melody
■This story is written under the inspiration of 『melody』by Westerners
「じゃあ、、な、、、。」
馬鹿じゃないの? そんな言葉で、さよならなんて、できるわけないんだけど
はっきり言って、そう思っていた
はっきり言って、そんなこと考えられる状況じゃなかったけど そう思ったんだもの
あなたが自らの身体を投げたことで激しく上がった潮の飛沫に あなた自身が飲み込まれる瞬間に そんな言葉は忘れてしまおうと思った
おもしろいもので、そんななのに戦は終わって 何だか平和になった壇ノ浦の海岸で 白龍の髪が空に揺らめいて、時空が開いて ああ、帰るんだ、と思った あの時から止まっていた時間が、還ってくるんだと 家族も、いるし 金色に光る一筋の道に、身を任せたのだ 不自然と言うか、超自然と言うか、極みに調和した旋律が全身を包んで これはどうしようもなく逆らえないと思った
だけど、それは、私の本当の願いではなかったらしい
だから、私は、また、落ちた
ここは何処なんだろう
目の前はただ海で、気候は真夏、七月くらいだと思う 白い、乾いた砂浜がずっと、ずっと、綺麗に続くところ 真っ青な空を映して曇った海を、波が満たす 同じリズムを、こうして聴いてばかり もう、幾日経ったのだろう
出逢う者もなく、最初は考えたくもなかったが 私はここに、ただひとり、いるらしいと 漸く認められるようになって来た
人間というものは、順応するように出来ている 火をおこす、とか 食料を調達する、とか だって、やんなきゃ死んでしまうもの 登校用の鞄は残されていて、良かったと思った 洗顔とか、そういうことは節約しながらではあるけれど、一応出来るし 500mlのペットボトル、なんてものも、あったし
それに入れた飲み水をがぶっと飲んで 「ぷはーっ」とか音にしてみる うん、なかなかたくましいじゃない あなたはいつか、獣のような女、って言ったけど アレは、まんざら嘘でもないのかなと思う
だけど、日に何度か、こうやって、ただ海を眺めていたくなる瞬間が訪れる さらさらと、手のひらで砂を掬っては、零しては
そうしていたら、何度目かに、こぼれ落ちなかったものが残った 太陽に反射して、白い光を放つそれは 私の目に、痛かったそれは 波に磨かれて、薄くなった桜貝だった
それは、私にこんなにも、あなたを思い出させすぎる 夏の、熊野の海のことを
着物を半分脱いでしまったあなたが、浜に寝そべりながらそれを集めていた 変に几帳面なのだと、その時知ったのだけど すごく集中した顔で、等間隔にそれを並べて、時折角度を微調整したりして 私は可笑しくて隣でくすくす笑った
「何が可笑しい?」 「だって、、、ちっとも似合わない。」 「似合う似合わないじゃないだろう、、、?俺は、、、」 「ん?」 「、、、、いや、今はまだいいさ。」 クッと笑って、あなたはまた、砂の粒から桜の貝を見つける作業に専念する あれが、あなたを好きだと思った始めだった
「はあ〜〜〜〜。」 大きく息を吐いて、そっと瞳を閉じて、俯いた まるで、そこに見えるみたいだったから ここは、あなたが桜色のかけらを置いた砂浜じゃないのに まるで、まるでそこに、あるみたいに 何もかもが綺麗すぎた
寄せて返すうねりも、波の間に時折跳ねる魚の背も、視界を遮る眩しすぎる陽光も
だから、泣けなかった。
泣けないまま腕をぶん、と弧の形に振って 可愛い色の、その貝殻を放り投げようと思ったのに できなかった
このままずっと、泣けないなら その代わりに、立ち上がって 全力で、駆け出して、ゆけ
ザブザブと飛沫を立てて入った海は、馬鹿みたいに暖かくて、容易に全身を任せられる がむしゃらに泳いで、いつも自分の位置を知る為の目印にしている岩に手をかける 息を切らしながら上がると、それは夏の日差しを浴びて、乾いて 足の裏がとても熱くてやや困惑した
その熱が、全てを、泡にして 蒸発させてしまえばいいと、言われているような気がしたのだ
この気持ちは、いつか消えてゆくの? 泡になって、消えてゆくの? 知盛みたいに、消えてゆかなきゃならないの?
「いやぁああっ!!」
捨てられないのは、放り投げられないのは 貝殻だけじゃない
今でも、繰り返す、あなたに触れて踊った心臓の鼓動 共に一差し、と、舞ったあなたの衣からきこえた焚き物の香り そして、最後の型に入った時、扇子で口許を隠したあなたが残したことば
捨てられないなら いっそ、私が泡になればいい
小さな貝殻を握ったまま、この、きれいな水の底で あなたと繋がっている方がいい
「これが、酸素の匂い。」 思い切り記憶して、乾いた岩から、反動を付けて足を離す
(これが、水の跳ねる音。) 浮こうともがく身体に嘘をついて、ただ、ただ光の届かぬところへ
いま、逢いにゆくよ
あんなに吸った空気がもう足りない この手を、この世から離してしまおうと思った時
突如、純正なる浮力に引き戻される 一度水を離した手首が、強い力で握られて、薄らと瞼を開けた 藍色に近い世界から見上げて知ったのは 太陽はあおいんだということ そして、ひとのかたちをしているんだ、ということ
ざん、、、、!と音を立てて、じりじり焦げ付く波間に戻った 壊れるんじゃないかと思うような力で 抱きしめられている私の額に、浅く早い息がかかる 人の温度なんて、忘れかけていたのに
水の底で、逢いたいと願った人が、水面にいるのは何故だろう
「な、、、、なんで、、、、私、死んでないよ。」 「当然だ、、、俺が、、、、助けたんだ。」 「わけ、、、わかんない、、、。」 「だが、、、これが現実、、、、だろう?」 私の瞳に映るのは、確かに知盛で。 水から出ている部分はほとんど傷だらけだから たぶん私の知っている、あの知盛なんだと思った
「水の底で、お前のことを、思っただけだ。」 知盛の唇が、ただひたすらに私を求めた 「死に場所を見つけた途端に、お前にもう一度逢いたいと思っただけだ。」 ゆっくりと話す合間に、何度も何度も、口づけて 「怖かったの、、、、?」 キスの途中で必死に紡いだのは、この人に掛けるには途方もなくおかしな言葉になった やっと唇が離れて、知盛の形の良い鼻先が、私のそれと触れて 「怖くなければ、、、還って来たり、、、しないさ。」
とても、かわいいだなんて言える顔をしている自信はないくらい 堪えすぎて圧縮されていた涙で、顔いっぱいに皺が寄る だけど、とめられないくらい 私は、この人が、とても、とても好きなのだ 愛しているぜ、と、あの時と同じ声が言った 今度は、誰も聞くものはないから あなたの唇がそう動くのを、ちゃんと見られてよかった
はっきり言って、そんなことを思うような状況じゃないんだけど 水も多少飲んでるし、鼻の奥が痛いし 鼻水と涙で、ぐちゃぐちゃだし
そんなことを思いながら、二人で砂浜に帰ったら 私が泣けなかったあの場所に、桜貝が几帳面に並んでいた。
何処から見てたのか知らないけど いつから見てたのか知らないけど これからは、波の音ともうひとつ ここで刻めるものがある
この時空は。 霞む静寂に届いた光を、忘れないように わたしたちが作った小さな世界
私が望んだ世界、あなたが望んだ世界 重ねたこの手が、ここへたどり着けと、そう言って ずっと、ずっとつながれていたのだと 信じることができるくらいに 現実は、絶え間なく時を刻んで
あるべきところへと、わたしたちを 一つの琴線に乗せて
|