◆Special Thanx for... 常磐様


〜Special respect for Perfume
☆This story is written under the inspiration of 『Puppy Love』
☆R15/現代ED後/つきあってる設定











九郎さんの背中は、私が預かったつもりです。
それは確かに本当のこと。


ということは、その背を私に預けた九郎さんは、
絶対にほどけることのない、固く結んだ小指と小指みたいな、
なにかそういうものを、私に対して持ってくれていることになる。
それもたぶん本当のこと。


「あっ、九郎さんどこ行くの、待って」
「どこもなにも、帰るんだろう」
「もう! そうじゃなくてどうして先に」
「遊び足りなかったのならそのときに言え」
「………」


まあいい。ひとまず置いておく。
もとい、私は九郎さんの背中を預かった。
それだけに、九郎さんの背中を見つめることは、私に課せられた使命だと思った。
赤い糸がそうさせるのだと思ったの。あ、ここ笑わないで。
私としてはそれはもう、まことしやかに信じたのだから。


だから、ときに絶望に向かって動きもした運命は、
運命だからこそ龍の力をもってしても、止めることはできなかったのだし、
だから、私は更なる力を得ようとして、時の流れに逆らったのだし。


と、改めて思い返すと、
ひとりの少女の双肩で担ぐには大層手の込んだ事変に違いないはずが、
そのときはなにも怖くなかった。不思議なことである。


九郎さんが生きていて良かった。
いま、本当に本当に、そう思う。
けれど。


「ねぇ」
「なんだ」
「見てください、新作だって、スタバ」
「こーひーならうちにもあるぞ。キリキリ歩け。遅れるな」
「……遅れてないよ」



並んでないだけで。



―――そう。ここは、私の世界
九郎さんと遊びに行くのに、馬で並走ではなくて、
電車で隣に座ってコトコト揺られる平穏な世界。


「けどたまには寄り道くらい…っ」


返事はない。仕方がない。
私は、スタバのポスターに向けてビシと指していたひとさし指を引っ込めて追う。
高く、きつく結った九郎さんのポニーテールが、その歩幅のとおりにやや大きく揺れている。
まだ夕方ではないのに、目の前がものすごくオレンジよ。


「………ナニカ 怒ッテルン デスカ?」
「あ? 何故だ。怒っているように見えるか」
「〜〜〜もっ、もういいです! しゃべらない!」


私はぷいと顔を背けた。
まぶしさが目に沁みる。睫毛を揺らす、僅かな砂埃さえ爽やかよ。
ここへふたり、降り立った日と同じ、抜けるような青い空。


―――そう。あの世界はもうここにない


問題はその一点である。
戦は終わったのに、
私はどうして、いまでも九郎さんの背中ばかり見ているんだろうと、
そのことである。




* Kitty Love *






私の家はこの駅から徒歩15分。
九郎さんの家は頑張れば2分のところにあり、
スタバは改札からおよそ25メートルのところにある。
プールいっこ分の広さの店内と考えればよい。


エキチカ(×駅地下 ○駅近)だけあって一日中ごった返しているその店頭で、
先程早くもしゃべらないと豪語した私ではあるが、
けれど、そのままで済むはずがあろうか、いや、ない。


繰り返しになるがエキチカだけあって、
線路沿いに延びた歩道は人が多い。
その雑踏の中で、九郎さんと私は一列に歩きながら、
見る間に雰囲気を悪くしていた。


「なんでダメなのよいいじゃないですかコーヒーくらい外で飲んだって!」
「ならば言わせてもらうがこーひーくらい家で飲んだっていいだろう」
「なっ……新作だよ? 確か目いいんですよねいいくせに見えないの? すっごいおいしそうだったのに!」
「お前こそ! お前こそ…っ」


九郎さんは語尾を勢いにして、折り目をつけたように振り返った。
私は急ブレーキになって構えたが、九郎さんは急に失速して、
言いかけてはやめては、妙だ。
その間に観光客らしき一群が、私たちの脇を賑やかに通り過ぎた。


「……なによ」
「な、なんだその…そうアレだ、お前こそこのとりまく衆目というものが気にならんのか! 馬鹿!」
「馬鹿じゃないし」
「ならば大馬鹿に格上げだ」


髪の毛までフン! って言ってるみたいに、
九郎さんは先を行く。
泣きそうになりながらついて行く私は、
その歩幅に絶対遅れないように、
あわよくば追い越すくらいの勢いでかつかつと歩く。


新しい靴なのに
きょうのために買ったのに
ヒールにキラキラがたくさんついててかわいいのを選んだのに


折れたら九郎さんのせい


かわいいって言ってくれるかなんて
思った私が馬鹿でした


あ、そうか
やっぱり馬鹿なんだ私
大馬鹿ですねそうですね


溢れそうな涙を噛む。
鼻の奥が重くなって、埃の匂いはもうしない。
九郎さんの背中で見えないけれど、その先の角を曲がって、
最初のしかくい建物が九郎さんのマンション。
もう曲がらないで寄らないで、そのまま追い越して家に帰ろうと思った。


「ちょっとすみません」


言って、追い抜こうとしたら肩甲骨に額が当たった。
それなりに痛くて余計に泣けてきて、
それでも追い抜こうとしたら、九郎さんのよく灼けた腕がそれを制止した。


「なによ帰るの!」


そんな私の言葉の傍を、
自転車がすごいスピードで通り過ぎた。
重ねていた薄いチュニックが車輪に巻き付きそうな風情で吹き寄せられて、
肩越しに出しかけた頭を、私は反射的に引っ込めていた。
九郎さんの背中の、肩甲骨の真ん中に、額がぐっと埋まっていた。
正確には髪のあわい。九郎さんの匂いがする。



これは防衛本能
涙はこのようにも乾くのらしい



「……気をつけろ」
「……ごめんなさい」


でも、気をつけるにも前が見えなかったんだもん。
九郎さんのオレンジばかりで、自転車が来ることなんて。
手が突如引かれたのは、そういうふうに反論しようとしたときだった。


「く、九郎さん」


実際には声は出なかった。それくらいびっくりしていたのだし、
ドキドキしていた。
私はこころの中で呼びかけながら、反論のことは忘れてしまった。


曲がらないで帰ることも、同時に
綺麗にこつんと、忘れてしまった。


繋がれた私の右手は、セレクトショップの紙袋を持っているほうの手だった。
九郎さんが引いたことで、持ち手が手首まで落ちてきてる。
私を隠すような位置に立つから、並べないし、歩きにくいのに。


これでは、手をつないでるようには見えない。
怒られた妹が、お兄ちゃんの後ろにくっついてシュンとしてるようにしか見えない。



ばか
九郎さん
はずかしがりや



九郎さんの部屋に着くまで、
私はやはり声には出さずに、そんな苦言をポニーテールに向かって、
繰り返し繰り返し投げかけた。









ワンルームの玄関でサンダルを揃えていると、
後ろで冷蔵庫を開ける音がして、九郎さんが声をかけた。


「なにか飲むか」
「……なんでも、はい」
「……。あぁそうだ、どんなだった、お前が見たというスタバの新作とやらは」


どんなだなんて聞かれても、すぐに通り過ぎたから詳しく覚えていない。
というか、あれは口実だったから、本当に飲みたかったのかどうか、
自分でもよくわからない。
それに、歩き回ったから、ヒールのキラキラに砂が挟まっていて、
私は人差し指でそれをひとつひとつ落とすことに集中している。


それも違うか。
気まずいのだ。
うっかり手なんか、繋いでくれたりするから。


頑固に背を向けていたら、溜め息が聞こえる。
足音が近づいたのをぴくりと知覚すると、
刹那に両脇から抱えられて、ふわと視界が浮き上がった。


「……!」


腕の中で、苦もなくくるんと反転させられた私の、
指先からサンダルが落ちていく。


「や、ちょ、まだ途中」
「放っておけ」
「そんな」


視線の合わない九郎さんは笑っていない。けれど、怒ってもいないようだった。
部屋に運ばれる途中で見た冷蔵庫は閉じていて、
私を抱きかかえる九郎さんの手は無論どちらもカラだった。
肩で押して開けたドアの隙間から、私が最初に見た家具はベッドで、
どうやら九郎さんは、どこにも寄り道をせずにそこへ向かいたいのらしい。
そういう足取りの一定の揺れの中で、
私は赤く赤くなる。


「……降ろして。ください」
「飲み物よりこちらのほうがいいのではないかとな」
「だっ、誰もそんなこと言ってない!」
「ならば初めから言え。飲みたいものをハッキリとこの口で」


この口、と九郎さんが表現するくらいには、
私の唇は近くにあった。
ビクとして広い肩に腕を突っ張って、できるだけ顎を引く私を、
可笑しそうに笑う九郎さんの顔はもうひとつ寄せられる。


これじゃ引いた意味がないじゃない
いや、ダメ、しないで


「っ、ん……!」


あまりに簡単に塞がれたのは、
この口でそうハッキリと言葉にしなかったから。
尖らせたままにしていたから。
つるりと舌まで入ってくるのは、
この口がハッキリと抵抗しないから。


ていうか、甘いものかなにかになったみたいに、
九郎さんの腕の中の私は脱力していく。
ほろりとカドを崩して、溶けてしまいそうになる。


重くなった私の身体は、九郎さんのするままになって、
ベッドに確かに沈まされる。
空気の逃げ場もないみたいに、腕は私の頭を抱え込むようにして、
狭くせまくされてしまう。


「ん、ぅ……」


いつ、そんな気になったんですか
こんな一方的に、私を猫みたいにくしゃくしゃにしないで
耳のところで留めたピンが、ピリと引き攣れて痛いんです


こんなことをするひとなのに、
衆目なんて気になるんですか
いまは逆
衆目より九郎さんの変貌のほうが、
私はすごくすごく困るんです


「お前の脚がな」


息継ぎの合間に、九郎さんはそう切り出した。
切り出しながらもしきりに口づけなおす舌づかいが甘すぎた。
なにか、他の音が欲しい。
水音でない、音楽とか、快速電車の通過する音とかが欲しい。


「や、ぁ……ん、っン……」


膝裏に手を入れて、直角に折っていくその手つきも、
制止する隙もなく鮮やかだ。
私を完全に屈服させて、潤む瞳を得意げに見下ろして、
ぷつんと途切れる唾液の弧までを先に啜られてしまうのが悔しい。


「……あし?」
「あぁ。気になっていた。あのような靴で歩くお前の脚…特にアレだ、足首が、いつにも増して綺麗でな」


と、九郎さんは言ったその箇所をつつと舐めた。
あまり不意打ちすぎて、私は自分の出した声にこそ赤面してしまう。


キレイなんて言葉もそうだし、
それに、見ているらしいことも。
「あのような靴」も、私の脚も足首も。
いつの間に、本当は、ちゃんと見ているらしい。


人知れずキレイにしておいて良かった。
お風呂上がりにいい匂いにしておいて良かった。


「ぅん……ッ……ふ……」


枕に埋めて吐いた呼吸が、浅くて、熱くて、濡れていて、
九郎さんが舌を這わせる足首からその上の、肌の柔らかいところまで、
一瞬で火照って色づいていくみたいだ。


自転車に巻き込まれそうになっていたチュニックは、
既に下腹のあたりまで捲れ上がっていた。
ピチと脚に貼り付けるようにして穿いていたジーンズのファスナーに、
九郎さんは同じく自分の浅い股上で圧してくる。
もういつでもできるのだと、私にわからせるためにそうするんだと思ったら、
身体が勝手にぬかるんでいく。


それは知られたくない事実
けれど、きっとつつ抜けているのだろう事実


「……いつの間に」
「気取られる訳に行くと思うか」
「……負けました」


腕を回す前に、私は九郎さんの髪を解く。
急こうとする手指を宥めながら、痛くないように一巻きずつ、
オレンジのポニーテールを緩めていくのだ。


こうされるのが好きなことを知っている。
破天荒な見た目より、本当はずっと柔らかい毛先で、
私の鎖骨だとか胸だとかを、くすぐるのが好きなことを知っている。


「先にひとつ謝っておきたいことがある」
「はい?」
「お前が靴擦れを起こしている件だが、すまん。手当諸々はあとだ」
「―――」


それは、私だって既に忘れていたことだった。
おろしたてのサンダルがした悪戯より、
九郎さんをどうやって攻略しようか、そのことばっかり考えて。
可愛いって言わせるために、やきもきばかりして。



ごめんなさい
九郎さんはちゃんと楽しんでくれてたのに
私も一緒に、もっと楽しめば良かったね



はらりと降りた長い髪で、私の視界が一段翳る。
見蕩れていたら、下着のあわいを指が滑り込んだ。
髪を解いている間に、私は素足にされていたのらしい。


「あ……」


複数の関節の、まだ消えない固いマメを感じる。
乾いたそれが内側をこそげて、
ビクと跳ねる私の腰を、しっくりと押さえ込む力はしなやかだ。


「お前、随分濡れやすくなったな」
「……言わないで」
「ん?」
「や、……っんぁ、だ、め……!」


不謹慎に過ぎるのだけれど、
不躾な指で溶かされながら、私はひとつ悔いる。
願わくばあの戦のどこかの陣で、



たとえばそう、こっそりと、ふたりだけで



生きるか散るかの瀬戸際で、この指若しくはそれ以上を、
感じることができたなら、それは、一体にどんな至福だったろう。


九郎さんの背中を見て、イチから育ってきた私としては、
いつの間にかこんなにも、戦場が恋しい。
本当はあなたは、ここでない世界で、本当の花を咲かせるべきひとだったのでないか―――


「義経さん」
「……なんだ急に」
「あ、違う違う間違った。九郎さん」



―――世が世なら



それが叶わぬならせめて私が
いっそ、この世であなたを
寿命のぶんだけどこまでも愛してあげます


だから、ちょっとでもいいから笑ってください
こんなときくらいはもっと
あなたの笑顔が見たいんです



「指じゃやだ」


九郎さんの夏色の、半袖のポロシャツを、首からすっぽり抜き取って私は言った。
深いところから抜かれる指に肌が粟立つ。


「まだいってないのにか」
「いいの。して」


妙なところで勘の良い九郎さんは、
私が無言で考えることを、たぶん見抜いているから。
ごめんなさい、しましょうと、軌道修正は私の役目だと思うから。


「九郎さんと一緒がいい」
「甘えるのはこんなときばかりか」


ぐ、とせり上げられる着衣と、露になった胸の揺れるのと。
おもちゃかなにかになったみたいで、
私はキリといつもの強気な目線を向けた。ちなみに少し苦労した。


「すまん」


なでなでとあやすような唇が首筋を遊び始めて、
一瞬見えた穏やかな表情が、また見えなくされてしまう。
せっつくようなその仕草はじゃれつくみたいで、
私はフゥと顎を上げて、全身に細かな逆毛を立てる。


「少しは普段から慣らしてもらわなければな。俺に耐性がつかん」
「…え?」
「……な、なんでもない!」


胸を重ねた九郎さんは、有り得ないくらいの熱源だった。
私よりも熱いのかも、と震えて噛んだ唇がまたほどかれる。
もうすぐに溶け合わされるところで、
伺うまるみがぴちと音を立てた。






− Kitty Love・完 −





・Perfume/Puppy Love
・九望にしか聞こえない曲/完全にツンデレーション

でリクエストしていただきました! 常磐さん本当にありがとうございました!

常磐さん! なにはさておきとりあえず告白していいですかッ! あっ逃げないで!
八坂では楽しすぎる時間をありがとうございました……!
リクエストもご協力下さってヒィィ感謝感激です!!

ていうかいやいやいやいや、この曲はもうアレですよね九望者にとってバイブルと言うか、
常磐さんも御存知かどうか、同じ題材で他の方が作られた作品を拝見したことが実はありまして、
そのときからこの曲はもう九郎さん。と真顔で信じていたので、リク拝読しながらゴロンゴロンしておりました。
指摘して下さった歌詞のところ、もうもう、めちゃくちゃ場面が浮かんできますよね。
九郎さんのツンデレーション最大の山場として、私は個人的に襖の外に柿事件が外せないのですが、
そもそも出会いのところから既に炸裂していたような気もします。
「名なら自分で名乗る!」というのはある意味究極にデレだよなとか、あ、これは九望フィルターかかりすぎかもですけどw

遙3青龍のどちらにも言えることかもですが、戦場において戦場的な、戦場でしかできない恋をした九望が本当に好きです。
現代にお持ち帰りEDになったのも、義経ならではだなぁと思いますし、
だからこその九郎さんの安寧と、望美ちゃんの負い目みたいなものもあるのかなぁと、
更にケンカップル、それでいてエロい(真顔)という、九望には萌えがいっぱい詰まってますよね…!
久しぶりの九望をこんなに楽しく書かせていただける機会を本当にありがとうございました!
R15なのか18にかするのか微妙なとこですがそこは九郎さんのせいということにしたいです(正座)
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです…!

PS:そうそう、遙5では龍馬さんにハマっておられると小耳に挟みましたでへへ!
また楽しみにサイト伺います! 常磐さん大好きー!(さぁ早く逃げて下さい)

2011.06.26 ロココ千代田 拝