■現代ED後の未来軸/ハッピーエンドですが、いっかい別れた後のお話なので、苦手な方はご注意ください
また、なるべく第一話からお読み下さるようお願いいたします…■
望美は、腕の中で身じろいだ。
たくさんのキスをしながら、いつの間にか眠ったのだったか、
浅い眠りが醒めて、部屋にはまだ薄い青が残っている。
双方、寝入るつもりではなかったのだろう、
掛布は身体の下に敷いていて、くしゃ、と皺になっている。
目が覚めたのは、肌寒さからだったかも知れない。
「……将臣くん」
こちらを向いている寝顔に声を掛ける。
まだ起きるには早いが、敷布の大部分は将臣が下敷きにしているので、
このまま二度寝したのでは風邪を引く。
ふたりともだ。
もう一度呼んで、起きる気配はやはりない。
着られない、とわかると俄に寒さが増した気がし、
望美は小さく身震えて、せめてと将臣の温度を求めて、胸に顔を埋めかける。
「あ」
掛布ならもう一つ、毛布がソファにあることを思い出した。
ゆうべ将臣が、くるまって寝ると言ってベッドから引き抜いていったものだ。
あれを持って来てふたりでくるまれば、万事解決である。
まずは、将臣の腕から抜けなければならないわけだが。
たかが腕一つだが、寝入る男の身は思う以上に重いものだった。
目覚めたほんとうのわけは、あるいはつぶされそうなこの重みの所為だったかも知れない。
背に回っているのを浮かせようとするが、将臣は上手い具合に寝相を変えて、
抱え込むようにされてしまい、これでは抜けるどころか捕まったと言っても過言ではない
「ねぇ…ほんとに」
本気で苦言しかけたとき、狭まる空間に意図を感じた。
いや、そればかりでない。気付いたのがやや遅かったのだ。
将臣が回した手のひらは、さわさわと動いて着衣の下に潜り込む。
ひんやりとした指先が背筋をくすぐるようにして這い上がるが、
望美が見るのはまだ、罪のなく繕った寝顔のままだ。
「……っん」
起きているんでしょう、と、望美は咎めようとしていた。
それは本当のことだ。
が、最初に口をついたのはそうではなく、甘みある声が一つ。
当然のことながら、明らかに起きていることを伝えようとしている将臣にも、聞こえている。
手のひらは脇の下を掠めて、まるい膨らみに届く。
「や……っんぁ」
甘さは確実な響きになり、その期を逃さずに捉えた将臣は、
敷くものをシーツでなく、望美の身体にした。
鼻先が擦れそうに近いところで、しっかり開いた目が合う。
「な、なによ寝てたくせに…!」
「残念だったな。お前より先に起きてるんだよ」
「―――うそ」
「寒いから毛布でも持って来ようかと思ってたんだが、寝顔見てたらなんつーか、いっそ起こしてやろうかってな」
眠る直前までキスをして、少なからずそういう気分でいると、
目覚めても消えないで残っている。
将臣はそう言ったし、望美にもわからないわけではない。
「一応一晩、手ぇ出さずにいたんだけどな」
「一晩っていうかまださっきじゃない」
「誠実さってもんを見せるには足りねぇかもしれねぇが、これ以上待ったらそのうち襲っちまいそうだ」
言いながら、望美の唇をついばんでゆく。
攫う、始めと終わりが、ちゃんとわかるやり方をする。
薄い粘膜がぷつんと離れたとたんに、次が欲しくなるようにされるのを、
ああそうだったな、と、望美は思い出している。
「襲われるのはいや」
「ん、だろ?」
サイズの合わないパジャマは、寝乱れている間にすっかり皺になっていた。
将臣はぷつぷつとボタンを外しながら、妙な気分だと言った。
「…なにが?」
「いや、自分で自分の脱がすってのがな。何の罰ゲームだって感じだから、早くハダカにしてぇ」
「っ、やだも……っ」
自分で宣言しただけあって、全てのボタンが解かれて、はらと身頃がひらくまでは僅かだった。
零れるような膨らみが、将臣の手のひらに掬われていくのを、一瞬とはいえ自分でも目にしてしまった望美は、
かっと頬を赤くして顔をきっぱりと背けた。
手のひらは間もなくそれをひと撫でして、まるくまるく揉みこんだ。
柔らかいなかみが、押される通りにへこみ、
望美の下腹に、ちりちりと燻るしびれが熾る。
「っん……く」
明けゆく色には似合わない声だと知っている。
扉と廊下で仕切られているだけのところに、将臣の家族がまだ眠っている、若しくは、そろそろ起き出そうとしている。
だから、高く上げるのは堪えなければならなかった。
将臣は白いぶぶんをまさぐるだけで、まだ中心には触れていなかった。
それでも、指の間に見えているはずの、小さなまるい輪郭が、キュと角を立ててゆくのがわかる。
触れて欲しいのを言わずにいるのに、身体で主張してしまっては隠すこともできない。
焦れた身体は容易に高まって、やがてそこに、表皮一枚ほどの力で触れられたとき、
望美はビクと大きく腰を浮かせて唇を噛んだ。
「は……っん、ぁ」
手指が、それを弾くようにして遊ぶのに、呼応して吐息混じりの声を上げる。
ころころところがされると、硬くなっているのが明らかに知れる感覚が脚の付け根あたりを震わせて、
じゅん、と濡れたのを膝を擦って耐えている。
「なんか、感じやすくなってねぇか」
将臣がいっとき指を止める。
「……そんなことない」
「いや、そんなことあるんだよな、これが」
「ない」
「……俺がわからねぇはずねぇだろ」
低くした声で言う意味は、固い表情が伝えようとするのは、ひしひしとした嫉妬であるように思う。
そのあとから将臣は口数をめっきりと減らした。
そのぶんなのかどうなのか、することは一段激しさを増す。
緩い腰回りから下着の中へ、手を差し入れるのに迷いは少しもなかった。
くちゅ、と音をさせながら、節ばった指が奥へ侵入して、間髪なくひと擦りしたことで
ふいのうねりが望美を襲った。
「ぁっ……や、ぁん、っ」
喉を擦らせるような声が漏れて、唇が塞がれた。
声を出さないようにそうされたのは明らかだったが、
ねっとりと口腔を舐め回すのに同じように応えているだけでも、
ねだるような声音を、望美の声帯はつくってしまう。
関節を使って掻くようにされると、中でつくられる潤いがつとに増し、水音が絶えず響く。
繰り返し差し入れられるところは、そこで指を動かされると肌を粟立てたくなるところで、
肌寒い快感は、うなじに濃い汗を滲ませる。
執拗に、追いつめるように、将臣はそんなやり方をしたのかどうか、
望美の知っている範囲では、その動きは初めて感じる。
まるで、初めてそのひととするときのようで、
けれども、もっと、と求めてしまうのは
感じるところを知られているからで
理解が追いつかない表裏だ。
―――どうして、こんな、指だけで
埋まっては、また引き抜かれては、ひとたびごとに内側が温度を上げる。
奥のほうへ作られてゆくのか、奥のほうからやってくるのか、
ざわめく血の流れがその一点に集中して、一定の収縮を生む。
声を出せないのが苦しくて、吐き出す呼吸が濡れるようだ。
くいくい、と数度、指先で釣り上げるような動きに、
望美は一気に極みに駆け上がってしまう。
「っん―――ぁ」
激しい収縮で、抜けないのでないかと思うくらいに、将臣の指を締めつけた。
だからなのか、少しも出て行こうとしないで、僅かに動いて何度も来る波を助長する。
望美が最後にかくんと力を抜くまで、そこで、見届けようとするように。
◇
波が引いて間もない身体に、将臣は半ば強引に挿入する。
まるみで圧し開いて、括れのあたりまで埋まったところで、ドキ、といやな心拍が鳴ったのを、
そうすることで振り切りたかったのだ。
が、これは不幸にも、と言うべきだろうが、
埋めきって、心拍はただただ高まる。
いやな予感はもう予感でなく、潤いある実感として将臣のそれを包み込んでいた。
「……っ」
盛大に俯いて、頭頂を見せる。
組み敷いたその顔を見るのが、いま一番苦しかった。
綺麗になったのを、見るに忍びない、それはゆうべ既に吐露した。
感じやすくなった、それも思わず暴露したばかりだ。
が、それだけでない。
感じやすくなった、ということは、それだけ、中のかたちが変わっている。
これが、将臣が恐れたことの一番大きなぶぶんである。
自分のかたちに馴染ませたものは、
半分ほど入れたところでしっくりと吸い付いて来る。
いれるだけでイけそうだと思うのはそういうときで
勝手ながら、男というのはそうする為に、はじめはしつこいくらいに求めるのでないか、
と、将臣はそう思っている。
逆に言えばそんなものだから、他の男がそうしていったところは入れたらすぐにわかる。
それこそ、先端一つくらいで、寒いものが背筋を走る。
―――あーあ
こういうのを、後悔と言う。
今まで感じて来た後悔を、他の言葉で置き換えてしまいたいくらいだ。
絆をひととき、手放した、
その代償はあまりに大きかった。
「……将臣くん?」
「、あぁ」
かたちの違うところへ入れながらも、伸びてくる腕のことを、無垢な魚のようだと思う。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
値する望美は、将臣の僅かな異変を見逃さない。
悔やむ身体に腕を絡めて、引き寄せて覗き込む。
「どうしたの?」
問われると、つい口を滑らせてしまいたくなり、
将臣は一旦固く引き結んだ。
なんでもふたりで分け合ってきたのだったが、
この後悔を言葉にして、嫉妬を吐き出せばきっと責めてしまう、そして、更なる後悔を生む。
「気分でも悪いとか?」
「いや」
望美は、わかっていたのだろうか。
『拗ねるんなら、前のお前に戻れって、言いなさいよ』
ゆうべ言われたその言葉は、また、新しく、一から
ここから、
始めるための覚悟をくれたのではなかったかと
きっと、これがそうだと
思う。
拗ねている場合ではない。
望美の、心は手に入れたのかもしれないが、
まだその身体は、帰って来ては、いないのだ。
将臣は漸く表情を崩した。
「いや、久しぶりすぎて、一瞬やり方忘れちまった」
「え、なにそれ」
続けて吹き出したことで、縮んだ内側が将臣を刺激する。
「仕方ねぇだろ。前にヤッたのいつだ?」
「忘れた」
「正解だ」
次に重ねた唇は、ごく軽いものだった。
が、どちらからともなく引き合いたくなる、酷く懐かしい感触がする。
ん、だか、ねぇ、だか、小さく上げた望美の声を、
促されたものと捉えて、最初の律動を刻む。
「ぅん……っ」
「ん……それ、すっげぇ可愛い」
言葉にしたぶんだけ増した気がする想いがある。
望美の頬が染まるのも、見ていて悪い気はしないが、
どちらかと言えば言葉より、することで身体ごと染めてしまいたい。
深く挿しいれて、蕩ける温度がぜんぶに絡み付くようにすると、
望美がひくと身体をくねらせる。
「あ……っ、やだ」
「どこがやだって?」
同じところに、同じことを繰り返すと、強い反応を示すのをわかっていてする。
感じて襞が蠢いたぶんだけ、将臣の形に沿っていくのでないかと、
希望に過ぎないのかもしれないが、そんな気がするのだ。
強い願いはやや激しい動きを誘い、
枕を落としたベッドの上、望美の髪は直接シーツに擦れていた。
「あ……っあぁ……も、やめて声出ちゃうからぁ」
「だからホテルにすりゃ良かったんだよ」
「だってするつもりじゃ……っんんぁ」
そう望美は苦言するが、この部屋で一度もした事がないわけではない。
それこそまだ江の電に乗っていた頃は、ここか望美の部屋か、
息まで噛むようにしてするしかなかった。
だから、どこまでが外へ漏れない範囲か、
望美はよく知っているのに違いないのだ。
それでも言うのは、強がりの一環か照れ隠しか、
それに似た何かだと将臣は思っている。
「でもやったんだから、仕方ねぇよな」
「んん……」
「いいんじゃねぇか、別に聞こえたって」
将臣は上体を起こして、両の手で腰骨をしっかりと掴む。
ぐ、と引き寄せると、繋げたぶぶんからとろりと流れて来るものまで見える。
緩く開いた割れ目の中心で膨れつつある、小さな粒の裏側あたり、
浅いところを、狙って小刻みに擦る。
「っ……ぁ、そこだめ、っん、あぁっ、ねぇ将臣くんってば」
「そんなじゃ聞こえねぇって」
「っも……無理……!」
憤慨する表情を隠すように、望美は手の甲で目を覆う。
開かれた胸が動きのとおりに揺れて、白い身体が薄紅に染まってゆくのに酷くそそられる。
噛み合わせた口許が、またほろりとほどけて、つつましい喘ぎ声を上げ始めるのに、
時間は僅かもかからない。
「あ……、っや……」
熱を出したような襞が、呼吸するように将臣を絞り上げて、
形が浮き上がるような真空状態は、突如に来た。
「っ、望美…!」
どこに、記憶されていたのか知れないが、
ぴったりと、型に嵌め込まれたような感覚だ。
ぞわと背筋を迫り上がるものに、唾を飲みたくなる。
「やだ、やめないで、すごく、いい……から」
望美の手首はいつしか額を滑り落ちていて、
頭の上で握りこんだシーツを派手に皺にしていた。
「っ……ここ、だよな」
捩じ込むようにして、ゆっくりと、根元まで深く挿しいれた。
先で突くと、こくこくと激しく首をタテに振り、そしていっそう締め上げる。
声にしないのは、出せば酷く高く上がるからに違いなく、
唇と同じように、きつく閉じた瞼からは、間もなく涙が零れ落ちた。
間違いなく、ひとつになったと言えるだろう。
下腹まで濡らすほどの、しとどなぬかるみでなかったら、
動かすこともできないほどの狭さだ。
少しでもと気休め程度に、望美の脚を高く持ち上げて、肩から割り込んだ。
長いぶぶんを僅かに引き抜き、そして改めて埋める間にも、
貼り付くような快感に追い回されている気がする。
「……泣くほどいいってか?」
返ったのは言葉でなく、やっと開けたらしい潤んだ目だ。
そこへ、直上から性急な視線を絡ませる。
震えているのは、どちらのか。
鼓膜の向こうで、起き出した物音を捉えながら、
将臣は望美の首筋に顔を埋めて吸い上げる。
そうすることで、同時に望美にも、噛み付くところができるはずだ。
汗で滑る身体を、逃がさぬように抱き込んで、
ふたり、静かに静かに高みをのぼる。
◇
カラカラ、と、軽いサッシの音がする。
向かいの出窓が開くときの音で、将臣はこの音を感知すると、
反射的に窓辺に向かう癖がついている。
大学に入って卒業するくらいの期間では、到底抜けない習慣らしい。
カーテンを開けると、薄いうすい青の空。
春らしい霞がかかっていても、寝不足の目には眩しい。
が、こうして眺めるのは空ばかりでなく、
どちらかと言わなくても望美と話すのが目的だ。
「なんだ、寝直すんじゃなかったのか」
あくびついでのような言い方になったが、
杖を付いた望美の顔にも、まだ惚けた色が残っている。
「うん、シャワー浴びたらなんか、もういっかなーって」
「同感だ」
それに、家で燻っているには勿体ない陽気だ。
この場合の陽気とは、霞がかった空のことを言っているのではない。
無論、気持ちの上での陽気である。
将臣がそう言って誘うと、望美は頬杖を一瞬にして解いた。
「じゃぁ、着替えて支度するね!」
どうやら、相当機嫌がいいらしい。
望美は弾むように、くるんと背を向ける。
つるりとした髪が後を追って部屋に引っ込もうとした。
「おいおい、着替えるならカーテン閉めろよ―――って」
言葉を呑んだのは、その毛先の所為だった。
それはあまりに見慣れた自然なもので、つい見逃すところだったのだが、
確か、さっきまでは巻いていたはずで、
何故なら美容院に行ったから、だったはずで―――
「やだ忘れてた。あぶないあぶない」
「ちょ、待て、閉めるのタンマ」
「……なに?」
そのとき、望美は完全に失念していた。
将臣の目線が、すとんと胸に降りた毛先にあることさえ、気付いてはいなかったのである。
「最近のパーマってのは、一晩で落ちたりするもんなのか」
「え? そんなことはないんじゃないかな」
「でもお前のは落ちてるよな、どう見ても」
「―――あ」
嘘をついたことさえ、いつから忘れていたのか、
剥がれゆくメッキの気持ちがわかる気がする望美である。
多大な後悔は、出窓を開けたことか、髪を洗ってしまったことか、そもそも嘘をついたことか、
桜色の髪にも負けないくらいに、望美の頬が染まってゆく。
将臣をして明らかに何かある、と思わせる態度だったが、
ああでもない、こうでもないと泳がせる目線に追い討ちを掛けて、
これ以上問いつめる程の問題でもない。
「OK、なるほどな」
「……なにが?」
将臣は得意の適当加減を発揮させ、
望美は心配そうに上目を使う。
「すっげーミステリーだが、俺は、そっちの方が好きだから構わねぇってことだ」
「そ、そう……! 私もこっちのほうが好き」
「なら、それでいい。ほら、着替えるんだろ」
「ん!」
揺れるカーテンの向こうへ、望美が隠れた瞬間から、
ただひたすらに待ち遠しい。
これから、日は確実に長くなってゆくのに、それでもまだ足りない気がする。
三年越しに、こういう気持ちで望美を待つのは二度目である。
その時もまた、春だったし、
運命とでもいうのか、やはり望美はミステリーを抱えていて、
源氏の神子が、他でもない望美だということを、
将臣は未だ知らずに、満開の桜の木の下で、じれじれしながら待ったものだ。
いま、もう一度、春。
望美の髪は、何故一晩でまっすぐに戻ってしまったのか、
今のところそれが、将臣の中の不解決要素である。
「そうだな」
モラトリアムが解ける頃、
ぱりっとしたスーツに身を包んで、
ふたり、肩を並べて、駅までの道を歩く道々にでも、
それはおいおい聞くとして
チャ、と眼下、隣家の玄関の扉が開く。
30分、昨日はそうだったから、と、同じような見当をつけていたのだったが、
果たして少々耽る暇もない。
「早ぇなぁ」
翻した将臣の背で、開け放したままのカーテンがそよそよと揺れる。
財布を一つ、つっこんで、縺れる足で階段を駆け下りれば、
春はもう、そこまで来ている。
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