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満腹になって、重いお腹を騙し騙し、望美はシンクで皿を洗っていた。
これくらいは恩返し、とばかりに、今度は望美が、


『覗かないでね』


と前置きして、キッチンにこもっていたのである。


(ほんとに、いつの間に片付けたんだろう)


剥いたはずのジャガイモの皮が、既にどこにもない。
ゴミ袋も、望美が投げ入れたヨーグルトの容器も含めて、新しいものに取り替えられている。


発つトリ後を濁さず、というけれど、
ほんとに、ツルなんじゃないかしら。


なんて、思った。
洗い終わったお皿をふきんで拭きつつ、ついリビングに向かって呼びかけてしまったのはその時だった。
覗かないでね、って言ったのは自分なのに、と思ったときには、
もう声になってしまっていた。


「銀、このおっきいお皿は何処へしまったらいいの?」
「あぁ、それは、ラックの一番上に」
「届かないよー」
「ふふ、参りますから、少々お待ちください。」


あ。
どうしよう。
恩返しを見られてしまったら、この場合、私はどうなってしまうんだろう。


何だか、急にこわくなって、望美はシンクに向き直った。
もうしっかりと乾いている皿の、同じところを何度も拭うしかできない。


その背後で、静かに扉は開いた。
お皿がひょいっと取り上げられる。


「っ、あ、ありが―――」


陶器のぶつかりあう音がした後で、後ろから迫る空気に、すっぽりと包まれた。
フキンの右手も、新しく皿を掴みとった左手も、上手にカラにされてしまう。


「もう、そのあたりでよろしゅうございます。」
「で、でももう少しだから」
「お次は、デザートに致しませんか。」
「なっ、何か買ってきてくれたの?」


ああ、この上擦る声を、何とかして。
知っているの、このひとが昼間言ったこと、ちゃんとちゃんと、覚えているの。


「お忘れでいらっしゃるのですね、かなしゅうございます……」
「な、なんだっけ」
「『デザートは、私でよろしいと思いますよ』、と。」


あらためて、彼の想いが鼓膜に染み込む。
昼間と同じ、薄く色のついたカッターシャツを着た腕は、望美の胸元にまわって、
指先は器用にひとつずつ、ブラウスのボタンを外してゆく。


「う、うそ、いまから?まだ食事が終わったばかりで、」
「デザートは別腹、と申します。」
「し、銀……!」


銀は、身頃をはらりと開かせて、望美の白い肌と、下着のレースが覗いてしまう。


「ね、ねぇそんな急に……」


不安になるのは、ブラウスが肩を滑り落ちて、下着も難なく外されてしまって、
ふくらとした胸が露になってしまったから。


「ん……あっ……!」


素肌に感じた銀の指は、まだ冷たくて震える。
左右の乳房を寄せられると、谷間がクッキリと作られるくらいには、望美の胸は大きかった。
煌煌としたあかりの下で、集められた柔らかいぶぶんが、頼りなく揺れるだけでも恥ずかしいのに、
両方の指で、摘むようにその先をころころとされて、きゅうと立ち上がってゆくのを、
銀がそこで見ているなんて。


「もう、うすべにに。」
「だって気持ちいい……。」


銀が擦るたびに固くなるそこは、言われたとおりに色づき始める。
脚の付け根がじゅんと重くなって、甘い何かが零れた。


「やだ……ねぇ濡れちゃうよ……」
「ふふ、どれくらい?」
「そ、んな……わかんない」
「相応に、それとも、越えるほどにございましょうか。」
「……触って。」


そう、そう言ったのだから、銀が片方の胸を揉むのをやめて、
代わりにスカートの裾を割るのは当然のこと、
一枚しかない下着を太腿の中程まで下げられた感触がして、
その中心に、つぷと音を立てて指が埋まる。


「あ……っん……!」
「未だ、お乳をまさぐっただけで、これほど濡らしてしまわれるなんて。」
「そんな言い方やだ……」
「濡らしたのは神子様なのに。」


拗ねるみたいな声音で言う銀は、しかし中で動かすやり方は巧みだった。
一本の指しか埋まっていないのに、ゆっくりと焦らすように抜き差しするから、
内壁はその太さに合わせるように、絡み付くように、収縮する。


「違うよ……銀が濡らすんだよ…。」
「ふふ、神子様の、可愛らしいお声をお聞きしたくて。もう指がぐっしょりにございます。」
「や……んん……っ」


銀が中で指をくの字にして、感じる一点を間違わぬように、
つつくようにして刺激し始めると、まるでほんとうにいれているときのように、
内側ぜんぶが気持ちよくなる。


抜いては入れる速さまで、銀がもっと大きいものでするのと同じ間隔で、
そう、確かにこのひとがすることだから、それで、不思議ではないのだけれど


太さも、温度も、全然違うものなのに
同じように感じてしまうなんて、とても、とても、恥ずかしくて


俯いた望美の、噛んだ唇のあわいから、熱い吐息がしとどに漏れた。


「んはっ、銀、だめ、いきそう……」


そんな、どうして指だけで、と思うのに
身体はどんどん上に向かって弾けてゆく。
こんなところで、立ったままで、でも、


銀の、あれがするみたいに、気持ちよくて、たまらないの


立っていられないから、受け止めて。


「神子様は、まこと感じやすくていらっしゃる。」
「いや、もういく、いく………!」


全く、日常のままのしゃべり方で、銀が言葉を発した胸の中に、
望美の軋む背中が倒れ込む。
ぴくんぴくんと、小刻みに痙攣するからだは、さっきからずっと鳥肌のままで、
いく瞬間に思ったことは、



男のひとって、あったかい



という、それだけで、
更に、一番あったかく―――熱いとさえ感じる、
銀の身体の中で一番硬さのあるぶぶんが、お尻にしっかりあたって圧迫する感触に



その先を期待さえする気持ち



絶頂の、一番の波が去った後で、望美は、上擦る声で言葉にした。


「っ、ん、……いれて、ねぇおねがい……!」
「ですが、いまは神子様がお苦しいかと」
「大丈夫だから……!」


銀が、口付けようと近づけてくれた唇へ、小さく小さく、強請る。


「男のひととは、違うかもしれないけれど、」
「はい。」
「あのね、いま、いちばんほしいときなの。」
「――――さようにございますか。」


胸の中、軽い金属音、恐らく急いて、ベルトを外す音がした。


「はや、く……!」


その瞬間は、本当に、少ししかない。
それを過ぎたら、超がつく過敏が襲うから、
その前に、そのぺたりとするまるいぶぶんの、一番大きいところを埋めて欲しい。


慎み深すぎる世界では、こんなことを言うニョニンはいなかったかもしれないから、
そう、その意味では、望美は確かに勝ったと言える。


否、確かに、勝ちたかった。


「あ……っ、ん、あ……ッ!」


いっぱいに入ってくるのと、反比例して鎮まってゆく快感のカーブ、
贅沢すぎる、と思った。


「……感じておられますか?」


そう銀が訝るのも仕方のないこと、確かに一度絶頂を迎えた身体は、
一度は醒めてゆくしかない。


「ううん。」
「え……!」
「大丈夫、ゆっくりしてくれたらまた、その……復活するから。」
「……その前に私が果てなければよいのですが。」
「銀なら、できるでしょう?」


その原動力をキスにして、出来る限り甘いのを、あげるから。


「神子様の為でしたら。」


後ろからいれられていたはずの身体は、
どういうふうにされたのか、いつしかくるんと向きを変えられて、
腕は銀の首に巻き付いて、身体にしがみつくような格好にされていた。


「……重くない?」
「花をお抱きして、重いはずもございません。」
「それなら良かった!」


望美は気を良くして、足首で丸まったショーツをくるくると回す。
それを見て、同じく気を良くした銀が、身体の一部をぐ、と奥へ挿しいれて、
下腹に鈍い快感をつくった。


「あ……ん」


甘い甘い微細な粒が、そこからからだ中を網羅してゆく予感。


「流石は神子様、もはやご復活の兆しでしょうか。」
「も、もう!いいでしょう……?」
「ふふ、それが清らかなるあなたの、本当のお姿なら。」


暴かれた望美は、ただの女の子になる。


銀が言うような神子様ではなく
ただ、彼に愛される、ひとつの肉体に成り代わる。


「神子様にこのような無体を働くのを、迷った日もございました。」
「それは、いつごろのこと?」
「ふふ、出会ったその場、やも知れません。あなたは、春の夜の十六夜の月。」
「―――同じく。」


もっと、話をしたい、
もっと、その顔を見せて。



そう思ったところで、光の向こうに消えたひと。



銀も、望美も、もしこの先出会えたら、愛しく思うようになるかもしれないひとのことを、
一番初めにそのように喩えた。


「半分、夢物語かもしれないと、思っておりました。」
「ん……?」
「必ず、私に出会うとおっしゃって、光の如く消えてしまわれたときのこと。」


聞いて、望美は、少しだけ胸を痛ませた。
そう、それが、銀にとっての一番はじめになるのだと、
望美だけが、そうでない初めを、知っている為の痛みだ。


「忘れたりしないよ。」
「ふふ、嬉しゅうございます。」


小さな手のひらで寄せた頬は暖かく、唇はちゃんと暖かい。
忘れない、と言った本当の意味を、銀にいつか、話す時が来るのかどうか、
望美にもまだ決めかねているのだけれど、



もしもその時がきたら、びっくりして、月に帰ったりしないでね。



「好き。」
「―――神子様。」
「ねぇ銀は?」


やや切迫した望美を、銀はふかくふかく見つめた。


「愛しております。」
「本当に?」
「約束通り、あなたが迎えに来て下さったように、この次は必ず、私が神子様をお迎えに上がりますから。
 ご心配はご無用にございます。」


そう、銀は言って、それからは笑みを消した。
地に着かない望美の足が、銀の腰の高さでゆるゆると、揺れはじめる。


「あ、あ……!」
「ここは?」


そう言って銀が突き上げて来るところは、
必ず望美が感じるところで、届いた瞬間にあられもない声を上げてしまうから、
そこばかり攻められてたまらない。


「あぁ……っ、んは……っ」
「覚えました。」
「……や……だぁ……」
「いや、にございますか?」
「……そ、の……気持ちいいから、恥ずかしくて」


背中をしっかり引き寄せられて、片方の手は腰を引き付けて、
銀の長いものの先端は、望美の一番の奥まで届いた。
入り口からじんじんと広がって来る感覚は、やがて肌を染め上げて粟立たせる。


繰り返し擦れあう下腹に冷たいものを感じて、望美は視線をそこへ落とした。
繋がった根元、カッターシャツの裾がしとどに濡れていて、
ひどく申し訳ない気がしたのだったが、
もうどうしようもない。
収まっていたはずの波は、波紋を広げて刻一刻と、二度目の絶頂に向かって高まっている。


「銀、もっと……」
「私もそろそろ、余裕ぶってはいられないのですが。」
「でももっと……!」


ふ、と切なげに緩める顔に、何故だかとても、怯えて
あんなに優しい銀が、やっぱり男のひとなのだと、思い知らされるようだ。


けれど、確かにひとつになっていても、
この世界にくすねてきても、なおいまだ
つなぎ目から零れてくるものがある限り、


(私とあなたは、やっぱり別々の身体なのだから)


銀のかたちを、もっともっと、知りたいと思った。


せがまれた銀は、小さく刻むように擦ることで、望美の内側からあふれる液体をこそぎ取り、
熱いぬかるみを広げて、やわらかい鈴口で襞を掻いた。


「ん……や、だ……届く……!」
「そんなに、神子様……狭っ……」
「あ、あ、あ……!」


望美は、身体が銀を締めつけてゆくのに呼応するように、高い声を上げる。
きゅうと撓る背中に、細かい汗が滲んで、
銀のする、次の抽送を待てなくなる。


「や、だめもう……銀……っ」
「神子様……!」
「あぁんいっちゃう……ッ……!」
「ん―――」


この、浅く吐く息の合間、いつか、あなたの本当の名を呼びたい。
そう、願ったのは、望美だったか銀だったか。


抱きしめあった身体は、さっきよりもずっと、恐らくこの日の中で一番熱くなっていて、
互いの首筋にうずめた唇が、滑るほどに濡れた。









望美は、毛足の長いバスタオルで、髪の毛を拭きながらリビングへと戻ってきた。
あられもない一戦を終えた後で、先にお風呂を使わせてもらって、今は銀が入っているのである。
あかりは最低限のぶんだけ残して、後は闇に沈んでいる。


どさ、とソファに沈んで、心地よい疲れに身をたゆたわせれば、ほんのり脳がまわる。
お風呂も、その前の行為も、気持ちいいことは確かだが、感じた倍ほど後で疲れがやって来るものだと思う。


「ん……?」


思い切りナナメになった望美が目にしたのは、テーブルに載った一枚の紙である。
こういうのは、大抵の場合手紙で、先に部屋に入ってくるであろう者に対して書かれていることが多い。


俄然興味がわいて前のめりになり、取り上げるとやはり手紙で、
秋らしくモミジが押し花にされた地に、美しい文字が這っている。


「えーと……ふむふむ。」


暗がりに目を凝らすと、文面は31文字のどうやら和歌のようで、
古典は大の苦手だった望美も、向こうで幾度となく同じ季節を過ごせば、今では少しくらいその意味がわかる。


“本当のデザートは、冷蔵庫にございます”


という意味だろうなーというのを何となく読み取り、
こうしてはいられないとばかりに、望美は軽く身を起こし、あかりをつけるヒマも惜しんで冷蔵庫を開けた。


いつの間に入れたのだろう、名前のわからないスパイスの瓶に囲まれるようにして、
白い、四角いケーキの箱(小)が、ちん、と行儀よく収まっていた。


望美の頬は見る間に緩み、
冷蔵庫が発するボンヤリとした光にてらされた碧の瞳はまるくまるく、輝く。


そう、銀も、いいけれど。
デザートはやっぱりこうでないと。


「うん、わかってるなぁ!」


そして、なかみはいっこしかなかった。
銀は特に甘いものが苦手、という訳でもないし、特にケチ、という訳でもない。
だが、いっこである。



ということは――――



「また、粋な計らい。」


小さなケーキを、ほのあかりのリビングの、ローテーブル中央に安置して、
その手前に、ひとつだけフォークを用意した。
初めにふたつ手に取って、いっこでいいや、と思い直したのである。


だからと言って、望美も特に、ケチではない。
ひとつしかないもののうち、一人占めにしたいものは、これを用意した男だけである。
このときの望美の想いを代弁するとこうなる。


あなたのぶんは、私が食べさせてあげればいいし
私のぶんは、あなたがあーんてしてくれる、そのつもりなんでしょう?


「だから、フォークはいっこ。」


湯上がりで身体が火照っているから、まだ夜着は着ないでおく。
バスローブで頂くのは、すこし行儀が悪いかもしれないけれど、


今夜はなんだか、もう少し
そう、冴えざえとした月が、高く高く昇るまで、
ふたりで起きていたいから


大人しく、銀が上がってくるのを待つことにする。
そうこうしているあいだに、きっと、濡れた髪も乾くよね、と
望美はちんまりソファに沈む。




− 群雲、晴れた。・完 −





リク企画創作、銀×望美でした…!
めちゃ萌える銀望を書かれるAnyaさんからいただいたので、わーこれはどうすべかと(どきどき
旧館時代に書いた銀望の、銀がスーパーの店員という話(その頃はタイトルを決めてなかった)のその後、ということで、
読み返してみたら望美ちゃんが京都にいて、えっ!なんで京都という理由からはじまって、
どうやら一緒に暮らしているらしい理由、様々に後付けしましたすみません……
旧作はパラレル想定だったのですが、Anyaさんの銀望で銀ルートに目覚めたので、少しだけルートっぽさを入れたっくて^^
いやはやR銀望初めてで楽しすぎて、うっかりソフトの1ページ容量を超えていました。
うん、好きですR(もうどうしようもない)
Anyaさん、リクエストありがとうございました!


2009.10.11 ロココ千代田 拝