ここはどこだろう。
神戸だ。それはわかっている。


だが、ここはどこだろう。



時はやや遡る。
星奏と至誠館のメンバーは、新神戸の駅前から近いホテルに泊まることになった。
なので夜景をバックにたむろして、そこはアレだここは高いなどとガイドブックを広げていたのだが。


千秋がそこへ割り込んできたのは、
一向にまとまらない意見をまとめてくれるためではなかった。


「こいつは借りるぜ」


こいつというのは私のことだ。
ぐ、と腕を引かれて、一番驚いたのも私だ。
面々は誘拐だとかいつのまにだとかいろいろと言っていたが、
律くんが


「小日向、新幹線の時間はわかっているか」


と落ちついた態度で助言してくれたので、その情報はしっかりと得た上で
私は車に乗り込むことになった。
当然のように蓬生さんの車だった。蓬生さんは運転席から後ろへ声だけを向けた。


「あんなぁ小日向ちゃん、俺別に、千秋のパシリやないんやで」


半分そうなのかと思いかけていたので若干驚きを隠せなかった私だ。
隣から千秋の腕が肩にかかり、彼もまたパシリ説を否定したので蓬生さんの思い込みではないらしい。


「なんでも、今日はお忍びなんやて」
「お忍び?」
「ああ。普段は専属の運転手がいるんだがな。正式に紹介するまでにいらぬ噂が立つと、後々面倒なんだよ」
「ボンボンはボンボンなりに、庶民にはわからん苦労があるなぁ」
「……まぁな」


蓬生さんは涼しくギアをシフトさせ、車は滑るように走り始めた。
千秋はそれから黙っていた。
私は彼の、夜景を見つめる横顔を見ながら、
肩に置かれた手に、やや力のはいったのを感じていた。




* Ribbon in the Dark *






山手まではすぐだった。
横浜と同じように、山手と海辺の距離の近い街なのらしい。
蓬生さんのクラクションを見送った私たちは、
見渡す限りの木立の中をしばらく歩いて、一軒の屋内へ入った。


「……ゴルフ場みたいですけど」
「ゴルフ場だ」


私はヴァイオリンを弾くがゴルフはしない。
まぁそれはいいが、千秋はゴルフをしにきたのだろうか。
そのわりには夜だ。
カップもフラグもボールでさえ、恐らく見渡す限りの暗中模索となる気がするが。


「ハ! お前、わざわざ俺が、ここへゴルフをしにきたと思っているのか」
「はい」


そうでなければなにをしに来るところなのか。
ゴルフ場はゴルフをするからゴルフ場という名前なのではないだろうかと言った。


「そう真面目にとるなよ。地味子」
「な、なんで地味子っていうんですか! もう地味子じゃないって言ったじゃないですか!」
「怒るなよ。相変わらず柔軟性がないという意味で言ったんだ。たまには呼ばせろよ。
 俺には、存外気に入っていたように見えたぜ?」
「………」


そういうふうに見えていたなら今更仕方がないが、
私は躍起になっていただけで別に気に入っていた訳ではない。
まぁ飲め、というので、目の前の紅茶に手を付けた。
客間で軽食をもてなされたあとで、バルコニーに出てきていた。
高そうなクロスのかかったまるいテーブルに、キャンドルの灯を灯しただけの空間だ。
低めの柵を見通すと、眼下に広がるのは舐めたような黒い緑。
昼間はそこがグリーンと呼ばれるところだ、というような説明を聞きながら、
熱い紅茶に喉も身体も温まる。


夏休みが明けて数日経った土曜日だ。
暦の上では秋になったが、昼間はまだまだ夏に近い気候だから、
制服の上になにも羽織っていなかった。
半袖では少し寒くて、荷物の中からカーディガンを持って来ようかと、
腰を上げた。


「かなで」
「……は、はい」


この呼ばれ方はこの日初めてされたばかりで、
私はまだ慣れない。


「どこへ行く」
「ちょっと羽織るものを持って来ようかと思って。東金さんは」
「『東金さん』だと?」
「あ…ち、千秋は寒くない?」
「寒いならこっちに来い。抱いてやる」
「……はぁ」


私はその言葉の意味を額面通りに解釈していた。
抱きしめてくれるのかな、というふうにだ。
千秋の膝とテーブルの狭っこい隙間に立ち、伸びてくる腕を待った。
そんな私に、何が起こったかと言うと。


「…!?」


確かに腕は伸びてきた。
けれども、その指先は私の身体を抱き寄せたのではなかった。
千秋がまず触れたのは制服のリボンで、息を呑んでいるうちにするりと解かれてしまった。


「…えっ?」
「ハトでもそんな顔はしないぜ。抱くって言ったじゃねぇか」
「抱くって、抱くって、えぇぇ?!」
「なんだ、今更前置きが必要か?」


悪いが、必要だ。
びっくりするではないか!


そう言うと千秋は若干呆れたようだが、一応手は引っ込めて、
私の腰を抱いて引き寄せると、前を見ろと言った。
その表情は、なにか物語的なことをしてくれるつもりらしい。
私の目の前には、木立の作る深い闇と、それから夜景が広がった。
先程見ていた夜景とは、角度の違うところから見る夜景だ。


「神戸より横浜を選ぶという女を、俺は何故これほど可愛いんだろうな。正直自分でもわからん」


物語は、そんな台詞で始まった。
のっけから私は寒さを忘れ、ボッと火照り上がってしまったわけである。


「港があるだろ、見えるか」
「タワーのとこ?」
「ああ。あの一角のヨットハーバーを神南が使っているが、もとはウチの資本だ。
 まぁそもそも、このゴルフ場もウチのグループなんだが」
「………ふぅん」


よくわからない。
で、と次に千秋が指差した方向はオレンジのひかりがまっすぐに連なる、高速道路みたいなもののようだ。
正しくは有料道路で、観光には欠かせないスポットにつながるらしい。


「ウチの融資が無ければ出来なかった道路だ」
「ゆうしって? ボランティアのこと?」
「……アホか。誰がボランティアで融資する。平たく言えばカネだ」
「え―――」


『有志』ではなく『融資』であったことに私は初めて気がついた。
普段そんな言葉を使ったことがない。ニュースで時々耳にするだけの単語だ。


「そして向こうの広大な敷地」
「……あれもゴルフ場?」
「いや、あれが俺の自宅だ」
「…………じたく」


ようやく意味がわかってきた私は、抱かれた腰に、きゅうによそゆきな風情を浮かべてしまった。
開いた口が塞がらないというのを、初めて実体験で経験してしまった。
そりゃあ、ちっぽけな菩提樹寮の改装くらい、まさしく朝飯前に出来てしまうわけだ。


「固くなってるな」
「そりゃ、そうですよ」


千秋は、私を抱き直したけれど、
この手のひらは、私に繋がれていていいんだろうかと、思ってしまう。


「さっき俺は、お前が神戸に来れば、この街はお前の庭になると言ったが」
「はい」
「あながち、間違いでもないと思っただろうが」
「……はい」


正確には、私の庭になるはずがないと思っている。
シンデレラとか、白雪姫とか、王子様と一緒になるふつうの女の子の話に憧れたこともある。
けれど、実際目の当たりにしてしまったら、私と千秋は違い過ぎるじゃないか。
王子様は王子様で、私はやっぱり私でしかないじゃないかと、
そういうふうに、思ってしまう。


「だが、これは俺が作ったものじゃない」


思わず目を向けたのは、そう言った千秋の声が、それまでの声とは全く違っていたからだ。
見下ろしてみた表情も、とても真剣なものだった。


「このだだっ広い街を、本当の意味で俺の庭にする―――お前の庭にするってことは、簡単なことじゃねぇ。
 お前、想像できるか」
「……何を想像すればいいのかっていうか」
「そうだ。それが正直なところだろうな。だが、だからこそ譲れねぇ。なんと言われても、
 俺は俺のスタイルで行く。折れて他人から勝ち取ったものなんかに意味はねぇ」
「他人って……お父さんじゃないの?」


言うだろうなと思った、というような顔で、千秋は息をひとつ吐いた。
私は何か間違ったことを言っただろうか。


「だからって俺じゃねぇ。馴れ合いを一切排除すれば、親父だって他人だ」
「……そんな」
「勝つとか負けるとか、出し抜くとか言ってるんじゃない。ここから見えるもの、
 これはこれでひとつの成功だが、いつか同じラインに立ってモノを見る為には、必要な視点だと俺は思う」


千秋の言うのは、音楽のことだろうか。
一昨年のソロで律くんに負けたこと、結果的に負けることになってしまったこと、
大地先輩は、あれは負けかどうかあやしいところだと言ったけれど
私はいまその意味が、少しだけ、わかった気がした。


「好き」


口をついて出たのはそのひとことだった。
何を言うんだろう、なんて脈絡のない。
けれども、いま言いたかった。


「……かなで」
「うん、わかった。私は千秋が好き」


どういうわけか、手を握りたくなった。
腰に回った腕を解き、私は彼の手のひらを自分の手の中にしっかりと握り、
ただ前を向いた。



私には、なにもない。



お金も無ければ地位もない、彼の言った意味を理解して支援する知恵もない
あるものはただ、彼を好きだとおもう
この気持ちだけ



だから、ただ強く強く握った。



そんな私に、千秋は言った。
神戸の街に私を呼んで、この景色を、私と一緒に見たかったのだと。


「というわけで、お前は俺を選んで正解だ」
「と思います」
「ただしお前は無知すぎる。叩き込んでやるから覚悟しておけ」
「望むところです」


強気に返した唇が、もっとの強気で奪われて
ぷつぷつとボタンの外される感覚に身を捩った。


「ち、あき…」
「前置きは十分だろ」
「で、でも……!」


見渡す限りの夜の中で、肌を晒すことに、平気であるはずがない。
私は千秋の手を止めようとしたが、力でかなうはずもない。
きょろきょろとまわりを確かめる私を、千秋は射抜くように見つめた。


「ここでは困る―――なんて言うな?」
「……っ」
「俺についてくるつもりなら、これしきの大胆さは必要だ」


軽い夏服が、千秋の手で開かれる。









部屋のほうで物音がして、身を固くした。


「だ、誰か入ってきたよ」


軽食をとったあとの皿だとかを下げている、陶器が軽くぶつかる音がする。


「ウチで使ってる従業員だ。空気の一つや二つ読めるさ。わざわざ顔出すようなバカをやるわけねぇんだよ」
「だけど……ねぇいましなくたって……ねぇ千秋…ッ」


気になって仕方がないのに、千秋は座ったままの姿勢で腕を伸ばし、更に私の制服をくつろげた。
反射的に後退り、テーブルにお尻が当たってしまい、茶器がかつんと音を立てる。
千秋はおかまいなしの様子で私の下着をぐいと上へずらした。
胸に直接夜気が触れたせいで、やや震えて縮こまった頂きを、千秋はからかうような目で見る。


「千秋……」
「随分物欲しそうだな」


違う、感じてこうなってるんじゃない。こんなところで、こんな恰好にさせないで欲しいという、
これは身体がする反射なのだ。
そう言いたいのを知ってか知らずか、千秋は膨らみを中央へ寄せて、
吸い付きやすそうに盛り上げてから、唇でそこを含んだ。


「んっ……っ」
「ほう、ひとを気にするわりに、聞かせるつもりがあるか」
「ち、違っ…あぁ、や、やだなんで……」


久しぶりにされているから? 千秋がうまくなってるから?
寝ている姿勢とは違って、千秋が舌先でころころ転がすのが、いやでも目にはいってしまう。
くすぐったい刺激はすぐに甘い波を作り、じんじんと奥のほうへ広がってくる。
外だから、それにひとがそこにいるから、思えば思うほど身体が熱くなってしまい、
声にできないぶん、たくさん喉を擦ってしまう。
スカートの中で、下着がじゅんと濡れるのを感じていた。


「……千秋ぃ」
「あぁ。どうした」


部屋の従業員に聞こえぬよう、こそこそと会話をする。
千秋のそういう声を聞いたのは初めてで、掠れたような声色が胸許で囁かれるのに、
ぞくりと背筋が震えた。


「だから、その……」
「言わなきゃこのままだぜ? あれだけ言ったろ、もう忘れたのか」
「だ、だってっ……っあ、あぁっ」


千秋は舐めるのをやめて、指で両方をくすぐり始めた。
舐められていたほうはやや慣れつつあったけれど、初めて触れられるほうの先端が、
また大きな痺れを感じてしまう。
指で挟まれていじられると、もう一つのほうと同じように、すぐにつんと角を立ててくるのが、
どうしようもなく恥ずかしい。


「ほら、言えよかなで」
「っ、ん……」
「そんなじゃ、また地味子に逆戻りだな」
「いや、それはいや!」


千秋の、じゃあどうする? というような、意地悪な目線に唇を噛む。
忘れたわけじゃない、むしろ忘れられるはずがないくらい。


だってそれくらい、恥ずかしかったのだから。


感じたら言わないと、そうしないと、感じたところに触れてくれないことは、
千秋がまだ横浜にいる間にしっかり覚えさせられた。
待っているだけでは与えられない、欲しいものは取りに来い、


その言い草はいっそ清々しいほど
腹立たしいほど


「じゃぁ、言います」
「ああ、聞いてやる」


このひとは、初めてしたときに、自分の身体のことを「安くない」と表現した、
傲慢にすぎる男だった。
けれども、そんな身体を、私は欲しくなってしまったので、
いや、欲しくさせられてしまったので、腹をくくらないといけない。


「……濡れちゃった」
「呆れたな。胸だけでか?」
「外だし、中にはひとがいるし」
「なるほど、お好みだったわけか。見込んだとおり、案外骨のある女だ」


そう言って千秋は首筋を噛んだ。
きつくきつく吸い上げて、きっとあかい痕がついたろう。
明日私は、どうこれを隠せばいいのだろう、
マフラーをするには、まだまだ遠い季節だというのに。


「千秋…! 言ったんだから早く―――」
「早く?」
「………濡れたとこ、さわって」


できるだけ気丈に言ったつもりだったけれど、
言い始めと言葉尻は不明確に震えてしまった。


言い直しをさせられるかもしれないと、私は半分覚悟して、赤く赤くなったのだったが。


「そのへんでいい、下がれ」
「…!?」


千秋が声を張ったのは室内へ向けてだった。
そのときには千秋は立ち上がっていて、私は手首を引かれて抱きしめられて、
はだけた制服は千秋の影になって、濡らされた肌はもうどこからも見えなくなっていた。


「新しいお飲物などは」
「かまわん。欲しけりゃまた呼ぶ」
「かしこまりました」


こくこくと、上品な靴音が向こうへ行く。
どんな顔をしたひとだろう、
私は千秋の胸の中で、扉の開閉する音を聞きながら、ものすごくドキドキしていた。


「これで、満足だろ?」


力ある色の、直上からの目線が覗き込む。


「だからいくらでも声を出せ」
「…や、ちょ、ちあ…」


ふわと身体が浮いたかと思った、けれどもそれは一瞬で、
テーブルに腰掛けさせられたところへ、千秋は胸でしっくりと体重をかけてきた。
クロスのでこぼこが背中に埋め込まれるように感じる。


私は、女の子にしては腕力があるほうだと自負するのだけれど、
それでもとても押し返すことができない。
キャンドルの火を、千秋が指で摘んで消すのを目の端で見ながら、私は、これは本気だと思って身構えた。


「……ねぇ部屋で…!」
「客間だぜ? どっちにしたってベッドはない」
「じゃぁベッドのある部屋―――ぅん…」


切られた語尾が悔しい。
こういうときだけ、いつもと全然違うキスをする。
舌先で口腔を一巡させたあとで、私の舌を緩く吸い、ちゅると小さな音を立てる。
沁み出してくるのは唾液ばかりでない。
ぼんやりさせられる頭で、下着がもう一つ濡れたのを感じた。


「聞くが、お前は待てるか?」
「………千秋は待てないってこと?」
「ああ。悪いか」
「悪くないけど趣味悪い」
「よく知ってるな」


言い返したことで、彼を開き直らせてしまったのだろうか。
千秋は喉で笑いながら、ベルトを手探りにして外すと、
その手で私のスカートをめくり上げる。


「や、やだ、待っ…」


一応、上下揃いで勝負的な下着をつけてきたのに、千秋はぜったい見なかった。
指先で無造作に引っ掛けて、足首からそのまま滑り落としてしまえば、
そんなのただの布っ切れでしかない。
自分はいれるとこしか脱がないで、したいことしかしないで―――



―――私は千秋が大好きだ。



けれども、大好きだけど、千秋は
女の子の気持ちのこと、もう少しだけわかってくれたらいいのに


「ぁっ……ぅ……んっ」


いれることしか考えてないでしょう、そう思った。
そういうやり方で、ぜったい小さくないものを、少しもほぐれてないところへ押しあてる。
濡れすぎていたせいでぬると滑ったから、その刺激でつい声を上げてしまい
千秋は多分に気をよくしてしまったらしい。
狙いを付けるようにして、千秋はまだ狭いところを一息に侵入した。


「あっあ……あぁっ……!」
「そりゃ随分遠慮がちだな」


千秋は私の声のことを言っている。
声よりも身体のほうが熱くなってしまっているから、我慢してるのが筒抜けなのだと思う。
それを不満として、千秋は改めて突き上げた。


「ひぁ……!」
「ほう、まだ足りないか?」
「違……っあ、あ、……っ」


こういうこと、まだ慣れているわけじゃないのに
それに、毎日顔を合わせているわけでもないから
はいってるって意識するだけでも恥ずかしい。
思い切りな声なんて、そうそう聞かせられるものではない。


「こんなことで強気になっても、少しも可愛くないぜ」
「―――!」
「曝け出したのは音楽だけか? つまらん」
「待っ、やだ抜かないで…!」


腰を引き取ろうとする千秋の背を、思うさま引き寄せた。
小さい胸が潰れるほど抱き寄せた。
値踏みする、つよいつよい瞳。


「ん? どうされたい」


私の反応を確かめるように、千秋はそのままの姿勢で、中を緩く掻き回した。
先の深く括れたぶぶんが、感じるところをこそげていくと、
奥のほうまでじんじんとこそばゆくなる。


「は……んぁ、あ……もっと、いっぱいにして」
「そうだ。初めからそう言えばいい」


千秋の身体がふいと離れ、膝が大きく開かれた。
その拍子にじゅんと沁み出したものが千秋のにまで伝いそうに零れる。


「あぁっ……や……」
「こら、大人しくしろ」
「〜〜〜」


見られたくなくてつい閉じようとすれば、やはり面倒そうな顔をする。
ネクタイを緩めながら、「いい加減慣れろ」と、「開き直れ」と言う。
両の腰に千秋の指が食い込んでぐっと引かれ、背中で敷いたテーブルクロスが皺になってついてきた。


「あぁんッ………!」


そんなふうにされたら、深く深くはいってしまう。
されるままに揺らされて、そのとおりに声を上げるしかないなんて、
自分がおもちゃかなにかになったような気分だ。
じっくりと舐め回すようにして、つながったところを眺められていると思うと、
それだけでじわと濡れてしまう。


それが濡らしていくのは、いれているところだけでない。
ひくひくとしている、と千秋が言うそのあたりも、ひかるくらいになっているはずだ。
千秋がそこへ触れて、どれだけ熱くなっているか、膨らみきってしまっているかを知ってしまう。


「っんぁ、あ……そこやだ……」
「生憎だが嫌そうには見えねぇ」


根元をこり、と引っ掻くようにされて、思わず目をつむってしまった。
同じところを小刻みに掘り起こされるような動きに、背筋がぞくぞくとする。
滑りよい指で、少し強すぎるくらいの触れ方で、肩までびくんと震えてしまう。
味わうように、足が開いてゆくのが自分でもわかってしまい、これではなにを隠しても、
全部意味のないことになるのだと、そう思う。


「もっと濡れたくはないか」
「……濡れたい」


いつしか指以外の動きをすべて止めて、千秋は私の中で留まり続けていた。
ひどい異物感がそこにある。
千秋が触れるとおりに血流がその一点へ集まっていくと、
内側がきゅうと収縮して、千秋の形を浮き彫りにする。


動いて、と、蕩けた襞を絡み付けるようにして、私の身体は求めてしまう。


「じゃ、もっと眺めてやろうか」
「や、いや、そうじゃなくて……!」
「なんだ」
「千秋ので……千秋のでして」


その言い方でよかったんだろうか。
千秋は片方の膝裏から手を入れて、肩に持ち上げるようにして、
根元までを一気に埋め込んだ。
みし、とテーブルが軋む。


いや、それだけでなく、軋んだのは私の身体もまたそうだ。


「あぁっ、んん、あっ、あぁぁ……ッ、や……!」
「嫌ではなくいいと言え」
「だって、だって泣きそう」
「答えになってない」


どこまで余裕のある顔だろう。
夜気の木立に吸い込まれてくのは私の声ばかりで
目を逸らそうとすると、大きな手のひらは顎をしっかりとつかまえて、
その激しい、燃すような視線の直下へ戻される。


「いま見ないで…!」
「俺はいま見たい」
「なんで……!」


こつんといいところに千秋が嵌って、ひっきりない声を上げる私のことを
止めどなく滲む汗に、額の前髪が貼り付いて、
もう表情なんて、全然工面できない私のことを、本当に満足そうに見下ろす。


「可愛い」
「―――な」
「ま、そういうことだ。観念しろ」


それから、千秋は私に重なって、髪をもみくちゃにした。
照れたんだろうと思うけれど、ずるい。
私の顔は見ておいて、自分は見せないなんて


次に身体を起こすときには、きっといつもの千秋に戻っている。
その予感は的中して、
私はまた、いつもの千秋にいつものように、
ひたすらになって泣かされる。


「あ、あ、あ………!」
「……っ、かなで」


千秋が一段硬くなった気がした。
私が締めつけるせいか、千秋が大きくするせいか、どちらものせいか
私の中でいっぱいになったものは、滑らかに滑らかに奥へ届いた。


「あ……あ…いや………」
「まだ嫌か」
「だって……もっと感じてたいのにぃ……!」


身体がうんと反っていく。
千秋がちゃんと抱き寄せるのに、反して向こうへ行こうとする、私の身体は。



どうしていっちゃうんだろう
どうして止められないんだろう



千秋がするひとつひとつのうごき
まるいかたちが撫でていくところ
挿しいれて圧し込むところから、漏れてくる濡れたもののせいで



それが、千秋と私の触れ合うところを
しとどに濡らしてぬめらせるせいで



ぜったいに埋めきれない隙間があることを知ってしまう



「いかせないで」
「無茶を言うな」


脈拍と同じに鼓動して、ぬかるみを波打たせるようにして待っているところを、
千秋は激しく圧し開いた。
その長いものを搾り取る、私はこんなふうに千秋のことを
奥へ奥へ、持って行こうとするんだと思った。


「あ、あ、あ、いく……いっちゃう、千秋……っ」
「っ、ん……」
「ぅん―――」


爪を立てても制服なら
そんなに痛くはなかったかな



脱がしとくんだった



真っ白になるその瞬間に、そんなことを考えた。









まだ酔っているみたい。
そんなふうに思いながら、ベッドのある部屋のベッドの中で、
私はへんな植木鉢のことを思い浮かべていた。


正確には、携帯で撮ったそれを、シーツの中で光らせていた。
陶芸村の窯で焼かれたあとで、忘れた頃に菩提樹寮に送付されるという、
千秋が私にプレゼントしてくれたものとしては発酵バターと恋の次に数えられるものだ。
忘れた頃ということなので、ハウスキーパーから受け取った荷物のなかみを部屋で開いたとき、
またあの衝撃を味わえるのかと思うと今から楽しみである。


「これが千秋の芸術なのかー。うー……パブロピカソ」


バスルームから漏れくるシャワーの音が止まったので、
千秋は間もなく出てくると思われる。
先に寝ていていいと言われたけれど、ものすごく強烈な匂いのするボディーソープで洗ったせいで、
なんとなく目が冴えてしまい
鞄の中から千秋の芸術作品の保存された携帯を取り出して眺めている。


これになにかを植えて、観察日記をメールしろと言う。
背中から芽が出たら、ちゃんと写真に撮れと言う。


「……へんなひと」


私はひとり、精一杯の強がりを言った。
ぱちんと携帯を閉じて、寝たフリで待とうと思う。
ホテルの寝間着を使おうと思っていたので、パジャマを持ってきていない。
生まれたままの姿でシーツにくるまるのは初めてだ。


もうじき、同じ匂いの千秋がここへ来て、湿度にまみれた身体を隣に滑り込ませるとき
ねぇおねがい、もう一回って、言って起こして欲しい。


「抱かせろ」でも「やらせろ」でもいい、
朝が来るまでもう一回、ううん、何度だって私はあなたの腕の中で
花になりたいと思う。


「言わないなら私が言うよ」


さて、新幹線は何時の発だったろうか。
なんて興ざめな現実は、千秋が覚えてくれているといい。






− Ribbon in the Dark・完 −





ちあかなはほんとにerosだと思います。
観覧車の中でしたか、千秋が「今更キスくらいで」とか言ってましたが忘れられません
なるほどそういうことかいつの間にだ! 知らんぞ! R18隠しスチルを見落としているのか!
はぁはぁそんなかんじで全く秘めないerosなんだけど、根本のところが何故かとても純情だというのが、ちあかなのいいとこだと思っています。
やることはやる、しめるとこはしめる。いっこ間違うとバカップルにもなれる。簡単なようでなかなかできないさすがの千秋クオリティ。
表題はStevie Wonderの名曲「Ribbon in the Sky」からいただきました。最高にちあかなソングだと思います。

2010.06.09 ロココ千代田 拝