「このまま部屋ごと持って帰っちゃいたいな。」
と、千尋は言った。
言われるまでもなく、自分でもかなりいい出来だと自負する那岐である。
こういう部屋なら、これからのながい日々を、ここで過ごすのも悪くないと思う。
王宮へ遷った日、那岐は与えられた自分の居室を、見るなりげんなり肩を落とし。
それから随分日が経ったが、そのときの気分のあまりに酷かったことは、
今でもよく覚えている。
理由は他でもない。
設えられた調度、備え付けの家具、カーテンひとつに至るまで、
それはもう細部に渡って華美に過ぎる装飾が施されていた。
もともと、あまり派手好みでない那岐にとっては、拷問に近いインテリアだったのである。
だから、那岐がここしばらく、政務の合間の昼寝も惜しんでやっていたことがある。
イヤなものとどっちでもいいものは捨てるとか、外せる装飾は限界まで外すとか。
時には天鳥船まで出向いて、使い慣れた小物との交換を切り出してみたり、なども繰り返した結果、
もともと広過ぎるくらいの部屋は、縁を露にしたことで更に数段広くなった。
尤もさほど暇があるわけではないので、チマチマ、ではあったが、
それが先ほど、ようやく思ったものに近づいた。
いいものができると好きな子に見せたくなる、というのは多くの男子の特徴であるが、
那岐もその例に漏れない。
が、那岐より数段忙しい、王である千尋である。
タダでは動かないか、と踏んで、キャンディーを2、3ポケットに忍ばせた。
カリガネが土産にと持たせてくれたものであるが、こういう場面にも役立つので大事にしている。
王の政務室を、ノックと同時に僅かに開けて、ひょっこり首を入れる。
声を掛けるまでもなく、千尋の笑顔と目が合った。
「あ、やっぱり那岐。」
「何でわかるの。」
「どうぞ、って言わないのに入るのは那岐。」
「……なるほどね。」
蛇足だがもう一つ説明すると、どうぞと言わないうちに入るのを許可されているのは那岐だけ、
とも言う。
やや照れくさい気持ちを頬の下に隠しつつ、敷居を跨がずに言う。
「ちょっと、来てみる?」
「ん?なになに?」
待ってました、とばかりに筆を置いて、千尋はすっくり立ち上がり、
ひらひらの裾を揺らして駆け寄って来た。
タダでも動いてくれたので、キャンディーは日の目を見ることはなくなった。
「仕事、いいの?」
「うん。いいの。」
「……ほんとかよ。」
「ほんと。というふうにいま決めました。」
「勅命なら仕方ないね。」
「ふふ、でしょう?」
(ま、いっか。)
お菓子はまた、折をみて、ということで、ポケットに安置することにする。
そうと決まれば、あとはくるりと背を向けるだけで、
千尋は那岐の背中が行く先を、弾むような足取りでついて来るのである。
後ろを確認したりはしないけれど、その気配だけで十分に可愛い。
向こうの世界にいる頃は、そう、特にまだ小さかった頃などは、
何気なくその手をとったりも、したけれど。
いまそれをすることが、ものすごく特別なことのように思えてしまって、
何気なく、ではなくて、そうしたくてするということが、まず特別である気がしてしまって、
そうしても、別に構わない関係になった、ということさえ、まず無意識ではいられなくて、
つまり、とてもままならない那岐である。
そして、那岐のあとについて入った千尋は、
「籠って何やってるのかと思ったら、随分がんばったんだね。」
目を丸くして、溜め息混じりにそう言った。
「あんなのじゃ落ち着かないからさ。」
「だよね。うん、わかる。」
あー、いいなぁ、とかそんな感嘆詞を繁く発しつつ、
千尋はカーテンを開けたり、また引いたり、
簡素な椅子に腰を降ろしてみたりして、寝台にぺそりと寝転がった。
綿花から取り出した、そのままの糸で織り上げただけの、一枚布のシーツが、
千尋の重さのぶんだけ皺を作って沈む。
(よくないな、男の部屋でそういうことをするのは。)
那岐は少々困っていた。
数歩離れたところから、涼しく立って見つめているが、
その心のうちまで、同じように涼しいわけではない。
それを知ってか知らずか、千尋はくるんとまるくなって、もう一つ追い討ちをかける。
「このまま部屋ごと持って帰っちゃいたいな。」
「ふーん。」
「なぁに、気の無い返事して。」
「気なら、あるんだけど。」
「どんな?」
言わなきゃわからない?
と、那岐は一応猶予を与えたのだったが、
「わからない。」
真正直に、そう答えられてしまったら、ちゃんと教えるしかないと思った。
「こういう気。」
生成りのシーツに膝をかけて、千尋のぶんだけでないへこみを作る。
小さく、驚いたみたいな声をあげるのを、直上から唇で止めた。
「―――――っ」
いちばん最初にしたときは、目を閉じるのも忘れていた千尋だったが
いまはこれほど急でも、ちゃんと睫毛を伏せる。
ほんの冒頭、抗議の分だけ震わせるけれど、やがてしゅんと大人しくなって、しっとり水気を含ませる。
唇を離したときの、潤んだみたいな瞳で、那岐は幾分も加速してしまう。
手を繋ぐこともままならない、と言ったのは、それはそれで間違いではなかったが
こういう昂りを知ってしまったから、それが滲み出てしまう気がして、手を繋ぐのが憚られる、
そう言うほうが、無論正しい。
「……ん、那……岐」
「部屋ごと、っていうのは、僕も入ってる?」
「え……っ」
「僕も一緒に、持って帰る?」
言いながら、千尋の帯を緩める。
緩めながら、身頃の合わせから手を入れて、左右にぐ、とくつろげた。
帯がほどけるより先に胸が露になるのは、いつものことなのに。
「そんなの、どうやって?」
千尋はまだ、そんなことを言った。
上目遣いはそれでなくても扇情的で、意図的に煽っているのか、それとも本気でわからないのか、
那岐にはそれが今ひとつ、量れない。
が、問われた答えだけは、明確であるので、明確に答えるまでである。
「ひとりになってからも、思い出しちゃうようなのを、する。」
強く、視線を食い込ませた先で、千尋は漸く身を固くした。
上体を捻って逃げようとするけれど、那岐は腕ですっぽり囲ってしまって、それを阻んだ。
「だめだよ。」
それ以外に選択はない、という声音を言外に込めて、
胸の中心で色づいている部分を、キュ、とつまんでしまえば、
千尋はあっけないくらいに力を抜いた。
「………知ってる。」
「なら上々。」
裾を割って指を這わせたところは、さっきのキスのぶんだけとろとろとしていた。
脱がさないと、と思いつつも、その先へ進めたい気持ちの方が勝って、
指先に絡めながら割れ目を辿って、甘い声を上げさせる。
「や……だめ……っ」
「すっごい濡れてる。」
「……ん……もぅ、そういうの言わないで。」
と言うだろうな、というのは予想の範囲内で、やめる気は毛頭なかった。
那岐は、頬から首筋へと、唇で撫でるようについばみながら、
千尋の、ふくらみ始めた芯を、ころころと転がしてはくすぐった。
蕩けるような雫が漏れて、腫れたみたいに熱くなっているところも、掬いながら滑らせる。
「あ……んんっ」
「こないだいったのここ?」
「し…らな……!」
「言わきゃやめるよ?」
「んん……や、めちゃ……」
「いや?」
「……うん。」
割と淡白なほうだ、と思っていたのは間違いだったと思っている。
それは、那岐もそうだったが千尋もそうで、政務の合間の少しの時間を狙うようにして
互いに百の手を使って二人きりの空間を作った。そして、それはイコールで、
しようか
っていう、合図になる。
覚え始めだから、というのは言い訳になるだろうか。
できれば、なればいい、と、ひたすら願っていた。
「や、だめ……ねぇいっちゃうから……!」
「いいよ、いって。」
「やなの……!」
「ふーん、なんで?」
なんて言うか、わかっていて、言った。
「だって……あっん……!」
指を早めて、既に尖るほどになっている胸の先も、含んでは、繰り返し痕を付けて、
泣きそうな声を聞きながら、それでもやめられない。
「あっ……あっ……だめいく……っ」
千尋の身体が、魚のように跳ねて、那岐は空いた手で腰を深く抱く。
ぴくぴくと痙攣するのがおさまるまで、どうしようもない鼓動を宥めつつ、待つ。
一連の行為の中で、いちばん優越感を感じられる時間ではあるが、
はやく、はやく、と急くのもまたいちばんで、誇り顔で保つにはもう少しときが必要らしい。
「ねぇ、もういい?」
待てない那岐は、言葉で急かす。
余りかっこよくないな、と自覚しているぶんだけ許して欲しいと思う。
「………ん……」
「ひとりだけいかないでよ。」
「もぅ。ひどいなぁ。」
まだ幾らも込み上げる呼吸を抑えながら、顔をちゃんと起こして、
こんなときにも、うすらと笑ってくれる千尋は、やっぱりものすごく優しいんだ、と。
甘えちぎって、ごめん。
「ねぇ、千尋。」
「ん。……那岐ので、して。」
自分で焦らしておいてどんだけ、って、思われているのを承知で、
那岐は急いて、いれられるぶんだけ脱衣する。
制服だったらベルトとジッパーだけ緩めた具合で、
あとは動いている間に脱げてくれたらいい、と、そんな性急さでいれた。
「…………。」
あまりの気持ちよさに黙ってしまった。
奥まで入れたら早くも出そうだと思っている。
目を合わせるのさえも危険、と悟り、ひたすら頭頂を見せる恰好で、繁く大きな息を吐いた。
「どう、したの?」
「いま声出さないでくれる?」
「……どうして?」
「なんか……それだけでいける感じ。」
「……ふーん、そうなんだ。」
千尋は明らかに、何かをたくらんだ、というふうな声音で言葉尻を切った。
そして、緩慢に腰を動かし始めた那岐の、耳許から指先を掻き入れると、唇のぎりぎりまで引き寄せた。
「ちょ……!千尋!」
「きいて。」
「っは……?」
もっと、して。
「………あのさ。」
「だめ、もっと、いっぱいして。」
「………いくんだけど。」
「して。」
その、蒼い目を、好きなんて言葉では足りないくらい、どれほどスキかということを
千尋はどこまで知っているだろうか。
那岐は、マクロの視界で瞬く瞳に、つぶされるような心地で、
蜂蜜みたいな唇に口付けた。
中途半端に引っかかったままの着衣を、なるだけずらさないように、
ゆっくりゆっくり全部を埋める。
二度、三度と、入れては引く間に、千尋があげる甘い声を、
なるだけ耳に入れないように、意識する。
「もっ……と……!」
「これで限界。」
「ずるい。」
「なにが。」
「私のお願いは、聞いてくれなかったくせに。」
「――――何のことだっけ。」
千尋は、もう一度ずるいと言って、諦めたみたいに力を抜いた。
那岐はそれに甘んじて、ゆるゆると抽送を繰り返す。
一際柔らかくて、熱をもっている襞の奥へ、引き込まれそうな先で圧し入れて
つぷつぷと小さな水音を繰り返し、つくる。
「あぁ……っん………!」
「これでもいいんじゃないか。」
「あ、あ、やぁ……ん、那岐ぃ……」
「そんなに出したら聞こえるよ。」
「だ、って……すごく、いいの……どうしよぅ……っ」
僕のほうが、どうしようって感じなんだけど。
千尋は、濡れて、濡れて。
それは、埋めたところからとめどなく湧いて、溢れて、
つるつると那岐を濡らしてゆく。
涙で濡れつつある睫毛が、ゆっくり瞬いて、那岐は逸らさないようにするだけでいっぱいだった。
やらかい頬が少しずつ染まってゆくのを、一コマでも見逃すなんて惜しい、
そういうふうに、思っていた。
しとどに滑る内壁が、差し入れる度に上手く那岐を締めつけてゆき、
千尋のかたちはこうなんだ、と、覚え始めた頃には、
もう幾らも保たない脈動を抱えている。
こういうのを、もう数えきれない回数繰り返しても、
まだ、覚えきれない。
「んあ、あ、ねぇだめ……」
千尋が眉間に皺を寄せて、吐息が浅く、早くなる。
突くとしなやかに蠢いて、何かが灯ったようになるところ、那岐はそれを探り探りにする。
「……ここ?」
「ん、そこ……」
あと数度だけ保ってくれ、と、頭をそれだけにして、
千尋が言ったところを突き上げた。
金の猫毛は額に貼り付いて、顎の先から汗が鈍く落ちてくる。
「ちひ……ろ……!」
限界の喉で呼んで、同時に脳裏が白んだ。
奥の奥へ、零してしまう、そう思って
入り口まで抜いたのに。
「……いかせて。」
そうやって強請る、濡れた睫の、甘い甘い名残りに負ける。
「――――勘弁してよ。」
崩れそうな腰づかいが、きっと筒抜けだ、と思いながら、
最後、と深く挿しいれた先で擦った。
まるく、圧し込んで、撫でるみたいにして、溢れる蜜を絡めとる。
「あ…っ、あ……やだ那岐……」
「も、だめ――――。」
「私も……っ、いく……ぅ」
きゅうと絞られて、抜かないと、そう思ったことだけは確かだった。
けれど、ちゃんとそのようにできたかどうか、半分近く、自信がなかった。
◇◇◇
次に目覚めたときは、カーテンに少しだけ午後の色が映っていた。
昼の時間だから、起こさないと、と思いつつ、
那岐は未だ、腕にころりとおさまった、千尋の寝顔を見ている。
ひとりになっても、思い出しちゃうくらいのを、なんて言ったけれど
(欲張りな僕としては――――)
那岐は思う。
今日は、このまま、ふたりでここで。
眠っていてさえほんのり頬が赤い、甘えた表情が抜けない千尋を、政務に出すのは本意でない。
寝起きはいいほうの千尋だが、こういう午後は、相当立ち直りが遅いのだ。
けれど、やっぱり千尋は、王なので。
浅はかに独り占めにして、ひとときの戯れさえも取り上げられてしまったらかなわない。
那岐は、晒け出そうな思いを幾つも噛んだ。
(タダでは、行ってくれないか。)
漸く日の目を見そうなポケットの中身を探る。
ごそ、と身体を動かしたから、千尋がしばしばと目を覚ましてしまった。
「………那岐?」
「起きた?」
「ん。」
妙なところに皺の出来た衣装を見合って、頬が俄に赤らんでゆくのを、どうすれば止まるだろうか。
「もう午後だよ。」
「……こんなつもりじゃなかったのに。」
「二回もいってよく言うよ。」
「ちょっ……もぅ!」
「じゃ、どんなつもり?」
千尋は、那岐の胸に鼻先を埋めて、ぐ、と黙る。
照れ隠しにもならない、と言ってやりたい那岐である。
「………ホワイトデーだからぁ。」
「………は?」
「だからぁ、何かくれるのかと思ったの!」
「…………。」
千尋には申し訳ないが、そんなことは綺麗さっぱり忘れていた。
というか、まるで意識になかった。
その前にあるはずのバレンタインさえもほど遠くなったこの世界である。
「………なんか貰ったっけ?」
「あげてないけど。」
「だろ?」
「忙しかったんだもん。」
「……けど僕がホワイトデーしなきゃなんないんだ?」
「だから、くれるかと思ったのって言ったでしょう?間違えました。それだけ。」
背中に腕まで回って来る、こういうのを、我慢の限界と言う。
限界だから、那岐も同じように、ぎゅうと抱いてしまうのだ。
「ま、ないわけでもないんだけどさ。」
「……慰めはいいよ。」
「ほんとはそのためのものじゃなかったんだけど。一応、あることはある。」
「え、なに?」
やっと、笑顔がひょっこり上がり。
那岐はポケットの中身を握り直した。
「――――けど、僕がほんとにあげたいものは、さっきあげたやつだから。」
「………ん?」
「わからないならいい。」
これだよ、って、これからもう一回、してあげることだって、できるし。
このキャンディーが何味かなんて、知らないけど。
もともと自分で用意したわけでもないから、胸はれないっていうのも、あるけど。
それよりもっともっと甘いものを、距離をゼロにして直接、確かにあげたいんだ、とそう言いたいのを堪えつつ、
包み紙の両端をつまんできりりと捻った。
「これ。」
「わ、かわいい。」
「食べる?」
「うん。」
出て来た薄いピンクのキャンディーを、
那岐は千尋の口に、ころりと指先で差し入れた。
「それ、溶けたら僕の番ね。」
「那岐甘いの好きだっけ?」
「――――うん、好きなんだ。」
バレンタインが、女の子が好きを伝える日だとすると
ホワイトデーは男がそうしたっていい日だということで
女の子が、チョコレートなんかでそれを伝えるっていうんなら
男だって男なりのやり方で、やればいいということで
上手い具合に、今日はその日らしいので
いつもくれるぶんの優しさを、僕ができる形に変えて、
きみに、あげることにするよ。
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