夕食後の時間って、もっとワクワクするものではなかっただろうか。

「何でいけないの?」

七夕を過ぎて、千尋の私室の周辺の、警護がやたら厳しくなった。
控えの間に二人、扉の前に二人。
扉の前には男の護衛がいる。武官でなかっただけマシだと思うけれども、全くもって気に入らない。

部屋の周りだけではない。
ベランダのように突き出した廂の下にも、見下ろせば男の頭が二つある。
七夕のあと三日経ってから、狭井君直々のお達しにより、このような体勢が敷かれた。

「今日から那岐様とは、夜二人きりでお会いになりませんように。」

眉間に厳しく皺を寄せた狭井君は、わざわざ千尋の部屋までやって来てそのように告げた。
そればかりか、次の朝食事の間に赴いたら、食卓がやたら長い物に交換されていた。

「陛下はこちら。」

いわゆるお誕生日席に千尋は座らされ。

「那岐様はこっちです。」

こっち、とは、その反対側のお誕生日席の事を言う。
会話をする為には相当喉を張らねばならなくなった。
実際やってのけたならこだまでも返ってきそうである。

あれからひと月。
ずっと、考えているけれど、答えが出ない。

「王族には王族の、秩序と順序があります。」

今日も、狭井君の言葉がぐるぐるぐるぐる、回るだけの夕暮れがきた。





今宵、ひと恋ひ、妻問ひ夜




夏休みもまっ盛りの八月にもなったら、たっぷり遊んで帰ったらとりあえずシャワーを浴びて、日によってはご飯を作って、風早と那岐と三人で食べて。
ほーっと一息ついても、まだ西の山の端っこがピンクだった。
窓を開けて真直ぐ見上げると、青と藍の中間の色。
あおが西へ向って少しずつ、ピンクを浸食していくのを、蚊取り線香の煙の傍で、ばーんと窓を開け放って、縁側に脚を投げ出して見ていた。

千尋がそうしているときは、いつも那岐が左に来て、冷たい麦茶なんかをくれたりした。

「さ、今日は何して過ごす?」
「うーん、まだもちょっと見てる。」

ゆっくりと暮れてゆく、夏のタイム感が好きだった。
何して過ごす?と聞かれても、返事の選択肢は両手に余るくらい残されている。
だからひとつに決めるまで、もう少し見ていたって大丈夫だと思う。

「ふーん。赤い夕焼けは気に入らないのに、こういう空は好きなのは何で?」

赤い夕焼けも同じようにぼーっと見つめていると思うのに、どうして解っちゃうんだろうと思って、初めてそういわれた時はどっきりしたものだった。

「どうしてかなぁ。」

ふふと笑って麦茶を含むと、からん、と氷がグラスを滑った。

「んんんんー冷たい!」

ちゃんと答えない千尋に、それ以上聞く事はしない那岐だ。
めんどくさい、のかもしれなかったし、どうでもいい、のかもしれなかったし、
ひょっとすると、

「わかってるけどね。」

だったのかも知れないと思う。
そのときの千尋が、那岐について解っていた事は、夏でも飲み物に氷を入れないで飲むという事くらいだった。氷が前歯に当たると、キン、と痛いのらしい。
一度、カルピスに氷を入れて出した時、ひどく苦情を言われて喧嘩になったので良く覚えている。
今思えば、あれほど泣かなくたって良かったのだろうけれど、温いカルピスなど飲めたものではない、と、それは今でも主張したい一点ではある。

だからその日も那岐のグラスに氷は入っておらず、千尋の左側で常温の麦茶を飲んでいた。千尋と同じように、膝丈の麻のパンツから、細い脚を投げ出して、ピンクの山際を見ていた。

裸足の爪先に風が触れるのが気持ちよくて
あぁ、もうすぐ夜がくるんだな、と思って
それこそ、これから何して過ごそうか、と、考えるだけでワクワクした。

「千尋、脚ブラブラさせない。一体幾つなんだよ。」
「え、同じでしょ?」
「・・・・解ってるけど、ほんと変わらないからこっちが恥ずかしくなる。」
「なによぅ、ちょっと背が伸びたからって威張るんだから。」

そういう自分だって、と那岐の足元に目を落とせば、いつの間にかちゃんとサンダルを履いていて、足の裏をぺったりと地面につけてくつろいでいたのだった。

「えー・・・・足ついたっけ?」
「背が伸びた、って言うより、僕の場合ちゃんと足が伸びたんだよ。」
「・・・・ふーん、いいね。」

ムッツリと膨れる以外にどうすればよかっただろうか。
ついこないだまで一緒にブラブラやってたものと思っていたけれど。
そう言うと、那岐はあからさまに呆れた。

「それ、いつの話?」
「わかんないけど、そういうイメージだったんだもん。」
「へぇ。・・・・・暢気な奴。」

千尋の名誉の為に断わっておくと、確かに那岐は長い事背が伸びなかった。
背丈だけでなく、体格もほっそりしていて、体育の時間などで、前に倣え!というような場合だと、必ず右へ倣えの役目だった筈だ。腰に手を当てて三角にするアレである。
高校生になって急に背が伸びたからと言って、毎日一緒にいる者にとっては惰性である。
何かきっかけでもなければ、特に気にするような事でもない。

「暢気って?」
「そういう事は聞くもんじゃないの。暢気は暢気、それだけ。」
「もぅ、教えてよぉ!」
「別に、直さなきゃならない事でもないだろ?」
「だって!悔しい!」
「いいんだよ、千尋はそのままで。下手に勘よくなられると、僕もちょっと面倒だから。」

言われている意味が解らないのと、なんだか子供扱いに過ぎる気がしてむしゃくしゃなのとで、千尋はブラブラの爪先で、那岐のスネを蹴る。

「――――――ぃっ!おいっ、いきなりなんだよ!」

その反応は予想した通りだったのに、もうひとつくらいは蹴ってから、もっと憎まれ口を叩いてやる筈だったのに、どうしてだかできなかった。
その代わり、心臓が飛び出して来るのかと思うくらいに胸が鳴っていた。

千尋は、後悔した。

那岐が変わっていたのは背丈だけではなくて、爪先で蹴った所は少しも柔らかくなんかなくて、ぱん、と弾かれるみたいに堅くなっていた。

「ご・・・・めんなさい。」
「・・・・・・は?」
「痛い・・・よね?」

痛いのは自分の爪先もかなりそうだったが、そんなことはどうでもいいくらいにどぎまぎした。
真っ赤になって俯いていると、からっとした笑い声が、短く聞こえて。
那岐は、さっきの暢気は取り消しかもね、とか、そんなことを言った。

「千尋こそ、足、痛くなかった?ちょっと見せて。」

見せて、の後にクエスチョンマークがつかない言い方で、それを言い終わらぬうちに、那岐は庭に降りて、千尋の、空中でちょこんと揃えた爪先の前でしゃがんだ。

「・・・・や・・・」

さらりとしたてのひらで、親指からすっぽりと包まれた足が、蹴った事ではなくてもっと別の事の所為で、あかくあかくなって痺れる。
那岐のすべすべの指の腹の感触は、夜になっても、シーツにくるまってからも、いつまでも忘れられなくて。


そして、今でもずっと、覚えている。


「こんなやらかい足で無茶するなよ。」


怒るでない声。
笑うでない声。
初めて聞くその声に、ごめんなさいが喉につかえた。


あんなに傍にいたのに。
いつも、あたりまえに一緒にいたのに。


今、ピンクの山際は同じなのに
青が藍に変わるときの、一筋吹き抜ける涼しい風も、変わらずここにあるのに
千尋の左が広過ぎて、どう喜んでいいのか解らない。
この素晴らしい色が降りて来る、この小さな廂の下に、つまらない二つの頭を見すえていなければならないのも、解らない。

「解らないよ、那岐。」

今日の学習は、小さくつぶやくと、余計に淋しいことがわかったことだ。
せっかく夏の夕暮れなのに、これから眠るまでに、できる事はいっぱいあるのに

夕焼けがおちた後は、余計な心配がなくなる時間だったから
一日の中で一番好きだったのだ
夏の夕暮れはゆったりして、夜が四方に解放されていて
一年の中で一番好きだったのだ


それなのに、何故私は王なのだろう


七夕の夜から、三日続けて好きなひとに会った事が
そんなにいけないことですか
大好きだよ、って、耳たぶが赤くなるまでささやきあう事は
くすぐったさが飽和して、涙になるまで抱きしめあう事は


(すごくすごく、だいじなことじゃないですか!)


―――――――こんなのは嫌。もう我慢しない


千尋は、大きく息を吸い込んだ。
音楽の時間に、大きな声を出したいときはお腹から、と教わった。
どうやるんだったか少しばかり忘れたけれど、要は気持ちの問題だ。


きっと、できる。


大好きな人の名前を、ここから、お腹いっぱいに叫ぶのだから。

「――――――――すぅぅぅ、―――――――――はぁぁぁ、――――――――すぅぅぅ」



と叫ぼうとして、突如吹き込んだ風に髪が舞い。
金色の毛先が口の中にまで入って来た。

(な・・・・なに?)

なに、ではなく、那岐と言いたかった筈である。
立っているのもやっとくらいの大きな風で、これでは一言だって発せられやしない。

なんだなんだ、とか、おおぉ、とかの、男たちの狼狽える声が聞こえる。千尋の中庭に張っている者たちだろう。

どれくらい続いただろうか、気がつくと、空はとっぷりと暮れていた。
頬にぴったり張り付いてしまった前髪を掻き分けて、裸足の足元に纏わりつく葉っぱや砂を払おうとして目を疑った。

「月が、落ちて来た?」

我ながら馬鹿げた問いだと思ったが、そうとしか思えなかったのだ。
風が運んだ砂にまみれて、何だかくすんだみたいな千尋の足は、黄色いみたいな、オレンジみたいなひかりで、ふわりと地面から浮いていた。

これはほんとうに私の足だろうか、と、またもや馬鹿げた問いが浮かんで来るが、確かめてみるにやはり自分の身体から繋がっている足であり、地上数センチくらいではあるが、間違いなく浮いている。

「月、かも。」

空を見上げると、どうやら月無し夜の様。
藍色より一段色の濃い雲が、ゆっくりと西に進んでいた。


(それならしかたがないわ。)

千尋は割と切り替えの早いタイプであった。
折角このような不思議が身に起こったなら、楽しまねばならない。泣いても怖がっても、これが現実なのならば楽しむのが一番である。


こんな気持ちは、暫く忘れていたような気がした。


そして、顔を上げたらもっと楽しい、と、千尋は自分の信念に基づいて顔を上げた。

「あ。」

黄色いみたいなオレンジみたいなひかりは、その先に繋がっていて、バルコニーの柵を抜けて、中庭の大きな杉の木を貫いて、一番端の角部屋のバルコニーまで繋がっており、
そこに、小さくて黒い人影が、間違いなく大好きな人のかたちをして立っていた。

「なぎぃー!」

お腹にいっぱいの声が、理性よりも先にでて、
同じく理性よりも先に、爪先がたたたと出た。
ただ、柵の前で目を瞑って体当たりしたら、あっけないほどにニュルリと抜けてしまったのが、少々驚きだったのは否めない。

でも、こんなひかりの上を、歩いてゆけるだろうかとかそういうことは、ひとつも考えなかった。
さっきの警護の者たちに、この声が聞こえてしまうかも知れないとかいうことも、全く考えられなかった。


ほんとうなのは


この、ぽやんとひかるいっぽんの道は、那岐がつくって見せるもの


それひとつでいいと思う。


現実に、存在しているものなのか
これが鬼道というものなのか
そんなことは、もう、どっちだっていいことだ。

そんな事よりただ早く、那岐の傍にいきたい。
那岐、那岐、と、何度も呼ぶのに
那岐は一度も千尋と呼ばず、ただ笑いを堪える風で立っていて

やがてはっきりと、その肌の質感までがわかる距離まで来た時に、千尋が飛び込むより先に、つよいつよい力で那岐の胸に引き寄せられた。

「な・・・・・」

千尋、と呼ぶ、胸の奥の声を聞いた。
心臓を打つ音が、ひとつひとつ振動になって、千尋に感染る。
余りに幸せ過ぎて、鼻と目の繋がるあたりが、じんじんと沁みて来る。

「那岐ぃ・・・・好き、だよぉ・・・」

ほんとに、馬鹿な事ばかりしか言えない日だ。
ひと月も、この身体に触れることができなくて、この匂いを吸い込むことができなくて、こんなふうに会えたなら、いっぱいいっぱい話したかったのに
ただ、那岐としか、好きとしか、その二つより他に、言える言葉が見つからない。

那岐も同じようなものだったが、いい加減飽きたか、そのうち吹き出して、

「もういいよ。」

なんて言った。
自分でこんなアトラクションを仕込んでおいて、それはちょっと、あんまりな気もする。

「いや。まだ言いたい。」
「もういいって。」
「まだぜんぜん足りないよ?」
「早く隠れないと、千尋が飼ってるキュウリ達が戻って来る。」
「・・・・・キュウリ?」
「夏の炎天下で、一日中顔色も変えずに窓辺に齧り付いてる奴なんて、日除けのキュウリくらいのものだと思うよ。」

正しくは窓辺を見上げる形なので、日除けにもならないキュウリである。

「千尋、早く来ないと鍵閉めるよ。」
「やだ、いつの間に入っちゃったの!」

翻る、きれいな緑の裾をぱたぱたと追って、好きなひとの部屋に侵入する。
少し前の千尋なら、カーテンを閉めるのを忘れる場面である。

でも、今夜はそうはしないのだ。

後ろ手に急ぎ白い布を引くと、既にベッドの上であぐらをかいた那岐が言う。

「さ、今日は何して過ごす?」
「え・・・・。」
「ピンクの空、もちょっと見ていたいとか言ってもダメだよ。」
「も、沈んでるもんね。」
「じゃあ、なにがいい?」

ベッドの真ん中で、那岐は胡座の膝を片方立てて、左の腕を千尋に向って伸ばした。

「おいで。」

決して真っ直ぐでなく、どちらかといえばダラリとした感じに見えるその腕で、上に向けたてのひらの先の指が、僅かにまるく曲がる。
仕草では、どっちでもいいよ、というようでいて、どうしてそんな言葉を使うのか。

まだ何度も知らないはずの感覚が、歩き出した歩幅と一緒に、身体の底の方から溢れそうになる。
ベッドに片膝を乗せてずんと沈んだところを、猫かなにかみたいにして抱き竦められて、そのまま中央まで引きずられたのだろう事はよく解った。

次に目を開けた時には、千尋は那岐を見下ろす形になっていて、なおかつその那岐の顔が、物凄い近距離にあった。

「こ、こんなことされたら、私、拒めないよ?」
「そんなつもりある?」
「・・・・・・ない、けど。いけないことなんでしょう?」

ふう、と、那岐が小さくついた溜め息が、千尋の顎にかかる。

「王族同士っていうのも、これはこれで面倒なんだって、もうイヤになるくらい解ってる事だろ?」

それを乗り越えて、やっと手に入れたんだっていう気持ちは、きっと同じなんだろうと思うけれど。

「千尋も、妻問いされてからじゃないと、ダメだと思う?」
「・・・・・何が?」
「例えば」

―――――キスとか。


「だってもうずっと前にしちゃったじゃな・・・っん・・・・・ぁ」

ぎゅ、と背中に腕が回って、那岐の胸に身体が沈む。
滑るような感触の舌で、唇が緩く割られてしまうと、いけないと思っても声が漏れた。
那岐が、引き攣れないように繊細に、髪の飾りを解いてゆくと、耳の傍の頭皮が、まるで鳥肌にでもなったみたいに、さわと硬くなってくる。
項まで指先はゆっくりと下がって、きゅ、とくすぐるように撫でられて、ほんとうにどうしようもない声が出てしまった。

「それ、いい、ってことでいい?」
「や・・・ぁ・・・・っん・・・!」
「やだって言ってもやめないよ。」
「や、やめちゃいや・・・だよ」

そう主張するには強引にでも唇を離さなければならなかったが、それでもこれは言っておかねばならないと思う。何の為にバルコニーに出たのか、何の為にひかりの道に踏み出したのか、ここまで来て諦めてしまうわけにはいかなかった。

「―――――だよね。」

那岐はにこりと笑って、重なりあう身体の曲線の合間の、僅かな僅かな隙間から、
確実に指を入れて、千尋の帯を緩めた。

「僕は、別に快楽主義じゃないけど。」
「・・・ん?」
「だからといって、いきなり禁欲的にもなれやしないからね。」
「でも、ひと月も。」
「それはごめん。」
「・・・・・ずるい。」

何が?って、解っているくせに言うんだろう。
そして、もっとずるいことを言うんだろう。

「ちゃんと妻問いをしろなんて言われるけどさ、それはちょっと勘弁なんだ。」
「――――――え?」

火照りはじめた身体が、面白いくらいにひんやりする言葉だった。
けれど。

「もう少しだけ、千尋は僕の彼女だって、そういう時間を過ごしたい・・・・って、なんかそういうこと。」

語尾がかなり投げやりみたく聞こえたが、そして驚く暇もなく着衣が軽くなっていくが、ひんやりしたはずの身体がまたぽっと熱くなって、かっかと顔が赤くなって、千尋はまるで冷えのぼせのようになってしまった。

でも、那岐のいうことは、全くそのまま、千尋が思っていた事だった。

これは、もの凄くもしもの話だけれど、と、千尋は、露にされた胸を二の腕で隠しつつ、話しはじめた。

「むこうで何も知る事なく暮らしていたとして、ね。」
「うん。」
「それでも今頃はきっと、那岐とこうしてるんだと思うの。」
「そうだろうね。」
「だとしたら、こんな風に難しい事とかなく、普通に那岐は私の彼氏でしょう?」
「ま、怖い先生が五月蝿く干渉して来なければ、ね。」
「もう!真面目に言ってるのに。」
「はいはい、悪かったよ。」

きっちり隠しているのに、腕は下から少しずつほどかれて、小ぶりの胸が那岐のてのひらに包まれる。
それだけで立ち上がり始める、薄紅に色づいてゆく部分を、指の間でころころとされて、千尋は腰を震わせた。

「もう濡れた?」
「ち・・・が・・・・!」

残された一枚きりの薄い下着は頼りなく、零れたものを含んで透けはじめたところの合わせ目に、那岐は指を挿し入れた。
そこがじんじんと熱くなっているのは自分でも解って、指のほんの先で弄られるだけで、こそばゆいような疼きが奥へ奥へと増幅する。

「はっ・・・・あぁ・・・っ」
「続きは?」
「え・・・・っと、だから、私も那岐と、普通の・・・っ・・やだもぅ喋れない・・・・っ」
「く、お前、どんなに素直なの。」

初めてのときより、今日の方がもっともっと恥ずかしい気がする。
ちゃんと脱がされずに、下着の隙間から指を入れられて感じているのも、
那岐が、上の衣装を着たままで、下だけ緩め始めたのも、何だか全部を見るよりもいけない事みたいな気がする。
正しくは、那岐の腰あたりを跨いでいるので、露になったはずの部分は千尋の腰の後方にあり、見えてはいないのだけれども、
頭でそれを思い浮かべるには、まだまだ慣れていないのだ。

「千尋、腰、あげて。」

このまま挿れるつもりなんだ、と思って、ふるふると首を振る。

「や・・・待って、やだ!」
「どうしたの。」
「灯り、消して!」
「今までもこうだったじゃないか。」
「だめ、今日はいやなの!」

こんな気分で那岐のを見てしまったあとの、自分の状態が想像出来なくて、怖かったのもある。
そして、そんな自分を見せる事が、いたたまれなかったというのも、ある。
何よりも、明るい中で自分が上になるなんて、絶対に避けたかった。

初めて身体を重ねてから、何度もしないうちに、ひと月もブランクがあるのだ。
これくらいは聞いてもらっていいと思う。
願いは叶い、那岐が灯りを消しに体を起こしたとき、太腿の裏に硬いものが滑った。
気を付けたはずなのにと若干悔やんだ千尋である。

「消したけど、上になってみる?」
「・・・・・わかんない。」
「じゃ、いつものがいい?」
「・・・・うん。」

あからさまな溜め息をついて、那岐は千尋を、遊ぶシーツに押し倒す。
でも、けして乱暴でなく、優しい重みが重なってゆくのに、堪えきれない吐息が漏れた。
やっぱり、暗い方が落ち着くと思う。

「挿れるよ。」
「・・・・ん。」

千尋の柔な前髪を、那岐は幾度もかきあげる。 そうしながら、空いた方の手で濡れた下着に手をかけると、自身の先端をぴたりと宛てがえる分だけを、めくるようにしてずらした。

「そんなの・・・全部脱がしてくれた方が・・・」
「これでいいの。」
「・・・って・・・や・・・だ、入る・・・・っ」

雫になるほどに濡れたところは、何の抵抗もなく那岐を受け入れてしまった。

「や・・あぁ・・・・ん!」
「ちょ、千尋、何これ。」
「何って・・・そんな言い方・・・・ぁあっ・・・・!」

抗議にならない声ばかりが出る。
千尋の中が、那岐のそれを絞るような動きをして、抜き挿しされる度にきゅうと吸い付いてゆくみたいな心地がした。

「そんなにされると、ちょっとまずい感じなんだけど。」
「そんな事・・・言っても・・・・っふ・・・・止められないよ・・・あ、ぁあん!」
「それに、なんて声出すの。」
「だって・・・・すごく、ぁあっ・・・いぃんだもん・・・・!」

灯りの落ちた部屋は、こんなに静かになるのだろうか。
二人でつくる音が、やけに耳について。
それがまた煽る。

広げた脚の間から、蕩けた液体が流れて来て、それがどんどん量を増しているのに、気付いていた。
身体の一部がこんなに熱くなることを知らなくて、そこに那岐が届く度に酷くなるのだとも、気付いた。

「・・・・っ・・・千尋は、僕の事・・・持ってこうとでもしてるの?」

言い終わるまでに汗の粒が落ちて来て、千尋の胸のふくらみを伝って流れた。
まるで、その軌跡がわかるほど。

「持っていきたいよ?」
「・・・・・っ、今ので全部、持ってかれた気がする・・・・っん・・・・・!」
「な・・・・ぎ・・・・?」
「久しぶりに、鬼道・・・使ったからだよ。こんなに・・・・もう・・・・千尋・・・っ!」

那岐は、千尋の脚を高くして、一気に深くまで挿し入れた。
広がりはじめた奥にまで、ちゃんと那岐のかたちがわかって、背中の窪みに汗が滲んで来る。
どうしようもなく、淫らな感じの汗だと思うのに、それを止める術はなかった。

「千尋、すっごい熱いんだけど・・・・っ」
「それ・・・ん、那岐の方だよ・・・・ぉ」
「っ・・・・仕方ないだろ・・・・イきそうなんだから・・・!」

那岐が途中で動きを止めると、脈を打っているのが伝わって来る。
それと同じ早さで、じんじんとしている自分の身体がまた、呼応する。


あぁ、これが、いくということなのかもしれない。


「那岐、来て。」
「――――――。」

言葉の代わりに。
これまでの中で、いちばんゆっくりと、那岐は千尋の中で動いた。
いちばん奥で溢れていたものが、那岐の先端で掻き出されて、それが挿し入れられているところから零れてゆく。

「あ・・・・っ・・・・あっ・・・やだ那岐ぃ・・・・」
「・・・・なに・・・・っ・・・・・」
「あ・・・・たし・・・・い・・・・っちゃう・・・・」
「・・・・っ・・・!」

最後に数度、那岐が激しく打ち付けたあと、熱いものが弾けたのを感じた。
息継ぎが間に合わないくらいに、激しい鼓動。
これが、重なりあうどちらのものなのか、それとも、どちらものものなのか。


ほんとうなのは、ただただ、気持ちいいということ。


中で跳ねるみたいにどくどくしているそれを、螺旋に引き絞るみたいに、千尋の身体は勝手にそのように動いていた。

「千尋・・・・・?」
「・・・・ん、なに?」
「いったの?」
「・・・・・知らない。」
「ふーん、・・・・そ。」

荒い息をしながらも、もういつもの那岐に戻っているのが悔しい。
そして、千尋の上からごろんとベッドに降りてしまうと、胸とかお腹とか腰とかが、やけに涼しく感じた。
何だか淋しいじゃないか、と思いはじめた時、那岐が呟くように言った。

「今日はもう寝るけど。」
「・・・・・うん・・・・。」
「そのうち、ちゃんと、言うから。」
「・・・・・うん?」
「心配する事ないよ。」
「・・・・・うん。」

僅かな後に、早くも寝息が上がりはじめ。
千尋は、汗で湿った那岐の袖を、そっと握って目を閉じる。


そよそよと、バルコニーの白い布がそよぐ部屋に、夜のしじまが降りてくる。