九郎は苦学生である。

この時代に何を、という響きであるが、彼は真実苦学生である。
元々この世に産まれ育ち、親の元から大学に通える者の事を考えれば尚の事だが、例え経済環境に恵まれない者の場合と照らしてみても、九郎は遥かに苦学生である。

平常に暮らしていれば、おおよそ存在するとは考えられない時空の彼方から突如移動して来た九郎だが、九郎からしてみれば、こちらの世界こそがおおよそ存在するとは考えられない時空の彼方。
龍神(元・白龍)は、そんな彼の境遇を慮って、移動したその日から、不審に思われる事無く暮らせる為の戸籍、ワンルームマンションと、それから彼の年齢にそぐう『大学生』の地位と通うべき大学を付与した上で、彼とその恋人の時空移動をなした。
しかし、次年度それを継続するか否かは九郎の自由に任された。

自由、と龍は簡単に、かつ明朗に言ったが、正確に表現すれば、『明日からもその地位を継続する為の金銭は、自分で賄うこと』という意味なのである。
人の言葉を上手く操る事を習得せぬまま龍神に戻った白龍は、いささか説明に欠けた。

それだから九郎は、ワンルームマンションの家賃、大学(公立理系)の学費、生活費の全てを、アルバイトにて賄う事となったのである。
まさに、移動して来た次の日から、望美に手伝ってもらいながら、九郎はアルバイト探しに奔走した。

『言葉、特に英語だね、―――――がわかんない以上、サービス業、、、って商人?でわかる?―――――は無理だと思うんだ。それさえ克服できれば、販売とか取っ付きやすいんだけどねぇ〜。』
『剣の腕はある。その方面で教鞭を振えないか。』
『だめだよ、コッチとアッチじゃ剣に対する考え方がぜんぜん違うんだよ。まずはそのへんをよくわかってからじゃなきゃ危険すぎるよ。』
『、、、、、。では、力仕事なら少々自信はあるが。』
『それもダメ。まずは免許って言って、車を運転する為の許可を貰いに勉強しに行かなきゃ仕事になんないんだから。』
『ならどうしたらいいんだ!』
『なによ怒んないでよ!私だって言いたくないけど、ほんとにそうなんだもん!あとで苦労するのは九郎さんだよ!』
『、、、すまん。』

向こうの世界では喧嘩も上等に渡り合ったつもりだったが、この当時の喧嘩はどう考えても九郎には分がなかったものだ。それも、今となっては懐かしい。
とりあえず、そう思えるくらいには、九郎が今この怒濤のような日々を、楽しんでいる事は確かだった。
喧々と憎まれ口を叩いていたのが嘘のように、ある日、望美は最高の仕事を見つけて来た。授業の後でも融通が利いて、この世の人とも、一部とは同じスタートラインから始めることができたのである。



そして、12月24日。
世間では三連休〆日であるが、苦学生にとっては掻き入れ時である。九郎は三日続けて馬車馬のようにシフトに入った。



ガララッ!


『喫煙ルーム』と表示された、オフィスの端の端の、狭きガラス張りの小部屋に、勤務を終えた九郎は必ず出没する。
足を踏み入れる時には既にソフトパックを左手に、そして右手で一本、挟んで持って口許に当てている。一言で言うとわくわくである。
数時間の禁煙を余儀なくされるオフィス仕事の後の、ささやかな楽しみのうちの一つであった。
多分に喉を使う仕事ではあるのだが、これを止める事はどうしても出来ないでいる。その分、うがいや水分補給には人一倍気を使っているつもりである。
それに、家では望美が嫌がる為に、真実ここくらいでしか、九郎は喫煙する場がない。
彼は、愛煙家であった。だから、みすみす望美の前で禁を犯し、喫煙の権利自体を取り上げられる事をよしとしない。私の前で吸わないで、と言ってくれてむしろよかったと思っているのである。
奥の喫煙デスクに陣取ると、吸煙ボード周辺にやや灰が散っていた。逸る喫煙欲を抑えつつそれらを軽く払ってから、鞄と紙袋を一つ、その上に置いた。
やれやれと、煙草を口に銜えて火を構えた時、足元に赤い塊が蠢いているのが視界に入ってのけぞった。
他に人がいたならちょっと恥ずかしかっただろうな、というくらいにはステップを踏んだはずである。それだから、正体を知った時にはやや憤った。

「っ、、、!ヒノエ!未成年が何をしている!」
「しっ!声が大きいんだよ。だから隠れてるだろ?」
「そういう問題じゃない!というか誰もいない!」
「ならいいじゃん。」
「そういう問題じゃないと言っている!」

九郎はヒノエの口から、半分も吸えていない煙草をもぎ取って、灰皿の中へと投げ入れた。


ジュ!


「、、、、ちぇ、もったいねーなー。」

苦言を呈したヒノエを他所に、自分はしっかり火をつける。

「何かあったのか?」
「何で。」
「お前が煙草など吸う時には、何か理由があるだろう。」

そう、ここでヒノエに叱咤したのは一度や二度ではない。そしてその度に長い愚痴を聞かされている。しかし、聞かねばこの赤毛はまた法律違反をするであろうから、放ってはおけないのである。

「所詮、家庭用品部にはわかんないと思うね。この激戦期。」
「、、、お前、声が涸れているじゃないか。」
「一日中電話鳴りっぱなしなんだぜ?昨日でイブ必着便の最終受付締め切ったってのにさ、オードブルの問い合わせは全盛だし、ここへきてクリスマスケーキの受取時間を変更しろだの、チキンを冷蔵から冷凍に変えてくれだの、最近はメディアの煽りで生産地を細かく聞いて来る連中も増殖中。ったく、こっちはパソコンの入力だって追っ付いてねえってのに、それどころじゃねえんだっつの。」
「、、、、大変だな。」
「九郎はどうなのさ。」
「まあ、俺は」

九郎は、有名百貨店の宅配コールセンターのオペレーターである。パソコンに全く知識がない、と心配していたが、この世界でもそういう人間は割といるらしく、彼らとともにイチから研修を受けたらさほど難しくもなかった。
ヒノエの愚痴を聞くに、比較的地味で、かつ品目の少ない家庭用品部に配属されたのは幸いだったようだ。カタログの内容を暗記しておいた方がよい、との上官の指令に従って全て覚えられたし、電話が鳴ったら出て、機械から聞こえて来る声に慣れさえすればあとは会話をすれば事足りた。パソコン作業といっても、ひな形の上にカタログ記載の番号など数項目を入力するだけだ。大変楽しかった。

「そうだな。今日には落ち着いたが、それでも昨日まではくりすますの贈り物にと言って稚児向けの衣服や遊具などの注文は多かったぞ。」
「我が家のニューフェイスへ〜初めて私がサンタさん〜、って企画か。」
「ああ。くりすますとは、家族内で贈り物を交わしあい、その大切さを噛み締める為の日だ、と上官がおっしゃっていた。」
「そう思ってるのはお前んとこのマネージャーと、お前くらいだと思うぜ。」
「そんなことはない。こういう機会に家族の絆を深めねば、この世界では団欒も薄いのだと聞いたからな。」
「はいはい、そりゃあよかったね〜。」
「何だ、険があるな。」
「少なくとも俺らの世代じゃ、そうじゃないってことだけは知っといた方がいいぜ。お前も彼女いる身分なんだからさ。」
「、、、よくわからんが。」

返答は、特に照れ隠しではない。家庭用品部ではそのように教えられたし、この世界で初めて迎えるクリスマスに、それ以上の先入観も知恵も持っているはずがなかった。それに、ヒノエには黙っておいたが、これでも一応望美へのクリスマスプレゼントは用意しているのであった。だから今日は、鞄の他に紙袋を持っているのだ。

「あ〜あ、俺も家庭用品にしときゃあ良かったかな。食料品なら向こうと共通だと思ったのが甘かった。コッチは飽食の時代、だってさ。キャパ越えて吐くヤツまでいる世の中、呆れたね、ほんと。」

語尾がやたらツンケンしていたが、それでもヒノエは日々、こちらの言葉をかなりの勢いで習得している。口で言う程嫌がってはいないのではないか、と九郎は思うのだが。

「まだ残業があるのか。」
「、、、、、。」

九郎は二本めの煙草に火をつける。

「お前、帰んの?」
「ああ、定時だ。」
「、、、、、、あ〜ぁ。やだな、戻んの。」

ここで同調しては彼の為にならん、と九郎は敢えて黙っていた。すると、次に聞こえたヒノエの声は、意外に小さく萎れていた。

「何かさ、、、ミスしてる気がすんだよな〜。」
「そうか?」
「もし、イブにさ。」
「ああ。」
「注文してたものが来ないとか、間違ったのが来たとか、なったらスゲーやじゃん。大事なヤツと過ごしてる日に、そんなことあったらさ、萎えんじゃん。」

うずくまったままの赤毛が、小さくなってやや肩を落とす。
ヒノエは、『男を上げたい』と言ってこちらの世界に来た。時が来ればもとの時空へ戻るつもりらしいが、高校生とアルバイトを両立している姿は、若いのでなおさらに凛々しく見えたものだ。望美とは同じクラスなので、ヒノエにも望美がこのアルバイトを紹介したらしい。

「間違いがあったかなかったか、今から憶測するなど無意味な事だ。全くないかもしれんだろう。それに、そのようにしていると、残業の分にみすが出るかもしれんぞ。」
「うー、それは、こまる。」
「だいたい年末が忙しいのは俺たちの世界でも変わらない。そう、気負うことはない。」
「、、、かな。」
「そうだ。」

九郎は、自分が半分ほど吸った煙草をヒノエの口許へ持って行ってやる。一口、吸い込むのを見届けてから、それを灰皿へと落とした。

「それで頑張れ。」

ぽん、と肩を叩くと、ヒノエは、やっと笑って立ち上がる。
そうして軽く駆け出してゆく背を見送りながら、何だか、いい日だな、と思った。





Santa Claus is Comin' Home





「ごちそうさま。」

九郎は、頂きますとこれだけは、しっかり口に出して言う男である。
例え一人でも言う。
そして、食べ終わったらその足で茶碗をシンクに運び、またその足ですぐさま洗いものをし、跳ねた水気や油などを、ちゃんと拭き取って綺麗にする。
九郎は魚好きで、生ゴミも割と出るのだが、これも毎日ちゃんとまとめて捨てる。ゴミの日は忘れた事がなかった。
だから、このワンルームマンションはかなり整然とした男所帯である。
バイトから帰って部屋が暗いのは、今日で三日目を迎えていた。足を乗せたフローリングに、しん、と冬らしい冷気が這っていた。
居候のように入り浸っていた望美が、この連休初日の早朝、あっさり帰って行ったからである。
先程はヒノエにけなされたが、九郎が上官の蘊蓄を疑わず信じているのは、望美のこの行動があったのも深く関係していた。

『やはり、くりすますを前にして、家族水入らずで過ごすのだな』

と、そう微笑ましく見送ったものだ。
今頃は、さぞ団欒が進んで、家族愛が深まっているだろう、などと思いながら、シンクの蛇口を捻る。

『毎年恒例の家族旅行なの。お土産一杯買ってくるね!』

可愛い服は実家よりもこっちにたくさん置いているとかで、望美は九郎の部屋で荷造りをして出掛けた。
跳ねるような足取りは、ふわり、と戸口へ駆け出て、なびいた髪が朝陽に透けたのが鮮明に思い出せる。

「む、あれはかなり可愛かった。」

どれほど流水が冷たくとも、九郎は茶碗洗いに湯を使わない。しかし当然震えたくなるほど冷える為、このような事を考えながらスポンジを動かしているのである。
そして、あ、と思い出した。
もう一つ、洗っておかねばならないものがある。
いったん水を止めようとしたらインターホンが鳴った。

九郎は一度にたくさんの事を考えるのが得意な方ではない。だから止めようとした水を逆に捻ったり、洗い終わった茶碗に洗剤の付いたスポンジを乗せたり、そんな自らに憤慨したりしていた為にドアを開けるのが若干不自然な間になった。

開けたらまず一声に苦言が飛び込んで来た。

「もう!どちら様ですか?って通話してから出なきゃダメって言ってるのにっ!簡単にドアを開けちゃ危険な事もあるんだからっ!」

やたらびっくりマークを付けた語尾にて、数多のビニール袋や紙袋で大きく膨れた望美が、プリプリ靴を脱いで入室した。このように、現代に生きる作法については、望美から細かいところまで五月蝿く言いつけられている。
九郎が本音を言えたなら、暫くは帰って来ないだろうと油断していた、というところである。

「お、お前だとは思わなかった。」
「だったら尚更でしょう?」
「、、、、確かに。すまん。」
「以後気をつける事!」
「わかった。」

うん、と大きく頷いたのは望美の方で、瞬間、どさりと荷物を両手から滑り落とした。そして、まさに全体重を九郎に預けて、背に手を回して独り占めにした。

「ただいま〜九郎さんっ!」

ふわり、とあの朝と同じように、桜色の髪が跳ねて、ぱふんと胸に落ち着いた。
すうー、と小さな音をさせて、望美は九郎の、シャツの匂いをかぐ。

「まだ着替えてないでしょ。」
「わかるか。」

二人でくすくす笑った。

「それに、手も濡れたまま。ちゃんと拭きなよ。」
「慌てたのでな。お前だとわかっていたら、もっと濡れていたかもしれん。」
「それはやだなー。」

きゅうきゅう抱きしめるものは互いの背。九郎は望美の頭の上に顎を乗せて、望美はそれをぐりぐりと擦ったりし、一体どれだけぶりの再会か、というような有様であった。
しかし、九郎は少しだけ心配していた。何故、今日帰って来るのか。今日はくりすますのはずだ。

「ていうか九郎さんご飯食べちゃったんだ。」

ひょいと肩越しに、望美はシンクの中を見やっているようだ。そうだ、洗いものの途中であったのだ、と彼女を部屋に座らせて、持ち場に戻る。

「ああ。さっきな。」
「何でー、せっかくお土産いっぱいあるのにー。」
「何だってー?」

水の音に、望美の声がかき消されるのだ。九郎は若干大きな声を放った。

「だーかーらー、九郎さんのー、好きなものー、いっぱい買って来たのにーーって!」
「そもそもお前が帰ってくるとは思わなかったんだ。よりによって何故今日帰って来るんだ?」

返事を聞き取れなかった九郎は、もう一度、同じ事を言って。

「聞こえてるのかー?」

これもまた二度言ったが、返事はなかった。やはり聞き取りにくいらしい、と、九郎は急いで食器を片付けて、今度はちゃんと手を拭いてから、望美の傍に胡座をかいた。そして、遅くもその異変に気付いた。

「な、、、、っ!ど、どうしたっっ!?」
「知らない!」

勢い髪を振ってそっぽを向くのに、小さな水の粒が、空に跳ねた。

「な、、いてるのか?」
「、、、、っ、、、。」

あの、浅瀬の海の色をした、大きくて丸い瞳が濡れるのを見ると、九郎は完全にへたってしまうのだ。いや、むしろ、見なくとも。
彼女が泣いている、そう思うだけで、こころがいっぱいになって苦しい。
女の涙に、強い男などいないと思う。しかし、九郎の場合は少し極端だった。
いうなれば、身体が拒む。骨の中心あたりがきしきしする。
何故だろう、決して泣かせてはいけない、この涙を見ない為なら何だって出来る、と、あの時空で、戦が終わりに近づくに連れて、そのような予感めいた、暗喩めいた思いが強く、強くなってゆき。
そして、それは今もたゆたゆと、九郎の中を流れる気持ちだ。

「何故、俺はお前を泣かせた?」

そう聞けたならどれほど楽だろう、と思いながら、九郎は望美の肩に恐る恐る、触れた。先程キッチンでしたのとは、全く違う抱き方だ。

「そんなに私がいない方がよかったんだ。」
「んあ?」

思わず、抱こうとしていた腕を戻して横顔を、正確には耳あたりを凝視した。

「先にご飯まで食べちゃって、それも一人で食べてたのかどうか、私にはわかんないもんね!―――――あ!だからあんなに慌てて出て来たんでしょうそうなんでしょう!!」

涙で赤くなった、水気をいっぱいに含んだ睫毛がきりりと睨み上げる。
しかし、ここで同じようにまくしたてるような男では、九郎は、なかった。
何を言われているのかはさすがに理解できる。望美は、明らかに何かを誤解した。
そして、九郎は、誤解させるような事を言ったらしい。これは、事実であると飲み込めるくらいには、九郎は幾らか年長であった。

「何をそんなに訳の解らない事ばかり並べているんだ?」

だから敢えてそう言った。起伏を押さえた、滑らかな、しとりとした声が出た。

「じゃあ何で帰って来ちゃいけないの!?」
「今日はくりすますいぶの日だろう?」
「、、、、、、え?」

望美の潤んだ目が、さらに丸く丸くなる。

「くりすますは、親の元で過ごすのだと思っていたから、今日は俺は緩んでいた。飯を先に喰った事は悪かった。――――――しかし、やはり戻った方がいいんじゃないか?」
「あの、、、九郎さん。」
「何だ?」

すっかり覇気をなくした肩を、今度は優しく抱き寄せる。誤解は解けたのだ、と安心しつつ、愛しさに目を閉じる。

「今日、イブなの?」
「、、、、、、、ぁあ?」
「ごめん。あのー、えっと、、、その、、、忘れてた。」

突如、桜の髪がぴょんと跳ね、眉をハの字に軋ませて、真っ直ぐ九郎を見つめて望美は、ぎゅうと彼の両手を握りしめた。
これは、彼女が彼に、本当にごめんなさい、と思っているときの、それでも酌量を願いたいときのポーズであった。

「わ、私、この時期はいつも家族で旅行に行ってて、で、去年も行ったんだけどホラ、えっと時空移動してるから私には一年以上のタイムラグが、、ってえーとズレがあるから、実際二年ぶりの旅行だったからすごくすごく楽しくて、お父さんもお母さんもすごく楽しそうで、嬉しくて、、、。、、、クリスマスのこと考えもしなかった、、、の。本当に―――――」

その先が詰まったのは、九郎の唇で埋め込まれてしまったから。
うむむ、と変な発声を残して切れた言葉の上から、九郎が重ねた。
息継ぎとか、準備などなしでキスされたのは初めてで、望美はすぐに苦しくなった。
あ、また変な声が出てしまうかもしれない、と覚悟を決めたところで、九郎が計ったようにして唇を離した。そして、また重なるかと思うほどの距離で、それが動いた。

「ごめんなさいじゃない。お前たち家族にとって、とてもよいくりすますいぶだった、ということじゃないか。謝ることがあるか。」
「でも、、、。」
「そして、ここへ帰って来てくれた、ということは、夜は俺がお前を、貰っていいという事なんだろう?」
「―――――く、九郎さん、、、、っ」

真っ赤になった頬を包んで、小さく笑いながら、その唇はまた望美をついばんでゆく。軽く引っ張るようにして、下の唇と、上のとを、交互に食むようにされると、望美の腰が僅かにくねる。それを追って、節の隆起の際立った手がさわと撫でる。

「何だ、もう濡れたか?」
「しっ、、、知らない、、、っ!」

全く滞りなく、つゆ軋ませもせず滑らかに床に押し倒す仕草を、見上げることは至福だった。背に感じたつるりとした板敷きがいつもよりひんやりとして、どれほど九郎が待っていたか、望美は漸くちゃんと、身体の真ん中で受け止める。
ちゃんと脱がせて欲しいな、とも思う訳なのだが、それは九郎の気遣いでもある事がわかるから、今夜はこれで、よしとして。
だが、いざ黒いベロアのワンピースをぐいと押し上げられて、裾を飾る白いファーが腰のあたりでふわふわ揺れているのが、何だかいつもよりも恥ずかしくて困った。
そこから九郎の指が、胸に触れんとして這い上がってくる。
しかしながら、それは一旦トラップにかかる。
胸を掬い上げるようにしてきゅ、とくくられたリボンに、九郎は苦笑した。それほどに、逸っていた。
擦れる音など聞こえぬほどに、それは速やかにあっけなく突破され、ブラの留め具もいつの間にか外されていたのでは、もう覚悟を決めるしかない。
そのときを、怖がっているのか、それとも、待っていたのか。望美の唇から、ついに高い声が漏れた。
ツン、と先が硬くなるのがわかる。解れていくからだが、火照ってゆく肌が、自分でちゃんとわかるようになった。

「正直、限界だった。」
「ん、私も、だよ。」
「今夜来てくれなかったら、夜中にお前をさらいに行ったかもしれないな。」
「あ、なんかそれ、、、ちょっと憧れる、、、かも。」
「本当か?おかしな奴だな。」

沸き上がる甘みに揺らぎゆく身体は、加速度を付けて熱くなる。いつもよりその波は角度を強めて、二人を波の向こうにさらう。零すものも、流れるものも、全てがその要因になって、苦しくて、気持ちよくて、湿度の高い溜め息が部屋を埋め尽くすようにしてその色を変えてゆく。

「ね、、もう、いれて。」

九郎の動きは、確かに急いていた。ベルトを外すときの音も、ぎりりとジッパーを下げる音も、それから後の音も、望美の耳には全部が一度に聞こえるくらいだった。
そして、見慣れたはずのそれを視界に捉えたら、それがもうすぐにはいってくるところから、とろりとしたものが流れた。
本当に、どれだけぶりかと思うくらいに、はいって来たものが大きくて、望美は切ない声をたくさん上げた。

「っん、、、ぁん、、っ、、、そんなにそこばかり、しないで、、、っ」
「俺もここがいいのでな、、、っ、、、もっと、やりたいぐらいなんだが?」
「や、、、、いや、、、、っ、、、ん!」
「本当に、いやか?」

ぐう、とそこに、そしてそこからもっと深くに、九郎の先の隆起が侵入した。
蜜を掻き出すようにして、内壁をそれが擦るたびに、望美の感覚が研がれ澄まされてゆく。
からだのなかで、九郎の形がわかるということは、これはどういうことなのだろうか。
と、本当は答えなどわかりきっている命題を、頭の中で何度も反芻し、そしてその度にきつくなって痺れてゆくのが、これが、溺れるということ。

「あ、あ、やだもういく、、よ、九郎さん、、、っ」
「ん?俺を待ってはくれないのか?」

九郎はそれをわかってか否か、律動は早く、より正確になった。そして、望美が泣きたくなる、いちばん奥に届かせて、小さくそれを揺らして撫でた。

「や、、、も、むり、、、っ、、、、ぁあいく、、、」

九郎のシャツは、もう皺だらけになっていた。その上最後に望美が握りしめたところは、それがするり、堕ちた後も、くっきりと跡になって残った。
無論九郎は、彼女の腕が堕ちるのを、指先が曲腺を描くのを見届けるまでは、どうあっても果てたりしない。
やっとそれから、その腕ごと、九郎は全てを抱きしめながら、最後の一滴を絞るまで、確かな震えを彼女の身体に刻むのだった。




冷えるだろう、とベッドに運んだら、それで望美はすっかり寝入ってしまった。
今夜はもう起きないだろうか。
まだ宵の口ではあるのだが、旅先から戻った身体は自覚するより疲れているものだと、九郎はよく知っていた。
だから、このまま自分も眠ってしまってもいいと思った。
その前に、本日最後の一服、つまり望美が寝てしまってからでないと訪れない機会を、と思い立ったところだったが。



何か忘れている気がする。
インターホンが鳴る前に、確かやろうと思っていたことがあったはずだ。



ローテーブルの真ん中に、大事に置いた紙袋だ。



家庭用品部で扱っているクリスマスギフトから選んでおいたものだった。
すぐに使えるように、洗っておこうと思ったのだが、当然可憐な紙で包装されて、金色の結び紐もかけられていた。



これは、彼女に開けてもらいたいものなのではないだろうか。
隠すつもりなど全くなかったが、結果的にここまで秘密にできている。
それならば。
そう、例えば、明日、クリスマスの朝一番に、彼女が目覚めて見つけてくれたなら。
そ、っと包みを開ける姿が目に浮かぶようである。
それをみて、朝一番の空腹を思い出してくれたらいい。そして、『九郎さん、早く朝ご飯〜!』などと可愛い声で起こしてくれたら最高だと思う。無論作るのは九郎の方であったとしてもだ。
ちゃんと綺麗に洗ってから、これにもりもりと白米を盛りつけてやる事は、これ何とした幸せと呼ぼうか。



このワンルームには、まだ望美の茶碗がなかった。それが、ずっと気にかかっていた。うら若い女子を、ここへ住まわせて留め置くつもりだと捉えられるのも本意ではなかったから、なかなかちゃんとしたものを買えずにいた。


だが、クリスマスは家族の絆を深めるもの、と聞いて、最初に望美の顔が浮かんだからには、この気持ちをかたちにするより他の選択肢が、九郎にはなかった。



音を立てぬように注意して、九郎はローテーブルをベッドの脇に移動させた。
そして、包みを真ん中に、置いた。
枕元もいいかと思ったが、中身が割れ物なので万一の事態に備えたのだ。



嗚呼、満足なりくりすます。



九郎はキッチンの換気扇を回して、煙草に火をつけた。
心地よくアドレナリンが廻った身体に、煙草が殊更旨かった。
足元には、望美が抱えて帰って来た数多の大荷物が、まだそこに鎮座していた。
恐らく、その中にはたくさんの土産物が入っているのだろう。

ちらりと伺ってみた中で、九郎の目を引いたのは『柳カレイの干物』と『あきたこまち2kg』であった。

「俺はむしろこれがいいぞ、ぷれぜんとは。」

九郎の中で、翌朝の献立が決まった瞬間であった。



一年にたとえ一度でも、本気で誰かを想ってもよい、と、許される日がある限り、サンタクロースは、どこかにきっと、いる。
そんな事を想っていた。



くゆりくゆりと、穏やかに紫煙が立ちのぼる、聖なる夜が更けてゆく。










やっぱり忘れちゃったよのんちゃんは(笑)

イヤ、申し訳ないです。誕生日に続いて九郎さんちゃんと愛されてるのかおいおいおいと、心配されちゃいそうですねあわわ。


愛されてるんですよ(言い切る)


私の九望ののんちゃんには、『今興味があること』に全力がいっちゃってほしい。
九郎さんのことは『いつも興味があること』なので、絶対に忘れたりしません。うふふ。
それが家族旅行だったら、

旅行→お土産→九郎さんの好きなもの→帰ったら届けに行く

とまあここまでくらいしか考えられない。その日がクリスマスイブかどうかとか多分考えちゃあいないんです。
九郎さんに会える日だーという認識なんです。のんちゃんのそこに萌える(九郎さんが)。
さあ、九郎さんが贈ったお茶碗が、お揃いの夫婦ナントカなのかどうかは特に考えていません。でも、九郎さんが、のんちゃんが使ったら可愛いだろうなと思って選んだやつなので、多分お揃いじゃあないっぽいですな(笑)。
クリスマスなので18禁にしてみました(何故?)
てかいつも18禁だったか、そうだったか。


それでは、最後になりましたが、皆様よいクリスマスをお迎え下さいませ☆


ロココ千代田 2007年12月23日拝