目をつむるのがもったいないくらいの
まるい空がある
地球はまるいということ
雲がそのまわりを、包んでいるということ
こわれぬよう、晒しすぎないよう
わたしたちは、この地平線の上でまもられている
「んー、これじゃぁ理屈っぽいな。」
どう言い表せば、この感動が伝わるのだろう。
千尋は頭の中をフルサイズまで拡張して
幾つもの言葉を探す。
風を含んで、ドームのように浮き立つ裾が
きゅ、と締まった足首を、ちらりと覗かせているのだけれど
そんなことには気も留めず
あぁでない、こぅでない
ぐるぐる、探す。
千尋が目にするもの、触れるもの、感じるもの
それらの全ては、ワンサイズずつ大きくなった。
身近なところでは部屋がそう。
思いつく、欲しいものを全部運び入れても、余るだけの広さ。
教科書、というには憚られるが、王として知っているべき事柄を学ぶ為の書物なのだから、やはり教科書といいたい――――
――――そう、教科書の厚さもまた、ワンサイズ膨らんだ。
目を配る範囲、忘れてはいけない事柄、相応しい言葉
瞬きなんかしていたら
その間に大事なことを、見落としてしまいそうで
千尋はこうして、地平の彼方を、しきりにしきりに見据えているのだ。
to do LIST
〜Special respect for KOTOKO
☆This story is written under the inspiration of 『421 -a will-』
「もっと千尋らしく考えたら?」
「え?」
「また悪い癖、出してるだろ。」
「………そう?」
隣に那岐が立っているのを、いつの間にか忘れていた千尋である。
そんなことは、とても、言えない。
言えなくとも、それはほんとうのこと。
真南を少し、西へ降りた太陽の下、二人で腹ごなしの散歩に出て
小高い丘までゆるゆると来た。
宮が見えなくなるまでは、手を繋ぐ訳にいかないよ、と、
少しだけ先を歩いてしまう那岐に、背中からつくづくと苦言しながら来たというのに
まるでいないものみたいに、千尋はただの、考えるひとになってしまっていた。
「こんなとこ、連れて来るんじゃなかったな。」
あからさまに不機嫌そうに、那岐は言って、同じように前を見た。
「ごめんね………?」
頭の高さに肩がある。
申し訳なくて俯いたぶん、目線は上に向けてみる。
とんがり気味の、だけどつるんとなめらかな顎の線は、
数ある『那岐の好きなとこ』の中でも上位に入る部分だった。
力を入れない唇も、柔らかそうな鼻筋も
千尋よりも瞬きの少ない目も
甲乙付けがたく、見上げているとドキドキした。
分別ぶってみても、ただの女の子であることに、何の変わりもない
(せっかく手繋げるとこまで来たのに)
こんな風に、じっと目を見開いて、遠くばかり見ているようじゃ
手をとってあげようなんて、思ってもらえなくても仕方がないかもしれなかった。
千尋は小さく溜め息をついて、前を向く。
「千尋は、夕焼けじゃなくても、空見てるとそういう風になるの?」
「何だろうね、なんか、でっかいなぁ?と思って。」
「うん、確かに。」
「那岐も、思う?」
「思うけど、考えるだけ無駄だと思う。大き過ぎて。」
「………そうなんだよね。」
「ほら、千尋らしくない。」
「え?」
「帰るよ。」
翻る背を、あ、と振り返った。
ポケットに手を突っ込んで、歩き出す後ろ姿は、もう見慣れたもの。
あぁ、本当に、不機嫌にさせてしまったのだと、
千尋はふにゃりと萎びれる。
「そこで追っかけて来ないとね。」
「―――――。」
そのまま行ってしまう感を十分に漂わせていたと思ったのに
反して、くる、と向き直った那岐は、千尋に向って左の腕を延ばした。
「何気負ってるの。全部これからじゃないか。」
そんなことを、那岐の口から聞くとは思わなかった。
「全部、始まったばっかだろ。この国も、千尋が王だってことも――――」
――――僕たちも。
「すきなように、やんなよ。」
「―――――。」
千尋が、目にするもの、触れるもの、感じるもの
その中で、いちばん大きくなったのは、このひとかもしれない
だったら、少しくらい寄っかかっても、もう、遠くへなんか
いかない?
「そんなこと言うなら、手、繋ぎたい。」
「繋いだら?」
もう一つ、腕は千尋のほうへ、肘がぴん、と伸びた。
「じゃぁ………繋いだまま帰りたい!」
「本気?」
「本気。」
「じゃ、そうしよ。」
「………!」
それは余りに甘い言葉に思えた。
普通の男の子なら、もっと、たくさんの言葉を知ってるんだと思うけれど
那岐がこうして、ほんの時折
ほんのりこころを弛ませる言葉は、雲みたいに千尋をくるんだ。
こわれぬよう、うしなわぬよう
同じぶんの重力でひきあって
今すぐ飛び込んで行きたいのに、足がぴくとも動かない。
「早く、おいでよ。」
「動けないの。」
「………しかたないね、ほんとに千尋は。」
那岐が、腕を一度下ろして、背を向けて歩いたぶんを戻ってくる
千尋の手をとるために、二人で一緒にすすむために
言葉にしなくても、千尋には、わかるだけの自信がある。
指が、一つずつ絡まってゆくのを、コマ送りみたいに感じられる
千尋と同じか、それより少し白いくらいの、綺麗な手は
那岐が自分でも気に入っている部分だと知っている
それを、いま、かさねて
しっかりと、繋いで
「ほら、帰るよ。」
「―――――ん。」
あぁ、好きが、埋まる―――――
「那岐、走ろっ!」
「っ……ちょ、千尋!?」
本当は、女の子らしく、少し爪先立って頬にキスとか
してもよかったかもしれないけれど
このまま大人しくしていたら、想いが溢れそうで
もしかしたらキスだけで止められなくて
引かれてしまうくらい、恥ずかしいことを口にしてしまいそうで
だから、緩い若草色の下り坂を
息が上がらないだけの早さで走る
急ぐでなく、惰性でなく
これからふたりで、膨らみ始めた未来の、しっぽを掴む。
あなたの手を引きながら、あなたに手を引かれながら
あなたの好きな千尋と、あなたの好きな王に
わたしはいつか、きっと、なりたい
〜Fin
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