本日、もれなく馬に蹴られるでしょう
まるで、春の草原のような色をした、長い髪の男が風に吹かれて立っていた。
彼を堅庭で見かけるのは珍しい。
それも、一番吹き上げの強い舳先の部分で、正しい姿勢で立っている。
柔らかな生地らしい、裾の長い衣服は、彼の膝のあたりでパタパタと翻ったり、裏返ったり。
しかし手にしているものはいつもと同じ、
大事な文書を残す為の、竹を薄く削いで糸で繋ぎあわせたもの――――ここでは竹簡と呼ばれていた――――を、そんな中で読んでいた。
「何でわざわざあんなとこで読むかな。ノートならページが飛んでってるよ。」
那岐はそれを、下から見ている。
堅庭の舳先から降りてゆくと、ちょうどひとが二、三人寝転がれるくらいの、
平らで小さなスペースがある。
那岐がここにいるときは、昼寝を目論んでいるときだ。
大きな船とはいえ、住んでいる者も多いなら、静かに午睡を決め込むための場所なんて、そうそうない。
那岐は元来ものぐさだったが、
一人、心を波立たせないで眠れる場所を見つける為なら、
この迷路みたいな船の中を、外を、
ぐるぐる歩き回る事は別に苦ではなかった。
そして、やっとみつけた。
ここは、那岐にとって、絶好の隠れ処なのである。
今のところ、誰にもバレていない。
―――――たった一人を除いては。
「あーぁ、眠れない。」
那岐はその訳を、階上の男が視界に入って来る事と、その裾がはためく音になすり付けていた。
心が煩く打っている理由も、その男にこの場所を見つけられたら、明日から何処で昼寝すればいいのか危うくなる、という風にこじつけようとしていた。
―――――――考え事は、ひとりでやんないとはかどらない
と、本当の理由がふいに脳の畔まで浮かび上がって来るのを、
打ち消し、打ち消し。
この繰り返しで半時間、本当はかなり、疲れている。
眠ってしまえたらいいのに
全部、全部忘れてしまって、ゆるいα波の向こうまで
意識すればするほど、鮮明になってゆく回想。
焼き物の上薬の匂い
窯の番をしているときの、瞼が灼けるように熱かったこと
目を閉じてしまいたいくらい、その火があまりに赤かった事
そして
彼女が隣で言った事。
◇◇◇
最低でも一週間はかかるでしょう、と風早は言った。
(また大げさな事言って)
僕は内心そのように悪態をついた。
教育テレビで『趣味の陶芸』とかを見る限り、それほど難しいものだとは思えなかったし
男が八人と、女が二人もいれば、雑用だって分け合える。
風早が土器に集中出来れば、三日ほどで仕上がるだろうとタカをくくっていた。
だけどそれは全くの間違いで、風早が作業に入る段階まで漕ぎ着けるだけで三日がかかった。
土を挽くだけでも結構な手間だったけど、
粒をそろえる為に濾過したり、それを麻袋に詰めて重しをして水分を絞り出したり、
その出来如何に依っては最初からやり直し、という事も有り得るらしいと聞いて目眩がした。
「大丈夫、俺はこう見えても、なかなか腕がいいんですよ。」
気楽そうに笑う風早の声を、あのときほど心強く感じた事はなかった。
やっぱり、持つべきものは友達ではなく先達だ。
面倒くさい、なんて言ってられる状況ではなく、
男も女も筋肉痛を我慢して、日々風早の手足になって馬車馬のように働いた。
変な話、戦とかどうこうよりも、一行はあの時、一番団結していたと思う。
下手をしたらひと月くらいは缶詰になる、と誰も言わなかったが誰もが知っていた、そういう事なんだと思う。
「んー、これはいい土!みんな、よく頑張りましたね。」
言われた全員が、返事の代わりに腰が抜け、土を持って作業場に入っていく風早の後ろ姿を力なく見送った。
そうやって、すごく苦労して作り上げた土が、1時間くらいで土器にされて戻ってきたなんて、落胆する以外に僕に何が出来ただろう。
そして、寝ずの番が来た。
風早が言うには、焼き物は生き物で、三日三晩釜に火を入れて焼いている間の
微妙な温度の調整が不可欠らしい。
幾ら何でも一人で三日、寝ずに窯に齧り付く事は出来ないから
平等に当番が振り分けられる事になったのはいいけど
・火が起こってから最高温度に達するまでのどうのこうのが肝なんです。
とか、
・ここから一気に火力を上げます若しくは下げます。
とか、
色々言われたのに、困った事に半分くらいはその瞬間に抜けていった。
箇条書きにした部分の心もとない表現を見てくれれば、僕がいかに理解出来ていなかったか一目瞭然だと思う。
そんな様子がバレていたのか、僕は『取り敢えず火を絶やさないで』部の監督を任された。
難しい部分は風早とか遠夜とかがやっていたみたいだ。
助かった。
深夜、取り敢えず火を絶やしてはならない僕は、薪を堆く積み上げた上に腰掛けて
金色の蝶番のついた窯の小窓を、ぺろりと開けて中を見ていた。
中は、夕陽みたいないろだった。
何百度になっているのかわからないけれど、小窓から吹き出して来る熱気は相当のもので、
茶碗蒸しとか作ったときの、蒸し器をあけたときの湯気の熱さとかそういうものとは
全然比べ物にならなかった。
瞼が熱くて、赤くて、昼間よく眠っておいたはずなのに眠い。
(だめ、目開けてらんない)
とか思っているのを見透かしたような声が下方から掛かった。
「なぁぎぃ!ちゃんと監督してるかな〜!」
ポン、と膝を叩かれて目を開けると、
千尋が大きな目を上目遣いにして、長い睫毛をパタパタ瞬かせながら僕を見ていた。
その顔、最近よくするよね
って思って、ちょっと嫌な気持ち。
嫌って言ってしまうと少し違うんだけど、そう思い込みたかったんだ。
「何、寝とかないと明日朝から千尋の番だよ。」
「隣、いい?」
全然聞いてないし。
こういうのは昔からで、僕は諦めて、無言で腰を右へ一つ分ずらした。
「よっ……」
薪の端っこに足を掛けて、一段ずつ登って来る千尋。
スカート短いっていうのを、多分あんまりわかってないんだと思った。
だから僕はちらりと横目で見ているしかないんだけど、その足元は随分心もとない。
子供の頃遠足で連れて行かれたアスレチックで、僕の後をついてきては転倒したり、落下したりしていたのを思い出す。
そして、思った通りバランスを崩した。
「きゃ……!」
「千尋!」
よせばいいのに反射的に差し伸べてしまう、この、僕の左腕。
人間が反射的に出す腕が、利き手で良かった。
おかげで千尋は無事に、隣に座ることになったけど、
一瞬だったけど強く握られた僕の手のひらは、離した後もその感触が消えなくて、
膝に乗せておけばいいのか、握っておく方が自然なのか、
とにかく全然無事じゃない。
「あ、ありがと……かっこわるいとこ見せちゃった。」
「かっこいいとこなんてみたことないけど?」
「ひ、ひどー!ね、ね弓は?弓かっこいいでしょ!?」
「……無茶しなきゃね。」
「へへ、やっぱりー!」
「………。」
やっぱりちゃんと聞いてないんだと思って、僕は小窓に目を戻す。
色んな赤が作る、焔が揺らめく影。
激せず、黙せず、ゆらゆら揺れているだけの、とろ火の窯の温度。
僕にはきっと、これくらいが丁度いいんだと思った。
「ねぇ、那岐。」
「………。」
振り向いて欲しいときの声、かまって欲しいときの声。
言われなくてもわかるようになったのはいつからだろう。
「那岐?」
「………。」
また、あの上目遣いで、僕の気を引こうとしてる。
見なくたってわかる。
わかるようになってしまったんだ
「……聞かないよ。」
「え?」
「何言おうとしてるのか知らないけど、聞かないよ。」
「……じゃぁ、それは言わないことにする。」
気丈だな、と思うけど、その声が少し震えているのも
気付けないわけじゃなくて
僕のこころは波打った。
多分、怖かったんだと思う。
だから、それから一度も千尋の方を向かないまま、
他愛ない話を少しだけした。
言葉が切れて、パチパチと火の粉の弾ける音だけが暫く続いた後、
隣で衣擦れがふわり起こって、千尋は薪から飛び降りた。
悔しいけど、それを放っておけない僕も、確かに僕で。
「あのさ、そういうの危ないって。」
「じゃぁ、そろそろ寝るかなっ!おやすみ。」
「……おやすみ。」
千尋は一度背中を向けて、歩き出そうかどうか、迷っているみたいな足の動きをさせた。
編み上げのサンダルの底をじゃりじゃり言わせながら、俯いた喉の奥で言う。
「………絶対諦めないから。」
「………は?」
「今度二人っきりになれたときは、絶対諦めないから!」
僕にとっては相当不吉な事を言って、少し早めの駆け足は小さくなっていった。
「………っくしょ……余計な事ばっか」
僕も、勢い飛び降りて、ちょっと入れ過ぎだと自覚しつつ
次々に薪を窯へ放り込んだ。
僕の心がこれ以上、大きな焔を起こさないように
代わりにそこで燃えてよ
ねぇ千尋、悪い事言わないから
僕のこと、好きだなんて、
今度二人っきりになった時もそのあとも
ずっと、ずっと、言わないでよ
君を、失ってしまう事の怖さを全部両替して
たったひととき、君に触れたいって手を伸ばしてしまいそうになるこの気持ちを
いつまで我慢してられるかなんて、僕だってわからないんだから
君に、いつ、好きだって
ぽろりと口から零れてしまうか、わからないんだから
あれから一度も、千尋と二人きりにはならなかった。
ラッキーだというか、意図的に僕がそれを避けたというか、
そのどちらもであるような気がする。
今、この平らな石の上で、見上げた視界に入ってきたのが
千尋じゃなくて、背の高い男の姿で、ほんとに良かったと思っている。
僕がここにいる事を知ってるのは、ただ一人だけ。
まだ君を、受け入れることのできない僕が、ひとり、ここにいる
◇◇◇
柊は、秋の風に誘われて、堅庭の舳先まで出てきていた。
このように改めて、高く、澄み切った空を仰いだのは、久しぶりだった彼である。
「ふむ、これは素晴らしい。まさしく、天高く馬肥ゆる秋、と言ったところですね。」
書庫で集中するのもいいが、たまには風の中で読書というのも悪くない、
そのように思っているのか、彼はおもむろに竹簡を引き出して、朗々と読む。
「『空が一つ高くなり、軍師も軽く羽を広げる。ただ一つ気がかりな事は、姫の飼う馬の事だ。』・・・・これは何の暗示でしょうか、我が君は馬などお飼いになってはいらっしゃらない。麒麟、というならまだしも。」
厚さを揃えて削いだ竹の、すべりとした表面に指を這わせ、先を急ぐ。
「『元来臆病なその馬が、己の向けるべき忠心が姫より向けられる事を畏れ、黄金の毛並みを曇らせて啼く。姫、それを知らず、馬の正面に立ちて、柔らかく温もる手を伸ばす。馬、突如跳ね馬の如くなり、牙を剥きて威嚇せん。』ほう、これはまた、軍師の出る幕のない運命ですか、ふふ、酷なことですね。」
くつくつ笑い、そして、次の文章に、真顔になる。
「これは………何としたことでしょ――――――」
「ちょっと!」
突如階下より声が上がり、柊は驚いて視線を下げた。
薄い金髪の、ほそっこい仲間がそこにいて、自分を睨み上げており、正直に面食らう。
そんなところに人がいるとは、全く思いもよらなかった。
「那岐、ですか?」
「さっきから、ぶつぶつ五月蝿いんだよ!気になって昼寝にならないじゃないか!」
「………それは、申し訳ない事をしましたねぇ。」
退散させて頂きます、と、明確に声を張ってくるりときびすを返した柊である。
随分と気が立っているものだ、まるで跳ね馬のよう、と、そんな事を思っていた。
柊が息を呑んだ規定伝承の言葉に、まるっきり当てはまる、とも、思った。
『姫と軍師、萎縮するとも時既に遅し。本日、もれなく馬に蹴られるでしょう』
矯めつ眇めつ読み返しつつ進む柊に、前から激しく、どん、とぶつかった塊があった。
「――――――!………これは我が君。」
「ご、ごめんなさい!急いでるの!」
「そのようですね、見るからに。」
「………あの、那岐見なかった?」
「那岐。」
規定伝承は進み始めている。
「那岐は――――――」
そう、姫は今まさに、この竹簡の言葉の通り、
あの黄金の毛並みの馬の前に、その柔らかき手を差し伸べようと、
彼の元に走ろうと、している。
『本日、もれなく馬に蹴られるでしょう』
「姫、大変申し上げにくい事なのですが、本日、那岐には――――」
会うなと言って、何になるだろうか。
柊は、千尋が泣くのを、出来れば見たくはなかった。
しかし―――――――
(ここで私が止めたところで、運命は変えられない。)
規定伝承に、きちんとした文章で記されている未来、
これは些末な出来事などではない。
だから、この後の千尋が、どれほど哀しい目を見るか、どれほど肩を落とし、涙を流して落胆するかを、嫌ほど知っていながら、止めることができない。
「―――――下におられますよ。」
「そう、ありがと!」
あぁ、我が君――――――
恋とはかくも、残酷なもの。しかし、それだからこそ、手にした時の喜びもまた。
「手綱の付いた馬ならば、よいのですが。」
柊は、この場を去るかどうか、暫し迷い。
そして、庭の真ん中に据えられた、涼しい風の堪る水屋で腰を降ろすことを選んだ。
◇◇◇
「我が君・・・・」
「……っ、ひっ……く、………っ」
「・・・・・申し訳ありません、我が君。」
低い屋根の水屋は、特に恋人同士でない二人にとってはやや狭い。
大きな一枚岩をどん、と持ってきただけの腰掛けに、身体一つ分の間を空けて
二人は腰を降ろしていた。
少女は泣いて、青年は困惑して、その手を差し伸べるべきかどうかを思案している、
そのように見えるし、実際そのようなものであった。
こういうときは、こちらから根掘り葉掘り聞く事は、余計に少女の口を閉ざしてしまうものだと、青年はよく知っていた。
だから、普段から饒舌だと、評判も悪名も高い青年だったが、このときばかりは、少女の言葉を待っている。
「…………那岐にぃ」
「はい。」
「好きって……っひっ……言っちゃった。」
「あぁ。」
初めて聞いた振りをするが、実際誰から見てもよく解ることだったのである。
流し素麺をするのだと言ってはり切って大人を巻き込んだ上、
小さな身体で竹を割ったり、カリガネに『コシ』とか『手延べ』とかの奇怪な言葉を教え込んでいたあたりから、仲間内では『あやしい』と踏まれていたし
出雲の夏祭りで、那岐と千尋が二人して集合に遅れた時には、『あやしい』から『そういうことだ』に変わった。
「ダメになるとはとても、思えませんでしたけども………。」
「……なんでそういう事言うのって、すごく怒って……あんなに怒った那岐知らないし……」
「姫。」
「嫌いなら嫌いって言ってくれたらそれだけでいいって、思わない?」
聞かれて柊は、お伽噺をするときのような口調で答える事に決めた。
少しばかり那岐にとって、不利なことを言おうとしているので、
だがそれが、あからさまに那岐の事を言っている、と知られる事は、同じ男として少し公平さに欠けると思ったからである。
「馬は、元来臆病な動物です。」
「………うま?」
「はい。涼しく見えますが、あれでも臆病で、真横に立つと怯え、後ろ足で蹴ります。」
「ふぅん。蹴るの。」
「ただ蹴るのではありません、想像してみて下さい、後ろ足です。前足でないところがどうにも卑怯だと思われませんか?」
「んー………ほんとだ、こっちからは見えないもんね。」
千尋の涙は僅かに乾き、柊の言葉にふんふんと首を傾けてきた。
ここで、悪戯心が動かないほど、千尋を意識していない訳でもない柊なのであった。
「そうです。ですから、姫の日頃の共とする動物には、そのように後ろ足で蹴るような馬などはやめて、正面から受け止めてくれるものを選ぶ事です。そう、例えばこの私のように。」
「………え?」
「麒麟には及びませんが、馬くらいであれば幾らでも。前足の代わりにこの両腕と、私の後ろ足は決してあなたを蹴ったりはしな――――――姫?」
「………那岐。」
「は?」
柊は、ぼんやりと空を見つめる千尋の視線を、たどる。
自分と千尋を底辺にして、二等辺三角形を描いたその頂点に、
千尋が甘く名を呼んだ、その人が立っていた。
肩で息をしている彼の、切羽詰まった表情が、何を言わんとしているか
柊には痛いほどにわかる。
きっと、あの小さな石の隠れ処から、何処をどのようにして昇ってきたかなんて
もうわからないくらいに
ただ脚を前に前に繰り、駆けてきたのだ
―――――――この、金色の馬は
そのような時期を、遙か昔に越えてきた柊にとっては、あまりにも簡単な答えだった。
ふ、と笑った柊に、きまり悪そうな顔をして、那岐はしかし声を張る。
「ごめん、………ちょっと、借りる。」
そのまま左の腕を、千尋に向って差し伸べる。
その指先は、やや頼りなく丸くなっていたけれど、
それを見て、乾いたはずの涙をもう一度溢れさせて、千尋は那岐の胸に飛び込んで行く。
手のひらで繋ぐはずだったものを、胸いっぱいに受け止めた那岐は、
差し出した腕の収拾に、暫し戸惑ったようであったが
やがて、震える小さな肩を抱いた。
「どうぞ、お気になさらず。」
そう言うより他に、柊に出来ることはない。
どっちに行くかな、と思って見ていると、那岐は部屋のほうへと足を向けた。
(あそこへ戻ると、私に覗き見でもされると、思っているのですね)
やや心外ではあったが、それも道理。
きっと、柊の邪な悪戯台詞は、那岐の耳にも聞こえていたはずなのだから。
両の手のひらで顔を覆って、しゃくり上げて泣く千尋の
短くなった金色の頭を、しっかりと脇に押し付けるようにして
那岐はちゃんと歩き始めていた。
そして、石の扉を開ける前に一度立ち止まって、柊を振り返り
那岐にしては胸についた声を使って届ける。
「一応、礼だけ言っとく。」
「礼。」
「………馬ってことに、して貰ったみたいだから。」
「………いえ……それはどうも。」
重い扉の向こうに、二人が消えて、柊は漸く、ほぅと大きな溜め息をついた。
「ほぉ〜、馬にも色々あるようですね」
思った以上に肩が凝り、柊は水屋の中で、うん、と高く伸びをする。
そして、千尋には言わなかった言葉を反芻した。
「確かに馬は臆病ですが、一度信頼した人間を、裏切る事もありません。蹴られた後にどうするか、毅然と強く出られるかどうかにかかっている―――――と、これは、言っておいた方が良かったかもしれませんが、許して頂けるでしょうか。」
姫にそれを伝えなかった私こそが、本当は―――――――
「馬に蹴られたのは、私、ですね。」
若き恋は侮れず、秋晴れは、遠く遠く、澄み渡る。
こういう季節に始まる恋もいい。
熱く燃え上がるより、二人だけの温度で、ゆらり、ゆらり。
きっと、いつの日も、たゆたゆと。
ゆっくりと、どこまでも、歩いてゆける。
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