◆Special Thanx for... サラ様
学校から、およそ15分の帰り道。
急ぎ足の夕焼けの中、並べたふたつの肩が、ふたつ目の公園を過ぎる頃、
隣より頭ひとつ低い望美は、指先の赤みを繁く擦りあわせなければならなくなっていた。
それは、いよいよ冬だ、ということで、
期末試験が近づいているのだから、覚悟を決めよということでもある。
「さっむーい……!」
望美の真摯な声は、将臣にも届いて苦笑を誘う。
「寒いって言うから寒いんだろ」
「そんなことはありません。言っても言わなくても寒いものは寒いの」
「そりゃ正論ってもんだ」
「正論で悪い?寒すぎて脳がまわんないの!」
擦りあわせるだけでは足りないらしく、語尾の続きに吹きかけた息は、白く白く空気に溶けた。
「悪いかねーが、気の持ちようってのを、お前はもう少し知るべきだな」
そう、横顔の将臣はカラリと言う。
望美は不満げで、それには訳があった。
仮にも、つきあっている彼女が手に息を吹きかけながら寒いと言ったなら、
対応する彼氏は、カラリとそんな台詞を吐く前に、
しなければならないことがあると思うからだ。
赤い指先を擦りあわせているのは、必ずしも、本当に冷たいからだとは限らない。
望美がしつこく手袋を用意しないのには、そのあたりに理由がある。
「それよりお前、期末大丈夫か」
「……さむ」
「なるほどな。今のでだいたいわかった」
「察しがよくて助かります」
電撃的にこの世界に帰って来た将臣と望美だったが、
しみじみする暇もなく、目下来たるべき期末試験の順位を競っている。
お互い長く、学校の勉強から離れていた所為で、
久しぶりに開いた教科書は突然難易度を上げてしまったように見えた。
そのかわり、学校では教えてくれないことを学んできた訳だったが、
残念ながらこの世界では、無用の長物である。
「一応、俺に勝負を挑んでるんだったよな?そんなで大丈夫かぁ?勝算はあるのか」
「敵に進行状況を伝えるような趣味はないよ」
「お、言うじゃねぇか」
「もしも、私が勝ったら」
「覚えてるって、水族館だろ?ま、俺は負けねぇけどな」
「それもあるけど……」
望美は言葉を濁した。
乾いた風が髪を撫でて、睫毛を擦ってゆく。
反射的に目を閉じて、開けて、頭ひとつぶん高い将臣との隙間を、少しだけ詰めた。
「ん、なんだ?」
「私が勝ったら、つきあってるって、友達に公表して」
「またそれか」
「だって」
「別に内緒にしてる訳じゃねぇが、わざわざ宣言するようなことかぁ?そのうち空気でわかるだろうし、
つか、割と結構バレてるんじゃねぇか?」
「……そうでもないと思うな」
将臣の主張は、望美にもわからない訳でもなかった。
クラスの面子にしてみれば、ほんのこないだまでただの幼馴染みだったふたりであるし、
当事者同士にしても、否定出来ない事実だ。
だが、彼らの知らない幾ばくかの時間を、ふたりで共有してきたというのも、
また揺るぎない事実なのである。
将臣が、その周辺の男友達に、どうやら積極的には言っていないらしいのを察しているから、
望美も、誰にも言えない。
三歩下がってついていく、ではないけれど、こちらばかりが嬉しそうに触れ回るのは、
何か違う、という気がしている。
だから、指が冷えても、手を繋いでなんて言わないようにしている。
女の子の努力というのを、男の子はもっと知ればいいと思うのである。
先回りして、して欲しかったことをしてくれるような態度を望むということは、
こんなにも叶えがたいことなのだろうか。
「何か言いたいことがある、って感じの顔だな」
「え!出てる?」
「ああ。そりゃもう刺さるくらいな」
「……」
かっかと望美の頬が火照り始める。それは寒さの所為か、それとも。
恐らく後者である。
将臣は背中を僅かに折って、望美の耳許に囁いた。
「試験まで会えなくて寂しくなってきたってんなら、今日だけ外してやってもいいんだぜ」
「―――そんなこと」
「顔まっ赤」
「もうばかばっかり……!」
ぽか、と叩いた制服の胸が、よくよく冷えていてどきんとする。
そろそろコート着ればいいのに、と思い、そして同時に
無理矢理にでも、腕を巻き付けたりすれば
割と、嫌がらないのかも
でも、嫌がるのかもしれない、嫌がられたら、流石に傷つきそうで
どうしても、そうは出来ない望美がいる。
(けど)
もう、こっちに帰って来たのだから、隠す必要はないんだから、と
そういうふうに、思いたい。
「将臣くんのこと好きかもって思ってる子だっているかもしれないし、彼女いないって思ってたら告白とかされるかもしれないじゃん」
「ま、そのときには流石に白状するさ」
「どうだか」
そのカドを曲がれば、もう家が見えてくる。
望美の、そして、将臣の家が見えて来る。
向かい合わせのカーテンの向こうに、
この数日、とっぷりと夜が更けるまで電気が点いていることを、
将臣は一度も言わなかったが、その実ちゃんと、知っていた。
今日だけ外してやってもいいと、随分な上から目線で言ったが、そろそろ我慢が限界なのは将臣のほうで、
今夜も遅くまで起きているようなら、こっそり夜中に呼び出してやろうかなどと思ったその時、望美の携帯が鳴った。
不埒なことは思うものではない。見透かされたようで鼓動が早まる。
鞄を開けた途端につんざくような音量で、将臣はさりげに耳を塞いだ。
マナーにしとけよとも苦言した。
「だってそれだと気付かないんだもん」
「あとでかけ直せばいーだろ」
「そうだけど」
しばしごそごそとやって、望美は機体を取り出してパカンと開く。
「あ」
望美がやや不自然な息の飲み方をしたように、
将臣には見えた。
ので、誰だ、と聞いた訳だが、
「……うん」
返って来た名前は将臣もよく話す男友達のものだった。
将臣の中の、確かに消えないで残っている勘のいい部分―――3.5年ぶん先を生きた部分が、
ぴく、と反応する。
「出ないと切れるぞ」
「うん……」
望美が、やや出にくそうな仕草で、通話ボタンを押したときには、
家のすぐそこまで来ていた。
春日家の、よくあるタイプのブロックの門前へ、望美の母が出て来ていて、
エプロン姿で郵便物を持っているのが見えて、将臣は小さく会釈する。
「……いま帰り道だけど。うん……そうなんだ、早いね」
電話の相手は既に家に帰っているらしい。
それは構わないが、それだけを伝える為にわざわざ望美に電話をかけてくる必要が、
果たしてあるか。気になるのはその部分である。
小さく手を振っている望美の母は、ふたりが帰り着くまで待っていた。
声が届く距離まで来ると、嬉しそうに笑んだ。
「将臣くんも一緒だったのね、おかえり〜」
「どうも、寒みっスね」
「ほんとにね〜」
望美が電話で話しているので、邪魔にならない声量で、一言二言挨拶を交わした。
望美はその表情と手振りで、またあしたね、みたいな素振りをした。
それは、将臣から見ると、あたかも家に入る口実が出来て助かった、と言っているようで、
どさくさに紛れて母に続いてゆこうとする望美の肩を、ぐいとつかんで止めた。
その力が、自分で思うよりも強くなってしまったことは、少し驚きだった。
「ここで話せ」
声帯を僅かに震わせただけの声で、しかし目を合わせて性急に言った。
望美が萎縮したのがわかったが、どうしようもない。
自分のいないところで、この会話の続きをさせるだけの余裕を、どうしても持てる気がしない。
せめてもと、隠れるように背を向けようとする望美の手を握ってしまう。
(……かっこわりぃ)
これは、反撃というより防衛本能であることを、誰に言われずとも自分自身がいちばんよく知っている。
冬の夕暮れは短かった。
夕焼けの最後の一枚が、山の端へいよいよ押しつぶされる、その瞬間には、きっともう一つ寒くなる。
体感温度にして何度下がるのか、そんなことは知らなくても、
ただ、明らかなのは、
携帯を握る為に剥き出しになった望美の、細くたおやい指先が
またひとつ、赤みを増してしまうのだろうこと
知ってる奴が、誰も通らないといい
そう思いながら、将臣は、握るちからを強くした。
電信柱の外灯は、既に灯りはじめていて、舗道に薄く影が伸びる。
それを、踏まないだけの距離を空けて、だが、耳だけは、
望美の声の一つさえ、逃さぬようにそばだてさせた。
「え、いま?……ちょっと―――友達と」
「―――」
こちらこそ、え?である。
ちょっと今一緒にいる『友達』が、照れくささを反故にしてつないだこの手の立場がない。
そこは、彼氏と、って言う場面じゃないのか、と表情も固く詰め寄りかけて、
いや待てよ、と留まった。
ここまで、帰り着くまでに、そう、ふたつ目の公園を過ぎたあたりで
望美に先手を打たれていたことを思い出したからだ。
『つきあってるって、友達に公表して』
何故あのときに、快諾しなかった。何故もっと、深読みしなかった。
還内府、一生の不覚である。
将臣が承知しないから、望美が言えない、
どちらも言わないから、二人は未だ、幼馴染みだと、少なくともこの電話の相手は、
まことしやかに信じている。
いま、一緒にいる人のことを、
友達としか表現しえない苦境を、作ってしまったのは
(俺、だな)
「そうだね、もうすぐだね」
「なにが」
将臣は、真正直に声にした。
『友達』の声が、受話口のむこうまで、はっきり聞こえればいいと思っている。
だから、手だけでは飽き足らなくて、身体ごと抱き込んだ。
冷えた制服では、却って寒がらせるかもしれないが、
鞄を持っているから、カドが当たって痛いのかもしれないが、
構っていられない。
望美が、自分以外の男とする会話を、とてもこの距離以外で、聞いていられる気がしない。
「……いまのところ、別に予定はないけど」
「勝手に決めるなって。何の話だ」
望美は携帯を外して背伸びると、将臣の耳の渦巻きへ、告げ口のように囁いた。
「クリスマスだって」
「マジか」
背筋が寒いのは、コートを着ていない所為ではない。
確かにその日の望美の予定を、今までに将臣が埋めた記憶がないからだ。
約しているのは期末試験が終わったあとの、一日かそこらくらいだけ、
それも、勝負に勝ってからの、話。
焦っている間に、望美の声は耳許を離れて、再び電話の向こうがわへ帰ってゆく。
その返事をさせないために、今出来ることを考える。
現在、望美の耳は、携帯に占領されている。
だが、幸い耳はもう一つある。
身を捻って、ふわりと逃がしたりしないように、きつくきつく寄せてから、
幾分、意図的に、指先に色みを帯びさせながら、空いた方の耳にかかる、桜色の髪をかき分けた。
「……っ」
腕の中で、望美がびくんと肩を揺らす。
耳の後ろあたりの地肌を、くすぐるようにしながら、声出すなよ、とも付け加えたりしながら、
先に予定を取り付けること、それが、今出来ることのすべてだ。
「クリスマスは、俺が誘うから空けとけ」
「!」
「尤も、受ける気あるなら、だけどな」
望美は、どれくらい瞬きを止めていたのだったか、
近い近い唇は、不自然に途切れたままの会話について謝ったあとで、毅然と言った。
「たったいま、予定が出来ちゃった」
切る前に、友達と、とだめ押しのように続けた部分に関しては、後日修正しようと決めて、
自由になった唇へ、近づけてゆく。
「クリスマスの前に、これから、空いてるか」
「試験勉強があるんだけどな」
「悪い。それ、30分だけ外してくれ」
外灯から隠れるように、手のひらで覆うようにして
どうあっても断わられないように工面した、甘い甘いキスをする。
◇
玄関のドアから顔を出した望美の母に、
ちょっと借りますと言って、部屋まで連れて来た。
途中の景色などほんの少ししかないというのに、何故かほとんど覚えていない。
扉を閉めたのと同時、鞄を半ば落とすようにして、ふたりしてベッドへ直行する。
激しく口付けあいながら、将臣は早くもその胸で望美を押し倒してゆく。
「ん、あ……」
望美の喉から、そんな声を上がって、首に腕がまわってくると、
下腹の奥が鈍い重さを増し、条件反射のように、手が動いてしまう。
ブレザーのボタンを外して、その下の、つんと形の良い胸を、さわさわと撫でて、
制服越しの望美の身体が、少しずつ火照ってゆくのを感じている。
「……すっげーやりてぇ」
堪らなさが前面に出た将臣の声が、望美をぴくんと跳ねさせる。
「脱がしたら寒いか?」
「……かも」
唇から、つつと引いた銀糸のむこう、枕に埋まった望美の、濡れたような上目遣いと目が合った。
暖房を入れ忘れたままの部屋は、少し身体を浮かせただけで、作った熱を素早くさらう。
将臣は、ブラウスのボタンを最小限解放して、隙間から手のひらを侵入させ、
背中の金具をぷつんと外した。
「ひぁ……つめたぁ……!」
「すぐ慣れるって」
嘘でないのは、撫でてゆく肌が粟立っているからわかる。
中心の、小さな粒も、触れる前から角を立てていた。
解すように、ゆっくり掬い上げてはまるく揉みこんで、望美の体温を手のひらに移しながら、
更に膨らんでゆく半身を、同じぶぶんへ押しつけた。
「将臣くん……当たってる……」
「仕方ねぇだろ、入れてーんだから」
「あぁ……っん、動かしちゃだめだよ」
「お前も感じてんじゃねぇか」
「だって……するときみたいにするから」
胸は、いつしかつるんと滑りよい肌に戻っていた。
暖まったらしい指先で頂きに触れると、高い声が上がる。
「や……ぁん……!」
同時に、スカートの裾を割って、下着の隙間から指を滑り込ませた。
入れるべきところは、奥から溢れたものの所為で、既にとろりと蕩けていた。
指先で僅かに掬い上げただけで、くちゅ、と小さく水音がする。
「やりたそーな音してる」
「ちが……!」
「隠しても濡れてるんだって」
関節をひとつ埋め込んで、浅いところで動かした。
「あっ……や……あぁん……っ」
「好きだな、ここ」
望美が急くように頷くのは、もっと、という意味だ、と解釈して、
もっとしやすいように下着を降ろしてしまい、露にしたその部分へ、あらためて指を挿し入れる。
「っ、っんぁ、だめぇ……!」
「んな締めつけんなよ」
「だっ……て、わかんない、んぁ…っ!」
望美は、両手で枕をぎゅうと握ることで、乱れきってしまうことからなんとか耐えているように見えた。
「もっと声出せよ」
「いや……」
「こんなじゃ足りないってか?」
ややサディスティックに言って、指で出来るぶんいっぱいに挿し入れた。
ゆっくりとくの字に曲げるととろりと分泌するものが増す。
「あぁっ、ふ、ぁ……っ!」
「あー、そういうかんじ」
「何で……っそういうこと言うのぉ……?」
「わかんね、なんでだろーな」
掻き出した液体で、将臣は水かきまでぐっしょりと濡れてくる。
中が収縮して、少しずつ狭く、固くなるのを、指先で小刻みにくすぐる。
「ぁんっ……ね……ぇ、将臣くん」
「ん?」
「ん、じゃなくて……言わなきゃだめなの?」
「言わなきゃわかんねぇだろ」
望美が眉間に皺を寄せるような台詞だというのは、よくわかるから、
縋るように、下からのばした手くらいは、なるだけ優しく取ったつもりである。
「ちょっとでいいからさ、言えって」
「ちょっと……ってどんなの」
「それは自分で考えろ」
近づけた顔も、なるだけ怖がらせないように、したつもりである。
中から指を引き抜くと、合わせた目は不安げに揺れた。
濡れすぎて、ぬらぬらする手でベルトを外すのに、幾分意図的に摩擦音をさせながら、
ジッパーを下げて広くした股上を望美の手が這う。
最初にしたときは、最後まで見ることも出来なかったものだが、最近漸く触れるようになった。
下着の上から握って、頬をかぁと赤くするのを見るだけで、感じ入ってひとまわり大きくなる。
「か、硬……っ」
「ん、だから気持ちいいと思うぜ」
「ふふ、すっごい自信あるね」
「だろ。どうする?」
まだ焦らす言葉を言って、やわいその手を下着のなかへ誘導する。
吐く息が、お互い一段早まる。
「言わないとずっとこのまんまだ」
「やっぱり……?」
「言うまでやんねぇ」
望美は、あきらめたような短い溜め息を吐き出して、握ったものを僅かに数度、扱いた。
「っ……」
「いれたいくせに」
「……だから頼んでんだろ」
言ってから、やられた、と思った。不幸にして立場は逆転である。
望美は、やや優越感を浮かべた顔で、キスできそうな距離で小さく言った。
「これ、ちょうだい」
「かなわねぇ……」
自分から言い出したことに、後悔するのは珍しい。
入れる前から幾ばくか、終焉が近くなった気がするものを、
急ぎ露わにするのは本当に少しも格好いいことでない。
が、将臣にはそれを気にするだけの余裕も残っていない。
だから、スカートが皺になるだろうな、と思いつつ、そのまま挿入する。
「ん……あぁぁ……!」
望美がいち早く声を出してくれたから、自分のぶんが掻き消された。
これはよしとするしかない。
しかしやはり息をしたら声が出そうで、言い訳のように、キスを押し付けて止めながら、
絡み付きそうなぬかるみを、まるい先端で奥へ奥へ、押し拡げる。
「ん、んん……」
すべて入れて、漸く息が出来る。
その安堵は酷いもので、望美をぺたんと押しつぶすように、力がぬけた。
「……はいった」
「ねぇ重い……」
「悪い」
汚名はすぐにも返上したい。が、動く前に、言っておきたいことがあった。
「可愛い子には旅をさせろ、って、言うけどさ」
「うん」
「俺はぜってー反対だ」
「絶対賛成派かと思ってた」
「……そうか?」
「うん」
望美が言うのは、わからないわけでもなかった。
むこうにいる間、望美にとってはしばらくだったかもしれないが、
将臣にとっては三年半も、可愛い子に旅をさせた気がしている。
それは、ひょっこり出会えたあとも変わりなく、
折りに触れては会いに行くくせに、すぐに背中を向けたのは将臣で、
勝手に旅させたんでしょ、と言われれば、返す言葉もないのだが。
『生きてさえいりゃ、また会えるさ』
誰でもなく、自分に言ったのだと、今そうはっきり、わかる。
腕に抱く温もりは、もう夢でない。
十分にわかっていても、ここへきて、たとえ隣の家にだって、離したくなくなってしまう将臣がいる。
やっとこの手に、つかんだ。
守れる世界は、この腕で抱いていられる範囲だけ。
まことしやかに、そう思う。
「可愛いお前は、ずっと俺のそばにいろ」
「……どんな顔すればいいかわかんない」
珍しいことばかり言うから、と、望美はやや居心地が悪そうである。
「そのまんまでいいから、とりあえず、俺の手が届くとこにいてくれ」
「好きって言って」
「―――あぁ?」
「いま言ってくれないと約束できません」
「……マジか」
「まじで」
それで、この、小さな願いが叶うなら。
「お前が好きだ」
「もっと」
「好きすぎる。もうすっっげぇ好きだ」
「ふふ、他の言い方できないの?」
「笑うなって。これで全力なんだ」
それでも望美はくすくす笑い、その所為で内側が狭く軋んだりして、
埋めたものに、ざわ、とした波を再び甦らせた。
将臣は、小さく腰を動かし始める。
「あっ……んん、将臣くん……」
「なぁ、ボキャブラリーなさすぎだが、あれでいいか」
「ん、合格。大好き」
随分と長いこと乗っかって、つぶしそうな身体から剥がれた将臣は、
半身を起こし、脚を開かせたところへ、下腹をぐ、と前へやる。
「ひぁ……っ、あぁっ!」
角度を付けて、先で深いところへ捩じ込む。
やわらなヒダのあわいに挟まれると、酷い熱がからまるようで、
将臣はブレザーを脱ぎ捨ててシャツのボタンを緩めた。
背に滲んでいた汗を、近くなった空気が撫でるが、これでちょうどいい温度だ。
腰を動かしながら、繋がったところから割れ目を辿る。
中央の芽に届く頃には、指先が露を掬い取ってしとどに濡れていた。
その、滑りよい、指のほんの先で、赤く膨れはじめたまるいものを、小刻みにくすぐる。
「あぁんっ、あっ……そこいやぁ……」
「やじゃねぇだろ、ちゃんと立ってきてる」
「い……や、おねがい、どっちかにして」
「だめだ」
将臣の指が、くちゅくちゅと水音をさせながら執拗に動き、
それが聞こえるだけでも、望美はどうにかなってしまいそうな声を上げて、
せめても身体を捻って逃れようとする。
「やなの…ぉ、ねぇほんとにそれやめ……」
「イヤイヤは逆効果だって知ってるか」
「そんな……っあ、あぁんだめ……!」
更に中を突き上げることで、ぞくぞくとする快感が追い打ちのように迫ることを知っている。
それでも頑張りたいらしい望美の身体は、しかし反して力が抜けて、
ベッドが揺れるそのとおりに、遊ばれるように跳ねる。
「ほら、いいんじゃねぇか」
「あっ……、や……きもちい……ぃ」
我知らずに、望美の脚が少しずつ開いては、
いれたところの円周が、きゅうきゅうと将臣を締めつけはじめた。
打ち付ける度に触れ合う大腿が、しっとりと火照る。
「将臣くん……もっと……っん、して」
「かわいすぎ。先イかせたいかぁ?」
「や、だめ、いっちゃやだ……!」
すっかり暗くなった部屋は、ほんのりと色づく湿度で満ちてゆく。
隠しきれない水音で、ひとつ、またひとつとシーツが濡れる。
将臣は、されるままのやわらかい身体の、括れた腰を根元まで引き寄せて、
つなぎ目を揺さぶりながら、硬くなった粒の根元を、指先をまげて掻くようにする。
「あぁぁ……もう、だめ、いっちゃう……よ」
「っ、あぁ、いいぜ」
同じように、いまにも震えそうな腰を、いま一度騙して、
脈拍に呼応して収縮するところへ、括れをぐ、と挿し入れた。
「望美……ぃ、」
「あっあっいく……、あぁんいっちゃ……う……!」
「俺も……っんぁ―――」
びくびくと何度も震える内側へ、異質の液体がかかって混ざる。
絞り尽くしたのは互いに、ぜんぶ、なくなるまで
最後の収縮がひくんと落ちる、そのときまで
しなやかに抱いて、ただただ深く、繋がる。
◇
ベッドの縁に、どれくらいの距離をおいて座るのが、いちばん適当か。
望美は、ブラウスにボタンをかけながら、神妙に考えていた。
終わったあと、いちばん悩むのはこういう事である。
いちばん見てはいけないのは、ズボンを上げるときなのか、凝るジッパーを、じじ、と上げる仕草なのか。
「さっき、電話かかってきたときさ」
「うん?」
「……すっげ、焦った」
後ろ姿の将臣は、言って、背中をこり、と音をさせながら一つ伸びた。
望美は、最後のボタンをかけて、スカートの中へ裾を入れつつ、乱れたところを直す。
それは、あまり可愛いとは言えない姿なので、こういうとき、後ろを向いていてくれているのは嬉しい。
「うん。かな、って思ってた」
「知ってたのかよ」
なんだよ、とおどけた声と一緒に、部屋の灯りが灯る。
「あっ、まだ髪の毛くしゃくしゃなのに!」
「お互い様だろ」
将臣が隣へ戻って来て、ベッドが浅く沈んだ。
繕う間もなく、軽いキスで唇が塞がれた。
「ん……」
終わったあとのキスは、短くてもとても気恥ずかしい。
何となく、する前と顔が違っている気がして、離れた顔と目が合うのを、
少しでも遅らせたい気分になる。
「くしゃくしゃでも可愛いって」
「……ありがと」
髪をいじる望美の手を、将臣は緩く払って、続きに撫でる。
とても繊細とは言えない手つきで、時折縺れさせては痛がらせた。
が、端から見れば、ただのじゃれあいであるのは否めない。
「あいつ、お前のこと好きなのか」
「え?」
「ま、公言してなかった俺が悪いんだが……試験終わったらそれとなく言っとくか」
将臣は目線を上にして思案気だ。
髪の撫で方も、心なしか優しくなった気がする。
「………将臣くん」
「んー?」
ひとまわり大きな手のひらの、上からそっと重ねたら、少しだけ心配そうな目が合った。
「急いで言わなくてもいいよ」
「だが気が気じゃねぇしな」
「クリスマスになったらみんなわかると思うから」
「………みんな?」
望美は心底申し訳なさそうに、上目遣いで将臣を見た。
「あの……あれは、クラスでクリスマスパーティやる企画があるから、出欠とりたいって……」
「……それだけの電話とか言うなよ」
「なんていうか連絡網的な」
「……あああもう一ッ気に疲れた」
望美の視界からフレームアウトした将臣である。
重力がひくままに、ごろんとベッドに仰向けになったところへ、望美がぺたんと重なる。
「重い」
「重くない」
「重い」
「ぎゅってして」
「……脈絡ねぇの」
それでも、言われたとおりにしてしまう手のひらは、悔しそうに半端な力で抱いていた。
せめて目は合わせない、と、将臣はギリギリの意地を張ったのだ。
「クリスマス、ふたりして行かなかったら、イヤでもばれるよね」
「むしろ行きたくなって来るな」
「だめだよ、将臣くんから誘ったんだから」
「訂正する。俺は、クラスのクリスマス会にお前を誘うことにする、これでいいか」
「………じゃぁ明日みんなの前でつきあってるって言って」
「〜〜〜ンだとォ?」
これが目を合わさずにいられるか、と思っている。
腹筋に力を入れて、望美の貼り付く身体を180度捻り、上下を反転させた。
「それだけは断わる」
重いと言われてもいい、力技でねじ伏せても、何としても勝つ、
そう決めて、狭くした腕の中へ、じわじわと体重をかけてゆく。
しかし望美は怯まなかった。更に引き寄せさえしたのである。
「じゃぁクリスマス二人でして」
ぴったりと、押し付けた同じぶぶんが、再び熱をもちはじめているのを、
わかっていて言うのだと解釈して、声を近くちかくする。
「じゃあも一回やらせろ」
「30分だけ外せって言ったんじゃなかったっけ」
「延長する」
「まっ、将臣くん勝手すぎ……!」
試験勉強が、とか、言い訳する望美の、
折角着直した制服を、明るい中でもう一度開いてゆくことの、
罪は重々承知している、それでも。
正直、勝負がどうなっても、抱きたいときがある。
とても身勝手で、無謀な願いを、それでも叶えられる世界だから、
太刀を捨てた両手で、そして、同じく、自由になったその両手へ
完全な味方としてそばにいる幸せを、いっぱいにつかませたい。
そして、つかんだら。
願わくば、溢れる想いの一つさえ、零すなと
狭い狭い腕の中を、擦り切れそうなキスで埋め尽くした。
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