「……でもはずかしい」
「僕は聞きたいな」
その率直な要求は返事を待つまでもなく、かなでの首筋を甘く噛む。
かなでにとって、そこは鋭利に感じる箇所であり、
反射に近い、更に高い声を上げてしまった。
かなでの声は切迫しているが、八木沢は基本的に優しいやり方で、
初めてだからというよりは、多分に性格的なものである。
その緩さでじわじわとくすぐった身体は色づいて、今や触れられるところ全てに反応する。
ひどく濡らしていることを自分でも自覚して、そこが一際疼くから、
お願い触れてと強請ったのが先程のことだ。
下着を下ろされることは確かに恥ずかしかったのだが、嫌がる余裕がなかったと言える。
かたちの違う同じものがそこへ触れて、どうしようもなく切なかったのがやや溶かされた。
そういうふうに、男女の身体というのはできている、
自覚するより他ないことが、こころの準備と言えるだろうか。
首筋を僅かに吸い上げられて、かなでがはふと唇を噛んだとき、
八木沢は入り口で遊ばせていたものに一転角度をつけた。
「ぁ……」
「怖い?」
問われて、かなでは間をとってから首を横に振った。
少しだけ嘘だったのである。
「怖くても、僕がすることですから」
「……うん」
「とって食べる訳ではない」
穏やかな笑みに、かなでは一瞬つられて、そのまま撒かれるかと思われた。
正確には撒かれたかったのだけれど、
明確な形が頭ひとつ、しっかりと圧迫をかけたとき、
とても撒かれてはいられないことを知ってしまった。
浅瀬は十分にほぐされていて、慣れていて、銜え込むと甘みが広がる。
だが、そこを越えて絶え間なく侵入させる未知のぶぶんは、
言葉にならない痛みしかない。
涙だらけの顔を八木沢はやはりに穏やかに見つめている。
何故だかそれが腹立たしく、かなでは額をその胸にごんごんと打ち付けた。
そんな顔をして、こんなことをして
痛いのに
ものすごく痛いのにわらわないで
「八木沢さんは痛くないんですか」
「それが、とても気持ちよくて」
「……ずるい」
しんしんと、悔しいのと痛いのと、どちらの涙が勝ったろう。
目の端から零したものを、八木沢が口付けて掬うから、
とげとげと睨み上げたい気持ちが挫けてしまう。
「っん……」
酔ったように、潤んだ心に変わってしまう。
上手に上手に、いつのまにか、思うままにされてしまいそうだ。
きつく閉ざしたところを圧し広げたものを、ひたすら硬く感じた。
少しずつ動かす先端で、縫合は余さずぷつぷつと綻んだ。
その、糸が噛み切られるような感触は不快であり、異物感は際限なく、
但し、挿し込まれるそれを柔らに包むに十分なだけの湿潤は、かなでが自身で沁み出させるものだ。
掻き回されて、癒えていく
理不尽だが、理屈はそうであるらしい。
「ふぁ、や……あ、あっ」
「治りそう?」
「わ、…っかんない」
痛みはむず痒いような疼きに変わっていた。
じんじんと脈動するのは重なる襞で、そこへ迷いなく突き立てられると、
ぐんと温度を上げるのがわかる。
背に爪を立てて、ぴったりと抱かせる。
動き辛いかもしれないが、それがせめてもの抵抗と言えた。
身体の中で刻々と変わっていく感じ方に、ついていけない怖さがある。
それでも、十分に濡れ始めている所為で、
動きはひとたびごとに滑らかに深まる。
さらさらとしていた八木沢の肌が、少しずつしっとりと吸い付いてくる。
「あ……あぁ、あっ……ッん……!」
掻き出した蜜を絡めて、埋め直して来るときの、
先端の窪みが浅い入り口を擦るのが堪らなく感じる。
そこがいいというのを、かなでは声を工面して伝えようとしている。
過呼吸で潤んだ瞳をしっかりと合わせて、
もっとして、とそれだけを、汲み取ってくれたらいいと思っている。
「きもちいい?」
「…わかるんですか?」
「そういう顔だと思って」
「や、やだ見ないで」
「難しいことを言うんだな」
しがみついた咽の奥で、くすと笑う声音がする。
揺れる胸を掬われて、律動と一緒に刺激されると、
どこにも力が入らなくなる感覚にとらわれた。
堪らずに零すもので、腰で敷いたシーツがじっくりと濡れてゆき、ひんやりと生々しい。
粘つくものを撹拌するような水音は、止まずかなでの鼓膜に届いていて、
あられもない自分の声もまた届いていて、縮みそうな羞恥を感じる。
それが、本来あるぶんよりも、快感を増幅させるのかもしれなかった。
「初めてなのに、こんなに気持ちいいってへんだとおもいますか」
問うたのは、不安だったからだ。
経験がないのは痛がったことできっとつつ抜けている。
それでもこんな様子を見せること、聞かせることを、
八木沢はどんなふうに捉えているか。上手く演技したように映ってしまっているのでないか。
そう思われて仕方がない。
「どうして? 僕がそんな顔をしているとか?」
「ううん。痛いよりきもちよくて、泣きそうだから」
「それなら、僕のがうつったのかな。僕が、あまりに気持ちいいから」
言い切るのと、鎖骨に唇が触れたのは同時だった。
舌先でちろりと骨の直上を舐め上げられて、
かなではあからさまに感じ入る。
そうやって、感じるところをひとつずつ覚えてゆくように、
常に複数の箇所を捉えられていくことで、
簡単に簡単に溺れてしまう。
その、長けた気付きの精神が
やさしすぎて
ころされそう
長さの半分ほどを埋めて、周囲にひた垂れるぬめりをこそげる。
何度かされたやり方で、かなではそれまでに、そうされるとどんなにいいかを覚えていた。
半身を反らせて、びくんと波打たせる腰元を、八木沢が確実に捉えて引き寄せる。
「ここがいい?」
「い…、すごく、あっあ、っぅん……!」
「ずいぶん熱いけれど…これでは僕が保たないな」
困ったように笑うが、かなでには余裕に見える。
したことあるんですかと問うと、否定して、これが初めてだという。
嘘をつくひとではない、それは疑いないのだが、腑に落ちないかなでである。
「けれど、年上だからあまり格好悪いところは見せられないので」
「……ほんとにそれだけ?」
「どうして?」
「だって……上手で」
やり方もそう、くれる言葉もそう。
不安にさせるのも安心させるのも、かなでの心の中まで、全て覗かれているように
八木沢は与えるタイミングを間違えない。
最もの奥を開かれたのはその時だった。
あからさまな嬌声を上げて、かなでは、初めにつけられた細かな傷が、
既に癒えてしまっていることに気付いてしまった。
いや、微かな痛みさえ、なにかの薬のように次を求める依存に似て
じんじんと淫らに疼いてたまらない。
「や、あぁっ、そこだめ、へんになっちゃう…!」
激しい抽送ではない、ないのだが、
纏わりつくような優しさが、入り口をひくひくとさせて、かなでは我知らず奥へ奥へと誘い込んでしまう。
痺れすぎている軌道を、ゆっくりゆっくりいれるから、かたちまで全部味わってしまう。
浅いところと深い淵を使い分けるようなやり方に、
途切れそうになる意識をなんとか繋いでがんばっているのに
「あ……っん、だめって、言ってるのにぃ……!」
上げた声は存分に涙声だった。
通常の客室よりも広いとはいえ、これでは外に漏れてしまいそうで、
かなでは八木沢の首筋に吸い付いた。
「…どうしたらいいかな、痛い?」
「ううん、ほんとにへんなの、八木沢さんのはいるとこが、
すごくくすぐったくて、じんじんする」
言葉は彼の鼓動する、動脈の内部へ埋め込むように、ひとつひとつ、
ようやっとにして言いながら、じゅん、と漏らすものに赤面し、
呼吸をなんとか引き付けるようにして、途切れ途切れに言ったのだ。
だから、なにをひとつも隠せなかった。
繋げたところが紛れもなく、そのとおりに動いているだろうから、
あとは八木沢に委ねるしかない、そう思っていた。
「それなら心配なさそうですね」
「……うん?」
「僕より先にいってくれるなら、顔が立つんだけれど」
「―――いく?」
「そう。どうだろう、続けたらいってくれるのかな」
動きを止めた八木沢の、一定に脈動してかなでに感じさせるものは圧迫された血流で、
それはかなでの動きに重なる。
「やってみようか」
「っ、ん……あ……っ、や……」
胸が離されると、打って変わって、ひどい緩急がついた。
儘ならない脚は否応無しに開いてゆき、水を得たようなピストンでかなではじわじわ追いつめられる。
「い……や、はっ、ん…っ、なにしたの……!」
「なにって、僕のしたいように」
「や、いや、待って、本当に…っ」
「本当は、あなたのされたいように、できたらいいのだけれど」
解って言うのでないかと思った。
少しは間違えてくれたらいいのにと、思うそばから繰り返し、
つつかれるところはそのたびごとにかなでを急速に火照らせた。
メリハリの利いた形をしている、ということが、
自分で襞をきっちりと収縮させることで明白になり、
軌道を嫌でも覚えてしまう。
初めての感覚の圧倒的な不安が、ぞわぞわとした寒気になって背筋を迫り上がる。
つかまるところが欲しいのに、八木沢の身体が遠かった。
爪を立てるところが、枕くらいしかなかったことが、たった一つ残った不安と言えるだろうか。
「や、ぁぁ、も、おねがいいかせて…!」
正直に、貪欲に求めながら、ぐんと逆反りになる背を感じていた。
その瞬間に滲み出る汗は、体温より幾らか温度が高い気がし、纏わるシーツまでじれったい。
いちばんきもちいいと思うところに数度打ち付けられて、
かなでは瞼を皺にした。
「あ、あ、やだだめい―――ッく……!」
ノドの筋が違ってしまうのでないかと
生まれて初めての姿勢をした。
ひとつに溶け合ったところが、びくびくと締めつけて制御の外の動きをする。
抜くこともできないんじゃないかと思うほど、狭くせまく、一人占めにしようとする。
「そんなに可愛い顔を見せられたら、僕も―――」
その瞬間は、見なかった。
ひどい緊張に苛まれていた身体は、確かに弛緩しかけていたのだけれど、
とても、瞼を開けられる気がしなくて
けれども、その瞬間でさえ、彼は余裕の表情だったのではないかと
不確かな想像の中で、そう思う。
一段緩慢になった動きで、その日一番熱い唇を受けたときの、
口腔に充満する穏やかさに、彼の、吐き出せずに持て余した情熱が、あまりあるほど残っていた。
そう思えてならなかった。
◇
「しつれいします」
全てひらがなで言ったような、取ってつけたような言い方で、
かなでは爪先を湯に浸す。
向こうを向いていて、と事前に要求されたので、
そして、そのとおり、律儀に向こうを向いたので、八木沢はその瞬間を見なかったが、
緩やかに起こった波紋が身体を僅かに揺らしたことで、
湯船はいま、ひとりでなくふたりになったのだと、見上げた月の傍らに知覚する。
波紋が一定に収まってから、ようやく彼女を目にした。
先程まであれほど波打っていた身体は、いまやぬめりを綺麗に落として、
清楚にきちっと体育座りに落ちついている。
ひととひととの間に起こること、それはこんなにも不思議なものである。
「もう少し、こちらへ」
湯浴みに沈む手首を緩く握って引き寄せると、
浮力に浮いてたおやかに、ふわりとかなでは近づいた。
「凭れてもいいですか?」
「どうぞ」
嬉しそうにして、かなでは股の間に収まった。
腕は自然と彼女の臍のあたりへ回ったが、そのとき本当は、八木沢としては意外だったのである。
凭れると言うから、当然肩に凭れるのだと思っていたので、
まさか全身を抱くことになるとはと、余りあるときめきに胸が苦しい。
四分一の月が遠く照らす、ここは人肌の、区画ある銀の海、
だが抱く身体にまとう水滴は、朧げな光の中で変幻自在にきらめいて鱗のようだ。
「八木沢さん」
「はい」
見蕩れていたので、返事が若干遅れた。
「あの……やっぱり、してよかったです」
「―――なんてことを」
かえすがえす、驚かすのが上手な彼女である。
こういうときは、月の話とか夜景の話とかではないんですかと、
用意したこころの準備を、彼女は易々と越えてしまうから、
赤裸々な言葉のあわいを、つるつると流れ込む湯さえ邪魔だと思ってしまうのだ。
「だってこんなに落ちついて、温泉っていいなーって思っていられるなんて」
「………ええ」
「してなかったらたぶん、私今頃すごく疑心暗鬼してると思います」
「確かに。僕も同感です」
疑心暗鬼の出所は、彼女と自分で若干違う。
だが、何の不思議もなさそうな声色で、そう応えるしかなかった思いを
彼女はいつ、知るのだろう。
「そんなつもりはなかったけれど、さっきあなたを抱いてわかった」
だから、過去の話をすることで、紛らわせようとしたのである。
「していなかったら多分、きっと、僕はあなたを泣かせてしまったと思います」
「……どうしてですか?」
「無理矢理にでも、僕はここで、あなたを僕のものにしてしまったのではないかと」
例えばここが、白昼の陽のもとであったなら
夜の色の瞳の奥に、隠した劣情が知れたろう。
過去でなく、今も、当たらずとも遠からぬ思いでいることが。
「全然そうはみえないのに」
「ふふ、けれど、もう大丈夫です。したいときはちゃんと言いますから」
それは、自らに言い聞かせる言葉だった。
柔らかな身体に、平らな身体を押し付けて、惜しむように言ったのだ。
瞬間、ちゃぷんと湯は跳ね上がり、隠しきれない綻びは数多、余りあり
逃がさぬように抱え込んだ身体は、それを察して振り向いた。
跨がる大腿が、張り詰めた足の上で柔らかく沈む。
「ねぇ、このまましたい」
「かなでさん」
「私も言うことにしました。だから、もういっかい」
「……これは、困ったな」
同じくらいの大きさの唇を、見つめあって、目をあわせて、また唇を
膨らみゆく淡いひかりは、生まれて数夜の月齢5
鬱蒼とした森陰の向こう、のっぺりとした鏡の海が、ひたひたとたいらに満ちてくる。
− In the Middle Tide 〜月齢5・完 −
|