Say You Love Me      〜Special respect for Patti Austin



陽の色をしている。

あなたの巻き毛を、くるくると指に巻き付けるときは、確かにそう思った。

だけどふとこうして見上げる太陽は、どこまでも駆け上がる白い、白い高み。

オレンジ色じゃあなかった。

でも、そうだね。

この白い晴れ上がるこの色こそが、あなたに似ているのかも知れない。



確かなことは、この胸にあり。
それは例えば、私の世界にあなたがいること。
船酔いしそうな心地のする、あの時空の渦を、ぎゅうっと手を握り合って越えてきたということ。
何も変わらない、そうあなたが言ってくれること。
大きく変わった環境で、それでも私を守ってやる、とそう言ってくれること。
だから、あなたを連れてきたことを、正しかったのだと、私が思えるということ。
そして、二人だけが知っている、もう一つの世界が
いつでも思い出せる距離で存在しているということ。



「望美。」

呼んで、手をのばす。
大きな手は、明らかにこの世界の人とは違うところにマメがある。
誰よりも節ばっていて、かさり、とした心地がする。
握る私の手のひらも、やはり同じように硬いのが、嬉しいような、恥ずかしいような。
バスに乗る、とか、電車を使う、ということに、まだあなたが慣れてくれないから
他の人たちよりも長く、手をつないでいられるのだと
汗が滲んで辛くなってきたら、そう思うことにしている。


それでも。


何だか友達みたいだな、って思うのは、私の我が儘なのかな。


だって、九郎さん。


言わないんだもん。


私はいっぱいいっぱい、言ってるでしょう?


九郎さんが、大好き。
いちばん好き。
この世界の誰よりも、ううん、あの世界を混ぜたって、まだ見ぬ世界を足したって
人と名のつく誰よりも、私は九郎さんが大好き。


手をつなぐのは嬉しいし。
別れ際、おでこにしてくれる小さなキスに、ドキドキするのも、、、、気持ちいいし。
そのうちもっとドキドキすることだって―――――
―――――九郎さんだったらいいかな、って、その、、、。


待ってるとかじゃないけどさ。


でも、そうなっても、言ってくれないような気がするの。
照れ屋さんだってことはものすごく前から知ってる。
喧嘩まで息が合ってるとかって言われてたくらいだもの、多分、あなたがすんごく
めいっぱいはちきれるくらいに、
私を好きなんだって、解ってるんだけど。


それを、この唇が、あなたの声で、伝えてくれたら


どんな気持ちがするんだろうって、思うのよ。


あなたのその、かくかく節ばってる恋心、っていうのも、
言ってみたら何かぴくりとするはずよ。


絶対気持ちいいはずよ。


そして、ちゃんと自覚すればいいのよ。


手をつなぐより、キスをするより、触れたりするより
いっぱいいいっぱい、私を抱きしめて閉じ込めたくなっちゃうんだから。


手を引かれながら、そんなことをぐるぐるぐるぐる
思っているうちに、二つの駅を越えて、私たちは海辺についた。
日が落ちるまではまだまだ暑いから、制服のブラウスが汗で透けて滲んだ。


白かった空が、いつか、オレンジ色に輝いている。
大きなまるい熱球を、見つめて仁王立ちになっているあなたの隣で
私も同じように仁王立ちになる。


溶けゆく夕闇に誘われるようにして、一筋、涼やかな海の風。
くるりと巻き上がった陽色の髪が、私の項を掠める。
オレンジ色だと思っていたそれは、そうではなくて
赤く、赤く、染まっていた。


「なんだか、飛び出したくなるな。」

あなたは言って、もう靴を脱ぎにかかり。
そして片足で立って靴下も、脱ぎ捨ててしまう。
今まで(大事そうに)繋いでいた手をいとも簡単に離して、波にかけていくあなたの背を見るのに
幾らも時間はかからなかった。


「、、、なっっ、、、待ってよ!」


かなり激して追いかけたのは、
繋がれていた温もりではなくて、振りほどかれた時の振動だけが、生々しく残っていたから。


靴も靴下も、私には脱いでる余裕なんかなかった。


ばしゃばしゃと、スカートの裾には明らかに飛沫がかかっている。
ていうかもう靴ごと入っちゃったんだから今更スカートとかどうだっていい。
膝あたりまで海に浸かって、鷹揚と夕日を眺めていたあなたが、
キリキリと追って来る不穏な気配に気付かないはずはなく。


「あ?」


心底意外そうな顔して振り返るその赤い顔が


ものすごくものすごくむかついた。


だから、その勢いのまま飛び込んでやる。


ご丁寧にたくし上げたパンツの裾も
アイロンのかかったシャツとかくるくる柔らかい巻き毛とかも
全部海水に浸っちゃえばいいのよ。


胸の中、力一杯ぶつかって、思惑通りあなたは波間に倒れ込む。
私も一緒に倒れ込む。


ふわり、と、白いスカートが、波に浮き。
あなたの脚の付け根のとこで、私の太腿が落ちた。


「ど、、、どうした?」


浅瀬ではあった。
あなたは後ろ手に海と細かな砂を掴んで、やっとのとこで体の均衡を保った。
大きく見開かれた、丸いくっきりとした二重の瞳。
しばたく長い睫毛が、しっかりと私を捉えて揺れる。


「そんな急に、は、離――――」


言おうとした言葉が、ぐうと押し戻される。
太腿の下の、感触は、ここは、間違いなく九郎さんの、
なんというかまだ見たことも触れたこともないとこに
事故とはいえ腰を下ろしてしまっている訳で―――――


合わせた目が急に、必要以上の眩しさを持って私に迫って来る訳で―――――


言葉をなくした私の、頬の染まりを
夕日の所為より明らかに、真っ赤に熱く火照りあがったのを
九郎さんが気付いたのだ。


「ん?何だ?」

薄らと笑みを浮かべながら、濡れた指で、潮の味のする指で、なぞる。
伏せるにも伏せようのない睫毛の先をくすぐって、
恥ずかしいほどに熱くなった頬骨を辿って、
顎を掬う指先が、唇を割る。


「、、、、、しょっぱい。」

そう言うのが精一杯だった。
言いたいことはいっぱいあったのに、言って欲しいこともあったのに
何も言えない。
ただただいっぱいに恥ずかしくて、なのに、なんなんだろう。



もっと、もっと、触れたいと思った。



あなたが濡れた手で触れるから、桜の髪がもうしとどに濡れているの。
あなたが這わした指のままに、顔中が潮の香り。
汗に湿っていたはずの制服も、乾くより先にさらにしょっぱい水で濡らされて。
何もかもが、透けてあなたに晒される。



「望美。」

答えられるはずがなくて、うつむいたらぎゅう、と抱き寄せられた。
ひんやりと、そしてすぐに、熱いぬくみが包む。
息ができないくらいに、激しい動悸。
そして、わかった。


こんなときに、好きだなんて、言えない。



「――――可愛い。」


降ってきた言葉は、初めて聞く声だった。
こういう声を、甘い、というのだろうと思った。


あんなに言いたかった言葉が、あんなに望んだ言葉が、言えずに。
そして、今ごろになって、あなたのほんとの気持ちが解ったの。




あなたは私が欲しかった。




急いだのは私のほう。
こんな気持ちじゃあ、そりゃあ言えないわ。




これは一肌脱いであげなくちゃあ、、、、、ね。




約束だよ、九郎さん。



そのあとで、きっと、私を。



好きだ、って、言って。






This story is written under the inspiration of the song "Say You Love Me" by Patti Austin.