Forever Song
〜Special respect for ありましの
☆This story is written under the inspiration of 『Forever Song』
とても、背の高い、みどりの匂いがするひと。
背が高いのに、姿勢までとてもいいから、 私がつい、背伸びをしたくなるのも、それは仕方のないこと。
けれど、いま、若草の毛皮に、脚を投げ出したあなたになら
背中で揺れている、ふわふわの髪にだって、この手で触れてもいい気がする。
どのくらい眠っていたのだろう。
子守唄のように話す声に、つい、瞼が、重く、重くなって
ずっと、合わせていたかった瞳を、ついにその裏に隠してしまった、その前には
太陽はどのあたりにあったのだろう。
まだ、空気はみどりで、雲は白くて、そらは高くて澄んでいる。
余り待たせていなかったなら、せめてもの救い。
寝顔を見られなかったなら、もっと救いだけれど、多分、それは、ない。
「ひいらぎ。」
眠りから覚めたばかりの声帯は、ちゃんと音にならず
『ら』のあたりで掠れた。
春の、やや強い風に、きっと掻き消されたと思ったのに
「姫。」
あなたはちゃんと、斜め45度下からの、それも、うしろからの声量を
ちゃんとつかまえて、ふりむいて、くれる。
正しい姿勢の背を、低く低く屈めたあなたの、
角張った肩の傾斜を、見た目より柔らかい髪が滑った。
それは、さわと私の顎の上におりてきて、その先が弾んで巻いた。
「くすぐったいよ。」
「十分に、わかっています。」
「ほっぺたも。」
「申し訳ありません。」
柊の指が触れたあとから、追い掛けるように色づく頬を、
隠す術があるとしたら、私にもう一つ、腕と手のひらが必要。
私の両手は、同じように柊の頬を包んで、引き寄せて来るのに忙しいのだから。
眉を少しだけ撓らせて、困ったような顔。
つられて切ない顔をしてみせた。
眼帯の下でも、同じ表情なのかどうか、もうそこに希望を繋ぐしかないくらい、
このひとはまだ、私が姫だとか、王だとか、そういうことを言って、
一度もキスさえさせてくれない。
だからこうして、時に強引に、外へ誘い出しているのに、
「連れてって」って指定するところは、宮から死角の場所ばかり、
私はちゃんと選んでいるのに
眠くなるほど心地よい声で、お伽噺みたいなことばかり言って
核心には触れて、くれないね。
てのひらに、ぐ、と力をいれた。
「ひめ。」
「いいでしょう?」
「ひーめ。」
「ねぇ、柊。」
「姫。」
「……。」
どうしても、固くした肩を、それ以上低くしてはくれないようで
柊が、一度こうと決めたことを、そう簡単に翻してくれることも
そうはないことを、既に、知っているので
「ごめんなさい。なんでもない。」
むくれた顔より、笑った顔の方が、多分姫らしく見えるから
そういう顔をつくってから、おとなしく手を下ろした。
それでもまだ、あなたの暖かい指は、ちゃんと私に触れているから
それだけで、ほんとうは、なにもいらないよ。
いつもの散歩と何も変わりない、気持ちいいだけの午後が来る。
「姫。」
「ん?」
近い近いふたつの唇は、健全な声で短く紡ぐ。
「座って、下さいませんか。」
「え?」
「私の、となりに。」
「いいけど……。」
ん、と腹筋に力をいれて、上体を起こそうとしたら、お尻に髪を敷いていた。
「いた……っ!」
「我が君――――!」
その時、私は、柊の着ているものが、見ためよりずっと柔らかいのだということを
もう一度、やっと、思い出した。
ぴったりと合わせられた胸は、ひとまわりともう半分、大きいことも。
でも、あのときのように、あなたが泣いてなくて、良かった。
そんなことを、パタパタと、脳裏が整理していた間に
背中ごとふわり、抱えられて、柊の膝の上に、お尻がしっかり乗った状態。
「あぁ、私があんなことを申し上げたからですね。」
「そんなこと……ちょっと伸び過ぎてきたから、よくあることなの。」
「痛みますか?」
柊は、うなじの生え際あたりの、まだじんじんと痛いところを、指のお腹で撫でた。
優しさというものを、感触にすると、こういうちからになるのだと
私はいま、あなたに教えてもらっている。
大事なことは、いつも、あなたが教えてくれたもの。
「もう、大丈夫。」
「ほんとうに?」
「ん!」
私は柊の膝を降りて、言われたように隣に、三角座りになった。
「なぁに?」
「えぇ、『てすと』を、お願い出来ますか。姫が眠っておられる間に、だいぶ、覚えられたはずなのですが。」
「え、ほんとー?私そんなに寝てたかな。」
「ふふ、こう見えても、覚えは早いのです。」
「そう、そういうひとはテストに向いているの。」
じゃぁ、いくよ、と、三角座りを斜めに倒し、柊にひとつ、膝をすすめると、
柊も同じように、ひとつこちらへ、身体を寄せた。
そして、懐から銀色のナイフを出して来て、地面をキリキリ、掘り始めるのを、
注意して、見ていた。
I Want You
「―――――え……?」
「もう少し、見ていて下さい。」
「う、うん。」
流石にこれは、ちょっと、心の準備が。
もう少しで触れそうになっていた膝小僧を、少しだけ遠ざけた。
to Sing a Song for Me
「………ふ、ふーん。」
「何か違うことを、御期待だったとしたら、申し訳ありません。」
「なっ、そんなことないもん!」
「あぁ、そう可愛らしいお皺をつくらないで。まだ、続きがあります故。」
「……。」
So that We're Together
「ひいらぎ。」
「はい。」
「い、いつの間にそんな構文?私だってここに来るちょっと前に、やっと習ったとこなんだよ、それ。」
「ですが、私が教わったのは昨日です。」
「そうだけど……」
「あとはこれに、『Forever』くらい、お願いしたいところ、でしょうか。」
鳶が鷹を産むというのは、こういうことを言うのかもしれなかった。
既定伝承を、紐解く必要のなくなった柊が、手持ち無沙汰に選んだことは
やっぱり読書とかそういう類いのことで、私が唯一、テストで苦労しなかったものを
少しずつ教えてたのだけれど
柊は綺麗な仕草で、ナイフについた土を払うと、滑らせるように懐へしまった。
本当に、何をさせても鮮やかなひとだ。
もう、私には、あまり教えられることはないみたい。
「これらは、海の向こうの、言葉なのですね。」
「うん。」
「それは、ここからは、こんなに晴れていても、見えぬところですか?」
「うん、そう、だね。」
「そう、ですか。」
もっと切なそうな顔をするかな、と思ったけれど、そうではなかった。
柊は、私の手を緩く握ると、腕を軽く持ち上げて、
そして、ゆっくり、立ち上がる。
引かれて、そして、
再び、しなやかな背を伸ばして、肩が高くなった柊を真似て
私も、丘の正面に、対した。
あぁ、こんなにも、豊葦原が、晴れている。
「姫。」
「うん。」
「ゆけそうな、気が、するのです。」
「うん。」
「あなたとなら、いつか、きっと、越えていけるように。」
「うん。」
あなたが追いかけた、たくさんの言葉。
あなたがあきらめた、たくさんの昨日。
あなたがなくした、たくさんの未来。
その、全てのものよりも、遠く、遠くまで、飛べそうなの。
あなたと、私、ふたりなら。
例えばひどい夕立の中でも、晴れているって言えそうなの。
「ねぇ、どんな歌がいい?」
「姫の、お好きな歌ならば。」
「うーん……難しいな。」
私は歌が、あまり上手いと言える方ではないのだ。
「じゃぁ、耳かして。」
柊は、よい姿勢の背中を、まるく、まるく、屈めて
よい香りの髪を、耳にかけてから、私の口許と高さを合わせた。
「うたじゃ、ないけれど。」
「はい。」
ずっと、いっしょに、いて。
あなたを海の向こうまで、連れてゆける、その日まで。
ううん、その日が過ぎても、ずっと、ずっと。
わたしが、あなたのみみに、すき、と囁きつづけていられるように
柊は、長く切れた瞳を、まるく、まるくして、瞬いた。
それから、その、柔らかな生地のなかに、私を抱きしめて
きつくきつく、顎の先を、私の、少し伸び過ぎた髪に埋めた。
「大丈夫、ですよ。」
「―――――よかった。」
「大丈夫。」
とても眠れなさそうな、柊の硬い声が、脊髄を真っ直ぐに、染み込んだ。
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