縁側―――というよりは、切り出した板を、並べて打ち付けたものの連続。
戸袋付きの雨戸が両端についているので、辛うじてそう見えなくもない、というだけのものである。
厚さも幅も不揃いで、色だって薄いのや濃いのや、真ん中に木目がしかとついてしまっているものまで、
本当にこれを、縁側と呼んでいいものなのかどうかはとてもあやふやだった。
とはいえ、縁側について望美が知っている全ての知識は、
「将臣くんちのは、ほんっと立派だったなぁー。」
ということくらいではある。
そして、『ここ』もまた、『将臣くんち』と呼べない訳でもないとすれば、
この、不揃いの板敷きの空間もまた、そのうち立派に見えるようになるのかもしれない。
つなぎ目がごつごつするから、なるべく一枚の板の上に、
背中がぴったり嵌るようにして寝転がった望美は、熱帯の風に吹かれていた。
背に敷いた髪は、腰のあたりから毛先がのぞいて、そよそよと木の上を滑る。
足は庭へ向かって投げ出して、ぶらんぶらんと動かしている。
目の、ずっとずっと先、高いなんて言葉では、少し足りない場所に、
いつものように、あおい空と、メレンゲが消えかかるときみたいな雲がある。
言葉にすれば、とてもいい天気。
そう、毎日こういう、いい天気だ。
布を適当に切って、ワンピースのような形に設えた、白いものを着ていた。
この島へ渡ってきた頃は、袖もあったし、丈も幾らか長かったのだが、
そのうち袖は切り落として、肩のところで結ぶような感じにして、
裾も膝上結構な位置まで短くした。
だって、そうでないと、何度も着替えて服が足りなくなるくらいに、
汗でじとじとになってしまうのだ。
「エコエコ。」
離島では資源も殊更大事なのである。
そんな心もとない裾を、ひらひらと温い風がそよがせており、
足元に佇む者、特に若い男子などがいるならば、なんとも大サービスな景観であろうが、
家中の皆が出払い、お留守番の身の上なら、特に憂慮することもない。
「んー………っ!」
大きく伸び上がった腕は、既に一皮むけて白く戻っていた。
身体とは上手く順応するもので、今ではこのようにノースリーブでいても、
はじめの頃みたいに腫れたりしない。
日焼け止めも、ローションもない世界だけれど、私はここで生きていける、と、
なんだか少しだけ、自信がついた気がする。
「けど、ヒマな訳だ。」
だから独り言もクセになる。
「んなら手伝えよ。」
独り言のはずなのだが、という怪訝さと、聞かれた気まずさが同時に望美を襲った。
「………将臣くん?」
「仕事ならいくらでもあるぜ、――――っとぉ、ここいいか。」
「え……」
許可を出したつもりはないのに、将臣が隣へどっかり腰を下ろす。
機嫌良くそよいでいた桜色の毛先が、その尻に敷かれているのだが、
果たして彼は気付いているだろうか。
動いたら根元で引き攣れてしまうから、望美は必然的に、その場へ張り付け状態である。
「だって今日はお留守番なんだもん。」
「こんなとこで空き巣も何もねぇだろ。なんでこう平家のやつらってのは、いつまでも都気分が抜けねーかな。」
「それでも、女の子一人邸に置いて、っていうのがOKになったんだから、進歩だと私は思うけどな。」
「そうかぁ?」
そうだよ、と、視線を空へ戻した望美だったが。
すぐの後に、視界は翳り、ぬうと直上から、将臣が覗き込んだ。
「ひゃ……って、いっったぁぁ!」
反射的に身を竦めた拍子に、髪の根っこが引っ張られてしまったのだった。
気を付けないと、と思っていたのに、大変悔しい。
「っ、いきなりどした?」
「それは将臣くんのほうでしょう、いたたた。」
「だから、何が痛いんだよ。まだなんもしてねぇぞ。」
「髪の毛っ!お尻!」
「んあ?」
将臣は、言われた箇所を順番に確認し、すぐに腰を浮かせたのだったが、
望美にとってはかなり長い時間に思えた。
「んもぅぅ……。」
「んなむくれんなって、悪かったよ。」
「………もぅ。」
将臣は、背中をまるく屈ませて、尚も渋い望美の顔を、溜め息混じりに両手で包む。
いとしい彼女を怒らせてしまったにしては、やや余裕の表情だ。
そして、かなり近い。
「やっぱ、こうしなきゃダメか。」
「っ、こう、って?」
「みたいだな。」
「ま、まさおみく―――」
唇は、しっかりしっかりくっついた。
目を閉じることもできないような性急さ、将臣が、こういうキスをするときは、
(これだけで終わらないことが、多いんじゃなかったっけ。)
そうなんじゃないか、と意識したとたんに、キスのあまみが増した気がし、
下腹にうんと力が入る。
そうしないと、きっと、これだけで、ゆるゆると流されてしまう。
「ん………っ……」
縁側でするには、恐らくとてもそぐわない体勢へと、将臣が徐々に重なってくる。
ふたりの着ている薄い生地が、合わせた胸の間で衣擦れる。
ひどい音を立てて吸いあっている自覚はあるが、誰もいない、と思うと止められない。
「あ……っん将臣、くん……ってば……っん……!」
心に反して制止の言葉を繰り出しても、合間あいまで喘いでは、説得力が皆無。
将臣の、少し伸びすぎた前髪が、角度を変える度に首筋を這って、
気温の所為ではない体温の上昇を感じる。
口腔を絡めとるみたいに、舌先が幾度も差し込まれて、
飲み込む液体がどちらのものか、甘すぎてもう、わからなくて、
力を入れたはずの下半身が、知らず緩む。
だめ、濡れる。
「ね、ぇ。」
「んー?」
とめどなく零れて来る気配を、投げ出した膝先を擦りあわせて耐えているのに、
将臣はキスをやめない。
それどころか、捻るようにして浮かせていた下半身を、望美のほうへ寝返らせるから、
その、かたくなっているのが、ぴたりと合わせられた。
「あ……っ。」
将臣は着衣の上から、先の部分を押し当てる。
脱いだならそこへ入れる、というところを、遊ぶみたいにしてつつくのに、
中の下着がくちゅくちゅと滑ってしまう。
「望美。」
「ん、ん……ねぇ、もう……」
「お前が留守番だって、聞いたからさ。正直仕事になんねーんだ。」
「あっ、ん!」
「邪魔者ゼロ。だから……さ。」
将臣の先はとても熱くなっていた。
その感触だけで、かたちまで感じるように、なってしまっている。
いつの間にか、そんなふうに、されてしまったんだ―――――
――――私はここで、このひとに。
「やって、いーか。」
ほんとうに、熱があるみたいな声で言う。
その、辛そうに掠れた声紋が、望美の中で、いちばんやわな心の底を、
ぜんぶ、ぜんぶ、もってゆく。
「聞かないで。」
「―――――そっか。」
そして、せめてもと、雨戸の影へ、鬼にでも追い掛けられるみたいにしてなだれた。
端の柱に手を付いた望美の、後ろから将臣が覆い被さる。
太腿の真ん中あたりまで下着を降ろされて、早くもまるい、ぺたりとするものがあたった。
「うっすい服って、こういうとき便利だな。」
「も……、はや、く!」
「急かすなよ、入れるとこ間違えるだろ。」
「………。」
せっかく、今の今までいい感じだったのに、という瞬間は、
将臣とこういうことになった場合、何度かは諦めねばならぬことである。
けれど、いりいりしても、ちゃんと正しい箇所へ、ぐぅ、っと入ってきてしまったら
やっぱりあまりに、気持ちいい。
高さのあるところが、狭い入り口を擦るときの、あ、はいってく、というときが
いく時よりも、いちばん官能的だと望美は思う。
「や……ぁ……っ」
「お前、こんときの声、いちばんやらしい。」
「だ……って……!」
「すっげぇ、好きだ。」
ゆっくりと奥へ差し入れながら、背中と胸をくっつけるようにして、
将臣は、顎の先を望美の首筋に埋める。
唇で緩く吸っては、絞るような声を引き出してゆく。
「んはっ……ダメ、だよ、痕ついちゃう。」
「つけてんだろ。」
「そんな……っ」
「俺と、やりましたって、モロバレだな。」
言って将臣は、浅い抽送で揺さぶる。
先まで引いて来る度に、とろとろとぬめる液を掻き出して、
望美の足の付け根から、つつと零れ落ちる。
前より少し、大きくなった気がする胸は、それだけでなくて前よりずっと感じやすくもなっていて、
手のひらで寄せて、指の腹でさわさわと撫でられるだけで、
服の上からでもわかるくらいに、つんと角が立ってしまう。
「お前濡れすぎ。」
「だって将臣くんが……!」
「俺がどうしたって?」
「ん……っどれか……ひとつにっ……してよ……」
いれられながら、唇が首筋を、手が胸を、一度にたくさんの疼きを相手にするには、
立ったままの姿勢が辛かった。
「そりゃちょっとタイミング悪いな。」
「え……?」
「もう一つ、増やしてやろうと思ってたんだよ。」
一段低く、更に甘くなった声に竦んだ。
将臣は、片手を自由にして、腰の括れから翳りのほうへ、下降させる。
「い……いや……ねぇそこは……っ」
いやな予感は的中して、指先は緩いわかれ目を這い、中心の芽を摘んだ。
「は……っあぁ……んっ!」
「こんなに濡らして、早く言えって。」
「や、やぁっ……!」
言われたように、とても滑りよくなっている所為で、そこはおもちゃみたいに、
将臣の思うままに翻弄される。
くりくりと、微妙な力で転がされると、中へ、中へ、波紋のように、
こそばゆい痺れが増幅する。
「あ、あ、あ」
繰り返し挿しいれられる、まるい部分が埋まるところに、繋がってでもいるのだろうか、
指で、それで、擦られるごとに、中が熱くなってゆく。
誰もいなくてよかった、理性ではどうにもならない声が、あとからあとからついて出る。
「もう、ダメだよ将臣くん……っ」
「お前早いだろ、俺置いてくなよ。」
もう、ほんとうに――――
蝋が溶けて、落ちるように、一つずつ灯ってゆく快感の点。
それを、一本の線で、浅く、時に、深く、括れたところが擦るから、やがてぜんぶで感じてしまう。
どこをどうされても、最早望美はただただ上へ、極まるところへ連れられる。
「ほんと……に、どうにか、なっちゃいそう」
「とっくになってる、な。」
「全部、将臣くん、なの――――あ……」
額の裏が、白く、白く。
手の力が抜けて、ずるずると柱にしなだれてしまう身体。
「―――っと、抜けちまうだろ。」
将臣が、胸から掬い上げるようにして、腕を回して支える。
そして、最もの奥へ、届かせた。
「っ、い………くぅ……」
水に棲む何かのように、しなやかに反る背中は、
綺麗な弧の軌道で、将臣の胸に沈んでゆく。
酷い動悸が打つとおりに、びくびくと跳ねるのを、将臣は抱き竦めて更に奥へ。
「これ……ひでぇ……っ」
絞られるみたいだ、と、本当にそのような声で言ったのが、
薄れてゆく意識の底へ沈んだ。
◇◇◇
おーい。
今度は呆れたみたいな声で、呼ばれた気がした。
「おいおい。」
おでこをつん、とつつかれて、望美はふと、浮上する。
瞼の裏に映っていた、ハチミツのような色からも、それは明らかだったが、
いざ目を開けたときの、真っ白な光は痛かった。
「んんーーー」
手の甲で遮って、少しだけ隙間をつくって、
呼ぶひとのほうへ視線を向ける。
庭に足を投げ出した隣、胡座ですわって、待ちくたびれたみたいな顔をしているひと。
「あれ、ここで寝てたっけ?」
「おま、自分でここがいいっつったんだろ。」
「え?」
深酒のひとが、次の日に聞かされる恥ずかしい話というのはこういう感じだろうか。
「だから、ヤっただろ?でもってイってぇ、」
「ままま将臣くんっ!」
「あ?」
もう少しオブラートというものを持てないのだろうか。
物心がついた頃には既に隣にいたひとだが、
こういうところが故意なのか天然なのか、いまひとつ量れない望美である。
「……それで?」
「んあぁ、ガクガクの腰で下着つけて、髪の毛ボサボサのままここまで這ってきて」
「………。」
「そこじゃ明るいだろ、って一応止めたんだが、いいんです、力つきました、つって、寝た。」
「………ふーん。」
あぁいうふうになってしまうと、そういうふうになってしまうのだ、と、
かなり知りたくなかった自分の一面である。
「ま、いいんじゃねぇか?お前らしくて。」
「そんな。」
「俺の前で、かっこつけるだけ損だぜ、って、言っただろ、前も。」
「………そうだけど。」
確かに、それで、がんばれた。
擦り切れるほど願った想いは、いま、この島でかなっている。
夢から覚めても、将臣は望美のそばに、ここに、ちゃんと、いてくれる。
「将臣くんでよかった。」
「だな。」
「うん。」
それから、女の子がひとりで留守番をするのは、やっぱ考えもんだというような話をして、
将臣はすくりと立ち上がった。陽に灼けた手のひらが、望美に向かって伸びていた。
「ほら、さっさと立てよ。」
「いいのかな、ほんとにお留守番。」
「空き巣より、俺みたいなエロいやつが、入ってきたら困るからな。」
「―――――確かに!」
望美はぴょんと縁を降り、大きなその手を握りしめる。
「あ、それ、首の。いいのか?」
「ん、いいや。」
「そっか。」
もう、ずっと、ずっと、決めているのだから。
将臣が、行こうというところへ、迷いなくまっすぐついてゆく。
将臣が、つくるあしたへついてゆく。