弓弦の月





その言葉に、背筋が凍るくらいに。


高鳴ってゆく血流を首筋に感じながら、眼鏡を外した綺麗な輪郭を、私の指はなぞっていた。


「あなたが、いけないんですよ。」



言葉はこんなにも、嘘つきだ。
私に触れる、そのしっかりと節の隆起した指先は、
ビロードのようにまぶたをなぞって。


そ、、っと。


月が光を、こぼすように。





-弓弦の月-


胸の広く開いたワンピースを着ていったのは、間違いだったのだと。
やっと気付いた。



期末試験を控えて、一緒に勉強しませんか、と言い出した譲くんの言葉を、
素直に受け取ったのは、間違いだったのだと。



いや、間違いにしたのは私だったのかな。



「そんな恰好をするのは」


重力の計算に夢中になっていたから、気付かなかった。
いつの間にかワンピースの、キャミソールタイプのストラップが、
肩から頼りなくすり落ちていて。



譲くんの視線の先に、組んだ腕にきゅ、っと谷間を作った私の胸が。



「俺の前だから、ですか。」




その言葉には、いつもの優しさはなかった。
怖い、と思ったのは、瞳の中に躊躇が見えなかったから。



「そ、、そんなんじゃ、なくって、、その、、、」
「もし、そうじゃないなら」



待って、なんて止める隙なんかなくて。
あっという間に譲くんは、私の手首を掴んで、首筋に強く印を付ける。
背中に冷たいフローリングを感じて、ワンピースがもう巻き上がっている事に気付いた。



「ごめ、、んなさい、、嫌だったらもう着ない、、から、、ねぇ譲くんったら!」
「静かにしてください。ーーーー兄さんがすぐ隣にいるんです。」
「ーーー!!」



ずるいのだろうか。
計算づくなんだろうか。
とは、私がそう思いたかっただけの事で。



全部、私が招いたこと。
でも、こうなりたくなかった、、、、のとは少し違うみたいで。



だってーーーーー。
こんなにーーーーー。
熱くなってしまうなんて。




片手で簡単に全部脱がされてゆくのに、何もできない。
何も言えない。
制服のカッターを脱いだ譲くんのからだが、磁石みたいに吸い付いてくるから。
これが、私のベターハーフだって、そういうことなんだって。



「や、、、譲くん、、。痛いよ、、。」
今頃はきっと、胸も首筋も、痣だらけになってる。
キスマークって、こんなに強く吸われるんだって、知らなかった。



譲くんの長い指は、弓を引く時のように、正しく狙いを定めてくる。
寸分の違いもなく、私の好きなところを知っているみたいに。
ざわざわと、胸が波を呼んで、一点に。
集まる血の高鳴りを、聞いている。



「俺だって、これくらいはできるんです。」



そう言い終わらぬうちに、私のものではない粘膜がぎゅ、っと押し当てられる。
もう、それまでに、どうしようもないくらいに高められている私は。
あなたの名前を呼ぶしかできなかった。



もっと、痛い、と思っていた。
押し返そうとする筋肉と、受け入れようとする粘着質の体液がせめぎあう瞬間を、
この瞬間の事を、快感と呼んでいいんだと思う。
貫いたものは、思ってたよりずっと大きくて、
思ってたよりずっと、気持ちいいことだった。



隣に、将臣くんがいるって、解っているのに
声が、止まらない。



「感じ過ぎ、ですよ、先輩。」
耳許で譲くんの這うような声がして、私の体温が上がる。
「だって、、、」
「じゃあここも、触って欲しいんじゃないですか。」
「やっっ、、、ん、、!」


私の中をいっぱい、いっぱいにしながら、
譲くんの指が私の一番好きなところを探し当てる。
震えるように繊細に。



暗くなった部屋に、カーテンの隙間から漏れ来る月光。
譲くんの影が、私のからだに降りてくる。
それが、胸から首筋へ。
首筋から、唇に、伸びて来て、重なる。



「や、、もう、、、、許して、、、」


キスの途中で、無理矢理つないだ言葉。
そ、っとはなれた唇から、細い糸がつながっていた。



「あなたが、いけないんですよ。ーーーーそんなに綺麗だから。」




逆光で、譲くんの顔が見えない。
今、あなたの顔を、これほどに見たいと思っているのに。



だからせめて、あなたの骨格に、触れさせて。
形の良い輪郭に、指を沿わせても、いいよね。



譲くんの薄い唇から、小さな吐息が漏れる。
少しだけ、動きも速くなって。



「あ、、、、だめ、、、、。譲く、、わたし、、」
「どうなるんですか、、先輩?」



こんなになるなんて思わなかった。
すごく優しいだけの人だと思ってたのに。
答えられない私に、いたずらっぽく笑って、動きを止める。



「言わないなら、ここで終わりです。」
「いや、、、お願い、、、やめないで。」




月の光の中で、あなたはもう一度、私を貫いた。
とっても綺麗に。扇の的を射るように。




「ごめんなさい、、、わたし、、、いっちゃう、、、、。」




月の光の中で、溶けてゆく意識に身を投げる。
こんなに高まる鼓動を、知らない。
譲くんのからだが崩れるように落ちて来て、髪の甘い香りがした。



「あなたは、俺だけのもの、ですよね。」




こんなにしておいて。
やっぱりこの人は、ずるいのかもしれなかった。




儚い銀の粒を、からだいっぱいに纏ったあなたは、
私だけの、弓弦の君ーーーー。