鍵盤に、相対すというよりは、まるで眺めているような視線で弾く。
引き結んだ唇の、口角は少し上向きの童顔。
かなでは、その横顔が好きである。
「天宮くん」
返事はない。そう、練習中だ。知っていて声をかけた。
甘えたような声になった。
こっちを向いてという声になった。
夜八時を回っている。
寮で風呂を済ませてきたかなでは、いまや天宮のピアノの椅子の足元で、
三角座りが少し胡座に崩れたみたいな姿勢になって(スカートではない、念のため)、
床に腰を下ろしている。
鍵盤が上下するのが、ここから見ているとよくわかり、
確かに鍵盤は木でできているのだ、とか思っていた。
長くて綺麗な指が、滑らかに鍵盤を滑っていくのを見ていて、かなでがいつも思うことがある。
黒鍵でも、白鍵でもそうなのだけれど、彼が撫でる指先へ、スゥと吸い付いてくるように見えるのがそれで、
細かい音符の連続も、いくつも音の重なった和声を両手で押さえるのでも、
天宮がすると、とても簡単そうに見えるのである。
かなでも奏者であるから、本当は簡単ではないことは、もちろん知ってはいるのだが。
溜め息が出るほど、本当に簡単そうに見える。
いつかきっと、プロになるひとの指だ、と思う。
彼の指がたどったあとは、鍵盤が、濡れたように見える。
「やっぱり、かなでさんか」
ドアを開けて、天宮はそう言って笑んだ。
天音学園の生徒が寄宿するマンションだ。
一人一戸、ランドリー水廻り完備。贅沢だなぁと、寮暮らしのかなでは、ここへ来るといつも思う。
「『やっぱり』?」
「僕も、君に会いたいと思っていたところなんだ。奇遇だね」
「―――」
かなでは頬を赤らめる。
「どうぞ、何してるんだい? 入ったら?」
「う、うんっ、どうも」
天宮はドアをもう一つ広げて、片側へ寄ってかなでの通るスペースを空けた。
白い制服に擦れるくらいの近さを、触れないように気を付けながら、多分に緊張しながら
かなでは幾分ぎくしゃくと、通り過ぎた。
特に、会う約束はしていなかったのである。
コンクールはとうに終わったし、練習につきあってもらうべき試験があるわけでもなく、
本当の意味での平日だ。
かなで用のスリッパがちゃんと用意されている。
天宮の部屋に予め備えてあったのは、かなでの足にはやや大きく、
少し歩く度に脱げたり、つまづきそうになってしまうので、
“いただけないね”
と彼は言い、先日ふたりして元町へ、かわいい(とかなでが思う)のを買いに行ったのだ。
そのスリッパでぱふぱふと床を踏み、部屋に通されたかなでだったが、天宮はまずピアノに腰を落ち着けた。
いや、「まず」というより練習の途中でかなでがチャイムを鳴らしたので、
いままで腰を上げていたというのが正しいのだろう。
屋根は半分上げられていたし、鍵盤も蓋が開いているし、譜面台には楽譜が開いている。
「申し訳ないけれど、待っていて。しばらくだから。冷蔵庫とかポットとか、
君の飲みたいものがあるかどうかわからないけれど、勝手に使ってくれていい」
「あ、……うん」
天宮が弾き始めたのはかなでにも聞き慣れた曲だった。
部屋から続きのミニキッチン、ミニ冷蔵庫の前で腰を屈め、鼻歌でメロディーを追う。
「しつれいしまーす」
使ってくれていいとは言われたが、親しき仲にも礼儀ありだ。
かなでは、天宮の冷蔵庫を開けるときは、一応ひとりで断わりを入れることにしている。
「これはまた」
溜め息が出るほど殺風景ななかみである。
これでは選択のしようもないが、清涼飲料水の大きめのペットボトルが寝かされて入っていて、
幸いかなでの好きな飲み物だった。
片手で持って背伸び、空いた手でガラス棚をあける。
持ち出すグラスは一個にするか、二個にするか、かなでは部屋の天宮をチラリと覗く。
その背中は随分熱心なときの様子を示している。
(……一個ってことで)
グラスを一個だけ用意して、なみなみと一人分を満たす。
満たしたら、ペットボトルはちゃんとしまっておく。
一口飲みながら部屋に戻り、ソファに沈みながら、天宮の音を聴きながら、
ひとり、マイペースに飲み干していく時間。
それは、初めは、淋しいと思うこともあった。
だが、いまはそうでもないのである。
退屈する音では絶対にないし、曲には好みがあるにせよ、
もしも興味のひかれない曲を練習しているなら、代わりに夜景でも眺めていればいい。
そうこうしていると、かなではいつしか足を組んだり、そのうち寝そべったりと、
つい行儀が悪くなってしまうので、
天宮の部屋に来るときには、スカートでなく短パンにしていることが多い。
今日もそういった感じで、飲み物はだいぶ前に飲み終わり、
天宮の弾くのを聴きながら、ひととおり夜景を眺めたり寝そべったりしていた。
「かなでさん。こっちに来たら?」
天宮が練習中に声を掛けるのは珍しいことだ。しかも、傍へ来いとは更に珍しい。
普段遠ざけられているという意味ではないが、
基本的に、どこにいようと自由、居場所を指定されることはほとんど起こらないのだ。
かなでは、崩れていた姿勢を少し戻した。
「うん?」
「聞こえなかった? こっちにおいで」
「……うん」
傍に立ったかなでに、天宮は音符の合間に話し始める。
「どうして、隠れてなんかいるんだい?」
「隠れたわけじゃなくて」
言い返すと天宮の視線が僅かに絡み、どきんとかなでの胸が鳴る。
瞬きと同時にする流し目にまだ慣れない。
「君に会いたかったと言っただろう? 僕は、ちょっと待っていてとは言ったけれど、
隠れていてとは言わなかったはずだよ」
「……わがまま」
「かまわないよ、なんと言われても。今日の君はここに座って、僕の目の届くところにいるべきなんだ」
言わせてもらいたい。
それなら練習するよりかまってくれたらいいのにと思うのが、
女の子の自然な心の動きだと思うが。
と、ややもやもやしながら、かなでは傍でぺたんと腰を下ろした。
この部屋でひとりで時間をつぶすことには慣れてきたが、
それは、このようにふりまわされたいということとは少し違うのだ。
(ほら)
綺麗な指は、すぐそこで鍵盤を滑る。
メロディーに合わせて揺れる身体とか、息づかいとか、
いやでも全部、目にはいってしまう。
そこへ、自分の音を乗せたくて、今日は例えば甘えるように、絡めていきたくなって。
「天宮くん」
ほら、返事もないくせに。
傍にいれば、すぐに、こんなふうにかまって欲しくなってしまう。
両の手指は鍵盤でなく、かなでに、そんなふうにして触れて欲しい。
満足げに眺めるものもピアノでなく、かなでのことを
―――その指で紡ぎ出すのは、何も音楽ばかりじゃなくたって
(ほら、したくなっちゃうから)
だから、ソファでゆっくりしているほうが―――それを隠れると天宮は表現するのだが
気持ちがラクだというのに。
「天宮くんてば」
やや間を置いて、二度目に呼んだその声は、痺れが切れたようになった。
かなではいよいよ立ち上がる。
背もたれの裏に立ち、そこから天宮の肩へと腕を回す。
「かなでさん」
ピアニストの肩をこのようにしたら、
正確に使える鍵盤の範囲が目の前の2オクターブくらいしかなくなってしまう。
わかっている。怒られるかもしれない。怒ればいいじゃない。
首筋に唇を当てて、くすぐるようにじゃれてみる。
「こらダメだよ、ほら、不協和音になる」
「だってピアノばっかりかまってる」
かなでが膨れたように言うと、天宮は笑ったのである。
喉をころころといわせて、それはかなでの唇にもびりびり響いた。
十分にわかっていたと言うように、やっと言ったねと言うように、甘い笑み方をした。
「外泊許可でも取ってきたのかい?」
「どうしてわかるの」
「顔を見ればわかるよ。理由はわからないけれど、君は今夜、僕としたくなってここへ来たのではないかなって。
玄関からずっとそういう顔をしてる」
「わ、わかってたなら……」
かなでが尚もしつこくじゃれつくから、メロディーは濁ったタッチに変わり、
リズムもあるようなないような、
とても天宮の弾いているものとは思えない、ひどい崩れ方だ。
「ねぇかまって」
「困ったな」
天宮は、言って音を切った。
そして、その指は間髪なくかなでの手首をつかんで引き下ろす。
「―――ひゃ」
かなでの身体は引かれるままに一転し、柔らかな衝撃に、反射的に目をつむった。
次に目を開けたときには、天宮の膝に乗っていたのである。
少し崩れてはいるが、ちょうど、だっこでもされているような形だ。
ぱちくりと二度瞬けば、天宮もつられてそのようになった。
「こういうのは、かまっているとは言わなかった?」
「……言うと思います」
「それなら良かった。けれど、これでは僕には物足りないかな」
天宮は童顔だったが、ときに驚くほど妖艶な色を浮かべる。
かなでが、引かれるように身体を寄せたくなるのはこういうときで、
実際、しっくりと抱きしめられるよりも、かなでが腕を巻き付けるほうがよほど先だ。
そんな顔を見せられていたら、すぐにでも口からついて出そうになってしまう。
して、とそのひとことが。
だから、キスで塞いで欲しいと思う。
かなでの、物欲しげなまなざしを捉えて、天宮は唇を寄せながら、
片手で鍵盤の蓋を下ろした。
◇
羽織ってきた薄手のカーディガンが、肩を滑り、ぱさりと足元に落とされた。
キャミソール仕様の、露出の多い恰好をしてきたのは半分計算だったとはいえ、
いざ眺められると―――視線は特に胸元にある気がした
震えそうに恥ずかしいかなでである。
膝の上に乗せられているので足が地に着かず、それだけでもドキドキとするというのに、
天宮はそのまま、手のひらを裾から滑り込ませてきた。
「っ……!」
胸に触れるかと思った手は先に背中に回り、
ぷつんといきなりホックを外される。
何故と視線を上げると、天宮は同じく何故と見返し、
「このほうが、僕にも君にも都合がいいと思うよ」
というようなことを言った。
そして、手のひらは前に戻って来て、キャミソールの膨らみが天宮の手のぶんだけ嵩を増した。
自由になったまるい胸を、そっと包まれる。
「ふ……」
天宮が触れるとおりに形がかわる。
柔らかく揉まれていると、腰のあたりがこそばゆくなり、かなでは天宮にしがみつく。
「外から見るよりもあるんだね」
「そ……そんなにおっきくないよ」
「それは知っているけれど」
「………」
「でも、こうしていると気持ちがいい」
口数の多いひとではないのに、天宮の言葉には気持ちがいちいち上下させられる。
からかっているつもりがあるのかないのか、楽しんでいるのだろうことは確かだ。
こういうことをするときはいつもそうだが、
天宮は多分に楽しそうな顔をするし、言葉からもよくよくうかがえる。
かなでが反応すればするほど、それは増すのだと思われた。
「君のほうはどう?」
衣服の中で、天宮のふたつの指が、乳首をこりと摘んだ。
「っん……!」
微妙な力で、まるい輪郭に沿って押しつぶすようにされると、かなではぞくぞくと鳥肌を立てる。
さっきまで、神妙に鍵盤を滑っていた指が、そんなことをする。
いや、そうされたかったのだけれど、よくよく眺め尽くした指だけに、
相反する恥ずかしさが込み上げる。
「こうされると気持ちいい?」
「あ……っんん、ぁ、あっ……」
かなでが言葉にしないのを、やや不服そうにして、
天宮はかなでの衣服をぐ、とめくり上げる。
白い胸があらわになって、つつましくぷるんと揺れた。
しつこく触られたあとで、ツンと立ち上がってしまっているあかい粒を、
目の当たりにさせようとしてそうするのだ。
「ほら、もうこんなにして」
どの指でしようとするのかを、しっかりと見せつけるようにして、
目線でかなでを誘いながら、天宮は更にそこへ触れる。
二本の指の間でこりこりと刺激されて、びくんと震えるごとに硬さが増すのを、
かなでは真上から、自分で見ながらかっかと高まってしまう。
「だめ……」
「それじゃやめようか」
「や、だめ……!」
「ふふ、いったいどっちなの」
ああ、声までくすぐったい
きゅんと絞られる心地に、かなでは膝を擦りあわせた。
じゅんと濡れたものが奥から沁み出してくるのを、どうしても我慢できない。
このままでは、下着を越えて着衣を濡らしたりしないだろうかと、
火照りゆく脳裏で考える。
「随分熱いね」
「……ん」
天宮は、膝上で接したあたりへ目を向けていた。
「いや、僕のほうかな」
「!」
わざと、その熱をかなでに押し付けるようにする。
かなでとて、気付いていないわけではなかったのに、
改めてそのかたちを知覚させられると、みっともないほど、欲しくなってしまう。
「や、ぁ…ん、当たっ…ちゃう」
「それだけでこんなに熱くなるんじゃ、いれたらどうなってしまうのかな」
知っていて言う。
かなでの反応は、初めてしたときにも十分に引き出されてしまっている。
そのとき、「ただの勘だよ」と天宮は言ったが、
いまでは勘に加えて覚えた確信がプラスされているのだから。
「……天宮くん」
「なんだい? かなでさん」
涼しいいろの、余裕のある目だと思った。
その瞳に映る、いまにも潤みそうなかなでのそれとは全く異質に思える。
かわいい顔をしているくせにやはりひとつ年上なのだ。それは間違いないらしい。
そうでなくても、怖いもののないタイプであるというのに。
「教えてあげる」
「なにを? 僕はもう恋を知ったよ」
得意そうに。誰が教えたと思っているのか。言い返そうとして、口を噤む。
そうなのだ。
ほんとうはどこの誰だか、名前も年も知らない頃から、初めて会ったその日から、
天宮の言うことに、誘うことに、否と言えない自分に気付いていた。
恋を教えて欲しいなんて、「教わったのは私のほうだ」と、
ほんとうはずっとずっと、想っている。
それから名前を知って、それから天音学園の三年生なのだと知って、
(本当に、詐欺だと思ったんだから)
それは、あらゆる意味で。
と、かなでは、息をひとつ吸って、せめてと虚勢を張る。
「今日の天宮くんとして、私がどうなるのか教えてあげる」
「―――驚いたな」
「……いらない?」
「まさか。すこぶる興味があるよ」
天宮はかなでの背を一押しして、膝から降りるよう言った。
それから、かなでをピアノへ押し付けるようにして、後ろからしなやかに圧力をかける。
蓋が閉じていなかったら、かなでは下腹で、ひどい不協和音を押さえたろう。
「こ、これでするの?」
「後ろからは初めてじゃなかった? どうせ教わるなら、初めてのことのほうが楽しいんじゃないかな」
「そんな……」
初めてのことでは教えられないではないか。
むしろ、天宮から教わることになってしまうではないか。
「待っ……っん…ッ」
下の着衣は、十分に短い丈のショートパンツだった。
天宮は、その甘く隙のある裾から、手のひらを差し入れたのである。
手指を幾つか、迷いなく下着の隙間に滑り入れる。
「あぁ…っ」
「ふふ、やっぱりすごいね。そうだろうとは、思ったけれど」
ピアノを弾く指は、深く埋めるのを好まない。
かなでが濡れているかどうか、浅いところで確かめるだけの愛撫をする。
関節ひとつぶんくらいを微かに動かす、それだけなのに、
天宮がさし入れた指先を、つつとたどって降りてくる人肌のみずは、
水かきまでに絡まって手相を伝う。
「あ、あっん、や……もっと」
「駄目だよ、これ以上いれられない。奥までいれて絞られて、挙げ句突き指でもしたら、
君は責任取ってくれるのかい?」
「違……っうの、あぁっ…違……!」
まるく円を描くようにして、天宮が入り口を掻き回す。
くちゅくちゅと、聞くでもなく耳に入るその水音に、かなではひぃと身を竦める。
奥まで欲しいのでない、奥までもらえないから、
天宮がそうするときは、浅いところばかりが感じるようになっているのだ。
感じて感じて仕方がないと言っているのだ。
だから困る。
天宮がひどく滑りよい指でそこばかりを攻めると、奥まで熱くなってくる。
そこへ届くもののことを、覚えてしまっているから、
身体はそれを待って、声はそれを、もっと奥へと強請ってしまう。
「どういうことかな」
耳許で天宮は言って、耳たぶから甘噛みしながら首筋をたどる。
白いはずの肌は染まりきって、ほんの少し吸い上げただけで、
かなでは短く高い声を上げる。
「あ、あぁっ、だ……っめ―――!」
かなでが達すると同時に、計ったようにして指は抜かれた。
それは劇的な絶頂感ではない。立っているのはかろうじてできるというくらいの
小さな一山とはいえ、ひくひくと収縮するのを、一人で耐えねばならないのは、
あまり愉快でない。
「も、もう……」
「ふぅん、どうも不満げだね」
「こ、こうなっちゃうから、もっと……って」
かなでは、未だ整わない呼吸で、精一杯の抗議の表情をつくって天宮を見返った。
一度感じきったことで、薄く涙が浮いている。
「ふふ」
「……なんでわらうの」
「いや、ごめん。本当に」
何故だか楽し気に言って、天宮はかなでを抱き竦めた。
「覚えたての身体をしていると思ったんだ」
「……覚えたて?」
「求めて止まない動きをする。もっと、ひどく欲しがっているのがよくわかって、
つい奥までいれてしまいたくなるよ。僕はこれから、よくよく自制しないと」
そして、回った手はかなでの下の着衣に手を掛けた。
銀色の、まるい金属のボタンを、くりと外して下着ごと床に落とすと、
かなでの足をぐいと開かせる。
「あ……」
「いまの君は、君のおかげで恋を覚えた頃の僕に似ている」
「……そうかな」
濡れたぶぶんが、空気に晒されてひんやりと身震えるが、
それも束の間で、天宮が自分の制服をいじる音が耳につき始めると、
収まり始めていた鼓動がまた、とくとくと早まってくる。
「毎日思った。もっと君を知りたい、君を知ると僕がどうなるのか、恋を知ると心はどう動くのか。
毎日会いたいと思った。君は違う?」
「うん、同じ」
振り返ればきぬずれるほどの近距離は、かなでの理性を容易に取り去ってしまう。
「ねぇはやく…」
狙っているのか天然なのか、天宮はそんなかなでの唇を、猫背になってふと奪い、
何度も角度を変えては、深い深いキスをする。
「ぅん……っんん、」
半ば酔わされたように味わいかけたとき、天宮が先端を挿しいれた。
「あぁん…あ、あ……!」
唇は当然に離れ、かくんと膝を落としたくなるくらい、
初めにはいってくるときの快感は大きい。
間延びした声を上げながら、入り口の襞は天宮を誘うような動きをする。
「はい…ってる」
「っ…これはいつも以上かな」
「あぁ…っん、や、ぁ……」
狭いところへ捩じ込む動きに、かなでは堪らず俯いて、はふと大きく息を吐く。
ピアノの蓋に両手をついた、そのぴかとした表面が、白く曇ってしまいそうだ。
天宮が腰を動かす度に、外したベルトからだろうか、微かに金属の触れ合う音がする。
内側に貼り付いたぬかるんだものを、先のまるみで掻き出すように、緩急をつけた律動をさせる。
「どんな感じ?」
「っふ……え…?」
「後ろからいれると、どんなふうに感じる? いつもと違う? どちらが好き?」
一度にたくさんのことを尋ねるのは天宮の癖だろうか。
かなでは困惑する。ひとつひとつに正しい答えをつけるのもそうだが、
きちんと言葉にして話せる気がしない。
「しゃべれ…ない、無理……」
「ふふ、やっぱりそうなのか。そんな君が可愛いよ」
そして、天宮はかなでの腰に手を掛けた。
緩く括れたところへ指を埋めるようにして、下腹へぐうと引き寄せると、
繋がったところを突き出す恰好になる。
「っ、そんなの、やだ、やだ恥ずかしい…っ」
かなでは苦言したが、天宮は気にするふうもない。
代わりに、埋まりきらなかったぶんを一気に挿しいれた。
「っ……っあぁ、っ!」
「まだ知らないんじゃないかな。この角度」
突上げるところはひどく深い。
天宮は、かなでの反応を見ながらいいところを探している。
痛い? とか、無理してる? とかに、頷いたり首を振ったりしている間に、
ぬかるみはしとどに流れる。
「あ、あ、そこ……」
「なんだ、ちゃんと言えるんじゃないか」
「ん、いい……すごく」
そう、言ってしまったから、いいところばかりを狙われてしまう。
かなでがひっきりなしに濡らす所為で、ぴたと合わされる下腹がつめたい。
さすがに暑いね、と言って、天宮は制服の上着を脱いだ。
ふわとピアノのサイドに乗せたあとで、もう一度重ねられた胸は、
少しだけ薄くなって、けれども、ずっとずっと暖かだ。
薄い汗の匂いがする。
「もっと……して」
強請って引き出す、もっといいところへ届くように、かなでが半身をひねることで、
抽送は少しずつ軌道修正しながら繰り返される。
その度にぴちゃと濃いものが音を立て、かなでは天宮のするとおりに喘いでしまう。
「あぁぁ……っん、あっ…だめ、あぁぁ……ッ」
「いくら防音だからって」
「だ、って、んあぁ、あ、天宮くんが……ぁ」
「一応学生寮なんだけどな。追い出されなきゃいいけれど」
全く心配している口調ではなかった。
やはりに、楽しんでいる。むしろ、聞こえた方がいいとでも言うように、
天宮は次から律動を早め、指ではかなでの割れ目を撫で上げた。
「は…っぅん……!」
小さな一点ではあるけれど、そこに触れられて、鋭利な快感が貫いた。
同時に、内側をきゅうと締め上げてしまったから、天宮からも少しの溜息が漏れたのを聞いた。
「っ、それは駄目だな。かなでさん」
覆い被さるようにして深く挿入しながら、
天宮は摘んだものを指の間で緩く擦りあわせる。
頬に唇を寄せるだけに見えるが、本当はかなでの表情を観察している。
突き上げる度に、いまにもこぼれそうな目尻の涙に、満悦して笑む天宮のことは、
きつく目を閉じたかなでには知ることができない。
「……ダメなのは天宮くん」
「どうして? 君に教わったとおりにしているだけなのに」
感じる芽をこりこりと弄られて、あかく膨らんでじんじんと脈打ってくれば、
小刻みに震え出す下肢に、ほとんど力は残っていない。
いれながらそうされるのは、立っているだけでもやっとのかなでだ。
いまも、ピアノに凭れ掛かっているぶんと、天宮が片手で支えるぶんとで、
何とかくずおれずにいれるというだけだというのを、天宮はどこまで知っているだろう。
そう思うと、気持ちいいのとせつないのとで、涙が零れる。
「なんてね。嘘だよ。僕のしたいようにしてる」
言って、天宮は苛めていた指先を離した。
つつと細い糸が引く。
いっとき動きが止まったことで、中で接しあっているものの、かたちまで浮き彫りになるみたいだ。
「…天宮くんの、ぴくぴくしてる?」
「そう思う?」
「……うん」
「じゃ、きっとそうなんだ」
それで、かなでが天宮の、笑みを含ませた声を聞いたのは最後になった。
抱え込むようにして激しく挿しいれるときの、皮膚のぶつかる音だとか、
耳許で時折漏らす浅い息が、かなでの鼓膜に貼り付く。
「あっあ、あ……天宮、くん……っ」
「っ、きつ……」
天宮が切迫して言うのは、
かなでが脈拍みたいにして締めつけることを指していると思われた。
深く深くを押し拡げられることで、ぬかるみが急速に熱を上げる。
同じところへ繰り返しはいってくるものは、ひとたびごとにひどい絶頂感を誘った。
「や、や、あ、もういく、ねぇいっちゃう」
絞るような声と一緒に、喉を反らしたかなでの身体から、一気に力が抜ける。
天宮は、落とさぬように、なくさぬように、大事に大事に抱き込んだ。
「ぅん……っ―――」
そこはもう、熱すぎると、天宮はそう思った。
夏だって冬だって、暑さだとか寒さだとか、そういうものに、ずっと
(僕は、敏感ではなかったはずなのに)
圧縮された出口から、ほぼ一息にまき散らすように、
かなでの中へ放ったものは、彼女にとっても、熱いだろうか。
◇
「どうして?」
「……恥ずかしいから!」
かなでは、脱衣所で天宮に手首を引かれて、
しかしテコでも動かぬように胆力を込めてそこで突っ立っていた。
一緒に風呂に入ろうというのである。
いろいろとベタベタになったのでいろいろと洗い流してやろうとそう天宮は言うのである。
「かなでさん」
「いやっ!」
「……うーん」
引き下がるつもりがなさそうなのはかなでもそうだが、天宮も負けてはいなかった。
頑として首を横に振るかなでは、風呂に行こうというのにバスタオルを身体に巻き付けている。
天宮が制服の黒いシャツを脱衣する間に、隙を見て羽織ったらしい。
さすが、自分に恋を教えただけのことはある。あなどれないと思った。
手首を握り直し、目線を合わせて、深く深く覗き込んだ。
「だからどうしてかな。わからないな。いままで僕と君は、もっと恥ずかしいことをしていたんじゃなかった?」
「……そうだけど」
「ふたり一緒なら時間の短縮にもなるし」
「ちょ、な、なんでそういうこと言うの!」
「なら、正直に君と一緒に入りたいんだって言おうか?」
「うー……」
攻防は、まだ暫し続く。
男心と女心がせめぎあう、一人暮らしの脱衣所である。
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