寮のよりも、スプリングが硬めだからだろうか、首をもたげても背が沈みすぎることがない。
落とした灯りの翳りの中へ、自分の腕が伸びていくのを、
かなではまだ半分信じられないでみている。
そうして悠人の指先に届かせようとしている。
襟元からボタンをひとつ、ふたつと外す彼が、最後のひとつを緩めたなら、
その指先を握って止めて、肩から夜着を滑り落とすのは私が、と
そう決めていた。
かなでの夜着は、既にひらかれて背で敷いていた。
自分で脱いだのでない。ボタン一つさえ、かなでは自分では外さなかった。
自分でないひとの前で肌を晒すことについて、
十分にその意味をわかる年になってから、それは初めてのことで、
元はと言えば自分で言い出したことだとわかってはいても、それはそれは緊張した。
だから、本当の事を言えば、自分で脱いで、
見せてもいいと心が判ずるところから、少しずつ彼の前に晒したかった。
だが、悠人はそうはさせなかった。
拒もうとする首筋を、手の甲を、彼はその都度口づけることで制止して、
うんと感じた隙をつくようにして、小さく喘ぐ間には、
いつのまにかかなではこんな姿にされてしまっている。
纏うものは空気だけ、もはやそれだけ。
という現実がある。
(私ばかりやられてたんじゃ)
釣り合わないではないか。そう思う。
悠人の裾が、はらりと開く直前で息を呑み、目線を彼の肩へと素早く移し、
喉元の合わせからぐいと左右に広げた。
一瞬、素肌に指先が触れてしまい、かなでの胸がひとつ、大きく高く打つ。
それは意外にも固く骨張った、喉の隆起であったから。
“僕が男だということを―――”
悠人の言葉が、ふいに思い出された。
わかっていたつもりの、だからそう返事したはずの
きつい目線で彼が、かなでを射止めて言ったこと。
“―――わかった上での行動だと?”
喉元がそうなら、肩だってかなでとはまるっきり違う。
プールで一度見たことがあるはずの、あれからまだそう変わってはいないはずの、
二度目であるはずの身体が
いま、初めて見るように感じる。
「私は……わかってなかったかも」
「……は?」
「おかしなことを」と、悠人はそう言っただろうか、
間髪を入れずに重なった唇が、しどけなく熱い。
素肌は濡れたような湿度を纏い、かなでをその下へ敷いて敷いて、
柔らかくはないはずのスプリングへと、身体はいまこそ沈んでいく。
―――こんなに、私は小さかったろうか
そんな感想を抱いていた。
つい、思い切り閉じてしまった目を、
唇が離れていくのにつられるように再び開く。
開いてかなでは驚いたのだったが、
悠人は眉尻をやや下げて、柔らかにかなでを見ていた。
それが、彼がした激しさに、あまりに似つかわしくなかったからだ。
「………わかっていなかったのは、僕のほうです」
「……そう思う?」
「あなたがこんなに綺麗だなんて」
慈しむような声で言いながら、悠人はかなでの足の付け根あたりに手を這わせていく。
太腿の内側を撫でる手付きは、表面だけをさわさわと触れる程度で、
気持ちいいというよりくすぐったさのほうが大きいくらい。
かなでは、あふ、と妙な声を上げた。
だから油断していたというわけではないが、手に一段力が込められて、
ふいにぐいと持ち上げられてしまったのに、反応が遅れたのは否めない。
それまでかなでを見つめていた悠人は、既に身体を後退させて、
胸にかかっていた体重が離れる。
そのとき行為は、ぐんと淫らな方向へ動いたのだと、頭よりも本能が働いた。
「待っ……!」
片足だけでも、と、かなでは広げられたところを隠そうとするが、
それさえ悠人は容易に脇へ遣ってしまう。
自分でもまじまじと見たことのないところへ、彼のまるい頭が低くなっていくのを
どういう顔で見ていればいいのだろう。
薄い肌へ、悠人の髪の先が触れて、恥ずかしすぎて、涙が浮かんでくる。
かなでは、過呼吸の息を、何度も浅くすすり上げた。
「や、やだおねがい…! そこ見ちゃやだ」
「では目は閉じていましょうか」
「そういう意味じゃ―――」
あとから思えば、それから悠人がしたことは、いたわりだったのだと思えるけれど
その時はとてもそうは思えなかった。
「―――ぁ……!」
悠人の舌先が、割れ目の始点を広げた。
人肌に濡れた、柔らかいものがする初めての感覚に、
かなでは目を大きく見開いた。ビクン、と腰が大きく跳ねる。
そこに、何があるのか知らないが
「あ、……あ……ッ…!」
腰を揺らした拍子に、涙は零れたのだけれど
恥ずかしさから浮かべたはずの涙だったのだけれど
目尻を、髪のあわいを、つつと伝っていく間には、意味が変わることがあるなんて
(知らなかった―――)
目は閉じておくと言っていたが、本当に閉じているだろうか。
悠人は、そのぶぶんを輪郭のとおりに、まるくかたどるように舐める。
くすぐられているみたいに、しかしそれよりも多分に甘い、ぞくぞくとする感覚が迫り上がる。
かなでは我知らず、シーツをぎゅうと握り込んだ。
明確に高い声を上げたが、これではまるで強請るようで、
頬も、身体も、かっかと赤らんでいくのが自分でもわかる。
緩くわかれるラインの上を、ゆっくりと舌が下降する。
ちゅる、と音を立てて、先から少しが差し入れられると、
いままでの刺激と相まって、激しい快感に飲まれた。
「ぁぅ……ん!」
いれたと言っても舌なのだから、ほんの入り口くらいなのだと思うが、
ぴたりと重なる襞のすきまをゆっくりと往復する動きは、
舌ではないものでそうする時の、彼の仕草を予想させて、
言い様のない不安が喚起される。
「や、あぁっ……恥ずかし…いから……ハルくん、ねぇやめ……」
口ではそう言って、けれども、濡れた粘膜が触れていくところの、
じんじんと脈打つ心地よさを、かなでの身体は既に覚えかけている。
「……やめないで」
自分のしていること、口に出した言葉も、まるで信じられない。
だが、それは悠人もまた同じで
普段の彼の、折り目正しい言動から察するにはまるで対極にある行為だ。
折った膝裏から、重い重い汗が滲んで、つつと脹ら脛のまるみを伝う。
それは悠人の指にも伝ったろうか。
「やはり、あなたは素直ですね」
「……ん」
悠人の声を、久しぶりに聞いた気がした。
こことそことで目が合うのが、今更ながら恥ずかしい。
「それに、とても感じやすいようで」
「え……」
指でそこに触れたのは、言ってわからないなら、耳で聞けばわかるだろう、
そういうことだろうか。
くちゅ、といかにもな水音がして、かなでは縮み上がってしまう。
ひたすらになって喘いだ間に、そんなことになっていたなんて。
そしてまた、思い出したようにして、指で弄り始めたりするから、
治まりかけた疼きが再燃する。
「だ、だってハルくんがこんなことするなんて」
「ですから、僕をなんだと思っているのかと…ただの男ですよ」
「そ、そうなんだけど……」
「ただの男なので、」
と悠人は、決したように続けて言った。
「そろそろ僕ので、しましょうか」
「ハルくん、の…?」
「流石に言わせないでください。わかるでしょう?」
「―――」
その言い方は、彼も少しは赤くなっているのだろうと思われた。
仮に灯りをつけたなら、かなでの半分くらいには。
そうであるといいという、希望がそう聞かせたか、
そう、信じたかったのか。
「……先輩」
「っ、はいっ?」
「見たいというなら止めませんが、そう直視されると少々困ります」
そう言われて気付いたが、悠人は、自分の下着に手を掛けている。
「………」
「………」
股上は浅めで、少し下へ降ろすだけで、言うように直視することになるようだ。
「―――ご、ごめん、はい! 私天井見てるから!」
正しくは、天井さえも見えない。
かなでは、指の間が開かぬように、両手で顔をしっかり覆う。
◇
釣り上げた魚には、ちゃんとおいしいものを下さらないと
女が廃るというものです
なんて
精一杯の強がりを言うくらい、どうか許してください
初めてですか?
なんて聞かなかったけれど
それは、信じた
根拠のない、あるものはただの勘
そんな頼りないものを初めて頼りにして、信じた
「かなで先輩」
立て膝にさせた間へ割り込んで、
まるみをひたと当てただけで、かなでは全身でビクと竦む。
「少々痛いと、思いますが」
「う、うん……」
これは、随分いきなりということになるのだろうと思った。
何故なら悠人の指は、楽器を弾く指なので、
それまでに利き手を深くさしいれて、十分に奥を解すのは躊躇した。
やってみればそうでもないのかもしれないが、
今夜は初めの夜だから、
迷いある仕草で覚えさせてしまいたくなかった。
言葉にすると言い訳じみるので、言わないけれど、
そして彼女もまた、似たような楽器を弾く指を持つひとなので、
いつかわかってもらえるといい、そう思う。いや、そう甘える。
いまにもきつく閉じようとする目を、なんとか開いておこうとしている、
かなでの顔は、悠人のほうからそんなふうに見える。
彼女もまた、ためらいを見せぬように振る舞うなら、
こちらもやはり、そのように。
悠人はほとんど一息にして、括れまでを埋め込んだ。
「ひぁ……!」
かなでは一瞬だけ、完全に眉間に皺を寄せた。
つかまれた肩の辺りへ爪がぐうと入り込み、鋭い痛みを感じる。
かなでと、悠人と、どちらのほうが痛かったか、
等価交換であれば、いいのだが。
「どうでしょう、生皮を剥ぐように少しずつにしましょうか?」
いたわるようには言わなかった。
声には多分に悪戯めいた色を乗せた。
しばしばと瞼を持ち上げたかなでは、口許で漸く笑んでいる。
それは、悠人の意図した通りの顔である。
「あは、なにそれこわい」
「ふふ、ですから、なるべくすぐに済むように」
「ん」
全ての不安が飛んだわけではないだろう。
だが、低くした背に回ったかなでの腕は穏やかなものに変化する。
無理をさせるぶんは、胸をつけてしっくりと抱きしめて、
残りをもう一度一息にした。
「っん……!」
声を上げたいのは悠人も同じだった。
感じやすくて濡れやすい、悠人はかなでのことをそう思っていたのだが、
そこは、濡れているというよりも、溶かされそうな心地がする。
明らかに、人肌よりも温度の高い内側が、絡み付くように捉えてくる。
「全然……違うじゃないですか」
「うん…? なにが?」
「……いえ、その……」
指で触れたのとも、舌で少し侵したのとも、
そんなのは所詮媒体で、同じところを繋げてしまうとこうもじかに感じる。
不規則に締めつけてくる襞のことは、なるだけ意識しないようにして、
騙し騙しに腰を動かすと、かなでの上げる声がそのたびごとに甘くなる。
聞いているだけでも辛いくらいだ。
「っんぁ、あ、あ……!」
「そんなに…」
「だ、だってさっきまで……っん、触られてたから……なんかまた、すごくよくて」
はふ、と色づくような息をして、かなではまた濡らした。
それは、悠人のに伝いながら、繋げたところへ降りて来て、
繰り返す律動に呼応して水音になる。
「本当に、困ったひとですね。こんなにするなんて」
とは言ったが、悪い気がするはずがない。
胸が弾むように揺れている。豊かではないが、手のひらで包むと押し返すような弾力がある。
かなでは少々拒む様子を見せながらも、
小さな乳首を2本の指の間で挟むようにして揉みあげると、ツンと立ち上げて主張する。
「いや…ぁ」
「気持ちいいと顔に書いてありますが」
「……なんでそんなふうに言うの」
「もっと乱れてくださればと」
「も、ハルくんやらしい」
それで結構だ。
乳首をしっかり刺激しながら奥へ突き上げた。
ほんのりと温度の高いぶぶんへ集中的に届かせると、かなでの身体からいらぬ力が抜けていく。
「ああぁん…い…そこいぃ」
味わうように、「もっと」とまで言うかなでの声は掠れ始めている。
あれほどしがみついていた腕も、いまでは枕辺へ落ちて
悠人の背には汗が浮く。
かなでの指先は脱力して、軽くまるまってしまっていて、まるで降参の体だ。
「ハルくん…の、」
「はい?」
「……熱い」
「…あなたが暖めるからです」
「ハルくんがするから」
そんなふうに言われたら、熱いものはまだ耐えねばならなくなるのだ。
「わかってるんですか」
答えを求めているわけでない。
だから、つぶやくように吐き捨てただけの言葉だ。
悠人は唇を一本に結んで、いまにも弾けそうなのを我慢して、
綺麗に括れた腰を両手で引き寄せた。
狭いところで長さのぜんぶを擦り、軽く揺さぶるようにする。
「あ、…っ、っんぁ、ぁ……っ」
「いい、ですか?」
かなでがうんうんと明確に頷くのだから、肯定だろうと悠人は察する。
「ではここも?」
いれた根元で溢れている液体を、指先に絡まるぶん掬いとって、
そのごく付近の、示した一点へ触れる。
舌で触れたときよりも、その芽は固く膨らんでいるように感じるが、
滑り良く転がすことで、内側までびくびくと鼓動して、きゅうと締めつけて収縮する。
じっとしていては負けそうで、規則的な律動を繰り返す。
「あ、あぁぁん、は……ッん」
「あなたがこんな声を出すなんて」
「や……言っちゃやだ…!」
「もっと聞かせていただけるなら、もう言いませんが」
本当にやらしい、とかなでは、悠人のことをそのときそう表現したが、
身体中を紅潮させたような彼女だって、ひどく淫らでいやらしく見える。
かなでは気付いているのだろうか。
「私ばっかり」とそう言うが、悠人だって余裕ではない。
「いっぱいいっぱいなのに」、とも言うが、その実、力関係は均衡している。
だから、指先に明らかに意図を持たせて、つまんだものをやや強めに刺激した。
柔く潰すように動かすと、奥まで急速に熱く火照りあがり、たぷとぬかるむようだ。
こんなにも淫らに泣いて感じるひとが、
どうか僕だけのものになるように
喉をうんと反らしていくかなでに、悠人は惹かれるようにして、
無防備になった薄い皮膚の、耳と首筋の境あたりへ、あかい痕をつける。
―――いれたところへも、そうして痕がつけばいい
思いは動きに反映して、泡立てるように、激しく奥を撹拌した。
「あ、あッ、や……やだダメ―――」
大きく仰け反って、身体をひどく波打たせたかなでの、
きっちりと閉じた瞼の間を、この夜二度目の涙が滲んだ。
爪先が、シーツを掻いて皺にする。
◇
「…戻らなきゃ」
未だ潤んで、とろんとした目でかなでが言った。
抱いた身体が身じろいで、上体を起こす。
まるみあるラインを滑り落ちる、白いシーツがあかりになって、
それはまるで羽化するように見えた。
「駄目ですよ」
悠人はかなでの手首を引いて、わかりやすく引き止めた。
「わかってる、服貸して」
「……そうではなくて」
わかりやすく引き止めたのに、何故その答えになるのか。
苦い顔にもなる。
もっと詳しく言わなければならないということなのだろうか。
そういうのは、得意である自覚は全くない悠人である。
「いまのあなたはこんなにも艶めいているんですよ」
近くちかく引き寄せて、これでは囁くというより頬擦りに近い。
だが、加減ができないので許して欲しい。
そう思う。
「戻られる途中で他の男に見咎められるわけにはいきませんから。
ここで寝んでください」
「……ハルくん」
「あなたが好きなんです」
ああ、我ながら歯が浮く。
心臓が出てきそうだ。
パッと離れてシーツに潜る。
これでも駄目なら、もう仕方がないとして、
背を向けたから拗ねたように見えるだろうか。
「私も好き」
「……そう、ですか」
「うん」
羽化した蝶が、抜け殻に出戻ることもあるならば
こんなふうにするかもしれない。
再び滑り入った人肌は、後ろから細い腕を回して
抱きにくそうに、しかし確かにぴたりと寄り添っている。
その手を外側から包み込むと、鼓動が少しだけましになる気がした。
「こうやって寝てもいい?」
「そのほうが、僕が抱くよりいいとおっしゃるなら」
「また意地悪言う」
もうすぐに落ちついたら、そのぶんはちゃんと謝るつもりである。
そして、ちゃんとこちらから、彼女を抱いて寝るつもりである。
一人占めにするように
もうどこからも、その身体が見えないようにして
かなでの持ち込んだ情報誌は、いつしか床へ落ちただろうか。
ベッドのどこにも見あたらなかった、そのように記憶している。
明けた朝には一緒に行きたいと言っていた、あれはどのページだったか、
かなでが眠ったら、こっそり拾い上げて付箋をつけておかなければ。
何を忘れて帰っても、それだけは。
夜釣りのエサだったのだとしても、
一応の大義名分は、汲み上げてあげたいと思うのだ。
かなでの胸の中で反転する、そのあいだに
包んだ指先をひとつひとつほどいた。
「おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
相対し、言うのも、聞くのも、初めての言葉に思えた。
ほどいた指をあらためて、なくさぬように絡めていく。
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