◆Special Thanx for... はるや様
− Early Birds Get Some Sweets −
確かに、朝は得意なほうではない。
寝起きがいいほうでもない。
時間に遅れそうになれば、だから誰かが起こしに来る、
という理屈は、実体験でよくわかっているつもりだった。
(にしても、早くないか…?)
枕に埋まりながら、ちりちりと瞼をしばつかせる。
まだ起こされなければならない時間に満たないことは、部屋のほの暗さからも明らかだったが、
呼ばれて身を捻ろうとしたときの、身体の底にずんと残る、眠気のカタマリも酷いもので、
まだ、朝というより夜の延長というふうに、体内時計は認識していることが知れる。
「ねぇ那岐ってばぁ」
だめ押しに、彼女は焦れったそうな声で呼んだ。
勘弁してよ、と思う。
常のように釆女のうちの誰かが呼ぶなら、無視を決め込んであと30分だか1時間だか、
とにかく起きる気の無い背中を見せつけてやることもやぶさかでない。
が、こと彼女の声が呼ぶのなら、最後には邪険に出来なくなる自分を、僕はよく知っていた。
それは、彼女がこの国の王座についていることとはまた別の理由がある。
「おねがい、起きて。」
寝台の縁に、ずし、と明らかな重みがかかる。
女王の掛ける圧力は滅法甘く、微睡みを振りきって寝返った。
―――ところに青い目がぱちりと開かれていて、つられて大きく見開いた。
途端に睡魔が身体を抜けていく。
「……もー、なに」
「おしらせ」
寝起きは喉がいがいがして、辛うじて声になったような掠れた声しか出ない。
下げた語尾を巻き取ってゆくように、王は声を弾ませる。
見れば、手に木簡らしきものを持っている。
「こう早くから、なんか悪い報せ?」
「悪いのかな、いいのかな」
「なんだそれ」
「ふふ、読んでみて」
めんどくさ、と思ったままに声にして、しかし木簡は受け取った。
枕元の灯りを灯そうと、掛布から腕を伸ばすと、冷気がするりと撫でてゆき、思わず小さく身震えた。
窓の吊り布は閉ざされているから、天気のほどは測れないが、
どうやら季節は今日を境に、秋から冬へひとつ、回るようだ。
ふと、今思い出したフリで王を見て、毛布をやや浮かせた。
「………入る?」
「い、いいの?」
「寒いだろ、そんなとこに突っ立ってたら」
「寒い。へへ」
朝まだき、正装には何枚か足りない王は、ぱかんと割れたように笑んで、
膝を折って寝台を進む。
進む、と言うと大袈裟だけど、ここの寝台は王のそれと負けず劣らず、幾分大きく作られてはいて、
僕は、場所をあけたぶんが別の体温で埋まるまでに、
唾を飲みつつ、灯りをともしつつ、衣擦れを聞いた。
「んー、あったかー!」
「……そ、良かったね」
身体を長くして並ぶわけにはいかない、そんなことをすればいろいろと抑えられなくなることは必至だ。
だから枕を腰当て代わりにして、上半身はしっかり起こしたというのに、
肩にこつんと頭が乗る。
(ほんと勘弁してよ)
自分から言い出したことながら、若干後悔しつつ、木簡を開いた。
「―――中止?!」
「なんだって。常世のほうで寒波とかなんとか」
改めて最初から読み返してみた。そう書いてある。確かに。
この日は、中つ国と常世の交流を目的とした紅葉鑑賞会が催される予定になっていた。
足止めをくらい、どうにもならん、楽しみにしていたのだがというような内容が、
アシュヴィンの美しい文字で切々と語られている。
団体行事は好きではない僕にとって、中止は確かにラッキーな報せだけど、
アシュヴィンの境遇を思えば手放しでわーいとか言ってられる状況じゃない。
「なんか大雪みたいだよ」
「嘘だろ…大丈夫なのか」
「宮から出られない、らしいから取りあえず無事だと思う」
「それって無事じゃないよ」
「屈強な忍人さんの軍が、既に大装備してお見舞いに出かけています」
「……やるね」
幾分安心して、吊り布の向こうを想像する。
出無精な王族が寝こけている間に、世界は色々と進んでいるようだ。
開けたら真っ白になっていたりするのか、と思うと、出て確かめる気も失せるほど、冷えてくる気がする。
「ぐるっと見て来たけど、こっちは降ってないよ。寒いだけ」
「そっか。―――って千尋、」
「ん?」
きょとんと僕を見つめる目は、確かにいつものように、大きく可愛く開いている。
しかし、ぐるっと見て来たと千尋は言って、
しかし、この部屋は未だほの暗くて、灯りをともさなければ文字が読み辛いくらいの時間で
しかし、やはりぐるっと見て来たと言う。
「何時に起きたの」
「うーん……知らせが入ってすぐ」
「で、今までまわってたって?」
「すぐだったよ。大丈夫」
どこまで行ったかしらないけど。
たとえ麒麟に乗っても、それなりに掛かると思うんだけど。
葛城将軍を動かして、軍が一通り準備して出られるくらいの時間、
たっぷりかかったってことじゃないのか。
そんな仕事、女王ひとりでしなくたって―――
「起こすの遅いんだよ」
「え?」
―――そういうときのために、僕がいるんじゃなかった?
改めて隣の身体に触れてみる。
僕と接していないほうの、二の腕とか腰とか。
千尋がぴく、と震えるのは、僕が触れたこととは別の、もっと、当たり前の、
夜明け前の空の下を、目をみひらいて翔けたあとの、生地が肌に貼り付いたからで、
芯から冷えている所為なんじゃないの?
「頭だけじゃなくってさ、もっとくっついたら良かったのに」
「だ、だって……那岐が座っちゃうんだもん」
「それって、ほんとはもぐり込みたかった、っていう意味?」
「そ、んなこと……っ」
「ないって?」
「………ある」
次の言葉を繋げなくて、ただ、見つめた。
あかりと同じに揺らめく影に、見蕩れるように手を伸ばし、
触れた頬がまだ冷たい。
暖めてあげる、なんてことを、言葉にできなかったから、
これは、潤いはじめた声帯で出す、いま言える、ギリギリの言葉。
「一緒に行きたかったよ」
言って、まるで拗ねたようにして、寝台に潜り、背を向けた。
あわ、と慌てた気配を、知った上でのことだから、中で夜着の紐を緩めておく。
「ねぇ……。那岐ぃ…」
「……」
「だって、だって那岐寝たら起きないし、行きたいなんて思わなくて……!」
その言い訳は多分本当だ。
早朝と言うより真夜中に近い時間に叩き起こすのに相応しい人物としてリストにすると、
僕は恐らく下から数えたほうが早い自覚がある。
何度か揺さぶられたけど、千尋はほとほと僕の背中しか見ることができなくて、
ついに屈して、ぺたりと萎れて重なった。
胸のまるみが、二の腕のところで押しつぶれてゆくのを、僕はしっかり感じている。
「怒らないで」
怒ってない、って言ってやりたい。
もう少しだけ、頼りにして欲しいという、それも言ったらいいのに言わないのは、
ただの我が儘だと知っている。
言わなくても、頼りにできるくらいの、いい男になりたいだなんて、
かっこ悪くて一生言えない。
「それに麒麟は一騎しかいないし……私がまわるのが一番早いの」
「馬よりは早いだろうけどさ」
「……えっと、あと、あとはぁ」
もう泣きそうだな、と思って、横向きだった身体を仰向けにした。
幸い、潤むくらいで堪えている。
キスでもして、名実共に許してあげようと思ったとき、
千尋のほうが先に、唇に触れた。
「―――」
喉の奥へ、甘く甘く痺れてゆくのを飲み込みながら、思っていた。
ほんと、よく知ってるよね。
僕の役割は何かって
僕を、どうやって動かせばいいかって。
「寒がりだから、風邪引くかもって思ったんだもん」
「僕だって、同じこと思うんだよ」
腕は千尋を身体ごとつつむために動いて
薄っぺらい胸は千尋をその下へ組み敷くべく翻って
手のひらと指先で、出来るだけ、暖めてあかくしてあげるために
幾分性急に、上等の衣装に手を掛けた。
合わせを割って手を差し入れると、やわいはずの肌が、いつもより少しこわばっていた。
「ほら冷えてる」
ごくんと喉の鳴るのを隠して、一番触りたいまるみは避けて、
そのふくらみを寄せるように、そっと撫でただけなのに
こっちがびっくりするくらい、千尋の身体は跳ね上がる。
「那岐、まって」
「一見、僕を気遣ってくれたみたいだけどさ」
「うん……?」
手のひらは、ひととき千尋を離れて
いま一番、聞きたいことを聞いた。
「結局なんで起こしにくるの?」
「………それは」
「ねぇ」
可愛い顔でごまかされる訳にいかないから、少しだけ怖い顔を近づけた。
が、怖がって竦ませてしまったら答えを聞けそうにないから、キスはひたすら優しくした。
「………ん」
「なんで?」
「笑わない?」
「笑わない」
千尋は、念を押すようにして、僕をしっかり抱き込んで、
髪をへだてて耳たぶへ、かすかなかすかな声が埋まる。
男だって、そこ、それなりに感じるんだけど、知っててやってるんならかなわない。
「冷えちゃったから、あったかくして、くれるかなって」
「―――」
この広い世の中の精鋭と英知を集めて、
情けない話大全集というものを作るとすると、
その膨大なページの一番の佳境のぶぶんに、今の僕が載るんだと思う。
泣いていい?
ていうか、もういっそいっていい?
せめて言葉にできたら、それはむしろかっこいいかも知れなかった。
「…………千尋。」
「だ、だから笑わないでって」
「笑ってないだろ、そうじゃない」
「じゃぁ……」
「そうじゃなくて、いまのでもう、限界」
逸る手つきで引き出したものは、今いれないと本当に情けない状態になってしまうべきもので
いれるぶんだけ裸にしようとした、その手探りのぶんだけしか濡れていない、
いつもより全然乾いているところへ、先のまるいぶぶんを圧し挿れる。
「い……ったい」
「ごめん、ほんとに……!」
どんな苦言が続くのか、と、覚悟はとっくに決めてるけど、
しっぽりと包み込まれて、前へ前へ、進みはじめた衝動は止めることができない。
足りない粘膜をこそげとろうとして、窪みを内側へ擦り付けるたびに、
滑らないぶんだけ大きな摩擦が残されて、まだ途中なのに息が上がる。
「っ、まだ、痛い?」
「痛いっていうか、たぶんおっきぃ……の」
「……その顔、やば」
千尋もそうなら救われるが、軋むような刺激に眉をしかめるのは僕も共通で、
じんじんとした苦痛は、追い掛けるようにして甘みに変わってく。
「ん……っ、あぁ、はいってる……」
「はいってるんじゃなくて、いれてるの」
「……っ!」
千尋の頬が燈火に染まる。
寒波の覆う空が降りて、白々と夜が明ける、それに比べれば、なんて小さな寝台の、
ふたりが重なるぶんだけの空間を、出来るだけの湿度で満たしたい。
時間に逆行するみたいな声を充満させたい。
「あったまりそう?」
「……しらない……!」
「悪いけど、こういう暖め方しか知らないんだ。男だし」
「………知ってるから言わないで」
「ふーん、わかってて来たんだ?」
「っ、もう!」
仮にも一国を治める女王の、こんなに余裕のない表情を見ることができるの僕だけ、
って思ったら、張りつめていた限界に幾分余裕ができて、
半端に緩めた胸元を、ぐ、と左右にくつろげた。
小さな膨らみが遠慮がちに揺れるのが、堪らない劣情を生んで、
ただでさえ狭い内側をいっぱいにする。
まん中の丸い粒を唇で含むと、千尋は一際大きな声をあげた。
「あ……っんん!」
「濡れてきた」
「だ、って……」
「気持ちいい?」
「……ん」
律動させながら他のことをするのは、まだ簡単ではなかった。
何年か、同じようなことを続ければ、そのうち出来るようになるのかもしれないけど、
今は、千尋がそれなりに、気持ちよさそうな顔をして、気持ちよさそうな声を上げて、
キュ、と絞り上げてくるそのことだけを、信じてするしかない。
ツン、と角が立つように、それを硬くしたくて、舌先を工面する。
痛い、とか言われないように、思うより少し軽めに触れた方がいいことも覚えた。
覚えたとおりにしていたら、ちゃんと立ってきて、それを感じてるだけで鼓動が早まる。
「ふ……あ、いい……」
「もうひとつもする?」
「あ、ぁっ……!」
ひとつは舐めて、もうひとつは摘んだ指の間で、ころころと転がすようにしていると、
いれてるところがだんだん滑らかになって
気を付けてないと抜けてしまうくらいに、ぬかるんで来る。
ただ、こうなっちゃうと、多大な我慢も必要なんだ。
すぐにでも、動かしてしまいたい。
そそられる腰を、騙し騙し、僕にとっては半端すぎる抽送で、
せめぎ寄る莫大な快感に耐えていられるのは、ただ、ひとつの思いでしかなく
それに、ギリギリ繋がれているに過ぎない。
「好きだよ」
「ん、あ、……っんん」
「すっごい、好き」
「なんでいま、言うの……?」
「いましか言えないじゃないか」
「わかんない…!」
いいよ、わかんなくても、としか言えない。
正直、わかんない、と言う千尋の気持ちも、よくわからない。
そう、突如、脈絡もなく、
だいすき
とか、言われるほうの身にもなって欲しいって、
こういうことしてないときの僕は、
例えば政務の合間、たまたまふたりきりになった時の僕なんかは、
割とほんとうに困ってるんだ。
だからこういうときに言うスキは、僕に主導権がある。
役割分担に、甘えさせて欲しいんだ。
「も……我慢しないよ」
言って、千尋の腰の括れたところを支えながら、深くまで突き上げた。
高く上がった声に、まんざらでもない気持ちを汲み上げたとき、
奥でまったりと溜っていた熱いみずが、先にぬるりと絡んで降りた。
「ああっ、那岐……そこいや……!」
「やじゃないだろ、好きって言いなよ」
「あっ、あっ、や……!」
「『好き』は?」
涙零しそうな揺れた目は、何度か許しを乞うように瞬いたけど、だめだよ。
「言うまで、するよ」
「そんなの……っん、ずるい……っ、あ……っんぁ……!」
「いいとこばっかり、感じるとこばっかり、僕のでいっぱいにするよ」
もうされてる、って言った千尋は、もう見れない、と続けて、
苦しげに息を継ぐ可愛いすぎる横顔が、枕に埋まってしまった。
我が儘かもしれないけど、繋がってられる時間なんて、そう長くない。
たったそれくらいの時間ぽっち、伏せたりしないで見ててほしいじゃないか。
「……千尋、」
こっち向いて、と、顎に手を掛けたら、熱あるみたいな温度になっていた。
少し、苛めすぎたかもしれないと思って、身体を低くして唇を近づけたときだった。
「……好、き」
「―――は」
「なっ、なぁに……?言って欲しいんじゃなかったの?」
「……うん、それでいい」
僕は、多分自分で自分の首を絞めた。
「那岐の……っ、すごく熱い……」
「今話しかけないでくれる?いきそう」
「そんなふうに見えない」
「や、冗談じゃないんだって」
ほんとうに、ゆっくり腰を動かして、途切れがちの一挿しごとに、
それでも火照り上がるのはどちらもそう変わりなく
繋がったところがきちきちと水音を立てはじめる。
のに
僕のを螺旋に伝って、滑り降りて来たとろりとするものは、
冷気に触れるとすぐに冷えて、下腹のところでしんみりと貼り付く。
その感触は、張りつめてゆく気持ちよさと合わせて、ふたりをぶる、と震えさせるのに十分で、
すぐにでもいきそうなのを騙し騙し、動き続けていないと、
千尋を抱いたことの大義名分が、脇からかっさらわれてはがれ落ちてくみたいだ。
僕はとても、あったかいけど
あったまりたかった千尋は、ねぇどうなの。
僕の夜着は肩から滑り落ちて、千尋は、着て来た衣装の皺のあいま、泳ぐ魚みたいになっていた。
寒波が来たというこの日の朝、千尋と僕で作れるくらいの、たったこれくらいの空間を、
どうか僕に、あったかくすることができてたらいい。
きゅう、と抱きしめた千尋の身体は、浅い浅い息をしていた。
こうして、耳の、すぐ近くで聞く甘い声が、堪らなく好きだ。
今度顔を見れなくなってしまったのは僕のほうで、千尋は僕の、一体どのへんを見てるんだろうか、
頭頂だろうか、後れ毛のあたりだろうか、それとも、二の腕とかそのへんか
どこでもいいけど顔だけ勘弁して。
いれる度にぞくぞくして、引いたら脈打ってるのがわかって
自分でもほんとに、もう少しマシなカオしたいと思うけど、全く制御できない。
「も、出そ……」
「あ、あ……那岐、きて」
震えそうだったはずの部屋の空気が、
汗を攫うのに心地いいくらいに変わっていた。
「来てとか言うと、ほんとにいくよ」
「いいよ」
「……良くないの」
一瞬だけ合わせた顔を、どんなふうに繕えていたか、自信はない。
見抜かれてしまわないうちに逸らしてしまって、首筋に顔を埋めて、まるく噛んだ。
「あぁ……っん、あ、だ、め……!」
緩く吸い上げて痕を付けながら、つつと舌で細くたどる。
千尋はこの薄い皮膚のところがとても弱くて、耳許へ向かって舐めながら腰を浅く動かすだけで、
細かい汗を滲ませて、飲み込む唾液に塩気が混ざり始める。
膝裏に手を掛けて脚を広げても、いやだとは言わなくなって、
ほろりと崩れた甘い何かのようになって、
こういう時の千尋だけ、思うように出来る僕だ。
もうできない、ってところまで挿し入れて、擦りつけるようにして揺さぶった。
「やぁ……それほんとに……っ、感じるの……!」
「どこまではいってる?」
「ぜ、んぶ」
「ぜんぶ、ね」
「あぁっ……那岐、やだ、やだもういきそう……っ」
言葉のとおり、締めつけて来る千尋に、飲み込まれてしまわないように、抽送を大きくした。
きしきしと寝台が軋んで、千尋も、外にまで聞こえそうな声を出す。
「あ、あ、……!」
「聞こえるってば」
「無理ぃ……!」
浅い溝に絡めて来た千尋のぬかるみは、僕がするとおりに入り口から零れて、
更にきつく絞り上げて、抜けさせてもくれないから、
先から滲んだ先走りと一緒に、一気に昇り詰めるしかない。
千尋も好きだろうけど、僕もすこぶる気持ちいいところへ、
まるい先端をしっかり埋め込んだ。
「あぁんいっちゃう―――!」
殆ど同時に迸らせてた僕の背に、一瞬だけ、鋭い痛みが走っていった。
「っ……!」
―――酷いことだと思う。
おかげでなんかちょっと残った気がする。
まごう事無く、かりりと引っ掻いてった本人は、
背を反らせて寝台に沈んでくとこだった。
なんか悔しいじゃないか。
自分だけ、思いっきりいっちゃうとかさ。
「いった直後で悪いけど」
聞こえないふうの千尋の、ひくひく震えてるヒダのあいだに、
更に数度、律動させた。
「ひぁ、だ……め!いまだめ……っ!」
「まっ……て、ほんとお願い」
「……那岐?」
怖いくらいに収縮してるそこに、いれたのは初めてで、
こんなになるんだ、って、深いところへ連れてかれるみたいで、
僕は、残ってた僅かのなかみまで、全部を放ってしまった。
「まじで……いましゃべれない」
千尋の、小さい胸の上に、遠慮なしに崩れてしまったから、
つぶしちゃったらごめんって、半分本気で考えた。
そんな僕を、優しくくるむようにして、千尋は髪を撫でてくれていた。
ほんとなら、僕がするべきことなのに、ごめんって、目が覚めたら言おうと思った。
◇
目が覚めたら、千尋は隣で木簡を読んでいた。
「……ごめん」
「あ、起きた」
起きたら謝ろうと思っていた、その朧げな記憶で口をついただけで、
正直何を謝ろうと思っていたのかが定かでない。
こういうのを、寝ぼけているというんだ、たぶん。
「っていうかなにがごめん?足は当たってないよ?」
「……別に。なんだっけ」
「ふふ、へんなの」
笑われて、少し苦い気持ちになって、窓辺へ視線を逃がした。
いつの間にか吊り布は開かれていて、よく晴れた空が目に沁みる。
千尋が開けてくれたのか、と、思い至ると同時に、
『あのかっこう』で窓辺に立ったのか、と、俄に目が覚める心地。
「―――まさか千尋!」
「ん?」
きょとんと振り向いた胸元は、仕立てのいい薄色の衣装につつまれていた。
ホッとすることこの上ない。
「……着てたならいいさ」
「?」
再び、千尋は木簡に目を落とす。
僕は寝返って、ひとつ、距離を詰めた。
こちらはハダカのままな訳で、少し、いやかなり、肌寒いから。
「随分熱心に読んでるね」
「お返事どう書こうかなって」
「返事?」
「だって、中止なんて、さみしくない?」
「……そう?」
「そう」
僕はふうと溜め息をひとつ、これは完全には乗り気でないことを現している。
が、正確には、乗り気でなくても、こと千尋がそう望むなら、手だてを考えてあげたいっていうのがあるから、こうなる。
この、広い世界にたったふたり、王族として生きてゆく片割として、
男と女のうちの、男のほうとして思うことは、
やっぱり、頼りにして欲しい。
「ドカ雪降ったんなら、雪見の会でも催してもらえば?」
「わ、それ楽しそう」
うん、そしてとても寒そう。
千尋が矢継ぎ早に提案する、カマクラ作るにしても、スキーの真似事にしても、
真っ白な情景を思い浮かべるだけで、今から身震いがするほどだ。
しかしながら、それはそれ。
(僕には、千尋がいる)
しっかりと念じて、僕は掛布を滑り出た。
千尋の目のやり場のために、素早く着衣しながら、髪に手櫛を入れつつ数度振る。
それだけで、つるんと落ちてくる、機嫌のいい髪質をしてる僕だ。
「もう行っちゃうの……?」
何が気に入らなかったのか、とっくに着替えているくせに、
千尋は再び掛布にくるまって、蓑虫のようになっていた。
「なに、そろそろ朝議だろ。それまでに案、まとめるよ」
僕は文机の椅子を引いて、先に腰掛けた。
左手に筆を、右手は、千尋を呼ぶのに使う。
「来る?」
「……膝に乗せてくれる?」
「そのつもりだけど?」
「ぎゅってしてくれる?」
「仕方ないね」
羽化した千尋は、ふわ、と軽く浮いて、
背景は舞い上がったシーツと青い切り抜きの空。
そんなだから、拾い上げた木簡まで何かの小道具に変わる。
例えば、待ちくたびれたメールのように。回廊の柱の影でするキスみたいに。
世界は、君がいるだけで、こんなにも甘く切ない。
(要するに、好きになったもん勝ちってことだよ)
早起きは三文の得って、
この世界にも、こんな言葉があるといい。
− Early Birds Get Some Sweets・完 −
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