夏と冬のあいだに生まれたから、こういう性格になったのかもしれない。


「大事なところではっきりしない。」


千尋と僕が、まだ一進一退だった頃、何度も聞いた言葉だ。
本当のことだから、否定も反論もしなかった。だからそれは五年も続いた。
けど、とうとう五年目に色々あって、僕はどうしてもこれ以上、千尋を泣かせたくないから、
これからは、大事なことくらいはっきりさせようと思ってる。



僕が生まれた、暑くも寒くもない時期を、秋という。
冬と夏のあいだにも同じようなのがあって、だから僕は春も好きだ。



そして、もうすぐ夏が来る。






− It Happened ONCE upon the Early Lovers −
ある初夏の日に、一度しか言わない言葉を聞いて。








今朝起きたら、暑くも寒くもなかった。
どうやら季節は春を過ぎて、初夏と呼ぶべき辺りに突入したらしいことを知った。
めんどくさがり、かつ白すぎる僕にとって、重ね着もいらない、
日なたで昼寝しすぎても皮が剥けたりする心配もいらないっていうのは悪くない。


いー季節だ、と思って、ガラにもなく千尋のこと誘ったりした。


女王の部屋は高級の女官たちでごった返していた。
しばらくこちらでお待ちください、的な事を言われて、衝立を挟んだ狭い空間へ追いやられたけど、
僕を誰だと思ってるんだなんて反論する気力を持たない僕は、
出された甘いミルクみたいなものを一口だけ飲んで、あとは大人しくしていた。


すぐに出てくるのかと思ったけど、反して眠くなるほど待たされた。
そんななら部屋に戻ったほうが、なけなしであれ暇つぶしができただろう。
ミルクは甘いし、見るものは衝立の彫刻模様だけ、そしてそれは分厚い木製で、幾重も並べて僕の前に立ちはだかる。
つまり、あまりに堅牢だった。


「……別に覗いたりしないよ。」


椅子の座り心地が良かっただけマシで、僕はとうとう船を漕ぎかけそうになる。
普段、寝起きが悪いほうだけど、この居眠りが破られたときは、
誇張でなくぱっちりと、目が開いた。


「おまたせ。」


後ろで手を組んで、ふふ、と笑う、千尋。
それだけでも、目覚めのインパクトとして十分ではある。
が、それにプラスして、千尋は僕の、見た事ない服を着てた。


「な、なにその恰好。」
「今日から衣替えだって。」
「は……。」


断わっておくと、千尋はそんなに奇抜な衣装を着てた訳じゃない。
日常服とは言え王の服装、ちゃんと裾も長いし、何枚か重ねられてもいる。
ただ、生地も、色も、すごく薄くて軽そうなものに変わっていて、
ところどころの結び目が、冬より緩めになっている。
ぴ、と引いたら、ぜんぶほどけそうなんだ。


「ふーん、クールビズってやつ?」
「……そんな感想ひどい。」
「ていうか出掛けるけど、行けるの?行けないの?」
「行く。」
「そ。それなら―――」


素っ気ないフリで立ち上がって、衝立の後ろに控えてるであろう女官を意識しておく。
ひどい感想だけじゃなくて、言いたいことはちゃんとあるけど、聞こえたらコトなんだ、こういう台詞は。
だからできるだけ素早く、出来るだけ、耳許で。


「かわいい。」
「なっ……」


那岐!とか火照った声出しそうだから、背中をとんと押して、進行方向へ向けた。
自分が中つ国の二ノ姫だなんて、忘れてた頃から変わらない、
千尋はいつも、綺麗にまっすぐ立つ。


「で、では参りましょうか、那岐。」
「はいはい、お供するよ。」


取ってつけたように、衝立の向こうまで聞こえるように言った。
お供じゃなくて、一応デートなんだってことは、
僕と千尋だけ知ってればいい。




◇◇◇




「……出て来たばっかなんだけど?」
「ごめんなさい。」


僕は千尋をおぶって歩く羽目になっていた。
そして、さっき来たばっかの道を、逆方向に歩いて、
つまり早くも宮に向かっている。


「大体はしゃぎすぎなの。」
「うん、知ってる。ごめんなさい。」


編み上げの靴は、ヒモをくくって一つにしてある。
千尋は指先にそれを引っ掛けて、僕のクビに、しっかり腕を回してる。
決して軽々と言える重さでないものを背負っているから、
軋む一歩が進む度に、胸のところに靴底が当たって跳ねる。


こうなる前、僕らは宮からすぐの、だだっ広い丘へ来ていた。
お互いやりかけの政務もあるし、もともと昼には帰るつもりで、
けど、緑の風が気持ちいいところがいいなと思って、
出来ればゴロゴロできる広さがあればいいなと思って、ここにした。


結果的にそれが、千尋を童心に帰らせてしまったのだとしたら、
選んだ僕にも責任の一端が、ないとは言い切れないからおぶってるけどさ。


『競走しよう。』


僕はゴロゴロする為にここに来たのに、
着くや否やに千尋は言った。
僕がそういうタイプじゃないことは知ってるはずだ。
でもって、そういうタイプじゃないくせに割と速いのも知ってるはずだ。


『止めときなよ、勝てないって。』
『自信ないんでしょう。』
『なわけないだろ。』


めんどくさすぎて腰を下ろしたけど、腕引っ張られて直立に戻されて、
千尋は意外に力あるってこと、忘れてた。


『……どうしてもやんの?』
『はい。』
『はぁ……。』


それからどうなったか、っていうのは今のこの状況で明らかだと思うけど一応説明するとこうなる。


適当な木を目印にして、せーので走り始めたんだけど、
手加減してやんないと、なんて気持ちがいつしか吹っ飛んでしまうくらい、
千尋と僕とは抜きつ抜かれつ、視界の端っこに、いつも横顔がチラチラ見えてる状態。


言いたかないけど夢中になってた僕は、
衣替えした千尋の衣装の、緩めの帯が解け始めてることに、気付いてやれなかった。


走ったくらいでほどけるなんて、信じがたいけどよく考えたらそりゃそうだ。
被服係はもともと、女王が全力疾走するなんてことは想定してない。
露出しすぎない程度に、いかに涼しく、心地よく、千尋が夏を過ごせるか、
そこに重点が置かれている。


結び目はするんと弧を解いて、一本の、ながいながいトラップになって、
風に乗って千尋の爪先に届いたんだろう。


『っきゃ……!』


ふいに千尋が、落ちるようにフレームアウトして、瞬間何が起こったのか理解した。
けど、僕には加速度がついていて、どうにもこうにもダメだった。
言ったように、僕は足が遅くない。


クルマだけじゃない、ひとだって
走れば走るほど、急に回れ右なんかできないんだ。


それでも何とかとどまって振り返った。
千尋はだだっ広い丘のてっぺんで、緑の若草に貼り付いたみたいに、
ぺちゃんこのカタマリになっていた。


大丈夫?なんて聞く余裕がなくて、
僕は千尋を草から剥がしながら、一足ずつ靴を脱がせた。
なに無茶やってんだ、とか、きつい言葉をたくさん言った。
すぐにおぶって帰んないと、と思っていた。


『な、那岐、あの、ちょっとこけただけだから……』
『ちょっとじゃないだろ、あんだけ走ってたら!』


こんなやらかい足して、うっすい服で転んだら、
どんなことになってるんだ、この、足首からふくらはぎ越えたその上は!


僕の脳裏に、いつかの体育大会で派手に転んで担架に乗せられてったクラスのヤツの、
ヒザとかヒジの状態とかが浮かんでは消えてく。
勢い衣装の裾に手を掛けたところで、千尋は緩く押さえて言った。


『えっと、もしかして……』
『ハ?』
『……おぶってくれようとか、思ってる?』
『コトと次第によってはそれも辞さない構えだよ。』


クス、と笑われた気がして顔上げたら、やっぱ千尋は笑ってた。


『あるけないの。』
『嘘……だろ?』
『ううん、ほんとう。』
『…………。』


ヒラヒラ頼りない裾を握りしめながら、僕は千尋の顔を、矯めつ、眇めつ。
あるけないほどケガした子が、そんな顔して笑うんだ。
そういえば、ここは若草の上なんだ。



ま、いっか、と思った。
きっと、ほんとに大した事ないんだ。
それなら何も言う事ないよ。



『じゃ、靴もって。』
『はい。』


次には千尋をおぶって帰る方向向いていた。




◇◇◇




「門だよ、寝たフリして。」
「はい。」


ケガしたなんて知れたら、まず門番が火になって騒いで、
伝言ゲームも顔負けの勢いで、宮の内部、上層部へと延焼してくに違いない。
ここは、遊び疲れて眠った女王を、無事送り届けましたって顔をするのが、
僕にとって一番ためになる処世術なんだ。


千尋の上等な演技のおかげで、上手いこと門を潜れた。けどおかげでやや重みが増した。
公式に利用される設備を幾つも越えると、次が官僚や議会が使う政治的施設、
王宮は気が遠くなるほど長い廊の、そのまた向こうの階段をのぼった先だ。
流石に階段は、と思って、降りる?って聞いてみたけど、
あるけないと言った手前か、僕の耳許では首を横に振った気配。


「………そ。」


夏だったら軽く死ねたろう時間が経った頃、最上階へ出た。
東へ進めば千尋の部屋で、西へ行くと僕の部屋がある。
僕の部屋が西なのは、少しでも朝日から遠いとこを選んだから、それだけの理由。


「どっち行く?」
「どっちでもいーよ。」


僕は考えていた。
朝、着せ替え人形みたいになってた千尋のことを思い出してる。
このまま送っていくと、走り回った所為で衣装が少々汚れているのを見咎められる。
着替えましょう、という流れになって、女官のうちの誰かがちっさいケガを見つける。
ここでもやっぱ火は延焼して、家人総出の大慌てになる。



で、僕はまた衝立の後ろだ。



――――ちょっと躓いてこけただけじゃないか。



大した事ないのに、絶対一瞬のうちにクモみたいな群れが取り巻いて、
僕の入る隙間なんかこれっぽっち、なくなってしまうんだ。


「じゃ、僕の部屋。」
「うん、それがいいと思う。」


意見が合ったから、くるりと明確に西を向いた。
ていうか、突っ立ってると、すっごい重いから、
なるだけ早く連れてって下ろしたいっていうのも実はある。


言ったらやっぱり怒った。


ベッドに座らせたのにはへんな意図があった訳じゃなくて、
腕力が限界で、半分落っことすことになるだろうなという予感があったからだ。
実際そういう感じで、千尋はぽすんといい音を立ててベッドに腰を沈めた。


「ちょっと待ってて。」
「ん。」


今更だけど僕は鬼道使いでもある。
鬼道の中には植物のちからを使うものもあって、だから部屋には常時草花の類いが保管してあったりする。
ちょっと漁ったらクスリになるのが見つかった。
結果的に、ケガした千尋をここへつれて来たのは正解だったみたいだ。


「はい、これ使うから膝出して。」


目の前にミドリの色濃い薬草をチラつかせて、ぎょっとしたみたいになった顔もまた可愛い。
これが沁みるっていうこと、いつか言った事あったんだっけ。
記憶にないから勘がいいのか。


「め、めくるの?」
「じゃないと手当てできないしさ。」
「……ほ、ほら!は、恥ずかしいなー、なんて。」
「今更。」
「………。」


膝よりもっと、恥ずかしいとこも、知ってるんだけど。一応。
って意識したとたんに、僕の部屋に連れて来たもう一つの好都合を、思いついてしまった。


「つべこべ言ってると僕がやるよ。」
「だ、だめ!」
「なら早く。」


渋々そうな衣擦れだった。
誘われるみたいにして、千尋の前で膝をつく。
目の前でスルスル巻き上がってくあいだに、僕は二回唾を飲んだ。
両の膝は綺麗だった。
少し赤くはなっていたけれど、転んだことを知らないひとなら気付かないかも知れないくらい、
小さな小さなかすり傷だ。


「やっぱな。」
「……受け身は得意なの。」


戦いの中で覚えたことは、弓以外にも色々あった、ってことにしとく。
思った通り、本当に大した事ないみたいだから、
でもってここでふたりっきりなら、



このあとできることあるよね。



「一応聞くけどさ。」
「……うん。」
「なんで歩けないとか言ったの?」
「あは………なんでかな。」
「へぇ、隠すんだ。」
「だって。」
「無駄だよ。バレてる。」



女王にだって、甘えられる男のひとりくらい、いたっていいじゃないか。
怪我にかこつけなきゃ、おおっぴらに触れることができないなら、
君は僕に、どんな嘘ついたってかまわないんだ。



とは言えこんなでも怪我は怪我。
これから梅雨がくれば、こんなしがない傷口からでも、ちっぽけな何かが侵入する。
いつしか酷くなって膿んじゃったりしたら後悔しても仕切れないし。
一応すべきことはしてあげるけどさ。


「いっ…」
「沁みる?」
「ん、ちょっと……。」
「きれーな足。」
「え……?」


明らかに、手当の必要のないぶぶんへも、手のひらをはわせてく。


「ねぇ那岐、っ……」


触れ方も手当方面じゃないふうに変えたら、ちゃんと感じた声になる。
短い間に千尋は、どんどん綺麗になってるの、僕は気付いてる。
それは、僕の所為って、思っていい?


「そ、そういう、のは―――」
「感じる?」
「っ、」
「僕は、すっごい感じるけど。」


言って、薬草は放って、膝のとこでたくし上げてる裾の中に、ぐっと腕をいれた。


「や……っ、あ……!」


閉じようとする太腿のあいだを抉じ開けるようにして、奥へ奥へ這わせてゆくと、
内側のやらかいぶぶんが、もうしっとり熱くなってる。
幾らもしないうちに、指先が下着に触れた。


「ねぇだめ、おねがい…!」


言いながらさっきより膝が緩んでるから説得力ない。
だから下着の隙間から、簡単に指がはいっちゃうんだ。


「あっ……!」
「足にしか触ってないのに、なんでこんなになってるの。」
「だ、って、こんなの……」


手探りだけど、ここが感じるはず、ってとこは覚えてる。
ぬかるみで指先を濡らして、われめの中まで進ませた。
痛くないように加減して、小さく刻むように動かすと、
衣装越しでも水音が聞こえるくらいに溶けてくる。


「もっと足開いてよ。」
「それはいや……!」
「……だろうと思った。」


願わくば下着を引き下ろして、膝のあいだに顔を埋めてしまいたい僕だ。
真っ昼間、それも爽やかな季節にそれじゃあんまりだろうか、夜だったら許されただろうか、
精一杯の理性で堪えながら、空いた方の手で千尋の腰の帯を引いた。
びく、って千尋が固くなるから、このへんで安心させてあげないと、普通のもさせてもらえなくなりそうな気がした。


「なら、普通のは?」
「……好き。」


いつもそうだけど、可愛い顔して言うこと言うんだ。
そのひとことで、僕はいきなり限界値にまで達してしまえることを、千尋は知ってるだろうか。


競走の途中でほどけてしまうだけあって、いつもより全然簡単に脱がせられそうな服だった。
こころの準備が整うまでに、千尋がハダカになってしまうんじゃないかって思うくらい、
衣替えの衣装は頼りなすぎた。
僕は心から、あの場であれ以上走らなくて良かったと思っている。


一枚一枚、肌色が近くなる度に、千尋はベッドの中央へと上手く後退して、
僕がそれを追ってくかたち。
最後の帯の先に届いて、軽く引っ張ったそれだけで、はらりと勝手にくつろいで、まるい膨らみが零れた。



あーあ、ほんと、こころの準備がまだなのに。



はだけた千尋がまくらに頭を沈めた、と思ったら、ぐいと身体が引き寄せられる。
胸と胸が、くっついた。


膨れつつ、ぱちぱち瞬く、何か言いたいことがある、っていう顔。
けど僕は、なんだろうって考える前に、見蕩れてしまって黙るんだ。
こういうふうに目が合うと、本当に、おっきな目してたんだってわかる。
すっごい長い睫毛してるんだってわかる。


「なに、随分積極的になっちゃって。」
「だって。まだだもん。」
「……キス?」
「そう。」


ごめん。まだしてなかったの忘れてた。言ったら怒られそうだから伏せたけど、
そのまま息を一つ、吸うだけで、勝手にくっついてくるみたいな距離しかなかった。
ぺた、と重なる千尋の唇は、うすいうすい皮膚をして、僕がした通りにやらかいやらかいなかみが動く。
その心地に誘われて、左手でさっき見せつけられたまるいのを包んで、
ゆっくり握るようにしながら舌を絡めてくと、
声を出せない千尋は、それでも喉の奥から、核心的なあまみを漏らす。


「んん……」


泣くときみたいな声、いや、ほんとに泣きそうな顔をして、
千尋は僕の着てるものを、剥がしていく。
ねぇ、それってさ、
それって、いまして、って言ってるようなもんじゃないか。



だから、悪いけど心の準備できてないんだって。



そういう声出されたら、こっちはどんどん加速するんだって。
なんかいろいろ省略して、すぐ入れたいって、そうなっちゃうんだって。


唇を離したら、細い透明の糸が引いた。
ごそごそやって脱いだ僕のも、たぶんそんな感じ。
もう待てないから千尋のも脱がせたとき、うっすい衣装がふわりと背中にまわった。


「……僕には似合わないよ。」
「だって恥ずかしいから。」
「今更。」


――――今更、なんて言っといて


最初に抉じ開けるとき、あんまり狭くてかたいから、
まだ痛いんじゃないかって、心配になる。
初めてしたときより、随分濡れるようになったけど、それでも。


「痛くない?」
「っ、え……?」
「……べ、別に。なんでもない。」
「那岐こそ今更。」
「だね。」


っていうか。


「そんなこと言ってたら、すっごいのするよ。」
「いいよ?」
「……そう。」



なら、せめて爪でも立ててみる?



多分一生勝てないと思った。
多分に開き直って、高さのあるとこがひっかかったりしないように、
一気に奥までいれた。


「っあ………!」
「どこがいい?」
「知らな……ぃ」


膝の裏に手を入れて、いつもより大きく広げたのは、
やらしい気持ちばっかじゃないんだ。
理性を飛ばした後の僕が、うっかり傷を擦ったりしないように、
一応ケガしてるんだって忘れないように、目に見えるとこに置いときたい、
そういうこと。


だから深く、はいった。


「や、そんなの……っ、あ……!」


半分くらいまで引いて、もっと奥へいれて、
そうこうしてるうちに、僕のは千尋のでびしょびしょになって、
あんまり引いたらそのまま滑って抜けそうになる。


「なんでそんなになるの。」
「那岐の、せいでしょう?」
「ふぅん、そう。」


その会話がやばかったみたいで、それから二度三度くらい動かしただけで、
ちょっと待った、って言いたくなった。


気持ちいい、っていう感覚は、ある一点から急速に角度を上げるようになっていて、
僕はいま、そのまさに境界まで来てしまった。
前髪に手を入れたり、撫でたりしてごまかすけど、
可愛すぎてどうしようもない。
例えばいま、首筋に吸い付いたりしたら、間違いなく後で大変なことになる痕を、
しっかりつけてしまえる自信がある。


そういうふうにしてるのを、甘やかしてる、とか、思われたんだろうか。
千尋はすごい、幸せそうな顔で僕を見てた。


「好き。」
「は?」


幾らなんでもハはないだろ、って自分で思う。
けど、めげない千尋は、五年も前からずっとずっとそうで、
少しも変わらず僕のそばにいる。



――――大事なところではっきりしない



そう言って、時にむくれることで、僕が離れていけないように、した。



「那岐だいすき。」
「……僕だって、好きだよ。」
「だから、もっと……して。」
「………って言うけどさ。」


僕がすることが、そんなにいいのかなんなのか、知らないけど
ついでに言うと、僕のどこが、そんなに好きって言ってもらえるのか知らないけど、
いまきみの中で限界の僕に、そんなこと、言わないでよ。



そんなに抱きしめたりしないでよ。



きゅうきゅう締めつけられるところを、狙って擦り付ける。
埋めるとこを間違えないように、一番熱いとこに、溶けそうな先端を届かせる。
膨らみすぎて、震えすぎて、はち切れそうな僕を、



千尋はどこまで飲み込んでくれるんだ。



「あ、あ、いい…っ。そこいい。」
「いつのまにそういうこと、言えるようになったの。」
「ぜんぶ那岐のせい……!」
「……はいはいそうだね。」


千尋の肌が、きれいに染まって、
僕は広げた脚のあいだへ、埋められるだけ埋めて、もうこれ以上、いけないとこまでいれて揺さぶる。
じんじんとしたうごめきが纏わりついて、千尋の中が狭く狭くなると、
背中にまわった手のひらの、先がしっくりと爪を立てて、
きゅうと左右に引っ掻いてく。


「いや……、ねぇ気持ちいい……」
「それどっちがほんと?」
「どっちも……!」


こっちこそ、ねぇやばいんだ。
このまま出したら、秘密にしててもとんでもない事実が三ヶ月後くらいに判明しそうで、
僕としてはどっちかというと、プロポーズのほう先にしたいんだ。



ねぇほんと、ごめん、もう、いい?



「千尋…っ」
「ん……、あ……!」


そうここだ、って思うとこを、びくびくしてるまるい先で突き上げた。




◇◇◇




恥ずかしいから、と言って、千尋がわざわざ被せた衣は、
どっちが先だったか忘れたけど、ふたり前後不覚になる頃には、ベッドの端のほうで丸まっていた。


シーツに潜ったら寝ちゃいそうで、ていうかこのまま寝られたらほんとこれ以上なく幸せだけど
昼の食事がまだってこともあって、うっかり寝入って誰かが呼びに来たら流石にまずいから、
その丸まってる服を引っ張って来てくるまって、呼吸が整うまでだけふたりでいよう、っていう
なんか、少し面倒な事情だ。



もういっそ、全部大っぴらにしちゃったら、ラクなのになって、
そういうふうに、思ってる。



朝起きて、開けた窓からいい風がはいって、
千尋と、どこでもいいから出掛けたいって、思ったそのまま出た訳で、
戻ってからはこの有様だから、今朝のまま、開けっ放しの窓だった。


汗かいてぺたぺたになった身体で、同じような千尋を腕まくらにしていた。
まぁ、まくらはちゃんとあるんだけど、こういう時くらい僕がまくらになったっていいんじゃないかって、
そういうこと。


「ね、那岐。」
「ん?」


ごそ、と千尋が動いて、近い近い目が合った。


「六月が、過ぎちゃうよ。」
「……だけど?」
「もう、わからないの?」


申し訳ないけど、わからない。だから抱く腕をひとつ、強くした。


「六月だったら、幸せになれるって。知ってるでしょう?」
「――――。」
「…………。」
「…………。」


長い長い沈黙だった。
言いたいことは、はっきりさせたいことは、千尋が聞きたがってることは。



多分 これは、男として生きてくあいだの、
きっと、いちばん大事な場面だ。



「ずっと、ね。」
「うん。」
「待って、るんだけど。」
「……うん。」


みなづきの、真ん中の、僕らだ。
夏の手前で僕は、こんなにも大きな分岐点に差し掛かってしまった。
しがない衣装の海の中で、泳いでる場合じゃ、ないらしい。


「やっぱ、千尋には勝てない。」


半分吐き捨てるみたいに言った。
そうじゃないと、これから言わなきゃならないことの、勢いがつかないんだ。


「勝ってくれないと。」
「だって千尋は国背負って立ってるんだろ。勝てるわけない。」
「でも、その私を背負って立ってくれるのは、那岐なんじゃない、の?」


珍しいな、と思ったのは、語尾が少しだけ不安げだったことだ。
ずっと一緒にいるのに、千尋は僕の、なにを見て来たんだか。



「そんなことはわかってる。」



じゃなきゃあの丘から最上層の王宮まで、決して軽くないきみのことを、
おぶって来るなんて、できないからね。



「こんな恰好でなんだけど。」
「かまいません。」
「一回しか言わないよ。」
「かまいません。」



夏と冬のあいだに生まれた僕は、暑くも寒くもない季節が得意だ。
だから、こういう時期じゃないと、ちゃんと言えないのかも知れない。



昼の鐘まで、あとすこし。
そして、もうすぐ夏が来る。







− It Happened ONCE upon the Early Lovers・完 −













みなづきと言えば、Juneナントカですよねみたいな(笑)
王宮なので、那岐がこの年の6月に頑張って頑張って言った事が、次の年の6月に実現するくらいののんびり加減かと、
最後は敢えてお茶を濁すかたちにしました。
王をもらおうという子は、気が長いタイプじゃないと無理だろうなという夢を見ています。
短気なとこもあるけれど、根が辛抱強くないと、そうそう5年も片想い出来ない。
全部千尋。とにかく千尋。そう言い切ってしまえるだろう那岐は、遙4きってのオトコマエだと思います。

2009.06.14 ロココ千代田 拝