【あにゃさんとやってる交換日記】から再録
〜Special respect for George Gershwin
☆This story is written under the inspiration of 「Rhapsody in Blue」
☆天海ED後/狭間⇔現代な遠恋設定






この国では当たり前の、
少し前までFor Rentの看板が立っていた、
どこにでもあるフラットの一室


ときどき、私と天海がここへ来て、
天海のいない時は空室になる


そのうちボードに名前を書いて、
ドアベルの隣に表札としてつるせるように、
少なくとも私はなりたい


「いつまで星を眺めているのです」
「だって綺麗。天の川みたい」
「ええ、綺麗。ですが、いけません。夜風は身体に障ります」


そうして、私の眼前やや上方に広がっていた星空は、
シュッと高い音を立てたカーテンで遮断された


「………」
「さぁ、良い子です。おやすみなさい」
「……良い子より愛しい子がいい」
「おや。自分から求めてくれるとは」


とか何とか言って、ふと近くちかく迫った天海と、
同時に背中で弾んだベッドのせいで、
私はころりと騙されていたようです





− Rhapsody in Blue −









存分に天の川を見られなかった惜しさが残っていたのだろうか
夢のなかみがざわついて、
夜中になって映画のように目が覚めた


見えるものはただ、青い青い天井
そして、
涼しい風が前髪を揺らして、
閉めたはずの窓がどうやら開いている気配


これはそう、
いやな予感
あまりに蒼すぎる


私は仰向けに寝たまま目だけを動かすと、
天井と同じ、ただ青い青い部屋である
暗順応した視力が捉えるだけの闇に、
星の影はなかった


さて、ここで問題です
隣で私を寝かしつけていたはずのひとは、
果たしてどこへ消えた?


むく、と身体を起こして俯くと、
ふつふつと沸き上がってくる感情
ぎゅっとシーツのヘリを握る


「また。前触れもなくですか」


キリと睨んだのは開け放された窓の向こう
少なくともその四角く切り取られた夜空の範囲に星はない
たゆたゆと流れていた天の川が、
忽然と、ないのである



それは天変地異



明らかな異変に、私はベッドから跳んで降りた
それも素早く、影さえ残らないくらいの早業で
夏仕様の薄いシーツは、私の後ろで緩慢に舞っていた


ねぇ天海
あなたは私のことを、
幾分ぼうっとしてる女の子だと思ってるでしょう


けれど残念でした
一応フェンシングでは入賞くらいならしたことあるのよ
それはそれは俊敏なのよ


さっきまで煌々と存在した天の川が消えたら、
私だって跳びもするのよ


踊り場のある階段を駆け下りる
せめてあなたの、長い長い髪の先、
その一本でも、握って落とすことができたなら
間に合うことができたなら


そう思えば、
カーブなんてなんでもない
障害にもならない


ぱん、と玄関を開けたら、
骨董のドアベルが馬鹿みたいにひびいた
ごめんなさい


けれど、止められないの
私は、私は、このそらに、
いまから手をのばさないといけない


この、インクが舐めていったような大きな空に―――


「………」


―――両手を広げたところは、
真正直に漆黒の、東へ続く夜の帯は、天海の髪と同じ色
しっぽを掴めるはずもなかった


「……馬鹿みたいに見えますか」


どれくらい延ばしていただろう
四角い切り抜きでない満面の空をもってしても、
そこにあるのは月、ただひとつ


あなたがあなたのあるべき場所へ、
還る時はいつもそう
星が消えてしまうのよ


どこへ隠したの?
すべて、小さいのも、よく光るのも、すべてよ
どこへやったの?


『さぁ、今度こそおやすみなさい。愛しい子』


そう言って前髪を撫でてくれた手は、
まだ私の額の上に感触を残しているのに
帰るんじゃないかって不安だった私を、
そうやって安心させておいて


だから眠ったのに
いい子にしたのに
この仕打ちはあんまりではないでしょうか


悔しくてノドが鳴って、固く目をつむる


裸足で飛び出した煉瓦の舗道で、私はぺったり座り込んだ
危なくなどない
こんな夜中に自転車なんて通らない
新聞屋さんは、悪いけど、避けて通ってください


泣きたいの
どうしても
いまはひとりで泣きたいの


大きな大きな月が私を見てる
映さないでよ恥ずかしい
そんな真白のひかりで、
キリキリ悔しがってる私をスポットライトみたいにしないで


ネグリジェはつるつるのシルク
ひらひらとした裾が、砂で汚れてしまったから、
ねぇどうしよう 戻れない
いま戻ったら、
これじゃベッドまで汚れてしまうわ


天海がこれがいいって言うから着てるのよ
朝には膝の上のところでくるまってるのがふしだらで、
だから少しやだけど着てるのよ
だから帰ってきて払って
ぱんぱんといい音をさせて、元のようにきれいにして


「……天海ぃ」


ひびかないように、手のひらの中に名前を呼んだ
こんなことなら、天の川を渡っておけば良かった
カーテンで遮断される前に、
夜の向こうへ隠されてしまう前に、
飛び出しておいたら良かったわ


きっと、彼はいまごろは、
そこへ融けてしまっているのだ
ベッドと違ってああ広い、って、
うとうととまどろんでいるのだ


お月さま、それでも映すというのなら、
沈むついでに伝えて下さい


あんまりいじわるしないでって


私は、あなたが好きなんです
本当に本当に、好きなんです







− Rhapsody in Blue・完 −





狭間と現代でする遠距離恋愛
ゆきちゃんから会いに行く場所としては途方もなく遠いんだってところが、
天ゆき遠恋のいいところだと思ってます
天海からしか会いに来られないってことを反対から見たら、
ゆきちゃんは、すっごい会いたがってる天海のことしか知らないってことになる
狭間の仕事もあるんだけど、放っといたら融合しちゃうからちょっとだけなんだけど、
それでもいま会いたい、っていう天海。スカしてるくせにそんなとこばっか見られてしまう天海
貴重です
天海がどんだけゆきちゃんのこと好きなのってことばっかり浮き彫りになる時空越え遠恋

2011.06.26 ロココ千代田 拝