中つ国、官軍詰め所。
――――に至るまでの、長い廊下の柱の影で、
千尋は息を殺しながら、兵たちの動向を窺っている。
何処からともなく吹き渡る、初夏の爽やかな風に、
あかい、大きな裾がなびいてしまうと、隠れている意味がない。
だから、両の手のひらで、そっと押さえておくことも忘れなかった。
「ひとり、ふたり……」
それぞれに身支度を整えて、持ち場へ出て行く者の数を数えている訳である。
最初はそのように、向上心豊かな者が我先にと早足に行くのを、
数えることも出来た。
が、数少ない彼らが途絶えたあとは、蜘蛛の子の集団がわっと出て来る。
「わ……!えと、十二、十三じゅう―――ってもう知らない!」
とても数えきれなかった。
それから、のんびり屋さんと思われる最後の兵が途切れるまで、
いまかいまかと待っていると、やがて廊下はしんと静かになった。
「みんな行った。」
事実、数はどうでも良かった。
要は、その蜘蛛の子の中に、今日こそ、あるひとの姿が紛れていないかどうかを、
確認したかったのである。
葛城忍人、官軍の頂点の、そのひとの姿が。
果たして今朝も、柱の影で溜め息をひとつ。
今日こそ、と言ったように、千尋は長く、待っている。
『将軍』であったのを、『大将軍』へと引き上げたのは、この春立った王たる千尋が、
最初に行った叙勲である。
『大』までつければ、彼特有の向上心というものを遺憾なく発揮して、
気からといわれる病など、その前向きな心持ちの中に溶かしてしまって、
明日はきっとこの宮へ、元気な姿を見せてくれるはず――――
――――千尋のために、あるべき命をけずって、戦い抜いたひと。
そんな忍人を、朝が来る度もうずっと、脳裏に浮かべて待っているのに。
まだ、一睡の夢である。
千尋は、柱の影を出た。
こくこく、と、木靴の底を鳴らしながら、詰め所の重い扉をうん、と押し開く。
全て出てゆくのを確認したのだから、無論、無人である。
ほっと安堵の息を吐いて、湿気のたまる室内へ、足を踏み入れた。
男所帯というのはこんなものである。
高校の、クラブ活動の部室なんかも、女子でなく『男子○○部』であればきっとこういう匂いがしそうだと、
あの頃想像しては敬遠していたままの匂いだ。
折角、気持ちいい季節なのに、誰も窓を開けようと思わないのだろうか、というような。
その窓辺に、ずらりとかかっているのが先程出て行った者達の普段着で、
ここで隊服に着替えたあとは、こうして吊るしておくことになっているようだ。
窓を開けなければ、特に窓辺である意味がない気がし、
千尋は服のあいだを掻き分けて進むと、おせっかいながら、端のほうを少しだけ開けた。
長く停滞していた詰め所の空気が入れ替わる。
風が、最初に巻き上げて、千尋の頬に滑らせたものは、厚い藍色の隊服だった。
衣替えのあとの、薄い普段着が並んでいる中で、
未だ一つだけ、冬のままの生地。
一つだけ、着られないでここにいる、隊服。
千尋は、衣紋掛けからそれを、滑り落とした。
「忍人さん…。」
ぎゅ、と鼻先を押し込んだ。
(そうか)
閉め切ったままだったから、まだ、彼の匂いがする。
知っていた訳ではない、が、これが、忍人の。
何も飾らない、真っ正直な、彼の匂いだ。
千尋はやや、躊躇する。
開けたばかりの細い隙間を、もう一度、閉め切ってしまうべきか。
そうでないと、きっと今日が終わる頃には、太陽の匂いに置き変わってしまう。
それくらいなら、この服を、自分の部屋に移動させてしまって、
自分の匂いにしてしまうべきか。
「うーん。」
いや、きっと、どちらも不正解だと思った。
これは、ここで、彼の帰りを待つべきで。
その時までに、カビになったりしないように、やはり、ちゃんと陽に当てて。
空梅雨もいいとこ、すごくいい天気だから、きっと、よく湿気が抜ける。
涙の痕を付ける前に、掛けるべきところへ掛けて、少しでも風当たりのよいようにした。
あぁ、よくなびく。
あの匂いが、風に溶けてゆく。
「ねぇ、早く、来てくれないと、もうすぐに、消えて―――」
いや、こういう感傷は、彼の好みにきっとあわない。
千尋は表情を作りなおした。
どうすれば、好きといってもらえるか?
「うん。」
忘れそうだと言うのなら、覚えにいけば、よいのだ。
たった今からあの人に、あいにいけば、よいのだ。
大将軍の地位だけでは、回復も覚束無いと言うのなら、
やっぱり、私でないと、元気が出ないと言うのなら。
「そんなことは、聞いたことがないけれど。」
未練がましく、藍色の裾に向かって、ひらひらそよぐ衣装など
脱ぎ捨ててしまって、彼の知っている、服を着て、
例えば走って行ったらば、どれくらいで着くだろう。
廊下は走らない、知っている。
女王は慎み深く、それも知っている。
「あ、ちょっと姫、どこ行くんですかー?」
何処からともなく風早の声が呼んで、好機とばかりに張り上げた。
「今日は村を視察します!暗くなるまでには戻ります!」
あとのことは、何とかして下さい。
おねがいだから。
久しぶりに着た戦装束は、まるで何も着ていないみたいに軽かった。
懐かしい声で呼ばれた気がした。
忍人は、ふとその方向へ、顔を向けてみる。
並び立つ庭木が途切れるところ、外からも入って来られない訳ではないが、
彼女がそこを通り抜けてここへ来る、なんていうことが、
起こるはずがない、そう思って視線をもとあったほうへ戻した。
気分よく目覚められる日がここ何日か続いていて、今朝はすこぶる調子が良かった。
本調子に戻りつつあることを自覚し、まくらをごろんところがして起き上がると、
溜まりに溜まった洗濯物が目に入り、これでは流石にまずいと思って手を付けたのだった。
「とは言うものの、だ。」
家事には向かないと、改めて思う。
半時間ほどこうしているが、
竹の編みかごには、絞ったままの衣服が未だもりもりと残っている。
そして、竿はもう満杯に近く、どちらの端にもさほど残りがない。
「………どうしたものか。」
「軽率だ!」
突然掛けられた高い声に、何ヤツ、と再びその方向を向いたというのに、
刹那に敵意が喪失した。
「きみは…。」
「ふふ、びっくりしましたか?」
先程から、彼女の声がする、と、そんな気が何度もしていた。
だから、驚いたと言うよりは、やはり、と言うほうが当たっている。
が、突如自分の口癖を使って、庭先からひとりで侵入したということについては、
苦言せざるを得ない。
「軽卒は君だ。供は。」
「ひとりです。」
「……君は自分の立場というものを未だ」
「この恰好なんですよ、それに力一杯走って来たんです。誰も王だなんて思わない。」
しかし、と続けようとするのを、千尋は遮って駆け寄ると、
ひょいと竹籠に手を入れた。
「わ……これ、ちゃんと汚れ落ちてるんですか?」
そう言われてしまうと、返す言葉がなかった。
「それにこんな干し方じゃ、しわしわのまま乾いちゃいますよ。」
「あー……その…、まぁそうだな。」
「わかってるならこうやって、」
千尋は、ぱんぱん、といい音をさせて、広げた衣服を膝で打った。
「ね!」
「なるほど。」
そうして、竿に引っ掛けたものを一旦下ろし、同じように繰り返しては平に直して行く手際、
その慣れた仕草と楽しそうなさまが、忍人を釘付けにした。
「元気そうで良かったです。」
「……あ?」
「あ、って、忍人さんのこと。」
「あぁ、そうか。」
千尋はいつでも、急に話題を変えてしまうので、忍人がついてゆくのにはやや難があった。
その横顔に見蕩れている最中の忍人なら尚更である。
「もう夏になるのに来ないから、このまま治らなかったら、どうしようって、思って。」
「俺を案じた、というのか。」
「当たり前じゃないですか。」
「……?」
当たり前、と言われても、心当たりがなかった。
いや、病に倒れた友を思うのは、人間としてあるべき道理だが、
千尋の、少しばかり痛々しい声音からは、それ以上の感情が滲んでいる、
そんな気がして、それにはしかし心当たりがないのだ。
「明日には出ようと思っていた。折角、大将軍にしてもらったのだからな。」
「え!じゃぁ、」
振り向いて、ぱっと、花が開くように笑う。
それに、どういう顔をして返せばいいのか、戸惑うほどの笑顔だった。
こういう気持ちは、忍人だけが、秘かに持っていれば良いものだ、
そう、ずっと思っていたのだった。
「あぁ、君が心配することは、もうない。」
なるだけ安心させようと思って、そういう顔をしたつもりだったが、
反して千尋は、顔を歪めて涙を落とす。
「――――何故泣く!?」
「だって、だって……!」
病み上がりの身体に、全ての重みを預けられ、
一歩後ずさりそうになるのを堪えて抱いた。
腹のあいだに挟まれた、洗いざらしの衣服から、しみじみと水気が染み込んで来る。
冷たい、いや、暖かい
――――どちらだ。
「服が濡れる。」
「いいんです。」
「……だが俺には着替えがない。君もかも知れないが。」
「……全部洗っちゃったんですか?」
「そうだ。」
「……忍人さんは軽率です。」
「口癖にするだけのことはあるだろう?」
「ふふ。」
じわじわと、染みを広げてゆく夜着の、胸のところから、
くぐもってひびく彼女の声が、心の臓のなかみまで、届いて身体の末端へ網羅する。
膨張する。
忍人はそのまま千尋を尻から抱えてしまって、
縁の飛び石を踏み戻って、共々邸へ隠れてしまおうと、この一瞬で決めてしまった。
「あ…ねぇ、忍人さん、まだ洗濯物がたくさん―――」
「濡れたものを、長く着ているのは良くない。」
千尋は、上下に軽く揺らされる、地に足の着かない空間の中で、
はた、と忍人の目を捉える。
そして、右手に握ったままの洗濯物を、押し付けあっている下腹から、ぎぎぎと引き抜いた。
「……これのせい?」
「こんなことになるのなら、早く干しておけば良かったな、と思っているか。」
「うん……。」
「幸い、好ましいほどの陽気だ。脱いでしまえば、終わる頃には乾くだろう。」
「――――え。」
何かに気付いて、ばたばた、と、今になって慌てても遅いのである。
暴れれば暴れるほど、腰にまわった忍人の腕から、隙間が抜けてなくなっていく。
陽の当たる場所はいつか縁側を抜け、屋内の匂いがしていた。
「あ……。」
敷居を跨ぐと、千尋は急に大人しくなった。
だから、敷きっぱなしの布団の上に、そっと下ろすのも苦ではなかったのである。
「何か変わったものでもあるか。」
「ううん、そうじゃなくて。」
抵抗してし尽くしていたはずの千尋が、今度は自分から忍人を引き寄せて、
そのなかでいっぱいに息を吸って、消え入るように呟いた。
「忍人さんの匂いだと、思って。」
これ以上なく、好きな女のほうから寄せられてしまえば、それは容易に反射になって、
忍人はゆっくりと、確実に押し倒してゆく。
こんなことを、彼女にするのは初めてだというのに、
「何故、君は俺の匂いを知っている。」
「………忍人さんが、遅いからです。」
「………む。」
比喩表現は得意でない。
だから、千尋の言うことの、ほんの少しもわからなかった。
「わかるように、噛み砕いてくれないか。」
そう言って、ほんのりと、口付けを落とすことくらいしか、忍人には気持ちを伝える術がない。
回りくどいやり方は好かないから、したいことを行動にする、それまでだ。
唇を合わせた瞬間に、ぴり、と千尋が身を捩って、初めてだったのか、と気付いた。
それくらい、どうにも女心というものに、無頓着で生きてきたらしかった。
「忍人さんが、好きなんです。」
「ああ、だがそれだけではわかるまい。」
「……教える気がなくなりました。」
千尋としては、一応精一杯の気持ちで告白したつもりである。
少なくとも男というものに向かって、好きと言ったのは初めてなのだ。
それを、ああで流すひとの気が知れない。
けれど、それでも、好きである。
初めての感触も、わからないうちに、前触れもなく、奪われた唇が惜しいのを、
忍人がどれだけ知っているか、
もう一度、自分から重ねてゆく時の、火が出そうな心地のことが、
どこまで伝わってくれるか。
「ん……。」
口付けの傍らで、ぷつんぷつんと軽げに、緩んでゆく上着の、
広くなった空間の中で、身体が自由になってゆくのを、
隙間から忍人の手のひらが侵入してまるく収める。
「あ……っ」
「何故、知っていると聞いている。」
「っ、す、好き、って言ってくれたら、」
「好きだ。」
「―――――!」
「ずっと、君が好きだった。」
言いながら、手は最後の一枚をするすると下ろして、はらりと指先から落とした。
舐めるように、忍人の視線が落ちてゆく。
「そんなに……いやです。」
「これほど綺麗だったとはな。」
「え……?」
隠れるところがあったなら、隠れてしまいたい千尋である。
―――と、このような気持ちを、このひとに、前にも抱いたことがあったと、
いまようやく思い当たった。
あのときのように、身をすっぽりと、覆うものは水でなく、
濡れたような視線だけ。
どちらも、遮るものを媒介しない、ただひたすらに透過するということが共通だ。
纏うものがないから、隠れるところがないから、
忍人がその目で、見てしまう――――。
「あのとき俺は、何を見ていたのか。」
「も、もう…!」
「出来れば、今ばかりは、弓を引かないでくれるといい。」
そう、半ば冗談混じりに言ったのが良かったのか、
千尋はくすくす笑っては、力を抜いた。
笑いながら、転がっていたまくらを寄せて来て、金色の髪がその中心から広がったときの、
ひどい愛らしさを、言葉にできない。
ここまで回復したのなら、何故ずるずると休みを取っているのかと、途中何度も苦言されたほど、
忍人は胸の頂きを含むのにも、歯を立ててしまいそうに逸った。
「や、……っあ、ねぇもっと、優しくして……ください。」
そう言われても、舌の中でつんと硬くなってゆくのを感じてしまうと、
身体はひたすら前へ、前へ、出てゆきたくなる。
手のひらを下降させて、くい、と曲げた指先で、いれようと思うところへ宛てがうが、
あまりにぬるりと滑って、ちまちまと遊ぶ気など失せてしまう。
やはり、俺はあまり優しくないな、と、思い知る。
本当に、申し訳程度に、甘いと言えるかどうかの声を上げさせただけで、
しとどに濡れた指を引き抜いた。
「忍人さん…?」
不安げな目を、振り切るようにして、忍人は上体を起こした。
「次からは、ちゃんと抱く。」
「あの……。」
「だが、今日だけは、病に免じて許してくれないか。」
これ以上、熱を上げる前に、きみに、収めてしまいたい。
「もう、良くなったくせに。」
「君の所為で、ぶり返した。」
「ひどい。」
帯を解いて、夜着を開く。
胸板には既に細かな汗が噴き出していて、夜着の湿っていたのは洗濯物の所為だけではなかった。
少しの迷いもなく晒したから、千尋には目を覆う暇がない。
あ、というような半端な声を発して、まるい目を見開いて固まっていた。
「それは、少し、痩せたんですか…?」
「見苦しいか。」
「そうではなくて……。痩せてそうなら、前はどんなだったのかって。」
「君は随分いやらしいな。」
「っ。」
ぽっと赤くなったところを、隙と見て膝のあいだに割り込んだ。
「や……!」
「ここまで来て待ったは効かない。」
「いや、やっぱりいや……!」
いやというのに悪いが、その言葉は余計に進みたくさせる。
難攻であればあるほど、落とさねばならない。
ふつと征服欲が湧き、無理にでもその先へ、と思った時には、
膨らんだ先が半分はいってしまっており。
「い……ったい……!」
「それほど暴れるな。入るものも入らない。」
「忍人さんのわからずや……!」
柔らかく抱き寄せられた記憶があるにしては、ひどい睨まれよう、
加えてひどい言われようだ、と思い、何か言い返す言葉を、と模索した瞬間、
ぐ、とつよい力が背中にまわり、見ているものが一段落ちた。
傾いてゆく視界が、最後に焦点を合わせたところは、
薄い蒼の、水より澄んだまなざしだった。
こちらの目が潤んでいるのか、と思うくらい、近くであわせた千尋の目は、
揺れて揺れて、涙でいっぱいになっていた。
「男だから仕方ないとか、言わないで下さい。」
「――――。」
まさに、そう言おうと思っていたので、詰まった後が続かない。
「私だって、仕方ないじゃないですか。」
「きみは……。」
「最初くらいちゃんと、抱きしめて欲しいんです。」
――――すまない。
それは、心から。
抱きしめたら、痛いと言った。
けれど、心からの、優しさだと知って欲しい。
その痛みに紛れてくれればいいと思ったことを、
(俺の、心からの。)
ぴったりと、ふたつに重なったままでいれたから、
瞬間きつく閉じた千尋の目尻に、集めた涙が大きな実のようになって熟れ落ちるのを、
指で受け止めることさえ出来た。
きっと、溢れるほどの苦言が、と思ったのに、
千尋が継いだ言葉はそうでなかった。
「よかった。」
「……ん?」
「忍人さんの匂いがするから。」
「あぁ。」
そうだ、そのようなことを、今日は繁く、彼女が口にしていた。
無理して笑っている、というような顔で、腕の中で顔を上げる千尋である。
「早く、会いたくて。」
ゆっくりと動かす度に、少しずつ離れてゆく胸を、繰り返し繰り返し引き寄せられて、
正直非常にやりにくい中で、忍人は堪えている。
「今朝、忍人さんの隊服を、こうやって、してたんです。」
「あんなところでか。」
「窓は、開けておきました。」
「それは助かる。」
目に見えるようだった。
そんなことならもう少し早く、出仕することだって無理ではなかったのに。
「今朝、君の声を聞いた気がした。」
「ふふ、ほんとうですか?」
「ほんとうだ。」
小さな王の、小さな願いは、緑の風に乗ってここまで、届いた。
そして、その願いはいま、胸の中でほんものになったと、
そう思って、いいだろうか。
匂いなどでは事足りない、抱きしめても抱きしめても、未だ足りない、
きみのために生きていく証を、ここで、覚えてくれたなら。
「千尋。」
初めてその名で呼んだ。
「っは、はい。」
「愛している。」
彼女はこの国の王である、それは行為を留めるのに十分な理由ではなかった。
そのずっと前に、忍人は千尋が好きだった。
彼女もそうだと言うのなら、一対一で想いあって、何の法度があるかと、
もうそれしか、思うことができない。
言ったように、ずっと、愛していた。
あの泉で、今と寸分変わらぬはずの、白い裸体を見たときに、
感じたものはそれとは別の、幻滅だった。
幻滅から始まった恋ではある、だからこそ、
彼女をこの国の王たるひとと、忍人が認めたのはそれよりずっと後のことになる。
その、どこか危うい、
会いたいというそれだけで、ひとりでここまで駆けて来てしまうほどの、
吹けば飛ぶような、膝の上まで晒す丈の、青い裾の服も、
右も左もわからないまま、くるくる駆け回っていた頃の彼女も、
だからこの身で守るべく、好きになったのだから。
そして、向こうで覚えたらしい、王らしくもない家事の手腕も、
恐れながらこの邸で、末永く守ってゆけたらいいと思う。
が、目下その前に、
竹籠のなかみが皺にならぬうちに、
あまり優しくはできないであろうやり方を、覚えてくれるといいと思う。