◇◇◇
この、決して屈強とはいえない身体の、一際剥き出しの先端が、
殆ど、粘膜と呼ぶ方が近い、あまりに敏感な器官の先が、
同じく、あまたの粘膜の襞の奥に届いたとき、
震えるくらいの水の溜りに触れた。
「く、……ぅ。」
これは僕にとって感嘆の叫びだったが、反して千尋は顔をいっぱいに顰めていた。
「い……たいよ、那岐。」
「ん、ごめん。」
だから、これから、この、
僕に絡み付く、蕩けるようなみずを、
掻き出してあげるんじゃないか。
これ以上、傷つけなくてすむように、捌け口まで少しずつ、
僕が、濡らしてあげるんじゃないか。
だから、痛いなんて、言わないでよ。
どうやって動くのがいいのか、そんなことは知らなかったけれど
ただ、腰が勝手にそのように、動いて
千尋が喉の奥の声を、絞るみたいにあげるのを、
どうしても甘く変えたいという気持ちが向く先に、一度、抜いてはまた一度、
擦っては、挿しいれる。
「っは、あ……っん……」
「……まだいたい?」
「ん……それより……っぁ、」
「なに?」
千尋は僕の背中に、強く腕を回して、鎖骨の間で顔を隠すようにした。
「でも、好き。」
なんてことを言うんだろうと思う。
初めて入れた、熱い粘膜の襞の間で、僕が、どんなことになってるか
知ってて言ってるの?
まだ、優しい動きで耐えられるなんて、まさか思って言ってるの?
「それは、気持ちいいってこと?」
「……そ、う。」
「そう。」
それなら、と、千尋の膝裏を片方、持ち上げて、深く、深く、埋めた。
「あぁ……っ、や、いやぁ……んっ」
埋めたところから、じわりと、なかと同じ温度の液体が溢れて、
つなげる度に、下腹の擦れあうところが、ひどく濡れてゆく。
あぁ、ほんとうに、ひとつなんだと
やっと、ようやく、息が出来る。
全部脱いだとき、当たり前だけど、初めてそういう状態の僕を、千尋は見ることになって
当たり前だけど怖がるから、ちょっとずつ、触らせてるうちに、ちょっとまずいくらいよくなって
『欲しかったものは、これ?』
なんて茶化した。無論、本気で言ったわけじゃない。
『それは那岐のほうでしょう?』
と、千尋が本気で思ってるなら、それはそれで嘘でもないけど
正確には、少し、違うんだ。
『うん、だから貰っていい?』
『……いたくしないで。』
『……また、難しいこと言うね。』
入れたとき、あんなに苦しいと思った千尋のなかは、
その綻びを解いてゆく間に、一度、ふわり膨張したような気がしていたけれど
いま、そこは、届かせる度に、もっともっと狭くなった。
「那岐ぃ……いいの。すごく。」
「そんなこと言ってるとさ……」
「え……なんか……あ……なんかおっきい?」
「……そうはっきり言わないの。」
僕が膨らむぶん、千尋はまた狭くする。
だから、多分、千尋が一番感じてるところが、また、僕に近くなる。
動いたぶんだけ声が切なくなっていくのを
僕は千尋の中で、聞いてるしか出来ない。
「あっ、あっ、那岐、だめ……そこは……だめ。」
「だめっていわれても。」
―――――どうすればいいんだ。
深いのがそんなにも、良過ぎて恥ずかしいって言うんなら
一つ、浅く、引いてきて、もう一度、ほんのまるみのぶんだけを、入れても
そこは、あかく腫れ上がるような弾力でもって、僕を奥まで連れて行くのに。
そして奥は、さっきよりずっと、灼けつくように絡まってくるのに。
「っ―――――や、もう、そこはいや……!」
「ここにしかいかないんだよ。」
「なん……で……ぇ……?」
「いいんじゃない?素直にそこが感じるって言いなよ。」
「―――――っ!」
茹で上がった何かのような顔をして、きり、と睨んだ千尋を
直上から見下ろしながら、その乱れた前髪を手で梳いた。
言った台詞は酷いもの、千尋が言葉に詰まるのも、無理ないのをわかっていた。
だから、せめて髪くらい、優しく触れてないと
そのうち僕は、壊れるくらいにしてしまいそうで。
「ねぇ、ここ?」
わざわざそこを、とん、と突いて届かせた。
「ひぁ……!」
千尋は激しく声を上げて、流石に周囲が気になって、仕方がないので口付けた。
そうしながら腰を動かすのは、余り簡単ではなかった。
簡単ではなかったが、ひどくいやらしくて扇情的で、早々やめてしまうのは惜しかった。
行き場のなくなった声を、なんども、必死に飲み込んでいた千尋が、
次に薄く、蒼い目を開けたとき、下の睫毛の生え際に、涙が滲んでいるのを見た。
胸がちくりと傷んだ訳は、罪の意識というよりは、やや感動に近かった。
好きな子が、僕がすることで、泣くくらいにいいなんて知ったら
不謹慎にも、もっと泣かせたいって思うじゃないか。
汗でしとどに濡れている、細い項に手を入れて、
唇が離れても喉のところに、千尋の口もとを埋められるようにして、抱きしめた。
キスを緩めると、千尋は堰を切ったように、激しい息を継いだ。
そして、既に力の抜け始めている身体は、くたりと柔らかになっていて
僕は予定通りに、喉のところにその頬を、おさめることができた。
そう保たないかも、ということを、先に謝って、
ゆっくり、浅く動いた。
それでも十分に、溢れて来るもので、僕のは先から根元まで濡れて
それを挿し入れたところから、流れて、折角千尋が編んだのが、きっと申し訳ないことになっている。
でも、いいんだ。
それはもう、僕が、貰ったんだから。
耳許で漏れてくる吐息でさえも、危ないと思っているのに、時折堪えきれない声が混ざって、
甘い、甘過ぎる痺れに先端が震える。
「千尋……、も、やば……いんだけど。」
「ん……私もすごく……いい。」
千尋のと、僕のが、きっと中で混ざっているから
流れるものはどちらもの、みず。
君が欲しかったものを、僕は、これでちゃんと、あげられたのかな。
「ねぇ、感じる?」
「や……いい……っ……よ?」
「そんな言い方じゃだめだよ。」
「やっ、……やだったらぁ……!」
もう、どっちにしてもすぐだと、僕は殆ど開き直って
緩めていた抽送を、しっかり狙いをつけたものに戻した。
まるい先を圧し入れると、きゅ、と狭くなって、絞られるところ。
千尋の事は言えないくらい、届くと、僕もとても、感じるところ。
「ちゃんと言いなよ、感じるって。」
「っ、あっ……那岐ぃ……。」
「ここが、感じて気持ちいいって。」
「そんなの……いじわる……しないで。」
言って、なんて言ってるけど、本当はそれが目的じゃない僕だ。
千尋がそれを、どうしても言葉にできないことくらい、わからないくらいの僕なら
きっと千尋は、僕を好きになったりなんかしなかった。
僕は少なくともそれくらいは、千尋のことを見て来たつもりでいる。
「これでもまだ、言わないの。」
「おねがいだからぁ……」
「ま、殆ど言ったみたいなもんだけどね。ほんと、なか濡れ過ぎ。」
「っ、そんなの、知らない……!」
煽る毎に、熱くなる体温を、感じていた。
もう、この狭いところに埋めておくのが、限界なのも、知っていた。
もう、どうにでも、なって。
と、半ばサディスティックに突き上げたところに、溶かされるかと思った。
鼓動と同じ間隔で、しなやかに、たおやかに、僕は確実に、ひとつずつ締め付けられてゆく。
当たり前だけど、そんな感覚は初めてだった。
「千尋も、やばいんだ?」
返事の代わりに千尋は、僕の、動脈の上を、噛み付くように吸い上げた。
その痛いのと、きっとあかくついただろう痕を、明日どうやって隠せばいいかということで、
幸い一瞬だけ最後が延びた。けれど、一瞬でしかない。
覚悟を決めて、張りつめて脈打っているものを、もういれられないところまで、ぐ、と圧したら
痛かった項は解放されたけれど、同時に、千尋の身体はひどく波打った。
なめらかで白い胸が、必死に腕から抜けようとするのを
きっと、僕は手離してはいけないんだ―――――
抱き寄せようとして、明らかな苦言。
「いやぁ………っ!」
「何で、いいじゃないか、見せてよ。」
「あ、あ、もぅ、だめだったら……!」
水揚げされた直後のサカナみたいに、千尋は僕の腕の中で暴れた。
それでも、一度も、動きを弱めたりはしてあげなかった。
そんな気は、1ミリもなかった。
「那岐、もう、い……いく……の。」
「知ってる。」
「そんな………」
「見たいんだよ、千尋が、イくとこ。」
そう言って、今にも泣きそうな瞳と、目を合わせたとき、
千尋の中が、蠢く何かみたいな動きをさせて
僕をひと巻き、ふた巻きと、擦って絞っていった。
「―――――っん……っい……っ!」
「っん……ちょ、っ千尋……!」
それは、鮮やかに僕を飲み込んでいった。
津波の始点へ連れて行かれるみたいだった。
その原動の力をつくった、限界の千尋を、余裕で眺めてるなんて、とてもじゃないけどできなくて、
せめて放り投げられてしまわぬよう、必死で、千尋の身体を抱きしめる。
僕は、殆ど一つも動かせないまま、千尋のつくるうねりだけで、
まるで雪崩にでも、あったみたいな、どうすることもできない加減でいってしまった。
噎せ返りそうに、込み上げる、早くて深すぎる呼吸。
真正直な、冬の空気に晒されて、こんなに熱くなってるなんて
僕が寒がりなのは、生まれて死ぬまで、きっと永遠に変わらないのに
好きなひととつながったときの身体は、いつもと、どこが違うんだろう。
その答えを、僕は今日、君にもらった。
僕も、同じものを、あげられたんだろうか。
『私が一番欲しいものを下さい』
それは、千尋にしかあげたくないもの。千尋にしかあげられないもの。
千尋と、僕でしか、起こせない反射。
『僕が一番欲しいものを、下さいって書く。』
千尋も、同じことを考えてるといいのに。
まだ熱い身体が、ほんのり、冷えてしまう前に、
千尋がつくった手編みの毛布みたいなものの、端っこを引き寄せて来て
もう一度、今度は裸で、隠れるようにくるまった。
この、とても体育会系とは言えない、ぺらい胸の中へと、ほそっこい腕で抱いて
少しずつ、ゆっくりになってゆく呼吸を感じている。
あぁ、あったかい。
今頃になって改めて、千尋の身体はあったかいんだって
そっと、腕を撫でて、やっと、その細胞の肌理の細かさとか
手首を握ると、手のひらがかんたんに一周して、親指と中指が合わさって
あぁ、こんなに細かったんだって
ほんと、今頃で、ごめん。
いたくして、傷つけたのも。
でも、わかって。
これは、僕としか、起こせなかったいたみ。
長く、長く、これからずっと、君と一緒にいるんだけど
君としては、その『ずっと』が、どれくらいの間だと意識してるか知らないけど
もしかしていつか、僕を、好きとは呼べなくなったとしても
ねぇ、それでも、これだけは、たったいちどきりの、いたみ。
だからほんとうに、僕は
世界でいちばん欲しいものを、貰ったんだ。
◇◇◇
そして、天翔る船の、数多張り出した正方形の窓の、
全てのあかりが沈む頃、雨はやがて上がっていた。
漆黒の、水彩絵の具を溶かしたさらさらの水を、
蹴躓いてこぼしたみたいな、晴れた夜空は薄い空。
その輪郭に沿って、透明の、冷えた空気が一筋、流れた。
宇宙よりも、ぜんぜん幅のないその透明のベールは
あとからあとから流れ来て、とえはたえにも、重なって
そして、やがて星まで凍らせるような、水蒸気の群像になる。
その重みに耐えられず、空は、一つ、また一つ、群れをほどいて氷に変えて
ゆっくり、ゆっくり、落としてゆく。
一番の陽のひかりに 撫でられて、氷の粒は些細な結晶にまでちいさくなって
重力のままに、地上に、届く頃。
張り出した窓辺でただひとり、そらを見ている少女の目に
それは、白いわたげが降って来たように、映った。
「あ。」
たった一枚の、小さな小さなわたげは
その、冷えのぼせた薄紅の頬の上で、ほろりと崩れて溶けた。
「ゆき。」
そう、少女が呟いて、窓辺から隠れてしまうまでは、ほんの僅かのことだった。
雪に瞬きが出来るなら、ほんのその間に、少女は吊り布を揺らして見えなくなった。
そして、それを皮切りにして、わたげはそらいっぱいの群像になって、後から後から降ったのだ。
「あーぁ、せっかく雪が、降ったのに。」
不揃いの編み目を、抱き込むようにして、
大好きな、寒がりのひとは、肌色の肩を上下させていた。
ほんのついさっきまで、抱き込まれていたのは千尋だったのだけど
一度目を開けたら眠れなくて、そっとその胸を抜けて、
脱がされた時のままの夜着も引き抜いて、皺を伸ばして着てから
窓辺の吊り布を細く、開けたのだった。
そう、二度寝が難しいくらい、あまりにしろいそらだったのだ。
「………起きてくれないなら、うん、いいかも。」
千尋は夜着の合わせを確かめて、跳ねるように、しかし足音を立てぬように、
気遣いながら部屋を出た。
しかしその割に、すきま風が入るように、少しだけ窓を開けておくのも、忘れなかった。
大好きな、寒がりのひとは、
こうしておけば必ず、そう遠くない未来には、迷惑そうな顔で目を覚まして、窓を閉めに、来るはずだ。
そう踏んでいた。
そのひとの部屋の、直下。
初めて、任務でない理由で一晩も空けた、ひんやり静かな自室に戻った。
「急がないと、那岐が起きちゃう!」
決して広いとはいえない部屋を、千尋は走る。
ベッドの脇に立てかけている、可愛い花の飾りのついた蒼い弓を、片手で抜き取って更に走った。
こういうことでもなければ、この先、使うこともない事が、ほぼ決まっている弓である。
そして、中庭へ繋がる扉を開け放った。
「よぅし。いい感じに積もってる。」
その、白くひらけた中庭を、おっきなキャンバス、という、と、
千尋は勝手に定義して、凛、と背筋を伸ばした。
そして、胸の前で、弓の弦でない方を、まるで大きな筆でも持つように、両手で抱えた。
足をひとつ、踏み出すと、キュ、と靴底で雪が鳴いた。
腰を屈めて、花のついた弓先で、降り積もった雪に、筋を引いてゆく。
目線は常に下向きで、しかもうしろ歩きになるから、うっかり滑ってしまわぬように、
細心に注意せねばならない。
今からこの、白いわたげを掻き分けて、書こうとしているものは、
大好きなひとの名前だから
それに余計な濁点を、つけることはできない。
せめて二文字目までは、絶対に、転ぶことはできない。
すきま風の、寒さに震えて起きて来たら、窓を閉める、ついででいいから
あなたの部屋からなら、見えると思うから
この、白い中庭のキャンバスを、どうか見つけて下さい。
欲しいものは、ちゃんと、貰ったけれど
去年、くしゃくしゃにまるめて見えなくした、初めて書いたクリスマスリストを
いま、幾千%まで拡大して、あなたに見せてあげようと思うのです。
寝ぼけ眼でもはっきりと、見えるように
おっきくおっきく、書こうと思うのです。
しみじみと凍えてくる、剥き出しの両手。
髪の間に入り込んだ雪がじわじわ溶けて、頭頂からまるごと冷えてくるみたいな気がする。
弓の先が覚束無くて、線がちょっとかくかくしてきたけれど。
うん、きっと、よめなくはない。
『なぎ』
ここじゃよく解らないけれど、多分、上の階からなら、何とか。
カリカリ、と、最後の濁点を、引いて。
「よし。」
ポン、と、蒼い弓を、雪の中へ放り投げた。
そして、くるり、翻って、先程やや開けて来た窓を眺めやり、大きく息を吸い込んだ。
「――――――っ、なーぎー!」
近所迷惑だよ、って、怒ってもいいから。
この、二文字が、新しいわたげに隠れてしまう前に、
どうか、この、リストが
起き抜けのあなたの世界に、届きますように。
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