◆Special Thanx for... ぱっつん様


〜Special respect for aiko
☆This story is written under the inspiration of 「スター」
☆天海ED後/七夕ネタ/天海の背景に自分設定を含みます





− Colored-Drop-Finder −





支払いをしている神子を置いて、
先に外へ出ると、水の匂いがした。夕立でも来るような。


腕の時計を見ればちょうどそのくらいの時刻ではある。
甘ったるい空気の充満した店内で、あれもいいこれもいいとばかり言う神子につきあった結果、
結局20分もいたことになるらしい。


湿度の高い水の香と共に、
どこからか生まれる風の音、空の奥で仄かに星の滲み出てくるけはい。
やや遠く、緑の信号の啼くのを聞きながら、ただ棒になって立っていると、
凡庸に麻痺していた鼻腔をはじめ、私の感覚が少しずつ戻ってくる。


カラン、と扉を打つ呼び鈴と、
「お待たせ!」と急いたような声に振り向けば、
きょうのために膨らませておいた財布が我が手に返って来る。
そう高い勘定ではなかったらしく、厚みには特に変化はなかった。
私はそれを、下の着衣の一部につなげた鎖に鈎で連結させ、
ついで後ろのポケットに差し入れながら、密かに胸を撫で下ろす。


「曇ってるね…」
「降る前に着かねばなりませんね」


そう告げると、神子は物わかりよく私に合わせて足を速めた。


「やっぱりまるいケーキにすればよかった」


歩きながらに神子は言う。
この世界では、バレンタインと言わず桃の節句と言わず、
なにかというと記念の日として菓子を買う習慣があるという。
菓子のほうも菓子のほうで、記念日ごとに手を変え飾りを変え、
趣向を凝らして売られている。その忙しさと言ったら。ひととはかくも勤勉である。


この日も例によってそういった機会で、
きょうは七夕になぞらえた菓子を、神子は今の店で買ったのである。


「まるい、というと、あの大きなもののことですか」
「そう。ホールっていうのホール」
「君の顔が埋められるほどありましたよ。お腹がはち切れてしまうのではありませんか」
「だから、天海も食べてくれるならまるいのにしたのにって」


言って見つめる小さな箱には、
「ホール」と神子が言う大きさのケーキに切り目を入れて、
三角になったものがたったふたつ、入っている。
可憐な包装のしつらえられたさまは確かに目にも華やかで、
神子は小さな両手で大事そうに、目の高さに持ち上げて矯めつ眇める。


「これは。悲しませてしまいましたか、神子」
「だってホールのは天の川が作ってあったんだよ。織姫と牽牛がちゃんとふたりでお船に乗ってたし。
 甘いものなら食べられるんじゃなかったの?」
「誰がそんなことを」
「だって、バレンタインのときはチョコレートを、」
「あれはほんのひとかけらでしょう。残りは君が食べたのですし」
「………だって天海食べないんだもんせっかく作ったのに」


神子の顔がみるみると沈む。
それを見ているのが、不憫なような、愛しいような、
もっと苛めたくなるような。


「だってだってと、そればかり」
「だって―――あ…ううん。………でもだって!」


忙しく、勤勉なのはひともそうだと確かに思うが、
神もまた、この世にあっては同じこと。
一日千秋の思いで渡ってみれば、ただ目の前の対象に一喜一憂、
千々に乱れる心を百重持て余し、せわしくもただただ時を過ごす。


「わかりました、負けましょう。君の手から食べさせてくれると言うなら、ひとくちふたくちは」


私の言葉に神子は割れたようにして笑んで、それだけで私は十分幸せなのを、
それでも神子はどうしてもやはり、
私になにかを食べさせたいのらしい。
ひとにとってそれほどに、食べることというのは大事なこと、
そういうことになるだろうか。


「天海がもう少しひとに近くなれば、一緒にごはん食べたりもしてくれる?」
「楽しみにしていましょう」
「それは私の台詞。とらないでください」
「では返しましょう」
「ありがとうございます」


まぁこんな往来で、返すもなにも。
私がどのような方法で、一旦口にした言葉を返すつもりだったのか、
神子はわかっているのか、否か。


「お酒は?」
「おや、恐ろしい子。神を酔わせてどうするつもりです。また撹拌された世でも見たいと言うのでしょうか」
「お酒を飲むと……撹拌されてしまうの?」
「私が朦朧となれば、狭間などすぐにも溶けて、さぞ、どろどろに」
「……どろどろに」


想像したのか、ヒっと小さく声を上げて、
神子は胸の前で持っていたケーキの箱に隠れるように肩を竦めた。
大袈裟な。


と思わないではないにせよ、
まぁ、これはこれで、いとけなくて悪くはない。
放言はやめにして、私は神子のほうへ手のひらを差し出した。


「持ってくれるの? ケーキというのは軽いんだよ?」
「素直にお出しなさい」
「ふふ。はい、おねがいします」


箱を受け取って、遠いほうの手に持ち替えた。
それから、神子の手をとる。
尤も、手にしたかったのはもともとこちらのほうで、
間違っても箱を欲したのでない。
神子はどう思っているか、「ありがとう」とそう言った。


ありがとうでもなんでもない。
こうして手をつなげることこそ、有り難き思いがするというのに。
いかがでしょう、愛しい子。









降るか降るかと思った雨は、
部屋に戻るまでの間には、結局降ることはなかった。
私がこの世界に降り立つときに使っている、
決して大きくはない部屋である。


ケーキを暫時、しまっておくための冷蔵庫と、
退屈しないだけの読み物と、腰の痛まない長椅子と、
濃い色の板間に一枚噛ませた敷物は、初めてここへ来るという日に、
神子が選んだ真白のもの。
そう、真白だったのが、よく見ると、
日常の零した痕がそろそろ幾つかできている。
ふたりで腰を下ろせば、そうは余りがないくらいの、つつましき白さがそこにある。


「天海」


開け放ったベランダからの声は近い。
空気の入れ替え、と神子は言うが、このひた垂れた空気では入れ替わっても僅か。
要は気持ちの問題にしても、本当に気持ちだけでしかない。


「君も着替えてはいかがです。いつまでも制服では肩の荷も降りぬでしょう」
「……でも」
「なんです? 見はしませんから」
「そっ、そんなこと言ってない」


なるほど、そんなことを言いたいのだろうと思う。
私はこの世界での衣服を気に入っていて、
そして、この世界に来ると何故か短くなってしまう髪もこれはこれで気に入っている。
神子に言ったように、肩の荷が降りるとはこういうことだと、
ひととき、ひとの如く振る舞うこともまた楽しく思う。


「それより、ほら、天海も」


先程から着替えをするのも二の次にして、
手摺りに凭れて神子が何をしているのかというと、
天の川を待っている。
雨雲が厚いことはわかっているはずだとすれば、
目を凝らして雲の切れ間を探しているのかもしれなかった。


いずれにせよ、星見にはまだ少し刻限が満たない。
そのぶんの、僅かながらの希望を加味してのことなら、無下に否定してやりたくはない。


「そのように顔を曇らせて。諦められぬのですか」


神子と揃いの簡易な履物をつっかけて傍らに立つ。
まるい背中と、湿気た風にそよぐ髪までしゅんとして見える。


「きょうは雨が降るのかなぁ」
「このぶんではいずれ。どうやら避けられぬでしょう」
「一年に一度しか会えないのに、雨が降るとそれもダメなんだって」
「……そのように教わっているのですか」
「うん。日本では。笹に短冊を吊るして、晴れればいいのにってお願いをしたり」


随分と真摯な横顔である。
他人事どころか、その名のとおり神のことまで、神子は心配する様子。
忙しいこと。


と、そのように言うと、神子は更に眉根を寄せて悲しんだ。


「だって一年に一回でしょ、ということは、ぜんぶ晴れたとしても、……えっと70回くらい?
 しか会えない事になるし、半分雨が降ったら35回しか会えないんだよ」
「35回」
「そう。きょうもし雨が降らなかったら、36回にできるかもしれないじゃない」


黙りこくった私は、不可思議な気持ちの中にいた。
自分の操れる言葉の群にはないものだから、
これはひとの領分であるのだろう。



それは光陰



矢の降るさまにさえ、
時間をなぞらえて見るものの言葉。
神には不可侵の、ひとのみの知る領域にある情景。


「ああ、それで」
「うん?」
「ひとは、自ら生きた証しをそのように」
「……うん?」


いま初めて 美しい言葉だと思いました



35でもよいでしょう。36でも、70でも、
全うすべき時間のために。
限りある時空を切り取って、
すべからく我がものにしてゆくために、
光の時間さえ計ろうとするものの言葉は、げに儚く、重く。



そう 不可侵と言いましたが
そんなことが そういえば
私にもたった一度 訪れたことがあったのでしたね



思い出し笑いに喉を鳴らした。
神子は未だ首をかしげて私を見ていた。


「雨では会えないだなどと」


私は神子と同じに、手摺に身体をもたせかけていく。
背を丸くして高さを合わせ、右の手のひらに顎を乗せて、怠惰に神子を見つめた。



「雨では天の川が見えぬからそう言うのですね」


こくりと肯定に頷く神子の前髪を、
空いた手指で梳き上げる。
まるく柔らな額に、そして、続きに撫でた頬の上に、
ほんのりと赤みが加えられていく。


「しかしながら、天にも方便があるのだとすればいかがでしょう。愛しい子」
「…方便?」
「雨の日には、ひとの目には晒したくないことをしているのだとは、考えないのですか」
「―――えっ」
「地には雨を投げておき、厚い雲で衝い立てた裏側へ、あのふたつの星々が隠れ入っているのだとは」


たっぷりと含ませた声音にしたのは無論故意であり、
私はずいと顔を近づけた先で、神子の頬が火照り上がるのを逐一見届ける。


残念なこと、きょうは曇天の七夕。
晴天ならばその赤らみを夕陽の仕業にもできたものを、
これでは隠すことも侭ならぬはず。
だからこそ、素直で好ましい、そう思うと私の視線はつい強まって、
神子はじりじりと後ずさろうとするので、手首を掴んで差し止めた。


「おや。なにを考えているのです?」
「!」
「ふむ……ひとの目にはさらしたくないこと、についてでしょうか。おかしな子、色々あるでしょう。
 たとえば賭博」
「え」
「痴話喧嘩に、そうそう飲酒も、そう仕分けられるのやも知れません」
「……そ、そういう、こと」
「なんの話だと思ったのでしょう、この、私の愛しい子は」


言い逃れの効かぬまでに染めた頬で、
神子はしかりとそっぽを向いた。
鼻筋が撓って見えるほどにけんけんと、そうして私に抗議する。
恋うた相手をだまくらかして、たぶらかして遊ぶ神に、
静かな敵意で抗議する。


愛しい子
けれども これは
悪い神を捕まえた君のほうが悪いのです


「神子」
「……」
「強情なあごはこちら」


指先一本で向けさせることができた。
誇張でなく事実そうで、
だから神子が、怒っているのでなく拗ねている程度なのだということが知れる。
あとは目を合わさせるだけ。


しかしこれが、最後の難関でもある。
私にとっての唯一の泣き所でもある。
それだけは、力ではどうにもならないのだから。


「わかってくれますね、神子。神と言えど、年に一度、そしてその日が雨ならばと決めて、
 偶には羽目をはずしたくなることもあるのです」
「……」
「現に私がよい例です。君の家族の目から隠れるためならば、部屋のひとつも用意する。
 年に一度などと謙虚をうそぶくことも、私はしようとも思わない」
「……!」
「ふふ。どうやら悪い例だったでしょうか」


神子は目を落ちつかぬ様子で瞬かせながら、
短い言葉から徐々に増やして、私に心を開き始める。


「……雨も?」
「自前だとすれば、どうでしょう」
「……神様ってたいへんだね」
「労ってくれるのですか、愛しい子」


顎に這わせた一本指を、猫でもあやすようにして遊ぶ。
いよいよ逃れようとする身を放さないでおくためには、私は、
しどけなく崩していた姿勢をきちんと元に戻さねばならなかった。


「も、もうあんまりいじわるしないでくれるって言うなら」
「本当に意地悪をしているのだと、君にはそう見えるなら、仕方がありません。やめましょう」


神子の手に預けた賽は、
果たして吉と出るか、凶と出るか、
神子は答えを言わぬまま、左右で色の違う私の目を、
ついに深くふかく見つめていることに気付いているだろうか。
あれほど逃れようとした私の腕に、
すっぽりと抱えられていることをわかっているだろうか。


「ケーキよりも美味しいものに見えますか」
「っ、え…」
「良いのですよ、もっと甘く、捉えても」


のぼせたような顔をして、少しの間無言でいた神子は、
それからかかとをひょ、と上げて背伸びた。
可笑しいのは私のほうが、その仕草を見咎めるやいなや、先に背を丸くしたこと。
少なからず高さに差のある唇を低くして迎えてやることで、
神子は容易に私に届いた。


曇天では、影を重ねることができない。
私と神子の他には、誰ひとりにもわかりはしない。
それが遠慮を削ぎ落とし、ふたりの距離を近くして、
胸の中で神子は確実に背筋を伸ばしていく。
更に言えば、それは、隠れたがる子どものように、
胸に深くおさまろうとする仕草のこと。


だから言ったのです
雨でも或いは ふたつの星は会っているのだと


そうですね 愛しい子
織姫には牽牛
君のことは 私が
大事にだいじに隠してあげましょう


包んだ頬に、ぽつと、ひと雨。
それが契機になって、神子はふと唇を離れてしまった。
げに侭ならぬは七夕の双神。
私にも、そろそろ隠れよと言うのだろうか。


「誰か、もうよいと言いましたか」
「……まだだけど、いま雨…っ、が……っ!」


いらぬことを話す口は、捕えられるだけなのだと、
蛇足の語尾は乱されるだけなのだと、
何度教えてもそのことだけは、どうにも学びの遅い子であるらしい。


てんてんと、神子の瞼に落ちる雫が、
ほんのりと薄紅に色づいて見える。
星は川底へ沈んでも、世界は十分に夕映えている。






− Colored-Drop-Finder・完 −





・aiko/スター
・天海×ゆきでしたらなんでも!

でリクエストしていただきました! ぱっつんさん本当にありがとうございました!
天ゆきだったらなんでもというお言葉にかなり甘えた形になってしまったかも…とも思うのですが(…)
スターというタイトルを拝見したときから、天ゆきでスターなら、これはもう七夕させるしかない! と思って、
書かせていただくのを本当に楽しみにしてました。ちょっと遅刻したけど…旧暦発動すると先取り
曲の内容がすごくゆきちゃんの想いとか自問とかと重なって聞こえて、
ゲーム中の二人が経験したであろういろいろがぶわっっと出てくるんですよね、ほんとに神曲…!
なのでお話ではED後のゆきちゃんが、もう何も心配なくなってるといいなぁみたいな、
ずっと会えてるわけではなくても、生きてる立ち位置の違いとかもうハンパないけど、
天海的には心配させてるつもりは全くないとかだったらいいなぁと^^
少しでも楽しんでいただけてたら嬉しいです
改めましてぱっつんさん、素敵リクエストありがとうございました!

天海とゆきちゃんは、お互いにお互いの事を私の光と思ってそうだなぁと思います
天海は言わずもがなとして、ゆきちゃんが異世界に来て最初に天海と出会うところ、
絶体絶命的なシーンであのまさかのふわりは反則である。おまっ…それ絶対わかってやってるだろと何度ry
うん…だから天海も、ゆきちゃんにとっての光になるしかないと思うんですね
ED後は、時空の壁がある意味常時天の川的に横たわっている天ゆき
けど、雨が降ってもなにがあっても、天海がよし行くかと思えばいつでも渡れる天の川
天海はあんなだけどやればできる子。本番に強い子(真顔)
近いのか遠いのか、ぐらぐらする距離感がひじょうに萌える天ゆきが好きです
幸せになれ!

2011.07.08 ロココ千代田 拝